第七十九話 本音
第七十九話 本音
サイド 矢橋 孝太
さて、口では威勢よく言ったものの、未だ戦力差は大きい。
政府のだした研究結果で、現役の自衛官。その中でも上澄みの方で、ようやく一部身体能力がFにギリギリ届く程度。世界樹の加護で最適化されているとはいえ、自分の身体能力は強いて言いうならG+と言ったところか。
それを筋力、耐久、俊敏は2ランク分底上げした。これでようやくE+だ。魔力自体はレベルからCランク相当あるはずなので、総合的に見ればEランクと言ったところか。
ただし、器用のランクはよくてG+のまま。しかも、自分には武術の類は一切経験がない。せいぜい体育で少しやった程度。
対して、正樹さんは今の状態でCランク。突撃槍の能力も合わせればC+といったところか。その上、人間用とは言え武術の経験者らしい。悲しくなるほどの戦力差だ。
だが、彼には迷いがある。武器こそ構えたが、未だ動けずにいるぐらいには。
「なあ、孝太。やっぱり」
何か話しかけているが、明確な隙だ。利用させてもらおう。兜のみを部分解除する。話し合いが通じると思ったのか、正樹さんが笑みを浮かべるが、今更矛を収めるつもりはない。
斧を地面に突き立て、右手に角笛を握り、思いっきり吹く。大音量が採掘場跡地に響いた。
当然ながらこれも装備カードであり、呪いのアイテムだ。効果は、吹いた者のステータスを十分間全て一段階上昇。ただし、角笛を離すことが出来なくなり、狂ったように暴れ続けることになる呪いがかかっている。
角笛を手放し、斧を掴む。兜も付け直して、一息に正樹さんへと斬りかかった。
「くっ!」
「『ブーステッドツリー・スプリンター』」
瞬間的にCランク相当に強化された腕力で斧を振り下ろす。だが、それはあっさりと突撃槍に受け止められてしまった。
「待て、孝太!こんな事に意味なんてっ!」
草履をはいている正樹さんのつま先を踏み砕こうとしたが、斧を受け流しながら回避された。だが、すぐさま左手の盾で殴りつける。防がれたものの、数メートル吹き飛ばすことに成功。着地と同時に突撃して斧で斬りつけると見せかけて、盾ごとタックルする。
「ぐう!?」
さすがに直撃した正樹さんが苦悶の声を上げる。
「反撃しないならこのままぶっ飛ばしますよ」
「……わかった」
「は?」
あろうことか正樹さんが槍を下ろした。こちらが斧を構え、今にも突撃しそうだというのに。
「お前が、俺に怒っているのはわかってる。だから気が済むまで殴れ。使い魔も今もどす。だから―――」
「ふざけんなよ男女」
「……あ?」
こうなったらしょうがない。『逆鱗』に触れさせてもらおう。
「僕は、正直言うと貴方に同情してます。理不尽に体を奪われて、人生が滅茶苦茶にされて、友達だと思っていた人達にも裏切られて、そして今はよくわからない組織に狙われている。泣きたくなるぐらい不運な人生だ」
「おい……」
「まさに悲劇のヒーロー。いいえ、今はヒロインですか?ええ、ええ。辛いでしょうね悲しいでしょうね。けどね。いい加減うざいんですよ」
「おい……!」
「何時までうじうじしているつもりですか?そんなに同情してほしいんですか?ああ、かわいそうな正樹『ちゃん』。家族の為友達の為その身を犠牲にしようとする悲しきヒロイン」
「黙れよ……」
正樹さんの手に力がこもるのがわかる。槍の穂先が自然とこちらに向く。そう。それでいい。
「馬鹿じゃないですか?そんな一人よがり、迷惑なんですよ。自己満足ならよそでやってくれます?」
「黙れ!」
正樹さんが一瞬で接近し、突撃槍で殴りかかってくる。だが、その単純な動きは魔眼で予知済みだ。突撃槍を盾で横に殴りつけ、斧の柄でその鼻を殴りつける。
「おらぁ!」
だがそれでも怯まない。左の拳がこちらの腹に直撃し、体重差など無視してそのまま吹き飛ばす。
「がっ……!」
予知しても回避しきれない。咄嗟に後ろへ跳んだが、それでも生身でボクサーに殴られたみたいだ。吐きそうになるのを堪えるの精一杯で、涙で歪む視界越しに正樹さんを睨む。
「取り消せよ。俺はっ」
「いつまで!……いつまで、そうしていじけているつもりですか?見飽きたんですよ。そんなの」
ダメージは紅蓮が肩代わりしてくれる。それでも痛いものは痛い。衝撃と痛覚だけはそのままなのだ。
痛みにはこの一週間で慣れた。それでも痛いのはつらい。泣きたい。帰りたい。だけど、引けない。
「かかってこいよ男女。ぼっこぼこにしてやる」
「こうたぁ!」
鋭い踏み込みから放たれた突き。それをギリギリで盾で受け流すが、次の瞬間突撃槍が跳ね上がり、脳天目掛けて振り下ろされる。
寸前で斧を掲げて防ぐが、力負けして頭を殴られる。揺れる視界のなか、魔眼が発動する。しかし対応が間に合わない。正樹さんの前蹴りが胸に直撃し、呼吸が一瞬止まる。
鎧も含めれば百キロは軽く超えている体が、人形のように蹴り飛ばされる。岩肌に直撃し、体が少しめり込んだ。立ち直るのが遅れた所に、正樹さんの突撃槍が迫る。
突きではなく振り回すことで打撃を叩き込んでくる。それを盾をかざして亀のように耐え続けるしかない。一撃ごとに周囲の岩が吹き飛び、体がめり込んでいく。
「お前に、何がわかるんだよ!俺が俺じゃなくなって!友達も友達じゃなくなって!わけわかんねえんだよ!なんで俺が、俺がこんな目にあわなきゃなんねんだよ!」
「このっ」
「俺がやってるのは自己満足?ふざけんな!お前らだってそうだろうが!俺に同情して、優しくして、それでいいと思ってんだろ!皆、皆目で言ってるもな!『諦めろ』って!現実を受け入れろって!」
押し返そうとした瞬間、横薙ぎの一撃で吹き飛ばされる。二度地面にバウンドした後、どうにか態勢を整えた。
ゆっくりとした動作で、正樹さんが穂先をこちらに向けてくる。
「お前だってさ。俺の事、本当は女として見てんだろ?どこ見てるかわかるって、本当だな。お前よく俺の胸とか尻見てるもなぁ!そして毎回すぐに目をそらして、申し訳なさそうにするんだ!お前こそうざいんだよ!」
「『ブーステッドツリー・スプリンター』」
再び放たれる高速の突き。盾で受け流そうとしたが、今度は失敗して盾が弾き飛ばされる。技量も足りないし、筋力と器用のランク差で指先まで上手く動かせない弊害が出た。
だが、槍の内側には入れた。そのまま至近距離で斧の柄頭で眉間を撃ち抜こうとする。しかし、それは正樹さんの左手で受け止められる。そのまま脇腹に蹴りを受け吹き飛ばされた。地面に転がりながら、盾の位置を確認する。ダメだ。あの位置では取りに行くのは難しい。
盾を失った事で、底上げされていた耐久が落ちる。そこへ再び突撃槍によるチャージ。魔眼を頼りに両手で持った斧を槍にぶつけ、そのまま滑らせる。近すぎて斧を振れないが、かわりにそのまま右肩でタックルをいれる。
「ぐぁ!」
今度吹き飛ばされたのは正樹さんの方だ。乱れた呼吸のまま、こちらも口を開く。
「ああそうだよ!あんたを女として見るたびこっちは罪悪感だらけだよ!だってのに無防備に近づきやがって!自覚してんなら気をつけろよ!」
「それは……!お前なら、信じられるから……!」
「甘えてんのかよ!じゃあもっと甘えろよ!」
「は?」
「なんでこっちの事ばっか気にしてんだよ!あんたがどうしたいのかはなぁ、こっちはまだ聞いてねぇんだよ!」
「それは……」
槍の穂先が少し下がる。その隙に接近し、斧を叩きつける。突撃槍の柄で受け止められたが、構わず両手に持った斧を押し込みに行く。
「くっ……!」
「こっちだってあんたに迷惑かけてんだろうが!葛城始子の事とか!天岩戸の時だって、あんたがいなけりゃ勝てなかった!」
「あれは、お前だっていなかったら勝てなかっただろ!それに、葛城始子はお前が被害者で」
「あんたも被害者だろうが!」
力が緩んだ所に斧を振り切る。正樹さんは咄嗟に後ろにさがって距離をとった。
「言えよ!自分がどうしたいのかさ!あんたは本当は何が欲しいんだ!何がしたかった!言ってみろよ!」
「言えるわけ、ないだろうが……!」
正樹さんが強くこちらを睨んでくる。
「もう散々迷惑かけてんだ!これ以上迷惑かけられるわけないだろ!大事にされてんのはわかるよ!けど、俺だって家族や友達が大事なんだよ!お前だって!」
「ああそうかよ!大人のつもりかあんた!いくつだよ!高2だろ!?まだガキじゃねえか!親に、友達に、もっと甘えろよ!」
「お前が言う事か!」
「言ってやるよ何度でも!」
再度殴りかかってくる正樹さんを、ひたすら斧で受け流す。だが、さばききれずにまた殴り飛ばされた。岩肌に叩きつけられ、また殴られて削っていく。
「おらぁ!」
「ちっ」
体を岩肌で削りながら、斧を叩きつけて石礫を正樹さんの顔面に飛ばす。純粋な人間だったころの名残だろう。咄嗟に目をかばった正樹さんに、思いっきり斧を叩きつける。刃の部分をぶつけたつもりだったが、手元が狂って刃の腹の部分で殴ってしまう。
「あんたにとって僕はなんだ!それをもっと考えてみろよ!後輩か!?守るべき相手か!?どれも否定しねえよ!あんた強いもんな!年上だもんな!けどなあ!」
「うるせえんだよ馬鹿!さっきからぐちぐぎと!お前は俺の何なんだよ!」
突撃槍が迫る。右側は岩肌。左からねじ込むように迫る穂先。前後に避ける余裕はない。なら強く斧を握りしめる。手放してしまわないように。
「友達に、決まってんだろ!」
脇腹を突撃槍が抉っていく。痛みと衝撃で目の奥がチカチカする。鎧は貫かれ、体を槍が貫通する。それと同時に、近づいた正樹さんの脳天に斧を叩きつけた。今度は、しっかり刃の部分で。
「そこまでっ!」
瞬間。金色の風が巻き起こったと思ったら、正樹さんと二人別の方向に弾き飛ばされた。
「両者、そこまでです。それ以上の戦闘は認められません」
百合さんがゆっくりと近づいてくる。その場に座り込んでいると、ガルーダが立ち上がらせてくれた。
「ありがとう……」
立ち上がり、貫かれた箇所を確認する。鎧もその下に着ていた服も風穴があいているが、肉体には何もダメージがない。視線を向ければ。紅蓮の胴体にひびが入っていた。既に再生が終わりそうだが、頭を下げる。紅蓮には本当に酷い事をしたと思っている。
「おい……」
「なんですか馬鹿野郎」
未だに座り込んだままの正樹さんが口を開く。その視線は清々しいぼど青い空へと向かっている。
「甘えさせろ」
「内容によりますが、どうぞ」
「俺は、お前といたい」
空から視線をもどし、こちらを見つめてくる。
「家族とも、友達とも離れたくない。それを邪魔する奴は殴り飛ばしたい。手伝え」
「いいですよ。かわりに、僕の方にくる厄介ごとも手伝ってください」
「のった。約束だぞ」
「ええ、男同士の約束です」
鎧を解除し、正樹さんに近づいて手を差し出す。彼も槍を消し、手を取って立ち上がった。
「なんというか……男の人達ってもしかして馬鹿なのでしょうか……?」
近づいてきた百合さんが大きくため息をつく。
「あれだけお爺様たちが言葉を尽くして説得しても聞かなかったくせに、ご友人と殺し合い一歩手前の喧嘩でようやくわかるなんて……」
「いや、男全体ではなく、正樹さんが特別馬鹿なだけです」
「おい待てや」
「いえ、兄様が馬鹿なのは認めますし、そこが可愛い所だと思いますが、矢橋さんもたいがいです。普通実行には移しません」
「言われてやんの」
「うるせえですよスカポンタン」
「お前先輩に向かって、いやスカポンタンって久々に聞いたわ。普通使わねえよ」
「正樹さんだけですよ。こんな事言うの」
「ツンデレ風に言っても誤魔化されねえよ?普通に罵倒だからな?」
なんか騒いでいる馬鹿は放っておいて、紅蓮に歩み寄る。
「ごめんな、紅蓮。お前に傷を負わせた。それもこんな形で」
深く頭を下げようとするが、肩に手を添えられて止められた。顔を上げると、紅蓮は親指を立てている。しかも、何故だか機嫌がよさそうだ。何を喜んでいるのだろうか。
「ちょ、いてえよ!?悪かったって!本当に!」
向こうで正樹さんがユニコーンに角でつつかれている。自業自得だろう。反省してほしい。
「とりあえず、お二人とも家に行きましょう。お風呂に入ってください」
「あいよぉ」
「あ、いえ。僕は自分の家で」
「その恰好でお帰りになるつもりですか?」
自分の恰好を見下ろす。全身土まみれなうえに、脇腹に大きな穴があいている。
「すみませんが、お世話になります」
「はい。こちらこそ、愚兄がお世話に……」
「いや愚兄はないだろ。賢いとは言わないけど愚かではないだろ」
「兄様。私はどんな兄様でも愛していますよ」
「否定して?愚かってところ否定して?」
紅蓮を戻して、漫才をしている兄妹に近づく。
「正樹さん、諦めましょう。愚かって言われてもしょうがないぐらい脱走騒ぎで迷惑かけてます」
「ぐぅ……すまん、百合。俺が馬鹿だった」
「わかればいいのです。兄様」
いつの間にか近くに止められていた高級車に乗り込む。今更だけど。こういう車って緊張するな……。
「あ、そうだ孝太。洗いっこしようぜ」
「嫌ですよキモイ」
「キモイ!?お前今日は特段に酷いな!?俺先輩だぞ!?」
「大丈夫です。いい意味で、ですから」
「それ魔法の言葉じゃねえんだよこのむっつり!変態三銃士のダルタニアン枠!」
「言いやがりましたねこのおっぱい星人!」
「車内で暴れないでください。邪魔です」
「「ごめんなさい」」
その後、洗いっこはどうにかして回避した。何考えてんだあの馬鹿。
読んでいただきありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします。




