第三十五話 知りたくなかった真実
第三十五話 知りたくなかった事実
サイド 矢橋 孝太
キラーアントの巣は思ったより遠かったが、東条選手の健脚のおかげですぐについた。キラーアント達に遭遇しなかったのも大きい。
というか、一匹も見かけないのだがもしかして殲滅できたのだろうか。
巣で唯一無事だった区画の前にレイナが立っていた。
「お待ちしていました、マスター」
「お疲れ様、ありがとうレイナ」
東条選手に降ろしてもらいながらレイナを労う。
周囲の様子を改めてうかがうが、ひどいありさまだ。巣の周囲は全て材料にされてしまったのか、家一軒残っていない。
「でかいな………」
東条選手が生存者のいる区画を見てつぶやく。そこには聖女どうこうと呼ばれて困惑していた様子はなく、真剣な様子で考えこんでいた。
「レイナ、この中に生存者が?」
「はい。中で紅蓮殿が護衛についています。傷口を塞いでいる粘液は残っているので、拘束のみはがしてあります。残党の襲撃を顧慮して、守りやすいここに生存者は全員留めていました」
「なるほど」
レイナに先導されながら東条選手と中に入る。
入口から一直線につづいている。元々そうやって作られていたわけではなく、うっすら融けた後があるから紅蓮が作った道だろう。
暗いのでスマホをライト代わりに使って進む。そこまで距離はなく、せいぜい五十メートルほどだろうか。
「うっ………」
その体育館程のスペースは血の匂いに満ちていた。
手足を失った人たちが空間の右側に固められていて、一人ずつ少しだけ隙間を置いて横にされている。
もう片方には比較的軽症な人たちがまとめられている。大半が負傷者を見ないようにしているが、知り合いがいるのだろう人達は負傷者の方にいって寄り添いに行っていた。
部屋の数少ない光源である紅蓮がこちらに近寄ってくる。
「お疲れ様、紅蓮。無茶なお願いをしたのに、ありがとう」
紅蓮はさすがにボードを持ってきていないので、手で問題ないとしめしてくる。
「誰だ……?」
「救援がきてくれたのか?!」
「いや、二人だけだ………」
そんな声が聞こえてくる。とりあえず、いくら止血されているとはいえ手足を失った人たちがどれぐらい持つかわからない。すぐに治療に入らなければ。
「俺は周囲の警戒をしているよ。もしかたらまだ残党がいるかもしれない。ポーションの残り、持ってきといたやつはここに置いておくから」
「よろしくお願いします」
東条選手がいつの間にか背負っていたリュックをその場においた後外に向かう。自分はとりあえず一番近い負傷者に近づき、スキルを使う。
「『ブーステッドツリー』」
光が負傷者をつつみ、粘液は消えてなくなっていた左足が生えてくる。あの粘液も消えたのは状態異常にでも分類されたのだろうか。てっきり包帯みたいに内側からとかれるのかと思っていた。もしかして毒でも混ざっているのか。
「お、おお!」
「治ったぞ!」
それを見ていた人たちが歓声をあげる。先ほどまで死んだような目をしていたが、今は多少なりとも希望がともっている。
だが、
「ぼ、僕を治せ!僕のおじい様は偉いんだぞ!」
「な、お、俺だ!見てくれ!足が、足がないんだ!」
「お父さんを助けて!私をかばって怪我しているの!」
パニックになった負傷者とその家族がこっちに押し寄せようとしてくる。
避難所では東条選手や大人たちが統制をとっていたからこうはならなかったが、どうしたものか。
しかし、押しおせようとする人たちの前に紅蓮が立ちはだかる。その威圧感に彼らの動きが止まる。
「な、なんだよ、使い魔のくせに」
「じゃ、邪魔するなよ」
抗議の声をあげる人もいるがその声は小さい。どうやらとりあえず鎮静化はできたらしい。
紅蓮の肩をたたいて労いながら負傷者に近づく。
「皆さん大丈夫です。全員治します。魔力もポーションがあるから足りてます。安心してください」
そう言って次々スキルで治療していく。
幸い、治療が間に合わなくて亡くなってしまう人はいなかった。後から考えると、傷が深い順に並べられていた気がする。紅蓮がそうしてくれたのだろう。
では、ここに並べられなかった人たちは………。
全員の治療が終わった。ポーションも尽きてしまったので結構ギリギリだったかもしれない。まあ、魔力は四分の一ぐらい残っているから多少の事なら大丈夫だろう。
「な、なああんた、自衛隊の人じゃないよな?助けはいつくるんだ?」
「外はどうなっているんだ?うちの様子を見に行くことはできないのか?」
「俺たちはもう大丈夫なんだよな?守ってくれるんだよな?」
「え、えっと………」
比較的軽傷だった人達が質問攻めしてくる。どう対応したらいいのかわからない。だが、この人たちも不安でしょうがないのだろう。強引に引きはがそうとする紅蓮を手で制する。
「おい、自衛隊のヘリみたいなのがこっちに飛んでくるぞ!」
そんな時に、入口から東条選手の声が響く。
人々から歓声でわき、質問攻めしていた人たちもそっちに注意が向いたようでおさまった。
それから数分ほどで自衛隊の人達がやってくる。まあ、周囲は更地になっていたので着陸場所には困らなかっただろう。
「自衛隊です!救助に来ました!」
その言葉に全員が安堵のため息をはいた。もちろん自分もだ。モンスターの襲撃からこの人たちを守るのはともかく、この人たち自体に対応するのが疲れた。人々を安心させるのとか自分は向いていない。どう喋ったら相手を不安にさせないかわからないのだ。
「は、はやく安全なところに連れて行ってくれ!」
「遅いんだよ!今まで何してやがった税金泥棒!」
「夫がいないんです。どうか探してくれませんか!」
殺到する人たちに隊長らしき人が対応していく。やはりプロだけあって慣れているようだ。
自分の役目は終わったとそれを他人事のように眺めていると、自衛隊が来た事で中に戻っていたレイナと紅蓮が自衛隊の一部を見つめている。視線をおうと、自分より少し上の青年をこっそり外へ連れて行こうとしているところだった。
どうしたのだろうとその青年を見ていると、あちらも気づいたようで視線が合った。一瞬訝し気な顔をしたと思ったら、憤怒の顔で近づいてきた。
まわりの自衛隊が止めようとするのも無視して、ずんずんとこちらに近づいてくる青年に驚く。
「お前!お前のせいでこんな目にあったんだ!」
唾を飛ばしながら掴みかかってこようとする青年の前に紅蓮がたつ。それで止まるかと思ったが、なんと青年は紅蓮を睨みつけた。
「この使い魔か、僕のものになるはずだった奴は」
「は?」
自分でも驚くぐらい低い声が出た気がするが、そんなことはどうでもいい。紅蓮がこいつの物に?なにをほざいているんだ。
「Bランクの使い魔をさえない奴が手に入れたていうから、僕が貰ってやって有効利用してやろうと『善意』で出向いててやればこの事件だ。ふざけやがって」
ふざけているのはどちらだ。というかもしかして金剛の事を言っているのか。
「なにを言っているのかわかりませんが、貴方に使い魔をおわたしする理由はないはずですよ」
紅蓮の前に出て青年に相対する。
「はぁ?頭のわるい奴だな。お前なんかにはBランクの使い魔なんてもったいないっていってんだよ。僕みたいなエリートこそ相応しいんだ、このモブ顔」
たしかに青年は美形だ。だが、どうやら頭の方は残念らしい。
「たしかに僕は使い魔達にふさわしくないかもしれない。ですが、貴方よりはましだと思いますよ」
「なに?」
「さっきから言動が馬鹿っぽいんですよ。自覚あります?」
青年の顔が一瞬で赤く染まる。おお、まさに瞬間湯沸かしき。
「ふ、ふざけるなよ!僕のお爺様が誰か教えてやろうか!」
「ええ、ぜひ教えてください。その人に教育方針が間違っていたようですと教えてあげなければ」
「僕のお爺様はかなさ―――」
「し、失礼します!」
そこで自衛隊が三人ぐらい割り込んでくる。なんだというのだ。
「すみませんこの人は怪我がひどいので先に連れていきます」
「頭を怪我しているんですか?重症かもしれませんね」
つい自衛隊の人にも毒をはいてしまった。引きつった顔をしているが流してくれるらしい。なんか奥の方で騒いでいる馬鹿の声が聞こえるが。
「おい、痛いんだよ!もっと丁寧にエスコートしろよ!」
青年が騒いでいると、向こうの方でも自衛隊の隊長が質問攻めにされている。
「なんでそいつだけ先に連れて行くんだ!」
「おい、俺だってさっきまで重症だったんだ!病院で検査させろ!」
「もちろんです。これから怪我の酷い方から運ばせていただくので―――」
なんか隊長の人が苦虫を百匹ぐらい噛みつぶした顔で説明している。
もしかして、あの青年が騒がなければ彼だけこっそり先につれていくつもりだったのか?
なんで彼だけ?いや、待て、あの青年はやたらおじいさんの事を自慢げに言おうとしていた。そして『かなさ』と言いかけた。
そこに、やたら焦っていた井沢さんの電話を思い出す。
「………ねえ、レイナ、紅蓮。いやな想像が浮かんだんだけど、きいていい?」
「はい、なんなりと」
「あの馬鹿、じゃなかったさっき口論になっていた人ってさ、もしかして金崎大臣の孫?」
「前にマスターが呼び出されたという話をきいて大臣のSNSを調べたことがありましたが、一緒に写っている写真があったはずです」
「そっかぁ………」
一息ついてから、思いっきり地面を踏みつける。
ふざけるな。自分に避難所に行かずに、ボスモンスターをどうにかしろと言ったのはあの馬鹿を助けるためだったというのか。
大臣の孫だからという理由で、避難所にいた人たちよりも命が重いと判断したのか。それはあまりに理不尽ではないのか。
なにより、紅蓮を睨みつけたうえに金剛をよこせとほざくような馬鹿だ。あと少し自衛隊の介入が遅ければあいつの前歯をへし折っていた。
「あ、あの」
「はい?」
不意に話しかけられて、低い声が出てしまう。
「ありがとうございました」
「え?」
「助けてくれて、本当にありがとうございました」
「あんたのおかげだ」
「その使い魔をよこしてくれたのはあんたなんだよな?ありがとう」
「お父さんの足を治してくれてありがとう、おじちゃん」
色々な人から感謝の言葉をかけられて、不機嫌にかえしてしまった自分を恥じる。あとお嬢ちゃん、おじちゃんではないよ。お兄さんだよ。
今はひとまずあの馬鹿と金崎大臣のことは忘れよう。この人たちの感謝に、むずがゆくても向き合わなければ。たとえ僕自身の力ではなくスキルと使い魔達のおかげだとしても、両方を助けると選択したことが間違いではなかったと思うために。
それはそうと、金崎大臣の件は後でどうにかして確かめなければ………。
ことと次第によっては、絶対に許さない。




