第十八話 進退
第十八話 進退
サイド 矢橋 孝太
『今日のことがあってさ、考えたんだ。もしお前がいなかったら、予知通りになっていたんだろうなって』
『恐くなったんだ。情けないよな、お前に追いつくとか言っていたのに。けど、もう無理なんだ』
『滝沢にもこれから電話する。悪いけど、これからはお前たちでパーティーを組んでくれ』
『今日は、本当にありがとう。お前のおかげで、生きて帰ってこれた』
電話が切れて、スマホをベッドに置く。
しょうがない話だ。殺されそうになったのだ、誰だって怖い。しかも自分たちは平和な日本の高校生。このまま続けていけというのが無理な話だ。
スマホが鳴り響く。通知画面には滝沢と書いてあった。
あの後、滝沢からも佐藤と同じことを言われた。結局、二人とも冒険者はやめてしまうらしい。
ふと、自分はどうしようかと思う。今日のことは確かに怖かった。だが、冒険者をやめるかと言われると、そこまでではない。何故なのか。それはきっと……。
「紅蓮」
部屋の隅で詰将棋をして待っていた紅蓮に呼びかける。
「今日は本当にありがとう。これからもよろしく頼む」
紅蓮がサムズアップして答えてくれる。そう、紅蓮がいるから自分は冷静でいられるのだ。紅蓮がいれば大丈夫。そう思わせてくれるだけの存在感がある。
犯人の動機も目的もわかっていない。誰かに相談することもできない。なら、自分ができるのは、自衛手段を高めることだ。犯人を捜そうとは思わない。それができるコネも情報もないのだから仕方ない。
自衛手段を手っ取り早く高めるには、カードを集めることだ。その為にはダンジョンでカードを手に入れるか、稼いで購入するしかない。
となれば冒険者を続ける以外に、自分には選択肢はない。
次の日、二人とも学校を休んでいた。もしかしたらもう冒険者ライセンスの返却をしているかもしれない。
放課後、一度家に帰って荷物をとり、電車に乗って目的のダンジョンに向かう。行先は、Cランクのダンジョン。
目的としては、両親の護衛の強化。次に自分の戦力強化。三番目に資金集めだ。会社からの依頼はゴーレム集めをやりまくっていたので消化している。
今回のダンジョンは今までずっと避けていた『エルフのダンジョン』だ。
室内でも問題なく戦えるサイズ。敵から逃げるとき必要な索敵能力と速さ。魔法による前衛の援護。これらを兼ね備えるのはエルフしかいない。ケットシーと迷ったが、この辺にダンジョンがなく一番近くても県をまたぐ必要がある。
Cランクのカードは買うとなると高い。なので、手に入れようと思うなら直接ドロップさせる。だが、自分の気持ち以外にも問題はある。
レイナにあらかじめこのダンジョンに行くことを伝えると、とくに気にした様子もなく、むしろエルフを『狩る』ことを推奨してきた。
だが、彼女は今回の探索で召喚する気はない。効率は落ちるだろうし、ただの自己満足でしかないが、気分の問題だ。
ダンジョンの受付はCランクだというのにたくさんの人がいる。マスクで顔を隠しているが、ソロというだけで目立つ。足早に列に並んだあと、自分の番を待つ。
受付を済ませ、レイナ以外の使い魔を召喚して少し進んだ後、マスクを外してフェリシアに運んでもらう。高速道路に乗った時のような加速を覚えながら、魔眼で罠の類を回避していく。
しばらく進んだ所で、矢が自分めがけて四本とんでくるのを予知する。
「紅蓮!」
視覚の共有化で察知した紅蓮が矢を全て焼き落とし、とんできた方向に突貫する。
「紅蓮!?」
突撃してもらうのはいつもの事だが、今回のように勝手に突っ込むのは珍しい。一分もかからずに紅蓮は魔石を持って戻ってきた。
「紅蓮、もしかして僕に見せないために……」
フェリシアに降ろしてもらって、紅蓮に近寄る。紅蓮はただ無言で魔石を差し出してくるだけだ。
「ごめん……頼りないハンドラーでごめんな……」
紅蓮の気遣いに、感謝している自分がいる。それが、たまらなく情けなかった。だが、今はダンジョンの中だ。うつむいている暇はない。
「ありがとう。けど、僕の視界に入っている状態でも構わない。安全を第一にしてくれ」
ダンジョン探索を終え、魔石を渡してストアをでる。
自販機で買った水を飲むが、まだ口の中が酸っぱい気がする。
今回の探索で得られたのは魔石二十一個とカード一枚。二時間の探索としては異例中の異例だろう。だが、これはあえてモンスターハウスのような場所に飛び込んだからだ。
正直、後悔した。ちぎれ跳ぶ手。砕かれる頭蓋。肉の焼けるにおい。紅蓮は指示通り動いてくれた。その結果、自分は吐いた。
覚悟ならできていると思った。だが、結局自分は凡人だ。そんな仮初のものは簡単に焼き落ちた。
フェリシアに介抱されながら、稔に守ってもらい、紅蓮が蹂躙した。自分はただ足手まといにしかならなかった。だが、今日でやめるわけにはいかない。もう一体、最低でもエルフがいる。そうでなければ両親の護衛が心配でしょうがない。
紅蓮は一人しかいないのだ。自分を守るだけで精一杯のはず。ならば、それ以外を守ろうと思ったら戦力を増やす必要があるのだ。
襲撃者が用いた戦力はCランク四体。両親のDランク二体がそれぞれでは簡単に殺されてしまう。
この一週間後にもう一枚のカードを入手することができたが、かわりにこの日は食事が喉を通らなかった。
両親にエルフのカードを渡そうとしたら、前回以上に渋られた。
「あんた、これテレビでとんでもなく高いってきいたわよ!?ちゃんと自分のにするか貯金しときなさい!」
「そうだぞ。最近金銭感覚が変になっているんじゃないか?使い魔に買っているパソコンやゲームだって本当は高校生がホイホイ買えるものじゃないんだからな?」
ごもっともすぎる意見だ。しかも本当の理由である『この前ダンジョンで襲われて犯人も見つかってないから報復してくるかも。だから二人も用心して』が言えない。
だが、だからといって引き下がるわけにはいかない。
「高額なカードだからこそ。そして最近金銭感覚が狂っているからこそ二人に渡したいんだ」
二人とも疑問符を浮かべるが、よく考えたら当たり前のことだ。
「エルフのカードって一枚数百万もするんだけど、このカードは両方とも女エルフだから更に高い。冷静に考えて、高校生が持っていていいものじゃなくない?」
たしかにと、両親も納得し始めている。そう、高いのだ。エルフのカードは。ぶっちゃけこれ自体が襲われる原因になるぐらいには。主に嫉妬で。
ちなみに、この前女エルフを侍らせてハーレムとかネット上にあげて炎上していたお笑い芸人が襲われたらしい。幸い軽症で済んだらしいが、相手も使い魔を召喚して襲撃したらしいのでかなり危なかった。だが、そんな事件があってもエルフとのツーショット写真をネットにあげる人は多い。
そう考えると渡すのがちょっと不安になってきたが、今はしょうがない。
「だから、二人に預かっていてほしい。僕が身を持ち崩しちゃったり事故にあったりした時の為に。ただ、何もせず保管するだけだともったいないし盗まれる危険もあるから、契約はしといて。あくまで貸すだけでいざとなったら回収するから」
一息に言いきってカードを差し出す。どうだこの理論武装。どうやって受け取ってもらおうかと考えていたら横から紅蓮が『あげるのではなく、貸すという形にすればいいのでは?』と助言してくれたのだ。
「まあ、そういうことなら……」
「預かっとくって事なら、まあ……」
二人ともなんとか受け取ってくれた。これで相手が紅蓮並みでもないかぎり逃げるだけなら何とかなるはずだ。
ただ何故だろう、妙に胸騒ぎがする。この選択は二人の命を守るためには間違っていないはずなのに、嫌な予感がふつふつとわいてきた。
嫌な予感を無視して自室に戻ると、紅蓮とレイナを呼び出す。
「お呼びしょうか、マスター……なるほど」
「待って?服を脱ぎ始めないで?というか紅蓮が見ているからね?」
紅蓮がグットラックとボードに書いて消えようとするので手でせいしながらレイナを止める。視線がまろびでた巨乳に釘付けになるのは健全な十代としておかしくないはずだ。
「二人を召喚したのは、知恵をかりたいからだ」
「知恵、でございますか」
『ダンジョンであった襲撃犯のことですか?』
「そう。警察に任せてはいるけど、ある程度何者か考えていた方が防犯上いいと思って」
日本の警察は決して無能ではない。だが不安なのも確かだ。なんせ目的がわからない。Cランクの使い魔を四体もつれてやることが殺人なんて、個人ならともかく集団でなんて想像もつかない。
『主の知っている範囲でかまいませんので、教えて頂いても構いませんか?』
「そういわれても、襲撃の時は二人も見ていたと思うし……それ以上の情報は……」
犯人たちの手掛かりになりそうなものはなかったはずだ。きちんと調べたわけではないが、思い当たる節はない。
『警察の様子はどうでしたか?』
「警察?」
「なるほど。マスター、警察は事件を公にしましたか?それとも内密に処理しようとしましたか?」
紅蓮の問いに疑問符を浮かべると、レイナが具体的に言ってくる。
「どうって、誰にも相談するなって言ってたな。誓約書まで書かされたし」
『なるほど。わかりました』
「えっ」
紅蓮はもうわかってしまったらしい。レイナもしたり顔で頷いている。え、これだけでわかるの?
『犯人達はダンジョンに来る冒険者をなくす、最低でも減らすことを目的とした組織かと』
「そうですね。流石に国内か国外の組織かはわかりませんが、かなり大きな後ろ盾があるのでしょう」
「え?ええ?」
組織?大きな後ろ盾?なんでそんなのがただの高校生である自分達を狙ったのだ?いや、最初狙われていたのは滝沢と佐藤だ。二人が何をしたというのだ。
「おそらく、今後マスターやご友人が狙われる可能性は低いと考えられます」
「なんで?いや、その方が嬉しいけど」
「割に合わないからです。前回彼らが失ったのはCランクの使い魔四体にEランク一体。冒険者なら引退を考えるレベルです。いくら何らかの組織が控えているにしても、この損失は大きい」
たしかにその通りだ。額にしたら数百万、下手したら一千万以上吹き飛んでいるのだから。
「そして、彼らとしては無理をしてまで狙う必要はありません。紅蓮殿がいる以上、用意できる戦力的に厳しいでしょう」
「え、滝沢か佐藤を狙っていたんじゃないの」
「その可能性は低いでしょう。失礼ながらマスターも含めて三方にそこまで狙うほどのうまみはありません。むしろ、最近のニュースや新聞を見る限り年齢が問題かと」
「なんか、あったけ……?」
ニュースや新聞。最近話題のニュースといったらニューヨークの事件を解決したコンビが今度はDCで大規模テロを防いだとか、国内だとダンジョンを秘匿していた場合の罪が更に重くなったとか。
「大きなニュースにはなっていませんが、最近未成年がダンジョンで行方不明になる事件が頻発しています。不自然なほど話題に上がっていないのですが、これは考えても陰謀論しかでてきません」
「未成年がって、まさか」
「彼らがその原因かもしれません。そして、何故未成年の冒険者を狙ったのか」
レイナが紅蓮に目をやると、ボードに書き込みだした。
『元々ダンジョンに民間人を入れることに反対していた者達はいます。そして、未成年が消えていけば世論はより冒険者に関する法へ疑問視するでしょう』
言われてみれば駅前とかで署名を集めている人たちを見たことが何度かある。彼らも思うところがあってやっているのだろうが、今のところ世間の目は冷たい。
『更に、それが殺人と発覚して犯人も捕まえられなかったとなれば、ダンジョンへの立ち入り禁止とまではいかなくても、年齢制限の引き上げもあり得るでしょう』
だから、警察の人があそこまで口止めをしてきたのか。自分達からマスコミに人間に襲われたと伝えられたら行方不明の件と絡められて今までのが殺人事件として大々的に報道されるかもしれない。
行方不明と殺人ではテレビや世論での扱いがかなり変わる。
「あれ、けどそういえば何で国がそんなに一般人をダンジョンに入れたがるのかっていう問題が」
『それは深く関わると危険な気がしますので無視しましょう。今は、犯人たちの動機です』
「あ、はい」
『冒険者が減ることでどんなメリットが彼らにあるのか。そこまではわかりません。ダンジョンからドロップする品を少しでも独占したいのか、それとも日本のダンジョン業界が盛んになることへの妨害か。可能性をあげればきりがありません』
「はぇ~……」
まさか二人ともこれだけの情報でそこまで分かってしまうとは。これが日頃からちゃんと新聞読んでいる奴の力か。
「とにかく、僕らが狙われる可能性はない……?」
「確定ではございません。使い魔以外にも人を殺す手段はいくらでもありますので、ご注意を。それに、組織としてはうまみがなくても、直接失敗した実行犯が逆恨みしてくるかもしれません」
「な、なるほど」
ではエルフを二体集めたことは無駄ではなかったということだろう。よくはないがよかった。
『身の危険、というなら今回の事件だけが問題ではありません』
「というと?」
『ここ最近、使い魔を使った事件が前以上に世界中で増えています。日本でもCランク以上の使い魔を用いたテロや犯罪が起きかねません。戦力の強化は必要かと』
それは自分も思っていた。そこまで真剣にニュースを見ない方の自分でもよく耳にするのだ、毎日のように起きているのだろう。
使い魔の所持に関しても今の法案では緩すぎるとデモが発生しているらしいが、それに対抗するように使い魔について補助金を出せと言っているデモ隊もいて衝突しそうになっているとか。
「となると、まずどこを強化するかか……」
『私としましては、稔の強化が必要かと』
「稔?」
彼女はDランクながらバフをかければCランク相手にも戦えるのだが、紅蓮が言うのだから今のままではいけないのだろう。
「ちなみに理由は?」
『前後や左右から挟まれた時、私のみで前衛を務めるのは難しい場合があります。その場合、稔に片方耐えてもらうしかありません。レイナとフェリシアという後衛がいる今、強化すべきは前衛です』
「なるほど……レイナはどう思う?」
「私も、それでよろしいかと。彼女が力不足とは言いませんが、壁役は重要です」
二人の意見が一致したし、理由も納得できたので稔の強化が決定した。
壁役として強化していくなら、筋力や耐久を伸ばす方向がいいだろう。
「ただ、強化する手段がなぁ……」
一番安上がりな方法が、今も続けている毎晩の『ブーステッドツリー』だ。効果のほどは紅蓮とフェリシアが証明してくれている。だが、これは時間がかかる。効果がでるのはおそらく半年後だろう。
「やはり身体能力を伸ばす方向がいいと思いますが、そうなると手っ取り早いのが勾玉か装備カードですね」
「どっちも高いし貴重なんだよな……見つかるかなぁ」
普通ダンジョンで見つけたら売らずに自分の使い魔につける。となればかなりの大金を払って数少ない商品を買うか、自分で見つけるしかない。
購入する方法はいくらなんでも資金が足りない。オークションにかけられたら絶対に手が届かない。
自分で見つけるとなるとひたすらダンジョンを回るしかない。回転率こそ正義だ。時間がどれだけかかるかはわからないが。
『なにか、そういった品が賞品となっている大会はございませんか?』
「大会の商品……」
スマホを取り出し検索をかけようとする。すると、電話がかかってきた。
「金山さん?」
こんな時間に珍しい。何かのクエストだろうか。
『こんばんは。このような時間にすみません、金山です』
「こんばんは。いえ、大丈夫ですけど、なにかあったんですか?」
電話越しの声からなんとなく疲れている感じが伝わってくる。
『いえ、それが、矢橋さん、急で申し訳ないのですが、第三回全国ハンドラー大会に参加することはできませんか?』
その次の瞬間、魔眼が起動した。
満員の観客席。特殊部隊のような恰好をした自分。大会の舞台。
そして、無数の槍に貫かれている使い魔達。その中には紅蓮もいて、槍を抜くことができず再生が間に合っていない。槍の一本一本から光が出て継続ダメージが出ている。
そんな槍が、また雨となって降り注いだ。




