第六十六話 火種
第六十六話 火種
サイド 矢橋 孝太
「儂にスキルを使ってみてもらえんか」
源一郎さんの言葉に、疑問符を浮かべる。もしかしてどこか体が悪いのだろうか。いや、年齢を考えれば当然ともいえる。力を貸してもらえるのだ、治療ぐらいしてもいいだろう。
「え、ひい爺ちゃんどっか悪いっけ?」
「儂はまだ現役だ」
「じゃあかける必要なくね……?」
正樹さんが首を傾げていると、源一郎さんがため息をつく。
「確かめたい事があると言っただろう。お前は本当に頭の回転は悪くない癖に人の感情を読んだり行動の意味を理解しようとするのが」
「ま、待ったひい爺ちゃん。孝太もいるんだし勘弁してくれ」
「む、すまんな孝太君」
「いえ、お気になさらず。えっと、では使わせていただきます」
そう断ってから、源一郎さんに世界樹の加護をかける。彼は手を何度か握っては開いた後、静かに立ち上がる。
「ついてきなさい」
そう言ってなんと部屋に飾ってあった日本刀を掴んだかと思うと、襖をあけ廊下の先にある中庭に下駄をはいて降りて行った。
いや、なんで日本刀?源一郎さんは日本刀を腰に挿すと、ゆっくりと鞘から刀を抜いていく。その動きに驚くほど淀みはない。
そのまま更に少しこちらから離れ、刀を振り始める。速い。しかも凄く綺麗だ。剣舞とかそういうのではないだろうに、洗練された機能美が素人の自分でもわかる。
それから五分ほど刀を振っていると、効果時間が切れたのが感覚的にわかる。源一郎さんは剣先を地面に向けながら何かを考えているようだ。
「……孝太君、もう一度加護を儂にかけてみてくれ」
「え、わかりました」
「その後、すぐにもう一度かけてくれ。確か、それで解除されるのだったな」
「……?そうですけど、はい、わかりました」
何がしたいのかわからない。まあ、とりあえず従っておこう。この人の事だから何か考えがあるのだろうし。……どうでもいいけど、なんでそんなに自分のスキルについて詳しいのか。個人情報とはいったい。
言われた通りスキルを二回連続で使う。加護が解除されたのを感じながら、源一郎さんの反応を待つ。
彼はそのまま数度刀を振った後、凄まじく大きなため息をついた。
「なんと難儀な……」
「え、えっと……」
もしかして何かよくない事があったのだろうか。相手は百歳越えの老人だ。どれだけ実年齢よりしっかりしているように見えても、いつぽっくり逝くかわからない。
そう思って焦るが、正樹さんは真剣な表情でこちらに目を向けてくる。
「なあ、孝太。今はもうバフが切れてるんだよな」
「それは、はい。そうですけど」
突然何を確認しているんだ?いや、待て。もしかして源一郎さんの体に起きた異変に何か関係しているのか。
「動きが良くなってる。バフが切れているはずなのにだ。それに重心も安定している気がする。どうなっているんだ?」
え、そんなこと言われてもわからない。というか、そんな動き変わっているの?自分にはただ『凄い』としかわからなかったんだけど。
「うむ。単刀直入に言おう。『若返っておる』」
「は?」
なんだ?どういう事だ?それは若返ったと思うぐらい健康になったという事か?
「最初は単純に肉体が治癒されたからだった。だが、二度連続でかけて強制的に解除させた時、確実に五年分は若返っただろう」
「え?いや……え?」
何を言っているかわからない。若返った?五年分も?
「今まで、加護を人間に二度連続でかけた事はあるかね」
「い、いえ、使い魔だけです」
「そうか。もし人間にやっていたら大騒ぎになっていただろう」
「本当なのか、ひい爺ちゃん。いや、それなら多少納得はできるけど」
いや、自分は納得できていないのだが。ちょっと待って欲しい。何がどうなってそうなった?
「確か、君のスキルは対象を『万全な状態にする』という効果もあったな。おそらくそれだろう。一定以上の年齢に使ったからこうなったのか、それとも年齢関係なく作用するのか……」
「そ、そんな効果があったなんて」
今まで人間相手に二度連続でかけた事などなかったから、知る由もなかった。だが、それなら源一郎さんが滅茶苦茶大きなため息をついた理由もわかる。
「察しているようだが、これが知られれば君をめぐって戦争が起きるだろう。比喩でもなく、本当の戦争がな」
「……です、よね」
不老不死。時代の権力者が追い求め続けた奇跡の中の奇跡。それに疑似的とはいえ届くかもしれないのが、僕のスキルというわけか。……笑えない。
「幸い。今家には誰もおらん。警備も下げさせておる。他の耳はない。……先に言っておく。儂が私利私欲で君の加護を頼ったら、その時は殺せ」
「ちょっ」
「ひい爺ちゃん!?」
何言ってるんだこの人。
「儂とて人間だ。今この時も孝太君を我が一族に引き入れ、屋敷の奥に軟禁したい欲で満ちておる。それほど魅力的なのだ。若返りというのは」
「だ、だからって」
「老いていけぬお主らを否定する気はない。だが、儂は老いて死なねばならぬ身だ。生きながらえる為だけの化生に成り果てたら、それは儂ではない」
待て、今度は別の問題発言しなかったか?
「何を驚いておる。孝太君、君とて薄々は察しておっただろう」
「……はい」
確かに、もしやとは思っていた。スキルの説明を見て、自分は老いて死ねないのではないかと。『万全の状態』。それは年老いた姿を許容しないのではないか。そう思っていたが、若返りなんて規格外な事を知らされてしまったら、もう否定のしようがない。
「あー、やっぱ俺も年取れない感じか?」
隣から聞こえた声にハッとする。そうだ、源一郎さんは『お主ら』と言った。という事は、正樹さんも?
「うむ。何度も医者に見せたが、そ奴から老化しない体だと言われたよ。無論、その医者は墓場までこの秘密を持っていくと約束してくれた。自分からダンジョン産のスキルで契約までしてな。昔からの付き合いだ。信用は出来よう。申し出のあった監視と言う名の護衛もつけているしな」
「そっかぁ……正直、想像できねえなぁ……」
同意見だ。突然『貴方は歳をとりません』と言われても、はいそうですかと返せない。というか、想像が出来ない。
「そうだな。だが長くその事を忘れておく事は出来んぞ。そう遠くないうちに、周囲との違いを気づかれるだろう。今は潰し終えたが、また正樹を実験動物にしたい輩は出てくるだろうし、孝太君を捕えようとする勢力も出てくるだろう」
源一郎さんの言う通りだ。捕まえるどころか、家族や友人を人質にとって『自分を若返らせろ』と言ってくる人も出るかもしれない。
「一番勧めたいのは、今すぐにでも二人そろってどこかに戸籍を変えて隠れる事だ。そうして、死ぬまで隠れ続けるのがもしかしたら一番平穏に過ごせるかもしれん」
それは嫌すぎる。そんな生活、きっと耐えられない。
「まあ、当然それにも限界はある。物理的にも精神的にもな。だから実際に勧めはせん。だが、身の振り方は考えておけ」
刀を収め、源一郎さんがもう一度ため息をつく。
「久しく風の流れを読めんでいたが、今は思い出したように感じ取れる。あまり夜風に当たるものではないな」
気づけばもう日が沈んでいる。時計を見れば七時近くだ。
「もう帰りなさい。正樹、送ってやりなさい」
「わかった」
本当は聞きたい事も、頼みたい事もあった。だが、源一郎さんの背中に何も言えず、正樹さんに送られて家に帰るしかなかった。
サイド 東条 百合
「失礼します」
塾から帰ってすぐ、ひいお爺様の部屋に呼ばれた。
「百合。単刀直入に問うが、お主にとって正樹はなんだ」
「世界で最も愛しい方です」
即答で答える。別に、恋愛的な意味ではない。他の家族を愛していないわけでもない。ただ、一番辛かった時にいてくれたのが兄様だった。
これが依存に近い感情だとは自覚している。だが、家族を愛して何が悪い。あの優秀に見えて実は他人の心を読み取るのが苦手な兄様を守りたいのもある。
自分に未だ浮いた話の一つもないのは、単純に兄様と一緒にいた方が楽しいだけで、決して他意はない。
「……まあ、よいだろう。なら、守ってやりなさい」
「はい」
無論である。だが、わざわざひいお爺様がそんな事を言うあたり、何かあったのだろうか。もしや、またよからぬ輩が兄様に近づいているのか?
「時に、矢橋孝太君の事はどう思っている」
「……兄様の大切なご友人と」
彼は少し変わった人だ。あれだけの力があれば、普通おごり高ぶるはずだ。兄様に近づいていた男達の中にも、そういう奴はいた。
だが、あくまで自分は凡人で、凄いのはスキルと使い魔だと割り切って考えている。実際そうなのだろうから、分をわきまえた人なのだろう。それが出来ない人は多い。自分とて、出来ているかわからない。そこは尊敬できる人だ。
だが、何より重要なのは兄様を性的な目で見ないよう努力している事だ。
彼以外の最近できたご友人方。彼らはそもそも少し変わった趣味をしているらしいから、問題ない。だが、彼の好みに兄様は当てはまっている。だから、この目で見るまでは悪い虫だと警戒していた。
だが、蓋を開ければ誠実な人だとわかった。彼は兄様を『意識して』性的な目で見ずに、男として扱おうとしていた。他ならぬ、兄様の為に。
だから、矢橋さんは信用できる。兄様の友人として安心して見ていられるのだ。
「そうか。では、もし彼が困っていたら、少しだけ手助けしてやりなさい」
「はい」
無論だ。彼は、兄様の恩人なのだから。
不覚だった。兄様の肉体が別の誰かに奪われている時、私は修学旅行でいなかったし、家族の全員が忙しくて直接様子を見る事が出来なかった。そのせいで、兄様は誰にも自分が東条正樹だと信じてもらえず、敵対までされて心がすり減っていた。
肉体が女になり、今まで一緒にいた『自称』友人達の目が変わった事に、兄様は傷つき戸惑っていた。果ては勘違いをした愚物どもの争いに巻き込まれる始末。
兄様が悪いわけではないのに、一方的な断罪を受けた。謂われなき誹謗中傷に、兄様は反論する気力も失っていた。ただ言われるがまま帰ってきた兄様の顔は、とても悲しげだったのを今でも覚えている。
今兄様が笑っていられるのは、間違いなく矢橋さんのおかげだ。彼には足を向けて眠れない。
命まではあげられないが、必要なら手足の二、三本ぐらい、捨ててやってもいいぐらいには思っているのだから。
読んでいただきありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします。




