2 イチローのプレゼント
シオリおねーちゃんに初めて会った時、僕は「お人形みたいだな」て思った。
すごく白い肌で、すごく長い髪で、とても綺麗だな、と思った。でも、なんだかすごく遠くを見ているような目をしていた。僕が隣に行っても何も言わなくて、じっとしたままひなたぼっこをしていた。
「病気が治ったばかりなんだ。ちゃんと聞こえてるから大丈夫」
看護師さんはそう教えてくれた。話しかけちゃいけないのかな、て思ったけど、看護師さんは「いろいろお話ししてあげて」と言ってくれた。
僕は、天気のこととか、ご飯のこととか、お隣の犬のこととか、昨日見たテレビのこととか、絵本のこととか、色々と話をした。シオリおねーちゃんはほとんど返事をしなかったけれど、ときどき楽しそうな顔をしていて、それを見ると僕はすごくうれしくなった。
シオリおねーちゃんは、ずっとこのままなのかな。
かわいそうだな、て思った。シオリおねーちゃんが笑っているところを見てみたかった。だけど、僕にはどうしていいかわからなかった。頭のいいお医者さんが治せないんだから僕に何かできるわけがない、と思った。
シオリおねーちゃんが初めて話してくれたのは、雨が降った日だった。
今日はシオリおねーちゃんに会えないかな、と思っていたけど、お昼を過ぎたら雨が上がった。僕はおやつを食べてから、急いで病院のお庭に行った。シオリおねーちゃんも看護師さんに連れられてやってきて、いつものようにひなたぼっこが始まった。
「僕、昨日ね、夢を見たんだよ」
僕はその日、夢の話をした。
魔法使いの女の子が、お日様を隠してしまう怪物をやっつける、そんな夢だった。僕は魔法使いの女の子と友達になって、一緒に怪物と戦うことになったんだけど、弱くて、逃げ回っていただけだった。それを話すのはちょっぴり恥ずかしかったけれど、シオリおねーちゃんには嘘をついちゃいけない、て思っていたから、正直に話した。
シオリおねーちゃんは、話の途中からずっと僕を見ていた。いつもはどこか遠くを見ているだけで、僕を見てはくれなかったから、すごくびっくりした。
そして、お話が終わると、シオリおねーちゃんはニッコリと笑った。
「私……も、魔女の……夢を見た、よ」
初めて聞いたシオリおねーちゃんの声は、小さくてガラガラで、おばあちゃんの声みたいだった。
「弱虫で……泣き虫で……でも、ね……とっても、強い、魔女、なの、よ」
シオリおねーちゃんが咳き込み、驚いて立ち上がっていた看護師さんが慌てて駆け寄ってきた。
久しぶりに話したから咳き込んでしまった。
看護師さんは、シオリおねーちゃんにそう言っていた。
「ゆっくり……ゆっくりやっていきましょう」
看護師さんはすごく嬉しそうな顔をして泣いていた。シオリおねーちゃんはうなずいて、びっくりしている僕を見てまた笑った。
「今度……お話、する、ね」
僕はシオリおねーちゃんと約束をして、その日はバイバイした。
次の日から、シオリおねーちゃんはお庭に来なかった。どうしたのかな、と思ったけれど、看護師さんは「大丈夫、今、リハビリ中なんだ」と教えてくれた。ずっとお話していなかったから、声が出せるよう練習が必要なんだと聞いてびっくりした。シオリおねーちゃんは、一体どれぐらいお話していなかったんだろう。
一週間ぐらいたって、シオリおねーちゃんはまたお庭に来た。
「こんにちは、イチローくん」
僕はびっくりした。おばあさんみたいだった声が、若い女の人の声になっていた。僕をまっすぐ見てくれて、ニッコリ笑ってくれて、それまでも綺麗だな、て思っていたけれど、もっとずっと綺麗になっていた。
そして、その日から、シオリおねーちゃんは「魔女」のお話をしてくれた。
僕が見た夢よりずっとすごい冒険で、ワクワクするお話だった。僕はシオリおねーちゃんのお話が聞きたくて、天気の良い日は毎日お庭に行くようになった。
「あ、そうだ」
そんなことを思い出していたら、いいことを思いついた。
「魔女の絵を描いて、プレゼントしよう」
だって、僕とシオリおねーちゃんが仲良くなったのは魔女のおかげだもの。
だから、魔女の絵を描いてプレゼントしたら、きっと僕のことを忘れない。
僕はさっそくクレヨンとスケッチブックを取り出すと、魔女の絵を描き始めた。




