第八十二話 木下外務大臣
第八十二話 木下外務大臣
サイド 矢橋 孝太
『現在情報が錯綜しており、柴田官房長官も織田総理と一緒にいたという―――』
『現在丹羽厚生労働大臣、滝川副総理とも連絡が取れていないという情報が入っており―――』
『明智防衛大臣が急遽記者会見をするという話が―――』
『木下外務大臣が病院に運び込まれたという情報が入っており、現在真偽のほどが―――』
『現在連絡の取れている中で一番立場が上なのは明智防衛大臣ですね。彼が記者会見で兄を言うのかが―――』
なんだこれ。いや本当になんだこれ。
家族三人で呆然とテレビを眺めていると、画面が国会議事堂入口に切り替わった。スキンヘッドにした老人、明智防衛大臣が記者たちの前に立っている。
そこまではいい。だが、なんで高橋選手が隣にいる?
『皆さん、既にご存じではあるでしょうが、ここに明言させていただきます。織田内閣総理大臣は本日、料亭にて滝川副総理、柴田官房長官、丹羽厚生労働大臣、木下外務大臣。そして一部官僚と共に会食を行っていたところ、使い魔による襲撃を受けました』
記者たちがざわめく。もしかしたらデマかもしれない。そう思っていた希望は打ち砕かれた。そして、次に気になるのは今名前があがった者達の安否だ。
記者たちが慌てた様子で質問をするのを、明智防衛大臣が落ち着いた様子で制する。彼の次の言葉を待っていると、スマホに着信があった。誰だこんな時に。
「はい矢橋です」
『矢橋君!小沢です!使い魔を使っても構いません、今すぐ東京に来てください!』
「は?」
電話の相手は小沢さんだった。なんだいったい。
『先の襲撃により、織田内閣総理大臣。そして滝川副総理、柴田官房長官、丹羽厚生労働大臣が亡くなりました。また、木下外務大臣も重度の呪いを受けています』
『場所をメールで送信します。その病院に急いでください!お願いします!』
『そして、それを行ったのはここにいる高橋由紀子さんです』
「はぁ!?」
状況がわからない。わからないが、動くべきなのはわかった。
「ちょっと行ってくる!」
「え、孝太!?どこに」
「東京!」
「……はぁ!?」
着のみ着のまま、玄関で靴を履くと紅蓮を召喚する。
「紅蓮を、僕をここまで連れて行ってくれ!よくわからないけど緊急事態だ!」
スマホを紅蓮にわたして送られてきた地図を示す。さらに、世界樹の加護も付与しておく。これは全速力で行く必要があるだろう。
紅蓮が頷いてスマホをこちらに返すと、自分を抱きかかえた。お姫様抱っこというやつだが、恥ずかしがっている場合ではない。
「紅蓮!」
アスファルトの地面を蹴り砕いて紅蓮が跳び上がり、更に背中から大量の炎を放出して加速。跳躍というより飛行に移る。
「がっ」
衝撃に眩暈がする。ダメージの肩代わりがなければ気絶していたかもしれない。だが、自分が呼ばれる状況。そして木下外務大臣が重度の呪いを受けている。もしかしたらもしかするかもしれない。
一時間ほどで東京に到着した。指定された病院の前に紅蓮が降り立つと、小沢さんが黒服の人達を引き連れて走ってきた。
「矢橋君!すまないが君に治療してもらいたい人がいるんだ。報酬は言い値でだす!頼む!」
「わかりました。その人の所に案内してください」
報酬もここでの問答も今はどうでもいい。知り合いに助けを求められ、それが人命に関わる事なのだ。とやかく言っている場合ではない。
「ありがとう。こっちだ!」
小沢さんに先導され病院に走り込む。紅蓮は念のため召喚したままだ。きっと独自の判断でその辺に隠れていてくれるだろう。万が一最悪の事態が起きた時、使い魔を召喚していれば即死はしない。……相手が相手だから、わからないが。
集中治療室に、そのままの恰好ではいる。着替えている時間すら惜しいようだ。これは本当にヤバい状態なのだろう。
治療室に入り、台に乗せられた人へ間髪入れずにスキルを発動する。
「『ブーステッドツリー』」
全身に黒い蛆が這っていたが、スキルの発動と同時に霧散していく。その下から出て来た顔は、テレビで何度か見た覚えのある顔だった。
「ぐっ……」
「木下大臣!?」
うめき声をあげ目を開けた老人に、小沢さんが呼びかける。やはりか。
「ここは……そうだ、総理が……!?」
ガバリと立ち上がろうとする木下大臣を病院のスタッフや小沢さんが抑える。
「落ち着いてください!念のため検査を」
「言っている場合か!総理はどうなった!?いや、何があった!」
木下大臣の悲鳴のような声に、小沢さんが沈痛な面持ちで口を開く。
「織田総理は、死体が発見されました。あの場にいて生き残ったのは木下大臣だけです」
「なん……だと……」
木下大臣が動きを止め、口元を抑える。
「……わかった。状況はどうなっている。なんでもいい、全て話せ」
「その前に検査を」
「お前の答えを聞いてから考える。言え」
有無を言わさぬ木下大臣の目に、小沢さんが頷く。
「首謀者は明智防衛大臣です。本人が会見で明言しました。そして、織田総理の『悪行』とやらをネットに公開しています」
「そうか……黒田はどこにいる」
「黒田さんは待合室にいます。それよりも、検査を。今貴方に倒れられるわけには」
「安心しろ。『世界樹の加護』を使ったのだろう。なら問題ない」
木下大臣が立ち上がり、こちらを真っすぐと見てくる。
「矢橋孝太君だね。ありがとう。君のおかげで助かった」
「いえ。御無事で何よりです」
頭を下げる木下大臣にこちらも頭を下げ返す。何故だろう。この人には緊張しない。雰囲気だろうか。まるで親戚の叔父さんみたいな感じがする。それが、ちょっとだけ不気味だ。初対面のはずなのに。
不思議と警戒感が増す。自分でも理由がわからない。ただ、なんとなく紅蓮とのつながりから危険を叫んでいる気がするのだ。
「私の容体が気になるなら『鑑定』のスキルで確認しろ。精密検査は後だ。今は早さが優先される。服を持ってこい。あと黒田を呼べ。あいつから色々聞きだす」
小沢さんが連れていた黒服達に次々指示を出していく。そこに先ほどまで死にかけていた様子は微塵もない。
「時に孝太君。すまないが君に頼みたい事がある」
「なんでしょうか」
再度こちらを見てくる木下大臣が真剣な顔をして、深く頭を下げてきた。
「君に、私の護衛を頼みたい。民間人である君に頼むのは」
「お断りします」
木下大臣の言葉を遮って口を開く。木下大臣が肩を一瞬振るわせた後、頭を上げて不思議そうにこちらを見てきた。
「おっしゃる通り自分は民間人です。そんな自分が加わっては、他の警護の方々の邪魔をしてしまうでしょう。何より、自分も状況がいまいちよくわかっていません。それでは足を引っ張ってしまうかもしれないのです。なので、申し訳ありませんがお断りさせていただきます」
早口で言い切った。なんでもいい。この人と一緒にいたくない。
自分でも不思議なぐらい、頭が冷え切っている。ただ、何故か『紅蓮なら断る』と思ったのだ。
「そうかね……いや、こちらこそすまない。私も無茶なお願いをした。気にしないでくれ。小沢。彼について宿の用意を」
「はっ」
こちらに人のよさそうな顔で笑いかけた後、木下大臣が黒服達と治療室を出ていく。自分達も少しだけ間をおいてから出た。
「……矢橋君。なぜ木下大臣の護衛を断ったか教えてくれますか?いえ、当然君にあの依頼を受ける義務はなかったのですが、らしくないというか」
「いえ、先ほど木下大臣に言ったままです。SPって言うんでしたっけ?護衛の人達の足を引っ張るわけにはいきませんから」
ああ、なるほど。小沢さんは木下大臣の配下か。
疲れた笑みを浮かべて、小沢さんの後をついていった。
「紅蓮」
小沢さんに紹介されたホテルの一室で、あの後一度戻した紅蓮を再度呼び出した。
「とりあえず、ここまで運んでくれてありがとう」
紅蓮が気にするなと手を振ってくれたので、スマホで両親にメールを送ってから部屋に備え付けてあるテレビをつける。
『突然の犯行声明を出した明智防衛大臣ですが、現在は実行犯を名乗る女子高生と行方を眩ませており、今も警察による捜索が―――』
『これは大変危険な状態です。主要な大臣が全員動けない状態ですよ。何人かの大臣は明智防衛大臣に協力していると明言してから姿を消しています。今いる議員もどれだけ信用できるか』
『アメリカ大使館から声明が発表されました。内容はテロリストである明智元防衛大臣の逮捕に協力するというもので―――』
テレビは当然総理殺人事件の話で持ち切りだ。そのおかげで、一応の現状を知る事ができた。
●主犯は明智防衛大臣。いや、今は元防衛大臣か。そして、実行犯は高橋由紀子。彼の指示で高橋は使い魔を使って織田総理らを襲撃。護衛もろとも殺害した。木下大臣以外。
●現在当然ながら上に下にの大騒ぎ。各省庁は誰に指示を仰げばいいのかわからない状態だ。というか、明智元防衛大臣を支持する議員も出てきている。もはや誰を信じていいのかわからない。
●明智元防衛大臣いわく『織田総理はとんでもない悪行をしていた』との事で、その悪行の数々とやらがネットに公開されている。脱税、恐喝、誘拐、殺人、賄賂、その他もろもろ。証拠付きで出されている。
●何をとち狂ったのか、彼は北海道を中心として旧ロシアにある一部の街とともに『北之園連邦国家』を立ち上げるとか言い出した。そして、その初代大統領に高橋をすえるとも。
結論。関わりたくない。
だが、他ならぬ日本の出来事だ。国が崩れたらそこに住んでいる自分もただでは済まない。……いっそ国外に引っ越してやろうか。
現実逃避したくなっていると、紅蓮が部屋に置いてあったメモに色々書き込んでいた。
『主。木下大臣はどういう状態でしたか?』
「呪いで全身が冒されていたよ。今にも死にそうだった」
『黒ですね』
「やっぱそう思う?」
おかしいと思っていたのだ。なんで『たかがその程度で済んでいるのか』と。
たしかに強力な呪いだったのだろう。少なくとも東京にいる治癒スキルの使い手ではどうにもならなくて自分を呼ぶぐらいには。
だが、あの高橋が襲撃して、総理大臣達が死んでいるのにその程度で済んでいるのはおかしい。高橋の使い魔は紅蓮でさえ圧殺される化け物だ。おそらく霜の巨人に匹敵する。それが殺しに来て、護衛も全員死んだというのに呪いをかけるだけで済ます?そんなわけがない。
遊び感覚で生かした。という可能性はある。だが、病院に追撃がこなかった。高橋はともかく、明智元防衛大臣は木下大臣がまだ生きていると知ったら何かしてきそうなのに、何もしてこなかったのだ。テレビで『重度の呪いを受けて』と言っていたのに。
高橋も明智元防衛大臣も、どっちもどういう性格かは知らない。だが、どうしても怪しいと思ってしまうのだ。
「あっ。今更だけど、ここって盗聴とかって……」
しまった。その可能性を失念していた。ここを用意したのは小沢さんで、彼は木下大臣の配下だ。
『ご安心ください。ざっと見まわしましたが、それらしい物はなさそうです』
「え、わかんの?」
『はい。百合殿のおかげで磨きがかかったと自負しております』
え、どういう事?二人してなにしてんの?聞いちゃいけない気がする。よし、忘れよう。ほら、今は日本の一大事だし。
「と、とにかく。木下大臣は明智元防衛大臣とグルって思った方がいいよね」
『十中八九。普段のお二人の言動を考えると、手を組んでいるのが一番しっくりきます。仲は良くなかったはずですが。利害が一致したのでしょう』
「うわぁ……」
自分の勘は正しかった。あの場で護衛を受けていたら、絶対ろくでもない事になっていたに違いない。
『いかがいたしますか、主』
「とりあえず、源一郎さんかなぁ。頼れそうな人。ちょっと僕だけじゃどうしようもない状況すぎる。……なんで嬉しそうなの、紅蓮」
何故か紅蓮が喜んでいる気がするのだ。え、そんなに織田総理嫌いだったの?
『いえ。不謹慎ではありますが、主が自主的に考え、行動に移しているなと』
「はあ……」
何を言っているのやら。うちの家訓は長い物には巻かれろだし、自分もそうだ。だが、『巻かれる』相手は選びたいと思ったのだ。
『速報です!木下大臣の無事が確認されました。現在国会議事堂へと向かっているとの連絡が―――』
読んでいただきありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします。




