第八十四話 傲慢
第八十四話 傲慢
サイド 高橋 由紀子
「うそ……」
目の前に排出された灰色のカードを呆然と見つめる。
「お、おい、どういうことだよ……」
「お、俺もわからねえよ!」
「待って、嘘、周りの妖精たちが消えたと思ったら」
「大丈夫なの、これ。本当に大丈夫なの!?」
友人たちが動揺してお互いを責めるように口をひらく。それを止める事も出来ずに、自分はただ地面に落ちたカードを拾い上げる事しか出来なかった。
手に取ってすぐに、カードが粒子になって自分へと吸い込まれていく。ああ、本当にティターニアは『壊れて』しまったのだ。
「そ、そもそも、この計画に俺は反対だったんだ!」
「ふざけるな!お前だって『総理を殺した』ってはしゃいでただろ!」
「本当に成功するのよね、この計画?私達、捕まったりしないわよね?」
「当たり前でしょ!?わ、私達はまだテレビには出てないし……」
段々と、友人たちの視線が自分に集まっていく。ああ、だめだ。自分は堂々としなきゃ。ティターニアにずっと『女王とは』と何度も教えられてきたのだ。だって自分は『特別』なんだから。
「落ち着きなさい」
けれど、とても静かで、力強く言葉を発したのは自分ではなかった。
「あ、明智首相……」
「じ、爺さん……」
友人達の視線も、他の『協力者』達の視線も、ただ一人の老人に集まる。そう、今回の作戦を計画した張本人。元防衛大臣であり、北之園連邦国家の初代首相。明智光彦だ。
「少々トラブルがあったが、我々にはまだ多くの戦力が残されている。やろうと思えば一晩で日本を焼け野原にできる戦力がな」
明智首相の目がこちらに向き、彼に注がれていた視線が自分へと集まる。慌てて余裕のある表情を取り繕い、落ち着いた声で喋る。
「私にはアリスがいる。Aランクダンジョンを『単騎』で踏破した、アリスが」
その言葉に、友人達の空気が和らぐ。
「そ、そうだ、俺達にはまだアリスがいる」
「だな。ティターニアはきっと油断しているところをやられたんだ」
「卑怯な不意打ちをされたに違いないわ」
「正面から戦えば、私達が負けるはずないものね」
落ち着きを見せ始めた友人達に小さく安堵の息を吐いていると、明智首相がこちらを向く。
「ありがとうございました。大統領。貴女のおかげで彼らを安心させることが出来た」
「いいえ。明智首相もよくやってくれています」
「もったいなきお言葉」
へりくだる明智首相。元は防衛大臣だった彼。そんな人物を自分は顎で使えるのだ。これがあるべき姿だ。だって自分は特別なのだから。
「私は仮眠をとります。その間は任せますよ」
「御意」
明智首相に告げ、隠れ家に備え付けられた部屋に向かう。冷暖房もない場所だが、友人の使い魔のおかげで寒くはない。
用意された自分のスペース。といっても厚い布で仕切られただけの場所だが、そこに敷いてある毛布に横たわる。
ああ、毛布越しに感じる硬い感触を背中に感じていると、昔の事を思い出す。
うちは、あまり裕福な家庭ではなかった。両親とも共働きで、いつも忙しそうにしていた。三つ上の姉も、勉強しながら母の手伝いをしていた。もちろん、自分だって出来る事はやっていた。それを姉が上から目線で『由紀子は遊んでいて大丈夫。私が頑張るから』と言っていた。
姉はいつもそうだ。勉強も出来て、運動神経も抜群で、男に好かれる体つきをしていて、顔は、自分だって負けていないが、いい方だったと思う。
なんでも出来る姉。周りはいつもそんな姉と自分を比較していた。『あの子本当にあの人の妹なの?』『出がらしってやつだな』『可哀想に、いいところ全部お姉さんにもっていかれたのね』。そう陰で言われたことは一度や二度ではない。
両親だって、口にこそ出さないがそう思っているに決まっている。事あるごとに『由紀子も頑張っているよ』『大丈夫。私達は貴女の事も愛しているわ』などと言っていた。わざわざ口に出すって事は、本当はそう思っていないと言っているようなものじゃないか。
男の人と付き合った事もある。私を見てくれる人。私が特別だと言ってくれていた人。だけど、それは全部嘘だった。彼は結局、姉の事しか見ていなかった。なのに、姉は誰とも浮いた話がなく、孤高であり続けた。まるでこちらを皮肉るように。
自分は姉の出来損ないなのか?スペア以下なのか?そう思っていた時に、アリスが目の前に現れた。
『初めまして。私のマスター』
美しい少女だった。姉以上に綺麗な人なんて、テレビでしか見た事がなかったけど、この少女は別格だった。人にはない、いいや出せない奇妙な妖艶さがある。そう、魔性の美とでも言えばいいのか。
そんな少女が、自分に傅いている。使用人が主人に礼をするように。ああ、あの時ほどの興奮など、人生で一度もない。
それからダンジョンが出来て、冒険者になって、私の人生は変わった。
皆が大変だと言っていたダンジョンは、私にとって昼下がりの公園を散歩するのと変わらなかった。アリスにかかればどんな怪物も赤ん坊と変わらない。絶対に負けない。その愛らしいドレスを一切汚すことなくモンスターを駆逐していった。
その度に彼女はこう言うのだ。
『これは貴女の力です。だって私は貴女のために存在しているのだから』
そうだ。これは私の力だ。アリスは私の言う事しかきかない。私の物。私の力だ。
冒険者になってすぐの頃、亡くなったお爺ちゃんの家を整理していた。物置小屋に違和感があって調べると、なんとそこはダンジョンだった。
私はそれを隠した。だって小説で何度も見てきた。いわゆるプライベートダンジョンというやつだ。時折テレビで警察に捕まる人がいるけれど、私なら大丈夫だ。上手くやれる。
日を改めてそのダンジョンに潜ってみた。入ってすぐ、アリスに不思議なお茶を勧められた。困惑しながら飲んだが、後から知ったが『病気にならない紅茶』だそうだ。
ダンジョンの中は不思議な鱗粉が舞っていたが、あれは何だったのだろうか。綺麗だけどどこか不気味で仕方なかった。
ダンジョンでは初めて見るモンスターばかりだったが、いつもと変わらない。アリスは圧倒的で、私は無敵だった。
最奥に到達し、美しい妖精の女王に会った。彼女は何百もの騎士を召喚したけど、アリスの前には無力だった。いつもより少しだけ時間はかかったけど、いつもの様に無傷で勝てた。しかも、その女王はカードを落としたのだ。
滅多に落ちないモンスターのカード。それが手にはいった。それも、おそらく今まで戦った中で一番美しく、強いモンスターのカードが。やはり私は特別だ。
早速契約をして召喚すると、女王は私に跪いて首を垂れた。それが当然であるかのように。そうだ。これが正しいんだ。私は、本来こうして傅かれるのが相応しい。
それからすぐに第三回全国ハンドラー大会にも出場した。私の力を見せつけたかったから。ちょっとだけ緊張もしていたし、まさか一回戦の相手が優勝候補だとは思わなかった。
だが、結果は私の圧勝。大会は中止になってしまったけれど、私が強すぎたからいけないのだ。これには反省した。幼稚園児の遊び場に大人が紛れ込んでしまったのだ。
それからダンジョンを何度も攻略していった。それで得た金を両親にあげた。今まで育ててくれた恩は一応感じているのだ。それに、嫌っていたわけではなかったから。その時までは。
両親は、私からの金を受け取らなかった。新しい口座を作って『将来貴女の為に使いなさい』と言った。
なんだそれは?見栄えのいい言葉を使っているだけで、『私程度』から受け取る金はないと言いたいのか?どれだけ私を見下しているんだ。
挙句の果てには、『冒険者をやめろ』と言い出したのだ。危ないからと、死ぬかもしれないと。
侮辱にもほどがある。私は最強だ。絶対の強者だ。特別なんだ。それを否定する気か。なんて傲慢なんだ。
一番腹がたったのは、姉も冒険者をやめるよう言ってきた事だった。
『政府はなにか重要な事を隠しているの。どういう秘密かはわからない。けど、情報操作までして人をダンジョンに送り込んでいる。冒険者はやめた方がいい。きっと、不幸になる』
いつになく本気の顔でいった姉。それだけ必死だったのだろう。だって。だって……。
姉は私に嫉妬しているから。
あの時は笑いが止まらなかった。笑い過ぎて死ぬかと思った。
なんだそのくだらいない陰謀論は。そんな嘘までついて私を元の『凡人』に戻したかったのか?自分が見下すことが出来る愚かで可哀想な妹に。
必死に否定する姉がおかしかったが、次第に鬱陶しくもなった。
親が勝手に市役所で私のライセンスを返還しようとしたが、ダンジョン対策室という所が止めてくれたそうだ。『娘さんは稀有な力を持っています。どうかそれを活かしてあげてくれませんか?』と。
ああ、わかる人にはわかるのだ。私が特別だと言うことが。だが、両親は愚かにも私のライセンスをなくしたいらしい。
あまりにも鬱陶しいから、アリスに黙らせられないか聞いてみた。すると、彼女は可能だと答えたのだ。
早速やらせようとしたが、何故かアリスは珍しく『本当にいいのか』『後悔はしないか』としつこく聞いてきた。あげく、『両親は貴女を愛している』とまで言ってきた。
ああ、使い魔と言うのは所詮道具でしかないらしい。こんなにも知能が低いなんて。私は強引に命令し、両親を黙らせた。
アリスのいれる紅茶は、色々な効果がある。人を元気にさせる事も、傷を治す事も。眠らせる事も、殺す事も。
最初はいっそ殺そうかと考えていたが、私にも慈悲の心はある。眠らせるだけに留めてあげた。以来、両親はずっと病院のベッドの上だ。
その頃には札幌で一人暮らしをしていた姉にはお茶を飲ますことは出来なかったが、やたらと頻繁に電話してくるようになったし、暇を見つければ実家に帰るようになっていた。
まるで哀れなものを見る様な目でこちらを見てくるのに腹が立った。ふざけるな。真に哀れなのはお前の方だ。化粧をする時間すらないのか、目の下にクマをつくって、そのくせ強がって笑みをうかべる。いっそ不気味だ。
新しい友人達に相談をしたら、彼らは『自分達が説得してあげる』と言ってくれた。昔の私には相応しくない友人達ではない。クラスの、いいや学校の中心にいる人気者たちに、大学生の大人もいる。これこそが私に相応しい友人達だ。
おかげで姉は家に来なくなったし、電話もなくなった。しばらくして行方不明とかで警察が訪ねてきたが、きっと私との格差にショックを受けて旅にでも出たのだろう。
それから友人達との楽しい日々を過ごした。彼らがあまりにも物欲しげに見るから、妖精たちのいるダンジョンで手に入れたカードをあげた。彼らは喜び、いっそう私に尽くすようになった。
そんなある日、政府がダンジョンからモンスターが溢れるから、最高難易度のダンジョンを攻略しないと、とテレビで言っていた。
凡人たちは大変だ。なんせその最高難易度とやらは、アリスをつれた私がたった一人で攻略できる程度。ここは私が下々の者を助けてやり、力の差というものを教えてあげなければ。
だが、友人の一人が面白い案をだした。一億なんてはした金で協力するのはもったいない。もっと相応しい報酬を用意させようと。
とてもいい案だったので採用した。『特別』である私を動かすのだ。百億は持ってくるべきだろう。いいや、私を新たに国のトップに据えるぐらいが相応しい。
そう言ってやったら、政府の役人はなんと断ったあげく値下げ交渉までしてきたのだ。なんという不敬だろう。あまつさえ、私のダンジョンを明け渡せといってきた。
その役人を『懲らしめた』後、やってきたのが当時ダンジョン対策大臣の補佐をやっていた明智だった。
彼は物の道理がわかっている人間だった。しょうがないから私のダンジョンの一部を自衛隊に開放してやり、口裏も合わせてあげた。
テレビで英雄だなんだと持て囃されている奴らがいるが、滑稽なものだ。あんな奴ら、私が本気になれば一瞬で片が付くのに。
そんなある日、明智防衛大臣が訪ねてきた。彼は私にこう言ったのだ。『貴女こそ王に相応しい』と。
何を突然当たり前の事をと思ったが、どうやら同僚から織田総理のおこなってきた悪行を知らされたらしい。それで、彼は日本を正しい道に導くため、あえて分断する必要があると言った。
そして、新しく出来る国の主に、私ほど相応しい人物はいない。どうか大統領になってほしいと地面に頭を擦り付けてきたのだ。そう、現役の防衛大臣が。
友人達が写真を撮るのも構わず、頭を下げ続ける明智防衛大臣。いいや、初代北之園連邦国家の首相に、私は頷いてやった。私が大統領になってやると。
そうして今にいたる。
明智首相の依頼にあったや、や……ヤナセ?とかいうモブ顔の誘拐が失敗したのは予想外だったが、自分にはまだアリスがいる。
だが、最近のアリスは嫌いだ。ティターニアとよくケンカするようになったと思ったら、『今からでもご両親を目覚めさせましょう』『こんなの間違っています』『このままでは貴女が幸せになれない』とか、わけのわからない事を言いだしている。正直口うるさい。
敵が現れてから召喚すればいいだろう。四六時中説教をしてくるわ、勝手にどっか行って姉を探そうとしたりだとか、鬱陶しいのだ。
こんな些事はとっとと終わらせて、またあのダンジョンに潜ってティターニアを復活させなければ。
読んでいただきありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします。
使い魔は基本的にハンドラーを第一に考え行動します。ただし、使い魔にも知能の差や性格は存在するため、使い魔ごとに『何がハンドラーのためになるか』は異なります。




