第三十二話 凡人の善意
第三十二話 凡人の善意
サイド 矢橋 孝太
周囲の状況を確認しようとしたが、魔力切れの為断念。念のため金剛を召喚したまま自室で一時間ほど休んだ。
その間リビングに置いておいてあった災害時用のラジオを持ってきて聞いていた。
『―――以上二十四の市町村が被害にあっており、未だ事態の鎮静化はできておりません。現在自衛隊によるモンスターの駆除と市民の救出が行われています』
『日本だけでなく、現在百八十七の国でモンスターによる襲撃が発生しています。非常に危険です。該当する地区の方は直ちに避難を』
『当初国際的なテロが行われたと考えられていましたが、犯行声明は未だ出されておらず、また、ダンジョンからモンスターが出てきたのを見たという情報が多数』
どの局も話題は一色。当然だ。
政府はどうにか自衛隊で対応しようとしているが、明らかに間に合っていない。モンスターの数が多すぎるのだ。
混乱に乗じた犯罪も多発しているが、それに対応している余裕も警察にはないらしい。自衛隊が対応しきれない場所に、強引に動員されているとか。
ラジオの放送を聞いていると、スマホに着信があった。
「っ!母さん!」
画面に通知された名前に、慌てて電話に出る。
父さんも交えて三人で互いの無事を改めて確認しあって、安堵の息を吐く。二人はすぐには帰ることはできず、とりあえず被害のない泊る予定だった旅館で交通機関が回復するまでいるとのことだ。
紅蓮はもうこちらに戻していいとのことだったが、本当に大丈夫だろうか。二人がいる街にも被害があったはず。第二波が来る可能性もあるし、火事場泥棒みたいなのがいるかもしれない。
だが、どうにも第二波の心配はないらしい。というのも、このモンスターの襲撃にはダンジョンのボスも関係しているらしく、そいつが指揮をしている可能性が高いとか。まあ、あくまで紅蓮の予想らしいが。
そして、両親がいる街を襲ったグールのダンジョンにいるボスモンスター『リッチ』は紅蓮が仕留め、そのうえ街に入るグールは一掃した。
もう流石紅蓮としか言えない。それでも街の被害は甚大で、かなりの死傷者、行方不明者がいるとか。とても身動きが取れる状態でない。
だが、なんにせよ紅蓮をこちらに戻せるならありがたい。電話でくれぐれも無理をしない事を伝え、何かあれば連絡してくれと言ったら、逆にこちらの方が心配されて少し困った。
紅蓮を戻し、目の前に再召喚する。
「ありがとう紅蓮。本当に、ありがとう」
目の前にいる紅蓮に、立ち上がって深々と頭を下げる。
紅蓮が膝をついて頭を上げるようジェスチャーしてきたので、困らせてはいけないとベッドに座る。
「紅蓮自身にけがはないか?体に不調とか」
『一切問題ありません。いつでも戦えます』
即答で返されたボードの文字に、肩の力が抜けるのがわかる。
金剛たちを信頼していないわけではないが、やはり紅蓮が万全の状態で傍にいてくれるかどうかでだいぶ変わる。
だが、安心ばかりもしていられない。滝沢と佐藤の安全が確認できていないのだ。
金剛を労ってから戻して、スマホを操作する。両親と通話できたという事は回線もだいぶマシになったはずだ。
結果、二人とも家族ともども無事だと分かった。地理的にうち程襲撃は受けなかったらしく、どうにかなったらしい。
佐藤にゴーレムを使いつぶしたことを謝られたが、命には代えられないのだから気にするなと言っておいた。なんかそういうわけにもいかないとしつこかったので、じゃあ出世払いでと言って切った。
「さて……」
家族と友人たちの安全は確認できた。魔力もほぼ回復した。なら、動くべきだ。
もしかしたらまだ生き残りがどこかにいるかもしれない。今更かと思うが、こちらとて自分の命が最優先だ。そして、今ならたとえ先の襲撃の倍が来ても生き残るだけなら問題ないと、紅蓮がいることで断言できる。
それに、紅蓮の予想ではボスモンスターがダンジョンの外に出ていて、それがモンスターを指揮しているのだ。詳しく聞いたところ、動きがあまりに統制されていたうえに、旅館のある街で戦った時も明らかに周りのモンスターがボスモンスターを守る動きをしていたとか。
他ならぬ紅蓮の予想だ。個人的に信じるのは十分すぎる。
家を出ようと立ち上がったところで、スマホが鳴り響く。もしや両親か友人達からの救援要請かと思って慌ててでたが、予想外の人物からだった。
『もしもし、井沢です』
意外な人から意外なタイミングでの電話だ。こんな時にどうしたというのだろうか。
「こちら矢橋です。どうしたんですか」
『ご無事かどうかの確認と、お願いしたいことがあるため電話させて頂きました』
「はあ……とりあえず僕は無事ですが」
お願い事?いったいなんだ?
『それはよかった。それで、お願いしたいことなのですが』
電話越しだが、井沢さんが焦っていることがわかる。まあ、こんな状況だ。どこも大変だろう。
『貴方には、その地域にいるボスモンスターを倒してほしいのです』
「え」
『驚くのは当然だと思います。しかし、ダンジョンの外に出ているモンスターは同じく外に出ているボスモンスターの指揮下にいます』
どうやら、紅蓮の予想は当たっていたらしい。だが、なぜ自分が?
「あの、自衛隊とか警察で対応しているって話だったはずじゃ」
『………言いにくい事ですが、現状、手が回っておりません。また、ダンジョンの外に出ているモンスターはワンランク分能力が上昇しています』
それは実際に戦って感じていた。だが、なるほど、言いたいことはわかった、
キラーアントのダンジョンは本来E+。そしてそのボスモンスターはD+だが、今はC+になっていると。この段階で並みの使い魔では苦戦するだろうに、周囲には軍隊みたいにキラーアントやアシッドアントが配置されているだろう。
そして、それに対応できるだけの戦力をここに送る余裕がないのだ、政府には。
「だいたい事情は分かりました。けど、自分はとりあえず避難所に行かないと……」
井沢さんの言葉を無視するようだが、今は人命救助が先だと思う。
それなら、闇雲に生存者を探すより、避難所に行った方がいい。避難所なら逃げ遅れた人のいる地域がわかるかもしれないし、負傷している人もいるかもしれない。
自分のスキル、『ブーステッドツリー』ならたとえ九割死んでいても、生きてさえいれば回復できる。我ながら破格の力だ。
『避難所ですか?』
「はい。僕のスキルなら負傷者を治療できます。逃げ遅れた人の情報もそこなら集められるし、もし避難所が襲われる事態になったら防衛にあたれます」
我ながらいい考えな気がする。ボスモンスターも気になるが、先に今生きている人を死なせないようにしなければ。
『……いいえ、彼らの事を考えるなら、先にボスモンスターを倒すべきです』
「え?」
だが、ほんの少し迷った後否定されてしまった。
『ボスモンスターを放置すればするほど、被害は増えます。それを抑えるためにも、一刻も早い討伐が必要なのです。ご理解ください』
「え、けど、それだと避難所の人達が」
『そちらにはすぐに自衛隊から救援部隊が向かうはずです。心配にはおよびません』
たしかに、医療知識なんてないスキルだよりな自分より、きちんと訓練をしてきた人たちの方がいいだろう。
だが、さきほど自衛隊も警察も手が回らないと話したばかりだ。避難所に自衛隊の部隊がやって来るのはいったいいつになるんだ。
「『すぐ』とか『はず』って、そんな曖昧な」
『私は事実のみを話しています。貴方がボスモンスターを倒せばモンスター達の統制はとれなくなる。それによって被害は最小限に抑えられるはずです』
きっと、井沢さんの言っている事は間違っていない。だが、納得も出来ない。
普段の自分なら少し考えた後、長いものに巻かれるはずだ。だが、今はアドレナリンとか色々脳みそにでていて、普段よりちょっと強気になっている。
ここは避難所にいって人命救助に専念すべきだ。いや、だが井沢さんの言う通りボスモンスターをどうにかしないと。だがしかし………。
色々考えるが、迷っている時間もない。頭がパンクしそうになって、ぷつりとなにかが切れた。
「わかりました」
『っ、ありがとうございます。本来なら我々で対処すべきだというのに』
「紅蓮をボスモンスターのところに送ります。そして、僕自身は避難所に向かいます」
『え!?いや、ボスモンスターを一刻も早く倒すべきです。そちらに全力を注いでください』
やってやる。もうこうなったら両方やってやる。こうなればやけだ。
それが正しいのかもしれない。だが、ここで避難所を見捨てれば、きっと後悔する。
べつに、自分はそこまで正義感が強い方じゃない。ただ、後になって避難所が襲われたと知った時、『あの時自分が行かなかったせいで』と罪悪感にむしばまれるのが嫌なだけだ。
というか紅蓮がいる今ならいける。大丈夫なはずだ。
第一、よく考えたら井沢さんに『命令』されるいわれはない。東条選手の時手を借りたが、あれはどっちかというと東条選手が負担すべき『借り』だろう。
「すみません、もう決めたんです。失礼します」
『ちょっ』
電話を切る。間を置かずに再度かかってきたので、すぐに着信拒否にした。両親たちからの救援要請とかぶってはたまらない。
あとで怒られるかなぁと思いながら、ちょっとだけすっきりした。
「ごめん、紅蓮。また無理をさせるかも」
紅蓮の方をみると、そこにはサムズアップしている姿が目に入った。自信満々のその姿に、思わず笑みがこぼれる。
「レイナ」
「はっ」
レイナを召喚する。彼女の魔力感知が紅蓮に合わされば、ボスモンスターの捜索も容易なはずだ。
「『ブーステッドツリー・ロングディスタンスランナー』」
念のためレイナにバフをかけておく。紅蓮には朝かけたものがまだ機能しているはずだ。
「紅蓮と二人でボスモンスターを倒してくれ。たしか、キラーアントのボスモンスターは……」
しまった、井沢さんにボスモンスターの特徴ぐらい聞いておくんだった。
「たしか、クイーンアントのはずです。能力は強力な酸と、卵を産んでその場で配下を増やすといったものです」
「おお、そこまで調べていたんだ」
「はい。キラーアントについて調べる際に、何かに役立つかと」
「ありがとう。じゃあ、紅蓮とそのクイーンアントを倒してきてくれ。ただし、自分達の身が最優先で。その次に人命、最後にボスモンスターだ」
「承知しました」
レイナが窓からひらりと外に飛び出し、紅蓮は玄関から出ていく。いや紅蓮も窓から行っていいのだが。壊してもフェリシアが直してくれるし。
「と、この辺で避難所は……」
そんなことを考えている場合ではない。井沢さんとの会話でだいぶ時間をロスしてしまったのだ。
一番近い避難所である、昔通っていた小学校はここから見えないという事は手遅れなのだろう。自分を責めそうになるが、今はその時ではない。
まだ無事そうな避難所、たしかモンスターは北西からきたのだから………。
「南小学校かっ」
スマホで急ぎ場所を調べる。おおよその方向はわかった。
「金剛、僕をここに連れて行ってくれ」
スマホの地図を見せると、金剛はすぐに頷いてくれた。
「消してもらってなんだけど、家の周りに壁をまたつくっておいてくれ」
金剛と家を出た後、外から壁を作ってもらう。傍から見るとすごく頑丈そうだ。
これで家は大丈夫……と思いたい。そう考えていると、金剛がこちらの腰を片手で抱える。自分も大柄な方だが、金剛は更にでかい。つま先が完全に浮く。
そこから外にとび出て、地面につくや跳躍。
「ひあ」
口から情けない声がでる。とんでもない加速と浮遊感だ。絶叫をあげそうになるが、それだけはどうにか堪えたが、もうすでに後悔し始めた。
南小学校にはほんの一分前後で到着した。庭から見た時はあたり一面荒野になっていると思ったが、家の裏手にいくと意外と無事だった。どうやら、あそこでキラーアントの進行をだいぶ止めていたらしい。
それでも、南小学校はかなりボロボロになっていた。周囲の民家は全て壊れ、学校を囲んでいた塀も大半が崩れている。校舎もボロボロだ。
だが、生存者は少なくないらしく、人の声が多数聞こえるし、大人たちがバリケードを作ろうとしている。あと、誰かの使い魔だろうか、氷で壁を作っている。
いや、待て。あの氷を作っている雪女には見覚えがあった。というか、その傍でバリケードを作るために瓦礫を運んでいる人物を知っている。
むこうも気づいたらしく、その端正な顔を驚きにそめる。
「東条選手!?」
「孝太か!」
これまた、意外な人物と遭遇したものである。




