第八十話 喧嘩の後
第八十話 喧嘩の後
サイド 東条 百合
矢橋さんがお帰りになり、それを兄様が送っている最中、ひいお爺様の部屋を訪ねる。
「どうした、百合」
「『ネズミ』の駆除はどうなったのか、気になってしまいまして」
兄様は未だ色々な勢力に狙われている。実験動物としても、東条家の人間としても。そして、矢橋さんは矢橋さんでそのスキルと使い魔の件で多方面から目をつけられている。
そんな二人が、採石場跡地という人目のつかない所で私闘をしている。この情報を、ひいお爺様はあえて広めた。表面上は隠したように。けれど実際は穴をつくったのだ。そこから情報がもれると知っていて。
だというのに、兄様達の喧嘩中、横やりもなければ監視もなかった。私のスキルと、自前の勘でしかないので、もしかしたらそれらを搔い潜ってくる強者だった可能性も捨てきれないが。
ちょうど、目の前にそれが出来る人物もいるわけだし。
「そうさな。家の近所は片付いたぞ」
「駆除業者を使ったので?」
「ああ。安くすんだ」
「そうですか」
「ついでに離れのネズミも駆除しておいた。しばらくは出てこんだろう」
それから二、三『ネズミ』について雑談をした。この妖怪。相変わらずいつの間に準備したのやら。やはり人脈は大事だ。その積み重ねを活用したに違いないのだから。
「時に、百合は矢橋君をどう思っている?」
「ずいぶんと唐突ですね」
「老い先短い老人だ。ひ孫の恋愛事情ぐらい気にもなろう」
「そうですね……ややズボラな方ですね。だらしない所が多々見受けられます。そちらにももう少し真剣に考えて頂きたいですね。ですが、使い魔が几帳面なのでしょう。身なりはしっかりしています」
「……わしは、『本音』を聞きたいのだがな」
なに、矢橋さんの防諜対策の話ではないのか。矢橋さんは自分が狙われやすいと分かっていながら、警戒が甘い事。そしてそれをおそらく紅蓮殿がいっそ過保護と言える程守っている事についてだと思っていた。私の仕掛けた盗聴器まで壊すのは過保護過ぎると思う。きっと公安がつけた盗聴器とでも間違えたのだろう。
「そうですね……」
矢橋さんについて考える。まあ、兄様が自分の中で第一なのは不動だ。次にそれ以外の家族がくる。そして、だいぶ差があって、兄様に『三銃士』と呼ばれる方々と、私自身の友人達。そこから更に差が、というか超えられない壁があってその他だ。
さて、その中で矢橋さんはどの位置なのだろうか。当然壁の内側ではある。そして、友人達よりもいつの間にか上に来ている。そこまでははっきり言える。
だが、それ以上はどうか。以前矢橋さんを養子に迎えるという話があった時、もし私の兄になったらと考えた事がある。自分は一切の拒否感なく、彼を家族の一員として暮らす姿を思い浮かべた。
彼は、誠実な人なのだろう。兄様への態度。自分と接する時の視線。ひいお爺様と話すときの姿。敵意を向けて来た事も、取り入ろうと動いた事もない。まあ、いやらしい目で見られた事はあるが。
そして、自分を律する事が出来る人でもあるのだろう。自分が英雄となったのは使い魔とスキルのおかげだと、いつも自分に言い聞かせている。自分が何も考えず、ただ周りに言われる姿を『本当の自分』と錯覚してしまったら、きっと堕ちてしまう。そういう人を何人か見てきた。まあ、矢橋さんの場合自己評価が低すぎる気もするが。
何より、優しい人なのだと思う。家族を守ろうとして動いたのは本気なのだろう。少しだけ調べたが、両親に使い魔を送ったのは本気で守るためだ。まあ、そのせいで苦労もしたようだが。
優しい人でなければ、ああも頑なに兄様を男として扱おうとはしないだろう。兄様が男である、男でありたい。その思いを、最大限尊重しようと努力してくれている。その努力の姿勢は、きっと尊いものだ。
それに、兄様が馬鹿をしようとした時は、全力で怒ってくれた。今までまともに殴られた事なんてないだろうに、年下の私に『殴ってくれ』と頭を下げ、そして、兄様相手に本気の喧嘩をしてくれた。
自分の中で、彼がどういう立ち位置なのかいまいちよくわからない。だが、言える事はある。
「私は、矢橋さんの為なら腹を切る事も躊躇しません。たとえこの身が百度引き裂かれようと、あの人を守りたいし、守られたい。そう思います」
「それは、恋か?」
「わかりません。少なくとも私の一番は兄様のままなので、恋ではないと思います」
もしも崖から兄様と矢橋さんが落ちて死ぬとしたら、私は少し迷った末に兄様を助けるだろう。まあ、矢橋さんなら自力で生き残りそうだからというのもある。たぶんゴキブリの十倍しぶとい。ひたすら木刀で殴ったのでわかる。
「難儀な子だ。白無垢姿を見るのは生きているうちには出来んかもな……」
「私はどちらかと言うとウエディングドレス派です」
「……金は出すから、どっちも着てくれ」
「何時になるかはわかりませんが、承知しました」
結婚か……いっそ兄様と矢橋さんが結婚して、そこに私も住めればいいのに。今の世の中、同姓で結婚も受け入れられるべきだ。兄様も男のまま矢橋さんと結婚してくれれば嬉しい。そこらの馬の骨に兄様がかどわかされる可能性が億に一つもある。それは嫌だ。
私は妹だ。兄様と矢橋さんが結婚しても、その家に入り浸ったところでなんの問題もないだろう。ああ、これは幸せな未来予想図だ。とても素晴らしい。
「本当に、難儀な子だ」
いっそ先ほど強引に矢橋さんを風呂場に連れ込んで、三人で洗いっこしたかった。兄妹三人、面白おかしく過ごすのも楽しいだろうに。
サイド 矢橋 孝太
「あ、なんでしょう。なんか凄い寒気しました。けどちょと嬉しい気も……」
「何言ってるんだお前は」
門の前で正樹さんに見送られていると、何やら妙な悪寒がしたのだ。風邪だろうか?いや、この体は風邪をひかないし、その悪寒もちょっと嬉しく感じたのだ。風邪の可能性はない。
「今日はありがとうな、色々」
「はい。一生感謝してください」
「自分で言うなや」
いや自分で言ってもいい気がする。めっちゃ痛かったし。戦う準備を整えるために小沢さんや百合さんに頭下げまくったし。
あ、今思い出すと沸々と怒りが。
「次こんな騒ぎ起こしたら正樹さんの顔面に落書きしまくった後ネットにあげます。ご家族に聞いた面白エピソードと一緒に」
「悪かったって。もう二度としねえよ」
「……言っときますが、僕はマジです」
「はいはい」
わかってんのかこのアーパー。人がどれだけ心配したと。
「……なあ」
「なんですか。悩みなら聞きますよ」
「お前さ、今好きな人っている?」
「なんで恋バナ!?」
修学旅行か?ちなみに小学校の頃クラスメートに『秘密だよ』と約束して話したら次の日にはクラス中に知られていた。そして、その日のうちに当時好きだった子に『キモイ』と言われて撃沈した。あ、思い出したら涙が。
「いませんよ。いても言いませんけどね」
「なんでだよ。言えよ」
「だって絶対いじってくるでしょ。必ず『え~、あの女が好きなのかぁ。アタックしてみろよぉ。なんなら俺が代わりにラブレター書いてやろうかぁ』って言ってくるでしょ」
「どういうイメージだよ。言わねえよ。絶対に」
やたら真剣な顔で言ってくるが、そういう言葉を信じて自分は暗黒の小学校生活を送ったのだ。まあ、いないのは事実なので、教えようがないのだが。
「まあ、今は使い魔ハーレムの主やってますので」
ドヤ顔で言ってから、後悔した。正樹さん現在女性の肉体だ。これは無神経過ぎた。殴られてもしょうがない。自分が逆の立場なら股間を蹴り上げている。……流石に股間狙いできたら回避しよう。
「使い魔ハーレムねえ……」
だが、かえってきた反応はどちらかと言うと挑発するようだ。
「そこに恋愛感情はあるのか?主従の絆はあるかもしれないけど、惚れたとかはないよな。お前からの一方的な欲情はあるだけで」
「ぐう……」
確かに、フェリシア達はハンドラーである自分がお願いしているから致しているに過ぎない。そもそも、使い魔にとって肉体関係への価値観は人間のそれとは違う。
「それに、使い魔は子供が出来ないぞ?今までそんな事例一個もないからな」
「別に、子供が欲しいと思った事はないですし」
「お前の親は違うんじゃねぇの?孫が見たいって言われた事ないのか?」
「それは、ありますけど……」
前に、レイナと稔を見せた時『孫の顔は見れないのだろうか』と嘆かれていた。両親も孫を抱いてみたいと思う感情はあるのだろう。
「だろぉ?親孝行と思って、人間の女の子と恋愛する気はないのかぁ?」
「こ、子供目当てでお付き合いするのは、不誠実でしょう。やっぱそう言うのは好き合った者どうしでないと」
「……なんというか、凄い童貞っぽい。お前の場合素人童貞?」
「言いやがりましたねこの野郎!貴方だって童貞だって百合さんから聞きましたよ!」
「ばっ、ちげーし!俺はあれだから、東条家の人間として無暗にそういう事したらまずいと思っていただけだし!女の子なら周りにたくさんいたし!」
「……なんか、すみません」
「好かれていたと、思っていたんだけどなぁ……」
かつてリアルハーレム主人公状態だったのに、今やその全員に裏切られ、周りにいるのは家族以外変態三銃士と自分。ああ、まともなのが自分しかいないとは。
「変態三銃士にダルタニアン。家族以外まともなのがいねえ……」
「待てや」
いい加減人をダルタニアン枠扱いするのをやめろ。自分に特殊性癖はない。普通に可愛かったり美人だったりする女の子が好きなだけだ。巨乳ならなおよし。貧乳でも可。
「とにかくだ。お前に今好きな子はいないんだな?」
「ハーレムはありますからね?使い魔ハーレムですからね?」
「わかったわかった」
いったいなんだと言うのだ。やたら機嫌よく頷いて。
「時に、百合についてどう思う?」
「この流れで!?」
え、どう考えても、これ百合さんをプッシュしている。のか……?いや、流石にこんな杜撰な事はしないだろう。しないと思いたい。というかなんで百合さん?
「いやな、俺思うんだよ。お前になら任せられるって。百合は母さん似で顔がいいし。乳もでかい。尻も安産型だ。お雨の好みだろ?」
「いや好みではありますけど、自分とじゃ釣り合えないでしょ。それに」
自分は、老いて死ぬことが出来ない。きっと普通の寿命しかない人と、結婚すべきでも子供を作るべきでもないのだ。
「なに考えてるか知らないけどな、百合は強い子だ。俺なんかよりよっぽどな。お前のスキルが色々あっても、変わらず傍にいてくれるさ。体がじゃねえ。心がだ」
そうは言っても、そもそも百合さんは自分など兄の友人Bぐらいにしか思っていないだろう。あれだけの美人で、スタイルもよくて、家柄もいい。性格は……ぜ、善人ではあるから。うん。
「しょうがねえなぁ。とっておきの情報を教えてやる。百合は今Fだが、俺のおっぱいアイによれば成長中でもうすぐGに」
いつの間にか現れたガルーダが、そっと正樹さんの背後に降り立つ。ちょうど敷地内ギリギリだ。
「……百合?もしかして話を聞いてたり」
「見送りにしては長いと、『とっておきの情報』のあたりから近くにいました」
「そっかぁ……」
決して振り返らないまま、正樹さんが儚げな笑みを浮かべる。
「孝太。助けてくれ。俺達、親友だろう?」
「え、すみません誰ですか貴方。僕学校の宿題あるんで帰りますね」
「待てぇ!お前お互いに助け合おうって約束したじゃん!」
「離せえ!こっちを助ける気があるならその手を離せぇ!」
「離さない!絶対に離さない!お前と俺は二人で一つだ!」
「うわっキモ!」
「ぶっ飛ばすぞてめぇ!」
「兄様。ちょっとお話があります」
「やめて、百合、やめて!話せばわかる!だからキツツキはやめて!」
「今だ、空蝉の術!」
「あ、てめえ!」
掴まれていたコートを脱いで走り出す。
「さらばです正樹さん!貴方の事は十分ぐらい忘れません!」
「この薄情者!覚えてろぉ!」
なお、後日プロレス技十連撃をくらった。理性がやばい。
読んでいただきありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします。




