第二十八話 丸投げ
第二十八話 丸投げ
サイド 矢橋 孝太
あの後の顛末をのべるとすると、警察がめっちゃ頑張った。
井沢さんに事情を説明すると、ちょっとだけ混乱した様子だったけどすぐに対応してくれた。
とりあえず使い魔を戻した後三人で一番近いダンジョンの受付に向かい、井沢さんからの連絡を待つ。五分もしないうちに『鑑定』スキル持ちの人が来て東条選手を確認した。
そこから話はとんとん拍子で進み、現在の東条選手(体)の現在地と様子を警察がこっそり確認したらしく、そちらも『鑑定』で確認したとか。
結果はクロ。指名手配中の凶悪犯だと教えられたが、詳しいことまでは教えてもらえなかった。
自分と滝沢はその後家に帰らせられたので、そこから先は井沢さんからの伝聞になるが、ハンドラーでもある警官たちが夜のうちに東条選手の家に潜入、眠っている東条選手(体)に睡眠薬を打ち込んで拘束した。
犯人の体は東条選手の家に氷漬けで保管されていたらしく、おそらく後で処分するつもりだったと思われる。
ここまでは順調だったのだが、問題はここからだ。
どうやって東条選手をもとに戻すのか。
犯人の使い魔は『アンデッドエンペラー』という推定Aランクの大物だった。なんでもこの使い魔のスキル『死霊術』でダンジョン内にて冒険者を殺害、死体を操って金を巻き上げたり小間使いにしたり、口にするのも憚れるようなことをしていたとか。それが警察に発覚し、使い魔を出していないタイミングで交戦となり瀕死の重傷を負ったらしい。
その『死霊術』には死体を操るだけではなく、死ぬ瞬間に魂の一部を他人に憑依させる術があるとか。東条選手が使われたのはそれだ。
警察が東条選手に体を返すよう言ったが、それは不可能だと犯人は言った。
『死霊術』も万能ではなく、魂を移すときは憑依対象に変わりの肉体を用意する必要があるなどいくつかの条件がある。
今回用意されたのはDランクモンスターの『ノーマルホムンクルス』。デッサン人形みたいなモンスターのはずだが、東条選手が乗り移った事で変異したらしい。
そして、この魂の憑依は時間経過で固定される。犯人自体が別人に憑依を繰り返すことは可能だが、その標的にされた相手は一晩もたてば元の肉体に戻れなくなる。
これに一番まいったのは当然ながら東条選手だ。当たり前である。
警察はとりあえず東条選手の家族に事情を説明した。家族は犯人に騙されて東条選手を頭のおかしいストーカーだと思ってつらく当たっていたらしく、かなり気まずい空気が流れたとか。
とりあえず東条選手は病院に入院して検査。犯人は使い魔を出現させようとしたら東条選手の肉体ごと『対処』するとか。
結果的には、自分は最初に少しかかわっただけで解決は警察がほぼやった。まあ、自分はただの一般人なので犯罪は司法に投げるのは当然なのだが。
ただし、この状況を解決と言っていいのだろうか。東条選手の肉体は戻ってこず、家族との関係は壊されたまま。友人に対しても犯人は嘘を吹き込んでいたらしく、使い魔で攻撃までされた東条選手のメンタルはボロボロだ。
どおりであった時人形みたいに感情が死んでいたわけだ。
この事件が真に解決したといえるのは、東条選手が今まで通りの生活を送れるようになってはじめて言えるのだろう。
自分は今、東条選手が入院している病室に来ていた。
理由としては井沢さん経由で呼び出されたのと、自分としても丸投げして後は知らんふりというのは寝覚めが悪かったからだ。
「ありがとな。お前のおかげで、犯人は捕まったし、俺の家族や友達は酷い目にあわずすんだ」
東条選手は笑みを浮かべて礼をいってくる。その表情からどう感情をよみとればいいかわからない。この人は今回の事件で一から十まで被害者でとばっちりだ。
「いえ、自分は井沢さん……大人に丸投げしただけなので」
「それでも、だよ。俺にはそんな伝手はなかったし……使えなくなってたしな……」
空気が重い。正直もうすでに帰りたいのだが。
「というか、なんで敬語なんだ?たぶん同い年だろ?」
「いや、自分は高一で東条選手は………」
「まあ、高二だから年上になるのか」
東条選手が「硬い奴だなぁ」と肩をすくめる。同時に胸が揺れた。視線がそちらに行ってしまいそうになる。
いや、それは流石にだめだろう。相手は勝手に女の肉体に放り込まれた被害者なのだ。そういう目で見るのは失礼だ。
「とにかく、どうか気にしないでください。自分にはできることはほとんどありませんでした」
「俺としては井沢さんだっけ?あの人につなげてくれて、使い魔も復活させてもらってと、借りばっかりなんだよなぁ」
苦笑いをしていた東条選手が、まじめな顔をしてベッドの上に座り直し正座する。
「借りばっかりでこんなことを言うのは不義理だと思う。けど、頼みたいことがある」
「………その状態を治すのは、僕には無理です」
「やっぱり、ダメか……」
「すみません……」
頼みたいことなど、誰でもわかる。東条選手は使い魔の復活で自分が規格外の回復系スキルを持っているのは知っている。
だが、『世界樹の加護』で治るのなら、使い魔を復活させるときにかけたのでその時元に戻っているはずだ。
つまり、『世界樹の加護』にこの状態をどうにかするすべはない。おそらく、『死霊術』の発動をレジストすることはできるだろうが、治療は無理だ。
「こっちこそすまん。これ以上をお前に望むのはあまりに不義理だ」
東条選手が頭を下げてくる。綺麗な銀髪がサラリと揺れる。
「その……これからどうするんですか?」
言ってから、後悔する。他人がとやかく言っていい問題ではない。
東条選手は、『彼』は、理不尽に肉体を奪われ、一時的にだが家族や友人も失っていたのだ。そして、一度傷ついた人間関係の修復は難しく、なおかつ性別が変わってしまったのが大きい。
だというのに、彼は困ったように笑いながら頭をかくだけだった。
「まあ、なんとかなるさ」
ファミレスや公園で見た時のような不安定さはなく、無理をしている様子もない。それに対してこちらの方が困惑してしまう。
「なんとかって……」
「そりゃ、女になっちゃったのはまだ慣れないし、困ることも多いけど。俺は『なにも失っていない』」
失っていない?何故そう言えるのだ。十分すぎるほど失っているのに。
「家族も友達も誰も傷ついていない。仲間……使い魔達も、戻ってきた。俺自身も、変わっちまったけど、生きてる」
東条選手は自分の白い手を見つめた後、まっすぐとこちらの目を見てきた。
「だから、ありがとう。皆が傷つく前に事件を解決できたのも、仲間を復活させてくれたのもお前おかげだ」
膝に手を置き、静かに頭をさげる。
「本当に、ありがとう」
「ちょ、あ、頭を上げてください」
そこまで真摯な対応をされるとこっちの方が困ってしまう。ここまで感謝されたことなど、今までの人生で一度もない。
「そういえば、Kの名前を教えてもらっていいか?」
「な、名前?」
顔を上げた東条選手が、首を傾げながら訪ねてくる。危ない。彼を男扱いしなければと頭では思っているのだが、どうしても見た目が美少女過ぎてそういう目で見そうになる。フェリシアと契約する前だったら惚れていたかもしれない。
「そうだ。恩人の名前を知らないっていうのは、どうにもケツが落ち着かなくてな」
「けつって……はあ、矢橋孝太と言います。一応、Kであることは秘密でお願いします。学校では秘密にしているので」
通っている高校が違うとはいえ、今回の一件でそこまで遠くに住んでいるわけではないと知ってしまったので、必然高校も近くかもしれない。高校間のうわさ話も馬鹿にできないのだ。
「わかった。孝太、なにか困った事があったらなんでも言ってくれ。地の果てだってつきあってやる」
「………」
無言になってしまうが、別に煩悩的なことは少ししか考えていない。とりあえずその見た目でそう言う事をいうのは控えた方がいいと思う。男子高校生とはラノベヒロインの三倍はちょろいのだ。
しかし、困りごとか。
先ほどまでの会話で、彼が『強い人』だというのはわかった。たとえ無理をして見栄を張っているのだとしても、それは自分にはできない事だ。
だから、現状自分最大の困りごとである両親の事を相談しそうになる。
「いえ、僕は自分がやるべきと思った事をしただけですから、気にしないでください。全ては、偶然の産物です」
だが、安易に相談するのは違う気がした。
鈍い自分でも、両親が離婚の危機だという事はわかる。その原因が自分だという事も。自分が、二人の環境を変えすぎたのだ。
元々、自分達三人家族は周りに流されやすい小市民だ。そこに、強く美しい使い魔達をとつぜん与えてしまったから、二人とも変わってしまった。そして、そうしたのは、使い魔を与えたのは自分だ。
これは自分がどうにかすべき問題だ。というか、そこまで交流のない相手に相談する事じゃない。
「そうか……なら、お前がピンチと思ったら勝手に助けに行くから、そのつもりでいろよ」
「ええ………」
なんだ、このラノベ主人公………。
家に帰り、手洗いうがいを済ませる。早速二人の仲を改善する方法を考えなければ。だが、その前になにか飲んで落ち着くべきかもしれない。
リビングに向かい、冷蔵庫に近づこうとして、カレンダーが視界にはいる。
「あっ……」
母はその年のカレンダーを壁につるすと、わかっている範囲の用事を書き込むようにしている。だから、両親の仲が不仲になる前に書いた予定も書いてあった。
「来月、二人の結婚記念日なのか……」
これは、使えるのではないだろうか。
飲み物は後にして部屋に戻り、紅蓮を召喚する。
「なあ紅蓮、両親の仲をもどす妙案が浮かんだかもしれない」
『おお、それはいったい?』
「来月に両親の結婚記念日がある。その日に二人を温泉旅行にでも行かせるんだ」
紅蓮が手をポンと合わせる。いい反応だ。これは本当にいい考えかもしれない。
『なるほど、私有地以外なら使い魔は召喚できない。必然的に完全に二人っきりになるので、お互いの会話が増える。温泉旅行というリラックスでき、かつ大声で喧嘩するには人の目につく以上比較的温和に会話されるかもしれませんね』
「え、そこまで考えていなかった」
単純に旅行にでも行ったらテンション上がって仲良くなるかなと思っただけなのだが、そうか、そうなのか。
「と、とにかく、いい案なのかな?」
『このまま座して崩壊を待つよりはいいでしょう。行動に移すべきです』
え、崩壊って断言するレベルなの、うちの両親。
「さ、早速ネットでよさげな旅館探してみるわ。というか父さんの予定確認しないと……」
『ちなみに、ご両親は旅行についてどのようにお考えでしょうか』
「あっ」
そもそも、二人が旅行に行ってくれるか考えてなかった。これで拒否られたらそもそもこのプランは実行できない。
「ど、どうしよう……」
引きつった顔で紅蓮を見ると、少し考えた後ボードに書き始める。
『お二人が帰ってきて三人そろったら言うのがよろしいかと』
「え、二人まとめて?」
『はい。一体一だと相手に押し切られるかもしれません。ならいっそ三つ巴の様相をつくり、ご両親がお互いの様子をみている間に勢いで押し切ってしまいましょう』
「み、三つ巴……」
そこまでかぁ、そこまで二人の仲って悪くなっているのかぁ……。
「うん……まあ、そうしてみるよ、うん……」
ちょっと泣きそう。
その日の晩、物心ついてから初めて床に寝転んで駄々をこねるという暴挙にでた。我ながらなんとも見苦しい姿だと思うが、無事二人をうなずかせることに成功した。
何か大事なものを失った気がするけど些事だろう。なんとなく二人そろって同じような顔をしていたし。




