第三十一話 進軍
第三十一話 進軍
サイド 矢橋 孝太
街の広報無線が鳴り響く。
『こちら、―――市役所から連絡です。使い魔を用いた大規模テロが発生しています。住民の皆様は、最寄りの避難場所に避難してください。避難できないと判断した場合は、カギをしめて、家の中に―――』
どうやら、予知は当たってしまったらしい。
それにしても、ダンジョンから湧き出たのではなくテロと判断しているのか。これは、混乱を避けたいのか市役所も全容を把握していないのか。
なんにせよ、避難するつもりはない。家を守りたいというのもあるが、それ以上に避難所まで行く時間はなさそうだ。
「北西、距離約三キロの地点にモンスターの集団を確認。こちらに向かってきています」
現在、自分とレイナは金剛が作ってくれた高さ五メートルほどの壁に上っている。レイナの言った方角に目を凝らすと、たしかに建物が崩れていく様子が見える。
「……レイナ、とりあえずゴーレムと金剛に壁の外で迎撃してもらって、壁を乗り越えようとした奴はレイナとフェリシアに、それも突破した奴は稔にってことでいいかな」
「それがよろしいかと。それと、周辺住民は既に避難したようです」
「あっ」
完全にご近所さんをどうするか失念していた。普段から近所づきあいを母に丸投げしていたから、そもそも頭になかった。
「というか、もう避難しているんだ」
「はい。金剛殿が壁を作り出した段階で、こちらを警戒したのか避難を開始していました」
あ、そうか、やけに非難が早いと思ったらモンスターではなくこちらを危険と判断したからか。どおりで、こんな壁を作っているのに誰も注意しに来ないわけだ。
よく考えたら金剛は慣れない人からすると威圧感が凄い。そんな使い魔を私有地の外に出したあげくスキルを使っている姿は、関わろうとは思わないだろう。
「けど、それなら周囲に気にせず戦えるって事か」
最悪金剛とゴーレムにご近所さんを守りながら戦ってもらう事になると思ったが、避難済みならちょうどいい。申し訳ないが、周辺被害を考えずに戦わせてもらう。
いくらキラーアントとアシッドアントはE+とはいえ、数が数だ。使い魔達は無事でも自分は危うい。
だが、妙にいやな予感がする。
どこか頭の奥に引っかかる違和感の正体を見つけようと考えを巡らせる。
「………そういえば、キラーアントとかの大きさってどれぐらいだっけ」
少しずつ近づいてくる蟻たちを見ながら隣のレイナに聞いてみる。
「はい、二種とも全高約一メートル半、全長は二メートルと三十センチだったはずですが……」
レイナがせまる蟻たちを見ながら眉を顰める。
予知で見たキラーアントのサイズを思い出す。比較をその辺にある家を使ったとすると。
「なんか、でかくない?」
「明らかに、二回りは大きくなっているかと」
マジか。本当にキラーアントなのだろうか。いや、今それを考えたらきりがない。なにせ、もう自分の目でもはっきり見える位置までいるのだ。とりあえず、ゴーレムを召喚する。
「っ……」
魔力がごりっと減った感じがする。手に持っていた魔力回復のポーションをあおるが、即効性はそこまでないので効果が出るのは二十分後くらいか。
「先制攻撃だ、金剛。『ブーステッドツリー・スプリンター』」
使い勝手の悪いバフだが、こういう時は役立つはずだ。どのみち、戦闘中絶えずバフを使い魔達にかけるのは厳しい。なら、要所要所で使った方がいい。
金剛が槌を両手で構え、全力で地面に振り下ろす。轟音と共に地面がはじけるが、同時にコンクリートを突き破って地面から巨大な岩の槍が大量に生える。それらはキラーアントたちのいる方角へ向かって進み、一息に数十体をミンチにする。
だが、それでもキラーアントたちの進軍は止まらない。金剛が更に岩の槍を作り出すが、犠牲を無視して進んでくる。
自分はレイナに抱えられて壁の内側にある庭に戻る。地面に足をつけた後、視界を金剛のそれと共有する。
「うっ……」
普段使い魔側のは見ないのだが、今回は壁越しになるいじょういつでもスキルを使えるように把握するためやむをえない。
それにしても情報量が多い。視野も視力も桁違いだ。その上おそらく魔力そのものの流れも精霊騎士は見えるのだろう。かなり気持ち悪い。
「マスター」
膝をつきそうになるのを、レイナが支えてくれる。
「だい、じょうぶだ……レイナはフェリシアと配置についてくれ。稔も」
「……承知しました」
レイナが魔力感知に集中し、その脇にフェリシアと稔がつく。
それにしても、金剛は問題なさそうだ。
キラーアントたちの集団に突撃したのだが、一騎当千とはこのことだろう。鉄槌を一振りするたびに数体まとめて吹き飛ぶか外骨格を砕かれて絶命する。時には足元に槌を振り下ろして周囲のキラーアントたちを串刺しにし、自分で作った槍をタックルで砕きながらまたキラーアントたちを薙ぎ払いにかかる。
たいして、ゴーレムの方は少しまずいかもしれない。ゴーレムが本来の力を発揮できていない、というわけではなさそうだ。
どうにもキラーアントたちが強くなっている。本来ならCランクのゴーレムとは理不尽なほど力の差があるというのに、今は数十体でたかれば動きをほぼ封殺できるまでになっている。
今は金剛がフォローすることで持たせているが、いつ拮抗が崩れてもおかしくはない。
考えたくないが、キラーアントたちの強さがランク一つ分上昇していると考えた方がいい。
ゴーレムの体をよじ登るキラーアントたちを金剛が地面を殴って作った石礫で叩き落す。その際に、地面から巨大な棒をはやす。
それをゴーレムが握って振り回す。まるで岩でできた野球のバットだ。これで少しはゴーレムも楽になるだろうか。
「フェリシア、レイナ、稔。キラーアントたちが明らかにネットの情報より強い。もしかしたらD+相当かもしれない。注意してくれ」
「「承知しました」」
「は、はい!」
さて、いくら金剛とゴーレムが頑張ってくれているとはいえ、数が数だ。こちらが攻め込む側ならともかく、現状はその逆。まあ、ここだけを狙っているわけではないのか、結構な割合がこちらには目もくれずどこかに進んでいる。
「三時の方向、壁の上!」
レイナの声につられてそちらを見てみると、数体のキラーアントが壁の上に登ったところだった。
すぐさまフェリシアとレイナが放った魔法がキラーアントたちの顔面に直撃して向こう側に弾き飛ばす。後続もやってくるが、それも迎撃し、また壁の外側でも金剛が壁付近に岩の槍を飛ばして援護してくれる。
「っ、稔、十時の方向!」
魔法を放ちながらレイナが叫ぶ。見れば、二メートル以上厚さのある壁を溶かして、アシッドアントが中に入ろうとしていた。
「合点!」
稔がすぐさま走り寄り、その勢いのまま壁から顔を出したアシッドアントの頭を殴りつぶす。
皆が頑張っている中、出来ることのない自分が歯がゆい。バフの一つもとばせない。
最近伸び悩んでいたレベルが、この戦いで上昇していくのがわかる。だが、ゲームみたいにレベルが上がったら魔力が全回復するわけではない。上限や回復量が増えるだけで、今ある魔力量は増えない。
ポーションを一息に飲み干す。
「ごめん、皆頑張ってくれ……!」
そこからはよく覚えていない。
アシッドアントたちに溶解液をかけられた稔やゴーレムに回復した魔力を使ってスキルを使って治療する以外、自分にできるのは見守ることだけだった。後から知ったのだが、およそ一時間の攻防だったようだ。
結果だけ言えば、壁を完全に超えられることはなく、キラーアントたちの襲撃をしのぎ切ることができた。
だが、それは薄氷の上の勝利だという事は、ボロボロになってあっちこっちに戦闘中金剛が修復した跡が残る壁が物語っている。
それでも幸いなのは、使い魔を一人もロストさせず、自分自身も五体満足。家も目立った被害は無し。勝ちは勝ちだ。
「ありがとう……皆」
魔力切れ寸前で体がすさまじくだるい。まるで数日間徹夜したみたいだ。
「周辺に魔力反応なし、危機は去ったようです」
「よし……悪いけど、金剛以外の皆は戻ってくれ。流石にこれ以上は魔力が……」
「承知しました。どうかゆっくりとお休みください」
「庭の掃除は後程やらせて頂きます。お疲れさまでした、ご主人様」
「あー、たのしかったぁ~」
レイナ、フェリシア、稔が戻り、ゴーレムも戻る。それはそうと稔には後で小言の一つでも言った方がいいかもしれない。
「ふう……」
魔力の供給がだいぶ抑えられて、ようやく一息つける。それでも消費した魔力が回復したわけでないからきついのだが。
そういえば、紅蓮に供給している魔力が少なくなっている気がする。二十分ほど前から顕現しているだけと思えるぐらいには減っている。
両親はどうなったのだろうか。紅蓮が健在だということはつながりからわかるので、大丈夫だとは思うが。
スマホを取り出して電話を掛けるが、回線が込み合っていてつながらない。
そこで、視界の共有を思いつく。この距離で試したことはないが、これなら向こうの状態がわかるはずだ。
早速紅蓮と視界をつなげる。すると、目の前に旅館の壁があった。
視界の共有に気づいたのだろう。紅蓮が後ろにあった部屋に入ると、そこには両親がいた。どちらも怪我は見当たらず、朝家をでた時のままだ。
それに安堵して力が抜ける。しりもちをつきそうになったのを金剛が支えてくれた。
「ありがとう、金剛」
紅蓮の視界で両親が紅蓮に質問しているのがわかるのだが、声まではわからない。必死な様子だが、何かトラブルだろうか。
二人に答えるため、紅蓮が部屋に備え付けてあったメモに書き込む。内容は『今自分と紅蓮とで視界を共有している』というものだった。
父はひったくるようにメモを受け取り、そこに何かを書き込んでこちらに見せてくる。
『大丈夫か』
『けがはないか』
『返事をしてくれ』
よほど焦っていたのか、かなり汚い字だ。ぎりぎり読めるが、身内以外には通じないのではないのだろうか。
「ははっ」
その様子に、自然と笑いがこみあげてくる。
父も母もかなり心配そうだ。それが、たまらなく嬉しい。まるで二人が変わってしまう前に戻ったようだ。
「えっと、こっちも何か書かないと」
スマホのメモ機能を使ってこちらの言いたいことを入力して視界に収めると、紅蓮がメモに書き込んでくれる。
『こっちは大丈夫。そちらこそ無事ですか?けがはない?』
両親とも気の抜けたように息をはいたかと思うと、父が突然座りこんでしまった。どうしたのかと慌てたが、緊張の糸がきれて腰が抜けたらしい。無事でなにより。
それから十分ぐらいやり取りをして、一旦会話を打ち切る。両親が無事なのがわかってよかった。
「あ、そういえば」
金剛に支えられながら壁を見やる。これ、どうしよう。
すると、察してくれたのだろう。金剛が地面をつま先で叩くと、壁がどんどん小さくなって地面がもとに戻っていく。よかった。戻せなかったらどうしようかと。
そんな呑気な事が考えられたのは、その時までだった。
「えっ」
戦闘中はキラーアントたちで見えなかった、壁の外の惨状。
建物は一軒も残っていない。あっちこっちにできた岩の槍以外、視界を遮る物のない荒野。それは、自分の視界が届く範囲全てに広がっていた。
魔石とカード以外なにも地面には落ちていない。まるで人が住んでいた痕跡が消えてなくなっていた。
「なんだよ、これ………」
そうつぶやくこと以外できなかった。




