第七十八話 喧嘩
第七十八話 喧嘩
サイド 矢橋 孝太
正樹さんに喧嘩の約束を取り付けた夜、小沢さんに電話をかける。
「もしもし、矢橋です。お世話になります」
『はい、小沢です。どうかなされましたか?この前教えていただいたフェアリーのハンドラーの件でしたら、被害者の方々への配慮も必要ですので、あまり現状をお話しできませんが』
「ああ、いえ。その件ではなく、お願いしたい事があるんです」
『お願いですか?可能な限り叶えさせていただきますが……』
「ありがとうございます。実は五日以内に手に入れたいカードがあるんです」
存在は知っているが、『政府で取り扱いに制限がされているカード』だ。一般の店では購入できない。こういう時、政府側とのコネって便利だと実感する。
相手は正樹さん。普通の手段では勝ち目など皆無。故に、本気でいかせてもらう。
『え、正樹さんと喧嘩するの?』
「おう。使い魔無し。スキルあり。武器あり。一対一」
『バカだろ』
『え、新手の自殺か?』
「うっせえ。こうやって逃げ道塞いどかないと今からでも謝りに行きそうになるから話してんだよ」
変態二人にSNSで正樹さんとの喧嘩を伝える。まあ、逃げ道を塞ぐという点ではもう源一郎さんと百合さんの前で言っちゃった時に、もう逃げられない気がするが。いや、あの二人なら『わかった。じゃあ自分があの馬鹿と喧嘩する』と言い出しかねない。
『つうかなんでそんな事になったんだよ』
「え……音楽性の違い?」
『黙ってろ音痴』
『お前がバンド始めたら伝説になるわ。悪い意味で』
「ほっとけ」
正樹さんの体の事が関わるので、詳しい事情は話せない。本人が口にするならともかく、勝手に伝えるのは違うだろう。
「というわけで、一週間後に喧嘩するから応援してね」
『え、俺今月ソシャゲのイベントで忙しいわ。明日始まるイベントは素材が旨いんだよ』
『俺は暇だけど面倒くさいからパス』
「僕たち友達だよねぇ!?」
『HAHAHA、当然じゃないかブラザー』
『当たり前だろブラザー』
うっわ、字面だけでも凄い棒読みってわかる。
『つうか日付がわかってもどこで喧嘩するか分からないなら応援に行けなくね?』
「ほら、心はきっと届くから」
『きめえ』
『ストレートにキツイ』
「うるさい黙れケツにタイキックするぞ」
『さーせん』
『めんご』
この二人、さては既に面倒になっているな?
『つうか下山は?』
「いや、なんか『近所の幼稚園でボランティアの募集があったからそっちで忙しい』って」
『おい、早く国家権力に連絡しろ。手遅れになっても知らんぞ』
『さ、流石に手は出さないだろ……たぶん』
「……ちょっと不安になってきた」
ちなみに、後で聞いたのだが下山は幼稚園や小学校に通っている子供がいる親御さんに評判がいいそうだ。あいつどういう擬態してんだ……。
喧嘩を取り決めた次の日、こっそり百合さんに稽古を頼んでいた。
「本当にやるんですか?」
「はい。お願いします」
貸してもらった防具を身に着け、道場の中央に立つ。正面には、はかま姿の百合さんが木刀を構えている。
たった一週間で自分自身が劇的に強くなるというのは、スキルや装備に頼らないと無理だ。少なくとも、武術を習得するのはよほどの天才でもなければ無理だ。まあ、受け身の取り方ぐらいならいけるかもしれないが、その辺どうなんだろう。
自分に武術の経験も知識もない。だからといって助言を百合さんに貰うのも違うだろう。だが、自分一人では難しいし、家でやったら親に止められそうなので、東条家で手伝ってもらうしかない。
「まさか、矢橋さんにこんなご趣味があったとは……」
「違いますよ?特訓ですからね?」
「わかっています。軽い冗談です」
真顔で言わないで欲しい。本気でそう思われているかと思った。
「では、参ります」
「よろしくお願いします」
そう言って、ひたすら百合さんを見つめる。次の瞬間、魔眼が肩に木刀が直撃するのを予知した。だが、『避けない』。
「がっ!?」
右肩に激痛。鈍い音が響いた。とんでもなく痛い。思わず肩を押さえてうずくまってしまう。
「大丈夫ですか?」
「……はい、大丈夫です。お願いします」
もしかしたら骨も逝っていたかもしれないが、世界樹の加護ですぐに治る。立ち上がって、また仁王立ちする。
自分が考えた訓練は『殴られる訓練』だ。考えた時は自分でもアホかと思ったが、今まで殴り合いのけんかだってした事がない。きっと、このまま正樹さんと喧嘩したら一撃掠っただけでのたうち回るかもしれない。
そうなっては勝負どころではない。なら、慣れるしかないのだ。幸い、この体はスキルの影響で頑丈で、そのうえどんな傷でもすぐに治る。慣れるまで殴られ続けても、再起不能になる事は絶対にない。
「……いきます」
「はい」
既に足が震えそうだ。殴られる瞬間も目をそらしたい。だが、まっすぐと百合さんを見つめ続ける。戦いの最中、恐いからと相手から目をそらす馬鹿はいてはならない。
……そういえば、Fって正樹さんが言っていたな。
「せいっ!」
「ごはぁっ!?」
思いっきり胴を打たれた。吐きそうになる。やばい。もう帰りたい。泣きそう。
そうして、一週間はあっという間に過ぎ去った。何度も正樹さんから考え直すよう電話があったし、昨日ついに道場で百合さんにド突かれているのがバレて怒られたが、とりあえず『うっせえバーカ』とだけ言ってやった。
東条家の車に送ってもらい、採石場跡地に到着する。既に正樹さんがはかま姿で待っていた。その少し離れた所に百合さんもはかま姿で立っている。
「おせえよ」
「すみません。道が混んでいたので」
「そんな連絡きてねえよ」
「あ、私にはきてましたよ」
「はぁ!?言えよ!?」
「それも作戦の一部と判断したので。それに、ギリギリ予定の時刻には間に合っています」
百合さんが正樹さんからふいっと顔をそらす。彼女もまだ正樹さんに怒っているらしい。自分もだ。
「それじゃあ、始めましょうか」
「なあ。もう俺の負けでいいから、やめにしないか?こんなのおかしいって」
「嫌です。貴方がノーガードで攻撃を受けるって言うならひたすら殴り続けますよ」
「構わねえよ。いや、ダメだ。お前が拳を痛める。治るからって、傷つけていいわけじゃない。もっと自分を大事にしろ」
「マジでぶん殴りますねこの馬鹿」
何が自分を大事にしろだ。鏡を見て言え。
「では、両者構えてください」
百合さんの傍に、いつの間にかガルーダが佇んでいる。
「紅蓮」
「……シロ」
互いに一番頑丈な使い魔を召喚する。これが正樹さんから出してきた条件だ。これなら、互いのダメージは本人ではなく使い魔に行く。お互い使い魔に押し付けるようで不本意だが、万一があってはならないというのは同意できる。
「ごめん、紅蓮」
紅蓮に謝ると、サムズアップで返してくれた。
「悪いな、シロ……おい、そっぷむくなよ。後でニンジンやるから」
向こうで正樹さんもユニコーンに話しかけているが、無視されている。あれ、使い魔も怒ってないか?
お互いの使い魔に『ブーステッドツリー・ロングディスタンスランナー』をかける。これで使い魔がロストする事はそうそうないだろう。ただ、気になるのは正樹さんを無視していた彼の使い魔が、自分には頭を下げてきたのだ。
使い魔がハンドラーを無視して他人に従う姿勢を見せるなんて初めてだ。正樹さんも動揺していたが、自分にはなんとなくわかったのだ。このユニコーンも、馬鹿を止めてくれと思っているのだろう。
「では、両者武器を」
「俺は……」
「はい」
百合さんの言葉に従い、魔力を流し込んで、『装備カード』を起動させる。
全身を禍々しい鎧が包みこみ、肩からは血のように紅いマントが流れる。右手には漆黒の戦斧。左手には悪魔の顔を模した盾が握られる。
「おま、それってまさか……!」
「はい。『呪いの装備』です」
呪いの装備。その名の通り、身に着ければ数々の呪いが装着者に襲い掛かる。
例えばこの鎧。身に着ければ筋力、耐久、敏捷をワンランク分強化するという、破格の性能を持つ。ただし、使い魔には装備不可能かつ、つけている間一秒ごとに寿命が十年なくなる。当然解除不可。一度身につけたら死ぬまで脱げない。
次に、このマント。つければ敏捷がワンランク上昇。ただし、常に装着者に幻聴を聞かせ、自殺へと追い込む。これも解除不可。そして使い魔にも装備不可。
右手に持つ斧。これは筋力をワンランク上昇させる。代わりに、握った者は理性を失いただひたすら目の前の物を破壊する事に熱中するようになる。握ったら離せなくなるし、最後には自分自身が壊れると言われる。
左手の盾。耐久をワンランク分上昇させる。ただし、どれだけ軽い攻撃でも受ければ一撃ごとに記憶をランダムに十年分失う。解除不可。そして使い魔には装備不可。
斧以外使い魔には装備不可。全部呪われている。どれか一個だけでも自殺志願者でもなければ身に着けない。だが、自分なら大丈夫という確信があった。まあ、本当にヤバかったら契約する時に魔眼が発動しているだろう。
世界樹の加護。これによりあらゆる呪いはこの身を汚せない。こういう装備の存在は知っていたが、これだけ装備しても自分では今の稔にすら勝てない。もし使い魔より前に出ようものなら、Cランクのダンジョンでも死にかねない。
なので、こういった装備もあるだけ無駄と思っていた。だが、目の前の馬鹿を殴るには必要だ。小沢さんに頼んで、買い取らせてもらった。
「武器を構えてください、正樹さん。でなきゃドタマかち割りますよ」
「お前……」
「お気づきと思いますが、僕はマジです」
ようやく正樹さんが突撃槍を召喚し、手に構える。
「では……いざ尋常に。はじめ!」
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