第三十話 崩壊の序曲
第三十話 崩壊の序曲
サイド 矢橋孝太
今日は遂に両親の結婚記念日だ。朝から二人は(やや不満そうだったが)荷物をもって一泊二日の旅行に出かけた。
自分も祝日を含めた三連休なので、のんびり過ごすことにする。いや、今のうちに両親がダンジョンで使い魔をロストした時に備えて、予備のカードを集めた方がいいのだろうか。両親には世界樹の加護でロストから治せるとは教えていないわけだし。
フェリシアとでも一緒にゲームをするか、それともダンジョンに行くか迷う。ちなみに、宿題は後回しだ。
まあ、ダンジョンには明日行けばいいだろう。今日は両親の事が気になって集中できそうもない。こんなコンディションで潜るのは危険だ。
そうと決まればゲームの電源をいれよう。コンセントをつなげようとした瞬間、魔眼が発動した。
街を埋め尽くす巨大な蟻の群れ。群がられて食われる滝沢、瓦礫に押しつぶされる佐藤。そこまで見えた後、視点が『とぶ』。
人々が逃げ惑う中、それに平然と追いついて首筋を噛みちぎるグールたち。圧倒的物量に、両親は手を取り合って最期の時を待つ。
「っ!?」
魔眼が効果を終える。
息が荒い。心臓がうるさい。魔眼による消耗ではない、あまりの光景に頭がパンクしそうなのだ。
「ぐれん……紅蓮!?」
自分の声に応じて、紅蓮が召喚される。自分の焦りが伝わっているのだろう、全身を実体化し、手にはハルバートを持っている。
「紅蓮、予想が当たった。モンスターが街にあふれる。きっとダンジョンから出てきたんだ。それに父さんと母さんが、このままじゃ皆死ぬ!」
早口でまくしたてる自分を紅蓮は手で制して、ボードに何かを書き込む。
『まずは深呼吸を、主。落ち着いてください』
「そ、そんな!落ち着いている場合じゃないんだ!このままじゃ!」
『だから、落ち着いてください。できる限り、命を取りこぼさないために』
紅蓮が初めて自分に対して『圧』をかけてきた。敵対者にするそれではないが、それでも自分を固まらせるには十分すぎた。
そのまま、紅蓮の書いた通り深呼吸をする。少しだけ、落ち着いた。
「紅蓮、ありがとう。けどどうしよう。とりあえず両親に電話した方がいいのかな。それとも警察?」
『信じてもらえるかはわかりませんが、するべきでしょう。まずはご両親に。その間に私は二人が宿泊している旅館の場所を確認します』
パソコンに向かう紅蓮を背に、スマホを操作する。指がうまく動かない。震える手に舌打ちをする。
『もしもし孝太?どうしたの』
「母さん!」
ようやくつながった電話に、大声が出てしまう。
『ちょ、なに、そんな大声出して』
「今どこにいるの!?もう旅館に着いた?それともまだ途中!?」
『え、もうついて部屋にいるけど……』
「くっ……!」
予知の魔眼で見た景色は旅館の中だった。どうする、今からでも戻ってきてもらうか。いや、そもそも一番近いダンジョンの位置はどこだ。最悪、帰り道の方がダンジョンに近い可能性もある。
『……どうしたの?なにかトラブルでもあった?怪我とかしたの?』
「……母さん、よく聞いて。そこに、もうすぐモンスターの大軍がやってくる。父さんと二人で部屋にこもって、いつでも使い魔を召喚できるようにしといて」
『は?モンスターの大軍?』
気の抜けた声が電話越しに聞こえる。
『いくらなんでもそれはないでしょう。悪い夢でも見たんじゃない』
「母さん、本当なんだ。予知の魔眼で見た。そこは危険だ。けど、どこが安全なのかもわからない」
しばしの沈黙。そして、小さくため息が聞こえた。
『本気なのね?』
「うん、本気だ」
『わかった。お父さんには私から言っとくから』
「お願い。紅蓮をそっちに向かわせるから、それまで耐えて」
『待ちなさい』
電話を切ろうとして、止められる。
『紅蓮さんをこっちによこすって言ったけど、そっちは大丈夫なの?モンスターがやってくるって言うのは、ここだけなの?』
予知の魔眼が正しいなら、ここら辺一体も危険だ。滝沢も佐藤も中学が同じなだけあって、家もそう遠くない。必然、この二件が被害にあうならうちにもモンスターは来るのだろう。
「……大丈夫。問題ない」
『…………帰ってきて家にいなかったら、思いっきりぶつからね』
「ははっ」
こんな時だというのに、笑いがこぼれる。
母は、こんなふうに自分を心配してくれている。きっと、父も話をきけば同じように言うだろう。
それが、なんとなく嬉しかった。
「じゃあ、こっちも色々準備があるから切るよ。絶対に生きて帰ってきて」
『あんたも、無理するんじゃないよ』
電話を切り、一度だけ深呼吸をする。
「紅蓮、地図は見終わった」
『旅館への地図は頭に入れました。あと、ご友人二人の家の位置は年賀状から割り出して書き込んだ地図を用意しました』
さすが紅蓮。準備がいい。
「じゃあ悪いけど、早速両親のところに行ってくれ。『ブーステッドツリー・ロングディスタンスランナー』」
バフをかけるが、紅蓮はすぐには動こうとしない。
「紅蓮?」
『よろしいのですか?』
それは、自分がいなくても大丈夫かという意味だろう。大丈夫か大丈夫じゃないかで言えば、全然大丈夫ではない。
紅蓮無しでモンスターに挑んだことなどない。紅蓮無しで今までやってこれたとは思えない、僕のヒーロー。
紅蓮がいないというだけでたまらなく不安になる。自分も随分変わったものだ。この二年ほどで、彼がいるのが当たり前になっていた。
「両親を頼む」
紅蓮はハルバートを消し、扉へ向かう。振り向かず、親指だけを立てて。
「すぅ……はぁ……」
深呼吸を一つ。胸に手を置いて、心をできるだけ落ち着かせる。
これで、両親は大丈夫なはずだ。問題はこちら。自分自身と友人たちの安全を考えなければ。
「もしもし、井沢さんですか?」
『はい、お世話になっております、井沢です』
電話を掛けた先は、警察ではなく井沢さんだ。直接警察に電話したところで説明が難しい。なら、自分のスキルを把握しているだろう井沢さんに電話して、警察を動かしてもらった方がいい。
「単刀直入に言いますと、ダンジョンからモンスターがあふれてきます」
『なっ!?』
井沢さんが驚きの声をあげる。それはどういう種類の驚きなのだろうか。紅蓮は、政府はこういう事態を想定していると言っていたが。
いや、今はどうでもいい。
「僕が住んでいる街と、今両親が旅行に行っている場所にモンスターが大軍で進行する姿を予知しました。両親の旅行先は」
『ま、待ってください。本当に予知したのですか?その正確性は?いくらなんでも早すぎる、こんな』
「残念ながら事実です。先ほど紅蓮を両親のところに向かわせました。警察の方への連絡をお願いします」
『いえ、ですから』
説明している時間も惜しい。話を切り上げて通話を切る。きっと明日にはこの失礼な態度に後悔して、ひたすら謝り倒すことになるだろう。
だが、後悔できるならまだましだ。今は一刻を争う。
「滝沢と佐藤は……」
井沢さんにメールで両親のいる旅館の名前と住所を送って、友人たちの現在地を考える。この時間帯なら十中八九家にいるだろうが、ダンジョンの可能性もある。買い物に出かけているかもしれない。
「くそっ」
とりあえず佐藤に電話する。スマホから聞こえる呼び出し音に苛立ちながら、佐藤が電話に出るのを待つ。
『はい、もしもし』
「佐藤、僕だ、矢橋だ。今どこにいる」
『は?家だけど、なんだよ突然』
「今日、モンスターが街にあふれる。魔眼で予知した」
『……は?』
「とにかくそこにいろ。いいな、家族にも家にいるように言えよ」
『ちょ』
通話を終え、滝沢に電話をかける。意外な事にワンコールで出た。
『おう、今よさげなモン娘のエロ画像見つけたところだったんだぞ邪魔するんじゃ』
「緊急事態だ。家にいろ、家族を守れ、モンスターが大量にやってくるぞ」
『なんて?』
「とにかく家にいろ!」
通話を切って、金剛を召喚する。
「金剛、この地図の場所に行って、家の周りに防壁を、いや待った!」
最初は金剛に二人の家の周りに壁でも作ってもらおうと考えていたが、考え直す。
たしか二人の家も自分の家同様田んぼや畑に囲まれているはずだから、近所の農家さんには申し訳ないが壁を作らせてもらうのは決定事項だ。
金剛に待ったをかけたのは、別の理由。
机の引き出しをあけ、中からカードを引っ張り出す。三枚のゴーレムのカードだ。高く売れるのを待とうと取って置いたのが功をそうした。
「このメモと一緒に一枚ずつ滝沢と佐藤にわたしてくれ。顔はわかるか?」
『使え』と走り書きしたメモと一緒に金剛にカードを二枚差し出す。金剛は静かに頷き、受け取った。
「よし、じゃあ頼んだ」
金剛も部屋を出ていった。たぶん紅蓮も金剛も玄関を出たら全力で走ったり跳んだりするだろうから、家の前の道路は大変な事になっているかもしれない。
「レイナ、稔、フェリシア」
残りの使い魔全員を召喚する。全員、詳しくはわからないまでも緊急事態だと察しているのだろう、真剣な表情で立っている。
「魔眼の予知で、この辺と両親の旅行先にモンスターが大量に押し寄せてくる。僕と家を守ってくれ。後で金剛は戻ってくるけど、紅蓮は両親の護衛につく」
「モンスターの種類はわかりますか?やってくる方向は」
レイナの質問に、予知の記憶を思い出す。
「たしかでかい蟻のモンスターだ。方角は、ちょっとわからない」
「失礼します」
レイナがパソコンに向かい、何かを検索しだす。いや、そうか。冷静になったつもりで、自分はまだ混乱していたらしい。
「ダンジョンからあふれてきたと想定して、この近辺にあるダンジョンのなかで一番怪しいのは隣町にあるダンジョンです。方角は北西、モンスターの種類は『キラーアント』と『アシッドアント』です。ランクはE+です」
「ありがとうレイナ、滝沢と佐藤に伝える」
早速スマホで友人たちに連絡する。
『おい!今紅蓮似の鎧が家の周りに壁作っていったんだけどお前の仕業か!?なんか使い魔のカードもわたされ』
「押し寄せてくるモンスターはE+の『キラーアント』と『アシッドアント』だ。気を付けてくれ」
『聞けよ!』
佐藤との通話を切り、滝沢にかける。
『もしもし、さっきのはいったい』
「『キラーアント』と『アシッドアント』に気をつけろ」
『は?え、なんでそのモンスターが?ん?なんか窓の外に、え?紅蓮?じゃない。なん』
電話を切って、レイナに向き直る。
「レイナ、ダガー貸してくれ」
「構いませんが、なにに?」
「今からゴーレムのカードと契約する」
残った最後の一枚。紅蓮がいない今、使い魔はいくらいても足りない。
「魔力は足りるのですか?スキルの行使に問題が出るのでは」
フェリシアが横から口をはさむ。もっともな意見だ。
使い魔全員を召喚するのは魔力的にきつい。その上、使い魔と距離を置けば置くほど継続して吸われる魔力は増える。紅蓮への魔力は馬鹿にならない。
「わかっている。けど、考えはある」
ダンジョン探索用のカバンを取り出し、中からポーションの瓶をだす。
「魔力回復用のポーションが二本ある。ないよりはましレベルだろうけど、これならギリ足りるはずだ」
そう、金剛と戦った時用意した物だ。説明書には常温で保存可能とあったし、消費期限もまだ先だ。あの時は結局使わなかったし、カバンに入れっぱなしにしていたが、問題ないはずだ。
家の外から大きな音が響いたので窓から見てみると、大きくひび割れた地面に金剛が着地したところだった。
「金剛!ありがとう、うちの周りにも壁を頼む!」
窓を開けて指示をだすと、こくりと頷いてくれた。
さて、法律にかなり違反しまくっているわけだが、これで何もなければ怒られるだけじゃすまないだろう。
だが、出来れば何も起きないで欲しい。




