第十七話 城門前の「出迎え」と新たな台本(シナリオ)
あの心臓の止まるような祭壇の覚醒から、帰路は驚くほど平穏だった。
黒い森の粘りつく魔力残滓は、アリスの光によって洗い流されていた。
樹々の隙間から陽光が差し込み、歪んでいた古樹ですら、今では幾分マシに見える。
セインは出発時と同様、黒馬に跨り馬車の傍らを走っていたが、口数は以前よりずっと少なくなっていた。
「ヴァルツ騎士。そのボロ鉄を処分する気がないのなら、せめて布で巻いておくことをお勧めしますよ。王都の門兵の目を汚さないためにね」
……たまに漏れる毒舌も、計画が失敗した気まずさと煮え切らない敗北感を隠す虚勢のように聞こえる。
以前なら言い返していたところだが、今の俺は一刻も早く王都へ帰りたいだけだ。
俺は視線を前方に固定し、彼の言葉を道端の鳥のさえずり程度に聞き流した。
返事さえしなければ、この「主人公たち」との縁を切れる――そう計画していた。
「カイル、なんで何も言ってくれないんだよ?」
ルシアンが窓から顔を出し、退屈そうに俺を見た。
「君が黙ってると寂しいじゃないか。セインが『忠犬執事』にジョブチェンジした可能性について、もっと深く考察したいのに……」
「殿下、品位を保ってください」
簡潔にそれだけ返す。
馬車が森の領域を抜け、王都の壮大な城門が地平線に姿を現した。
馴染み深い城壁が見えた瞬間、俺の胸には退役軍人のような解放感が込み上げてきた。
だが。
馬車が城門の検問所に到達した瞬間、その解放感は粉々に砕け散った。
城門前には、いつもの商人の隊列はなく、代わりに王室の紋章を掲げた重装騎士たちが二列に並んで立ちはだかっていた。
そして、その中央にはルシアンの馬車など比較にならないほど豪華な「金色の馬車」が停まっている。
銀色の髪をなびかせ、鷹のような鋭い眼差しを持つ男が、手袋を弄びながら立っていた。
第一王子、シルヴェスターだ。
「げっ……兄上……?」
ルシアンの顔がみるみる土気色に変わり、勢いよく車内へ引っ込んだ。
俺は手綱を引き、馬を止めた。
緩んでいた空気が、一瞬で凍りつくような寒気に包まれる。
セインも先ほどの拗ねた表情を消し、隙のない執事の仮面を被り直したが、瞳の奥には隠しきれない畏怖が混じっていた。
「待ち兼ねたよ」
シルヴェスターは俺やセインといった「雑魚」には目もくれず、真っ直ぐにルシアンの馬車へ歩み寄った。
ちょうどそこへ、アリス嬢が優雅に降り立つ。
「シルヴェスター殿下。直々のお出迎えとは恐縮ですわ」
アリスは淑女の礼を執った。言葉遣いは完璧だったが、瞳には明確な防備の色があった。
「私が出迎えたのは、この疲れ果てた一行ではない。……『聖女』だ」
シルヴェスターは冷徹な笑みを浮かべた。それは、獲物を見定めた捕食者の顔だった。
どうやら情報は馬車よりも速く伝わっていたらしい。
アリスが祭壇で覚醒した事実を、彼はすでに掴んでいる。
野心に満ちた彼にとって、強大な浄化の力を持つ「聖女」は、王室が――あるいは彼個人が――掌握すべき絶対的な戦略資源だ。
「アリス嬢、王宮に晩餐の用意をさせてある」
シルヴェスターは拒絶を許さぬ口調で誘った。
「森の異変、そして君の『驚くべき』力について……ゆっくりと、時間をかけて話を聞かせてもらいたい」
シルヴェスターに連れられていくアリス。
そして、馬車の隅で息を殺し、震えているルシアン。
……任務は終わったと思っていた。
だが、聖女の力が公になったこの瞬間から、この「恋愛物語」は「宮廷闘争劇」へと完全に変質したのだ。
そして、給料分だけ働きたいだけの「モブ騎士」である俺もまた、次の厄介な章へと引きずり込まれようとしていた。
「カイル……」
車内からルシアンが消え入りそうな声で呼んだ。
「兄上の目が……『死に損ないのゴミを見る目』だったよ……」
俺は溜息をつき、手綱を握り直した。
「殿下、しっかりしてください。……少なくとも、街の中には入れましたから」




