第六十五話 東条源一郎
第六十五話 東条源一郎
サイド 矢橋 孝太
その日の放課後、制服のまま正樹さんの家に向かう事になった。
「百合は塾だろうから、今日はひい爺ちゃんだけだな。見た目怖い人だけど、まあ……そう身構えなくていいぞ?」
「は、はあ……」
そう言われても、緊張するなと言うのは無理な話だ。正樹さんのひいお爺さんはいったい何者なのかと歩きながら説明してもらったのだが、とんでもない人だというのがわかった。
まず、御年百七歳の御高齢であり、第二次大戦の時は海軍の士官として参戦していたとか。ここまでなら『へえ、凄いですね』で済む。あの大戦の生き残りと言うだけで敬意も生まれるだろうが、それだけだ。ここまで緊張しない。
だが、問題なのがあの『東条グループ』の元会長だとはいったい誰が予想できるというのだ。いや、有名政治家からお歳暮とか送られているとは聞いていたし、大きな家に住んでいるのは知っている。だが、それだけで東条グループの一族と誰が想像できるのか。
元々は地域の地主だったのが、戦後すぐの頃に小さな会社を設立。そこから時代の流れを乗りこなし、何度かの不景気にも屈することなく大きくし続けて、今や日本有数の大企業である。たしか二年前ぐらいから使い魔のカードやアイテムといった、ダンジョン関係に手を出してシェアを拡大しているとか。
なんでそんな大企業の一族がこんなギリ田舎と言える場所にいるんだよ。もっと都会に住めよ。ギロッポンとか。八王子とか。いやよく知らんけど。
「まさか正樹さんの家があの東条グループだったとは……」
いい所の出なんだろうな、とは思っていた。だが、これはいい所を通り過ぎてヤバい所である。
「あー……すまん。もし距離を置かれたらと思って黙ってた。別に大した家じゃないし、気にせず今まで通りに接してくれ」
「へへー、わかりやしたぜ若旦那。肩をお揉みしやしょうかい?」
「露骨っ!?」
いかん、つい遺伝子レベルで引き継がれてきた三下根性が出てきてしまった。自分でも驚くほど自然にもみ手をしていた。
「つうか、凄いとか、ヤバいとか言ったらお前もだろうが」
「え?いやあっしはただの平民でやんす」
「天岩戸作戦を成功に導いた立役者の一人であり英雄の一角。現役の冒険者にして政府公認のBランク冒険者であり、その使い魔は精強にして堅牢。本人のスキルも規格外。これで一般人は無理があるからな?」
「マ?」
羅列されるとなんかすごい人っぽい。だが、自分をそんな実力者だとは思えない。使い魔ありき、スキルありき。それらの実績は使い魔とスキルが本体と言っても過言ではない。
「お前、やたら自己評価が低いよな。まあ調子にのられてもうざいけど」
「う~ん。そういうもんですかねぇ」
「そういうもんだ。お前はもう少し周りからどう思われているか考えろ。あと自分の有用性も」
「あ、有用性は少し自覚しています。でなきゃアメリカに引っ越すぞって小沢さん相手に脅迫しませんよ」
「なにしてんの?」
「テヘッ」
珍獣を見たって顔している正樹さんにウィンクして返す。
「きめえ」
「ひでぇ!?」
そうこうしていると、正樹さんの家についてしまった。あ、今になって緊張でお腹痛くなってきた。帰りたい。スキルのおかげで体調が崩れるわけないので、百パーセント精神的なものである。
「若旦那、ポンポン痛くなってきたので早退してしいですか」
「え、うちのひい爺ちゃん相手にドタキャンすんの?もう連絡して待っていると思うんだけど」
「何待たせてるんですか。歩いている場合じゃなかったじゃないですか!?」
親しき者にも礼儀あり。いくらひ孫だからってなんつう人物を待たせてるんだこの馬鹿。というかしっまった。自分は手ぶらだ。菓子折りの一つも持っていない。いや待て、そもそも大企業の一族宅へ持っていくのに足る菓子折りってなんだ?
「なに百面相してんだよ。さっさと入るぞ。ただいまー」
「待って、心の準備をさせて!?引っ張らないで!?いやぁ!?誰か男の人呼んできてぇ!?」
「お前さては余裕あるな?」
靴を脱がされて綺麗に掃除された廊下を引きずられて行く。テンションがおかしいのは余裕があるからじゃない。ただ脳の制御装置的なものがパニックで混乱しているだけだ。危険が危ない。
「ひい爺ちゃん、ただいま。開けていいか?」
奥の方にある部屋の前で、襖越しに正樹さんが室内に声をかける。渋い声で『入りなさい』と返ってきたので、『失礼します』と正樹さんが入っていく。その後ろを、全力で背筋を伸ばして続く。
本当は出来るだけ体を小さくさせたいが、失礼があってはいけない。前に見た自衛隊の歩き方を意識して動く。
「楽にしなさい」
上座に座っている老人が敷いてあった座布団を指す。正樹さんは自然にそこへ胡坐をかいて座る。はしたない。スパッツ履いているからってスカートの中が丸見えだ。まあ、現在そんな事を指摘する余裕はないのだが。
「失礼します」
上ずった声で座布団に正座する。こういう時の正しい礼儀作法とか知らない。名乗りとかいつすればいいんだ。
「初めましてだな。正樹が世話になっておる。儂は東条源一郎だ。よろしく頼む」
源一郎さんは見るからに『ザ・カッコイイお爺さん』って感じだ。仕立てのいい着物を自然と着こなし、長い白髪を後ろでまとめている。顔に刻まれた皺がそのまま貫禄へとかわり、鷹の様に鋭い眼光がこちらを射抜いてくる。
「は、初めまして。矢橋孝太と申します。正樹さ、先輩にはいつもお世話になっております」
よくわからないけど指をついて頭を下げる。あ~、お腹がキリキリいいだしたんじゃぁ~。
「そう畏まらなくていい。君には借りがあるのだ」
「か、借りですか……?」
え、何かしたっけ……この人に何かした覚えはないし、正樹さんに何かした覚えはない。強いて言うなら人間ビーム砲にして霜の巨人やゴルゴーンに撃ち込んだぐらいだ。……あれ、これ大丈夫?切り捨てられない?
「君がいなければ何度正樹は死んでいたかわからん。何より、心を救ってくれた。感謝の念が尽きん。本当にありがとう」
「はわ、はわわわ」
源一郎さんが膝に手をついて頭を下げてきた。変な声が出てきてしまう。金崎元大臣に頭を下げられた時も申し訳なさが出てきたが、今はその時の比ではない。正直吐きそう。
「俺からも、いつもありがとうな、孝太」
「あ、じゃあ今度カラオケ奢ってください」
「俺への対応雑じゃね!?」
しまった。正樹さんが何か真面目な顔しだしたのでとりあえずイジッてしまった。あの東条グループを立ち上げた御仁が目の前にいるのに。
「し、失礼しました」
「よい。今後もそ奴の友達であってくれ」
慌てて源一郎さんに頭を下げるが、その顔には小さく笑みが浮かんでいる。セーフ?よくわからないけどセーフ?
「さて。学生にこの時間あまり長居させるのもいかんだろう。本題に入ろう」
ピシリと空気が張り詰めたのがわかる。正樹さんも氷に様な表情に変わっているし、めっちゃ怖い。やっべ、エチケット袋持ってないや。
「電話で話した通りだ。葛城始子って女を捕まえるのに協力してくれ」
「それは構わん。だが、お前と孝太君が自ら打って出るのだな?」
「ああ。俺らが売られた喧嘩だ。いや、人死にが出てる。喧嘩じゃ納められねえ」
「……貴様の意思はわかった。孝太君、君も同じ気持ちかね」
二人の視線がこちらに向く。口の中に上がってきた酸っぱいものを唾と一緒に飲み込んで、気合で口を開く。
「はい。たとえ一人でも、使い魔と共に葛城始子を捕まえるつもりです」
これはしっかり伝えなければ。怖いけど、そこは譲れない。あの女は何としても捕まえなければ。
「君が出る必要はない。私の手持ちに対応させるという手もある。正樹の友人だ。全力で潰させてもらうとも」
「……お気持ちはありがたいですが、私もひく事は出来ません。あの女の狙いは自分です。他人事ではありません」
「ほお、儂には任せておけんと」
「いいえ。これは……僕のケジメの問題です」
自分でも、ここまで意固地になる必要はないと思っている。正樹さんなら葛城始子を捕まえる事も出来るかもしれない。一人では厳しくても、源一郎さんが手伝うなら自分の出る幕はないかもしれない。
だが、あの女は捕まえると決めたのだ。今更『じゃあ後はお願いします』とは言えない。……めっちゃ言いたいけど。
「……よかろう。では、君と正樹を中心として葛城始子への対策を考えよう」
「ありがとうございます」
今度は、焦ることなく頭を下げる。昨日の事を思い出したら落ち着いてきた。あの狂人を半殺しにする。それだけだ。
「既に子飼いが動いておる。それで分かっている情報を話しておこう」
どうでもいいけど子飼いってなんだよ。なんでそんな映画みたいな単語スッと出てくるんだよ。怖いわ。頼もしいけど。
「葛城始子。使い魔はオークチャンピオンのみ。他の使い魔は契約しておらん。昔組合の者が尋ねたところ、『浮気になる』と言っていたらしいから、今新しく契約を結ぶことはないだろう」
それはホッとする。ただでさえ強力な使い魔を連れているのだ。ここから更に戦力を増やされてはたまらない。
「だが、安心はするな。自分が契約をしないだけで、ハンドラーを雇わんとは限らん。今あの女はとある地下組織に身を寄せておる。そこで何人か戦力を借り受けるだろう」
「地下組織、ですか?」
「うむ。本拠地はロシアにあったらしいが、今は北海道を中心に活動しておる。その下部組織にいると、『友人』から情報があった」
なんだよ友人って。何者だよ。いややっぱ聞きたくないわ。
「安心せよ。潜入している捜査官が元々の情報元だ」
よかった。反社会的なあれと関係はもっていないらしい。代わりに聞き捨てならない情報元な気がするけど。なんでそんな人とコネがあるんだよ。お金持ちとはいえ一般人でしょ貴方。
「古い付き合いの探偵も使っておる。現在地を特定するのもそう遠くはない。だが、気をつけねばならんのが、奴のスキルだ。どうやら感知系と治癒に関するものを持っているらしい」
やはり感知系をもっていたか。警察だけで捕まえるのは難しいだろう。
「既に、孝太君と交戦した後警察官十七名が殺されておる。警察も本腰をいれるだろうが、数も戦力も足りておらんだろう。昔世話をしてやった奴が今そこそこ発言力を得ておるから、そ奴にお主等二人をねじ込ませる」
「はい、お願いします」
「もし葛城始子を捕まえる事が出来たとしても、公式には警察の手柄となるだろう。もっとも『噂』程度は流れるかもしれんが……基本的には世間からお主等が称賛されることはない。それは覚悟しておけ」
「勿論です」
こっちが無理やりに警察の領分を冒すのだ。非難されこそすれど、称賛されるいわれはない。
「よろしい。お主等が警察に協力出来る様になるのに長くて三日かかる。葛城始子の現在位置を補足するのに一週間ほど。奴に時間は与えん。これ以上余計な事はさせんよ」
最長で十日。とんでもないペースだ。それが本当なら、このご老人はいったいどれほどの力を持っているのか。
「……さて、葛城始子の件についてはこれ以上詰めるのは出来ん。奴との正面対決をする場所もこちらで用意しておく」
「は、はあ」
なら話は終わりだろうが、源一郎さんとしてはまだ終わっていないらしい。
「孝太君。君のスキルについて、確かめたいことがある」
読んでいただきありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします。
もう一つの連載作品の名前を『異世界成り上がり~チートがあっても大変です~(旧題:異世界にチート転生して成り上がったら日本が来た件について)』に変えさせていただきました。




