第八十三話 宣戦布告
第八十三話 宣戦布告
サイド 矢橋 孝太
さて、源一郎さんを頼るかと考えたが、お世話になり過ぎるのも考えものだ。あまり頼り過ぎては正樹さんに寄生しているみたいで嫌だ。頼るのが彼のひいお爺さんとはいえ、彼の家に頼りすぎるのは違うだろう。
かといって、他に頼れそうなところがない。困った。
まあ、政治家の暗躍とか、自分にはどうする事も出来ないし、その義務も権利もない。万が一自分が木下大臣は『黒だ』と喧伝して回っても、誰もが『何言ってんだこいつ』という反応しかしないだろう。
そして、万一信じられたらそれはそれで困る。今テレビで木下大臣が色々熱く語っているのだが、反明智派の大臣たち。例えば前田ダンジョン対策大臣や松平魔石燃料推進大臣など、たまにテレビで見る人たちが集まっている。
ここで木下大臣が明智元防衛大臣とグルだとか情報が出てこようものなら、日本は本当に滅茶苦茶になる。それは勘弁願いたい。
たとえ木下大臣が怪しいと思っていても、今彼をどうにかしたらそのまま日本が詰む。
……よし。知らんかった事にして帰ろう。
自分には明智元防衛大臣を、というか主に傍にいる高橋由紀子をどうにかする術がない。戦力的に無理。少なくとも霜の巨人クラスの使い魔を二体も連れている化け物だ。勝てる気がまるでしない。
明日にでも家に帰ろう。今後日本がどうなるかは不安ではある。北之園連邦やらがどういう動きをするかはわからない。海外からの輸入の目途がたったとはいえ、未だ食料について不安が残る日本で、自給率の大半を支える北海道が独立するとか悪夢でしかないが。
木下大臣と明智元防衛大臣がグルだったとして、独立国家との付き合いをどうしていくのやら。というか、この状況で北之園連邦を『国家』として認める国なんていないだろうに。普通に凶悪なテロリストである。
本気で自分に介入できるところがない。むしろ、変に巻き込まれたら自衛の為にこちらも使い魔で暴れる必要があるわけで、そうなると最悪東京が火の海に沈む。
というバックレる理論武装は完了した。朝一に小沢さんに電話して、とっとと帰ろう。明日も学校だし。……というか、これって公欠になるんだろうか。
シャワーも浴びたし、ベッドに入って眠るとしよう。ああ、流石お高いホテル。ベッドもかなり気持ちい――――。
目を閉じた瞬間、魔眼が発動した。朝日と共に自分のいるフロア目掛けて殺到する騎士甲冑の妖精たち。紅蓮達を召喚して迎撃しようするも、他の客を人質に取られて降伏する自分。そして妖精たちに抱えられて高橋由紀子のもとへ。
あかん。
掛け布団を引っぺがして起き上がり、手の甲で強引に汗をぬぐう。このままここにいると高橋由紀子が攻めてくる。なんで自分を狙うんだ?……心当たりあり過ぎてちょっとわからない。
木下大臣関係?若返りの力?東条家とのつながり?なんにせよ捕まったら碌なことにならないのはわかる。
急いでバスローブからもともと着ていた服に着替え、小沢さんに連絡する。だが、つながらない。舌打ちをして井沢さんに連絡をとる。
『はい、井沢です』
「もしもし、夜分遅くにすみません。矢橋です」
『矢橋さん。どうなさったんですか?』
「今から家に帰ろうと思いまして。そのご報告を」
『こんな時間にですか?電車も止まっているでしょうし、何より新幹線を今からというのも……』
「ええ。行けるところまでタクシーを使って、後は歩いて帰ります」
『歩いて!?』
財布を持って来ていなし、カードもないから銀行から引き落とす事も出来ない。スマホのカバーに緊急用として一万円札を一枚いれているが、一万でどこまで行けるのやら。
『なぜそこまで急いでお帰りに?よろしければ我々でお送りしますが』
「それは」
どうする。予知の内容を正直に話すか?……待てよ。小沢さんは木下大臣派。そして木下大臣は明智元防衛大臣とグル。高橋由紀子は明智元防衛大臣の下にいる。
「……すみません。突然家族が心配になって」
『……魔眼ですか?』
「いえ。現役の総理大臣が殺されたって話でしたので、何か起こるんじゃないかと」
『ご安心ください。矢橋さんのお宅周辺には警察を送っています。元々は使い魔使用に関する説明を近隣住民にする為でしたが、一部をそのまま残しますので』
「いえ、そこまでしていただくわけにはいきません。すみません突然騒いじゃって。やっぱり今日はもう眠る事にします」
『そうですか。では、今日は本当にありがとうございました。おやすみなさい』
「はい。おやすみなさい」
電話を切り、大きなため息をつく。ダメだ。よく考えたら家の位置知られてんじゃん。どういう理由かわからないが、高橋由紀子は自分を狙ってくる。家に帰っても、あの桁外れの使い魔なら東京どころか北海道から飛んでくるのも容易だろう。
これは、腹をくくるしかない。
一応正樹さんにメールで『今東京にいます。色々ごたごたしていますが大丈夫です』と連絡しておく。あの人の性格だと、自分が高橋由紀子に攫われたと知ったら無茶しそうだ。
「紅蓮」
紅蓮を召喚し、メモをわたす。
「明日。日の出ごろに高橋由紀子が自分を誘拐に来る。どうしたらいいと思う」
紅蓮はしばし考えた後、ペンを動かす。
『私と金剛で時を稼ぎます。その間に烈風にて出来る限りお逃げいただくしかございません。家には向かわず、どこかに潜伏していただく事になります。東条家に連絡をとり』
「待った」
ペンを走らせる紅蓮の手を取って止める。
「それだと、このホテルに泊まっている人達、いや、それをどうにか避難させてもここらいったい吹き飛ぶよね」
火災報知器なりなんなりで宿泊客や従業員を逃がしても、ホテルから数キロ以内なら余裕で戦いの余波が飛んでくるだろう。どう考えても三ケタ以上の人間が死ぬ。
「紅蓮。僕は無関係の人を死なせたくない。そのうえで、逃げる手段ってある?」
しばしの沈黙があった後、紅蓮がペンを動かす。
『正直に申します。かなりの賭けになりますよ?』
考える。正直、自分が殺されるかもしれないのと比べて、知らない人が何万人死のうがそっちの方がマシだと思う。自分は決して善人ではない。
だが、その死んだ人達やその遺族に罪悪感を抱かないほど割り切りも良くない。なんなら後で自殺するかもしれない。
それに、失敗しても案外殺されはしないかもしれない。向こうも殺す気なら人質を取る前に一斉攻撃でホテルもろとも潰しにくるだろう。……利用して後で殺すと考えているなら別だが。
何にせよ、向こうは家族の位置を知っている。そっちに関しては情けないが、やはり源一郎さんに頼るしかないか。正樹さんには申し訳ないが、あれだけ庇護下に入らないと言っておきながら……我ながら情けなさ過ぎて泣けてきそうだ。
スマホを操作しようとすると、ちょうど正樹さんからメッセージがあった。
『お前を全力で殴る』
「なんで!?」
突然の殺害予告に悲鳴をあげる。
『この前俺を助けるかわりにお前を助けさせろって約束したばっかだよな?なめてんのか?』
「うっ……」
続けて送られてくるメッセージにぐうの音も出ない。
『つうかこっちは既に動いてんだよ。お前の家には百合がもういる。俺は東京に向かってる。ひい爺ちゃん達もよくわかんないけど色々やってる』
頭を抑える。自分がうじうじしている間に、既にこの人たちは色々やっていたらしい。自然と笑えてくる。
なんか色々考えていたのが馬鹿らしくなった。だが、彼らが手を貸してくれるというのなら、やってやる。とりあえず高橋のアホを殴ってから今後については考えよう。……けどちょっと怖い。
「すみません。助けてほしいです」
『よし。殴るのは勘弁してやる』
「紅蓮。なんか作戦ってある?」
スマホから顔を上げて紅蓮をみる。サムズアップで返してくれた。
『おそらく、源一郎殿たちが動いても高橋由紀子は襲ってくる可能性があります』
「やっぱり?」
さて、首謀者は明智元防衛大臣か、それとも木下大臣か。
『正面から戦って我々が勝つのは不可能です。高橋由紀子は事実上日本最強戦力でしょう』
「うん」
『なので、主には囮になってもらいます』
朝日が昇る頃、ホテルの屋上に出て来た。カギは小沢さんの名前を出したら開けてもらえた。
ちょうど、鎧姿の妖精たちが槍を持ってこちらを囲んでくるところだった。
「な、なんですか貴方達は!?」
大声で問いかけるが、返答はない。そこに、一体の使い魔が現れた。緑色のドレスを身にまとった美女。銀色の髪を風にもてあそばせながら、翅をはばたかせることなく目の前に降り立つ。
間違いない。高橋由紀子の使い魔、ティターニアだ。
「初めまして、矢橋孝太。貴方こそ、なぜこんな時間に屋上へ?」
「……昨日は色々あったから、お日様を浴びながらラジオ体操でもしたかったんですよ」
ティターニアは静かにほほ笑んだままだ。だが、その瞳は羽虫を見る目に他ならない。こちらを脅威とすら思ってもいないし、今の質問に意味なんてない。現に、「そうですか」と興味なさげに言っている。
「それで、貴女方はなんですか?テレビで見た事があるんですけど」
「申し遅れました。私は高橋由紀子様にお仕えする使い魔です。どうか我々と一緒に来ていただけませんか?」
「断ったら?」
精一杯不敵に笑ってやると、ティターニアはコロコロと笑う。いいや、嗤う。
「冗談が上手いのですね。貴方には未来が見えると聞いております。ここにいるのは、他の宿泊客の方々に被害が及ばない為でしょう?最初はフロアごと蹴散らしてから連れていくつもりでしたし」
ティターニアは「それに」と続ける。
「貴方の使い魔ではどうあっても私には勝てない。それがわかっているから逃げもせずにここにいるのでしょう?強がりの必要はありません。貴方は所詮地を這う虫と同じ。我が主とは違うのです」
「……なるほど。お見通しですか」
ため息をつき、肩から力を抜いてみせる。
「僕を連れて行ってどうするつもりですか?」
「貴方が知る必要はありません。さ、行きましょう」
妖精が槍を消してこちらに近づいてくる。
「その前に一つ。言いたい事が」
「いいえ、不許可です。貴方程度に由紀子様を待たせていい道理など」
「紅蓮!」
目の前に顕現した紅蓮が、ハルバートの一振りで近くにいた妖精を切り払う。そのまま穂先をティターニアに突き込んだ。音速を遥かに超えた一突き。戦車の装甲すら紙細工のように貫くそれは。素手で掴まれて止められた。
「無粋な……無駄な抵抗は見苦しいだけですよ?ご自分の今後に悪影響しか与えないと、それすらわからないとは」
「ずいぶんとこちらを見下していますけど。そんなんだから真上がおろそかになるんですよ」
「っ!?」
ティターニアの視線が上に行き、妖精たちの意識もそっちに行く。
そこには、綺麗な青空が広がっていた。
轟音が響き、ティターニアが足元から突き出た突撃槍に体の半分を吹き飛ばされる。
「がぁっ!?」
「逃がすかぁ!」
咄嗟に離れようとするティターニアの体に黒い髪が巻きつく。
「小癪な!」
だが、残った片腕の一閃で切り払われてしまう。更に周りの妖精たちが動くが、床に空いた穴からさらに金剛が跳びだしてメイスを振り回して牽制する。
「『ブーステッドツリー・スプリンター』」
その一瞬があれば十分。紅蓮は既にハルバートを振りかぶっている。
「きさ」
何か言おうとしたティターニアの脳天にハルバートが叩き込まれ、その体が縦に両断された。
「なめすぎだろ。こっちを」
自分の傍に、正樹さんが歩み寄る。着ていたマントを脱ぎ、首をかるく振って髪をながす。
「マジでその油断がなかったら詰んでましたけどね……」
周囲にいた妖精たちが消えていく。使い魔が召喚したモンスターはダメージの肩代わりなんてしないし、そのくせ召喚した使い魔を討てば勝手に消える。強力なスキルだが、対処法がないわけではない。
今回の作戦はまさにシンプルとしか言いようがなかった。
東京に無許可で使い魔の力を使った正樹さんが到着したのだが、意外な同行者がいた。
「まったく。他人の使い魔なのに扱いが雑ですね、坊ちゃま」
脱ぎ捨てられたマントが、人型になる。東条家で見たローブ姿の使い魔だ。
彼は源一郎さんの使い魔だが、こうして手助けに来てくれたらしい。そして、その能力は隠密特化だとか。流石に詳しくは教えてくれなかった。
マントに変身した彼を纏えば、一時的に魔力を周囲に感知されなくなる。ただし、肉眼では普通に見えるそうだ。それを正樹さんと金剛が二人で強引にくるまって待機していた。攻撃タイミングは自分が金剛に視覚共有を発動させた時。
襲撃してくる相手と場所、狙い、そして時間がわかっているならとたてた作戦だが、紅蓮の言う通りだいぶ分の悪い賭けだった。もしもティターニアが少しでも警戒して動いていれば防がれている。一応紅蓮のプロファイリングがあったとはいえ、二度としたくない。
だが、これ以外だと夜に準備してどうにかする作戦がなかったのだ。
「うわぁ、今バフがキレたよ。マジでギリギリだったな」
「ですねぇ……」
正樹さんに通常の世界樹の加護をかけてから屋上に出たが、もしも相手があと一分遅く来ていたら素直に連れていかれるしかなかった。一応その場合の事も考えていたのだが、万一があるのでごめん被る。ちなみに、もしも不意打ちが防がれてこの作戦が失敗していたら正樹さんが逃げる時間を稼ぐため、紅蓮が特攻しなきゃいけなかったのでマジで危なかった。
「さて、これが僕なりの返事だけど、高橋由紀子はどうでうるかな……?」
「……いや、その前に立てよ。いつまで座ってんだ」
床が吹き飛んだあたりで自分も弾き飛ばされて座り込んでいる。だが、問題が発生して立ち上がれずにいた。
「いや、腰が抜けちゃって」
「え、ダメージの肩代わりがあってもそうなんの?」
「はい。手を貸してもらっていいですか?」
「待ってその前に写メとるわ」
「ぶん殴りますよ!?」
これで、高橋由紀子と戦うのは避けられなくなってしまった。どうしたものやら……。最低でもこちらが相手の使い魔を殺せる事を教えないと、小沢さんに仲介を頼む事すら無理と判断したわけだが……。頼むから交渉にのってほしいなぁ……。
読んでいただきありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします。




