第81話 切なさの向こう側
次に連れてこられたのは、お台場の海沿いだった。
遊歩道の柵にもたれ、ぼんやりと水面を眺める。
まだパンを食べちゃダメらしい。
冷めても美味しいだろうけど、温かい方が絶対に美味しいのに。
海沿いを歩く恋人たちがふと目に入る。
腕を組みながらのんびりと歩いていて、たまに顔を寄せ合ってはクスクス笑い合っているのがここからも分かった。
キラキラ王子と黒い人だった。
(こっちはパンを食べるのを我慢してるのに! そっちはイチャイチャ!? どういうこと!!)
アイドルにあるまじき顔になりそうだったので、自然な動作で腕の中に顔を伏せた。
思わず奥歯をギリギリさせてしまう。
(パン食べたい、安納芋のスイートポテト!!)
内心で悪態をついていたら、キラキラ王子と黒い人が戻ってきた。
「どう?」
「撮れました。すっごくいい絵が撮れましたよ」
「うん、じゃあ次に行こうか」
何が!?
そして次に向かったのは――
「いらっしゃい」
「ねぇ、普通にスタジオ用意すれば良かったんじゃない??」
「失礼します」
お義父さんとお義母さんの家だった。
文句を言うお義父さんの言葉は華麗にスルーされている。
「じゃあこはるさん、これに着替えてきてね」
「はぁい?」
お義母さんに袋を渡される。
重くはない、なんか中身がふわふわしてるわね。
「こちらはお土産です」
「あらありがとう」
「!?」
二人に渡されたのは、私が楽しみにしていた安納芋のスイートポテト&ドーナツ入りの袋だった。
鬼、鬼がいる!!
着替えてみると、ふわふわもこもこのルームウェアだった。
あったかいし、可愛い。
「着替えました」
「あら可愛い、似合ってるよ」
お義母さんが頭を撫でてくれた。
「はい、これで大丈夫」
撫でてくれたのかと思ったら、髪を整えてくれただけだったみたい。
「じゃああっちの部屋で撮影しようか」
「これプレゼント」
「可愛い!」
通された部屋の窓際に座らされたら、お義母さんがぬいぐるみをくれた。
星の杖を持った謎の生き物……これ、もしかしてマンドラゴラ?
お義母さんのセンスに一瞬疑問を抱いたけど、可愛いのには間違いないわね。
それにプレゼントなら、持って帰ってもいいのよね?
ぎゅっと抱きしめながら、キラキラ王子の指示に従って何度か視線の向きを変える。
きゅるきゅると鳴り始めるお腹。
でも許されなくて続行される撮影。
切ない、誰よ私に失恋ソングをオファーしてきたの。
そのせいでこんなに辛い思いをするとは思わなかった。
「あの、日向さんのお腹が凄い勢いで鳴ってるんですが」
「あと少し」
「うわぁ」
空腹が限界に近付いてきた。
安納芋のスイートポテト。
甘いドーナツ。
そんなものより、今の私は大盛り定食が食べたい。
焼肉食べ放題でもいい。
ここまで我慢したんだから、がっつり食べたい。
「アイドルが鳴らしちゃいけない音になってきてますが」
「直、おにぎり」
ガサリと音がしたのでそっちに視線を向けたら、黒い人が爆弾おにぎりを持ってこちらに差し出していた。
「あのっ! 野獣みたいな視線になってます!」
「強すぎるね、隠して」
あぁっ!
私のおにぎり!
「まぁこんなものかな? どう?」
「可哀想なので、もう食べさせてあげてください! あとは俺が全身全霊で仕上げるので!!」
「仕方ないなぁ。妥協はなしだよ」
「分かりました! だからおにぎり食べさせてあげてください!」
「直」
「ゆっくり食べろ」
「!!」
ごはん!!
「じゃあ後は白藤さんに任せて僕らは帰ろうか」
「えっ、部屋の片付けとか」
「この部屋、白藤さんの自室」
おにぎりを食べている間に三人が帰ってしまった。
「今日はお疲れ様、夕食は鍋だからたくさん食べて行って」
「お義母さん!!」
「俺、そろそろ諦めた方がいいのかな」
お義父さん、しめは何がいい!?
私は雑炊でもうどんでもラーメンでもなんでもいい!
今なら全部でもいけるわ!!
こはるを空腹で苦しめた失恋ソング
▽『小さな芽が出るまで』
https://youtu.be/7iJq2ASK6KQ




