23 小さな変化
「ただ今ぁ。ねぇ、ロッカは帰って来た?」
ロッカが家に帰らなくなって、そろそろ一週間が経とうとしていた。
私は学校から帰って来ると、真っ先にロッカの事を尋ねるのが日課になっていた。お母さんもお兄ちゃんも未だ帰っていなければ、ロッカの名前を家中で叫んでいる。
ロッカが名札に付けた通信機も、壊れたらしく何度話し掛けても何の反応も無かった。
「お帰りなさい。ロッカは未だみたいねぇ」
その日、休みだったお母さんがそう言って迎えてくれた。
「……そっか。あ、お母さん、お茶にしない? 今日、駅前の和菓子屋さんでおはぎが安かったんだ」
手にしていた和菓子屋さんの袋をテーブルに置いた。
「あら、いいわねぇ」
言いながらいそいそとお母さんはお茶の用意をする。その間、何時もの様にうがいと手洗いを済ませたのか聞かれた。
「済ませたよぉ」
子供じゃないんだから、と笑ってみせるとお母さんも口では謝りながらも笑っていた。
「これ、三人分よねぇ?」
包みを開けたお母さんが言わずもがなな事を口走った。
言われて初めて、私は買い過ぎた事に気付いた。
例え多かったとしても、私もお母さんも一度に二個以上食べられた試しのないおはぎを今日に限って十個も買って来てしまっていた。無意識にロッカの分も買って来てしまっていたらしい。
私とお母さんは、お兄ちゃんに頑張って貰う事にして、それ以上残りのおはぎの事には触れない事にしたのだった。
*
次の日、授業が終わり、学校を出たところで、何かが私の頭に直撃した。野球のファールボールが当たったのだろうか。
余りの痛さにその場にしゃがみ込んでいると、懐かしい家族の声が聞こえて来た。
「将美、早く変身ブレスを着けるれしゅっ!!」
見るとロッカが変身ブレスを手に私を見上げていた。
「ちょ、ちょっとぉ、他人に見られたらまずいでしょ!!」
一瞬にして今の私達の状況のまずさを自覚した。
ヒソヒソ声で文句を言うと、有無を言わさずロッカを拾い布製の手提げ鞄に放り込んだ。
そして私は何事も無かったかの様に通りの角まで歩くと、そこからダッシュで人気の無い路地に入った。
「将美、急いで行くれしゅ!! 大変な事になってるれしゅよ!!」
お帰りの一言をも言える状況ではなかった。
鞄の中から必死に訴えるロッカに促されるまま、私は変身ブレスを身に着けた。
「じゃ、行くれしゅよ! 転送!!」
ロッカは私がブレスを装着するや否や、何時もの台詞を叫んだ。
それと同時に、私もブレスのボタンに手を掛け、“変身”と呟いた。
しかし、何時もとブレスに触れた時の感触が微妙に違う。私は変身しながら妙な違和感を感じていた。
間一髪、私が現場に到着した時には、私は変身を完了させていた。
何時もの様に、その仕組みは分からないのだけれど、その時手にしていた荷物は何処にも無かった。詰まりは、鞄の中にいた筈のロッカの姿も一緒に無くなってしまっていた。
ロッカの事を心配しつつも、私は自分の置かれた状況を確認した。崖の上に立っていた。
「おっと」
うっかり小石に足を滑らせ、落ちそうになる。
幾ら私が変身スーツを着ていても、ここから落ちたらひとたまりもなさそうな高さだった。
「よりによって、何でこんな所に転送するかなぁ……」
ロッカに対してぼやきながら眼下に広がる聖神域を見渡した。
「……確かに、こりゃ大変だ」
そこには今まで見た事が無い程の数の邪衆魔がディフェンジャーの皆を取り囲んでいる。
芋の子を洗う状態とはこの事か、等と呑気な事を呟いていると、ロッカに怒られた。
『何、悠長な事を言ってるれしゅか! 早く皆を助けるれしゅ!』
「ああ、ごめん」
変身ブレスから聞こえてくるロッカの声を聞きながら、ふと何時もどうやって離れた場所にいるロッカが聖神域での私達の状況を把握しているのだろうかと疑問に思った。
「ねえ、ロッカ、ちょっと聞きたいんだけど……」
『皆、変れしゅ! どうして本気で邪衆魔を倒さないれしゅか!』
私の疑問は、口にする事無く、ロッカの苛立った様な声に掻き消された。
「え? どういう事?」
私は自分の疑問を忘れ、そう問い返していた。
『皆、今までみたいに邪衆魔を倒そうとしていないれしゅ。この程度の数なら、将美なんかを呼ぶまでもなく、ディフェンジャー一人で倒せる数れしゅよ』
“将美なんか”の辺りに若干引っ掛かる物を感じるものの、確かに、数は多くとも愚鈍な動きをする邪衆魔を避けるのなんて、造作も無い事だろう。
私は皆の動きに違和感を感じていた。何時もの俊敏な動きが、今の彼等には見受けられない。
赤の人が、団子状態に押さえ付けられていた邪衆魔の中からぐっと首を伸ばした。そしてその顔を周囲に巡らす。
……何か、探している?
彼はぐるりと周囲を見渡す様に窺いながら、しがみついてくる邪衆魔を煩わしそうに押し戻した。
よく見ると、他のメンバーも同じ様に周囲を見回している様に見える。
何を探しているんだろう?
私も皆と同じ様に、周囲に視線を巡らせた。
「……あれ?」
そんな彼等の姿に違和感を感じた私は、思わず声を漏らした。
『将美、どうしたれしゅか?』
私の声にロッカが反応して聞いて来た。
「いや、ちょっと」
そう言いながら、どう違和感を感じているのか自分でも分からずに首を捻る。
何時もなら、誰か一人でも戦闘中にぼんやりしている人間がいると、赤の人から檄が飛ぶ。
けれど、今日に限ってそれが無い。寧ろ赤の人自身、率先して何かを探している風だ。
「……ああ、それで」
ひとり納得の呟きを上げると、ジャリっと言う石を踏み潰す音が私の背後でした。
一気に全身の毛が逆立つ様な感覚を覚えた。
居る!
「何だ。こんな所にもゴミが落ちていたとはね」
聞き覚えのある声に、私は素早くベルトに装着していた封神笛に手を掛けた。
「そう言うお前は高みの見物か?」
振り向きもせに私は言った。
「腰抜けのお前らしい行動だな」
嘲笑う様に続ける。
冷静に考えれば、今の私も背後にいる男――邪衆魔と同じ立場にあったのだけれど、都合良く自分の事は棚に上げる。
「雑魚は雑魚なりに、憎まれ口をきく」
そう言って、背後に居る邪衆魔がニヤリと笑ったと感じた。
と、同時に、気配が微かに動くのを感じる。
私はベルトから封神笛を抜き取ると、振り向きざま両手で構えた。
ガキッ――!
構えた両手に、痺れが走る。振り下ろされた男の長剣の刃を封神笛がしっかりと受け止めていた。
「相変わらず可愛いげの無い」
今度こそ、邪衆魔が不敵に笑うのを目にした。
はらりと零れ落ちた邪衆魔の髪は、陽の光に照らされ、青く輝いていた。
「可愛いげが無いのはお互い様でしょうが」
歯を食いしばり、力で剣を押し戻す。
お互いが押した反動で、互いが後ろに飛び退く。
構えていた長剣を軽く片手で一振りする。風を切るその切っ先から放たれた風圧に、地面が軽くえぐられる。
「何故お前達は、鏡異界の人間でも無いのに我々の邪魔をする?」
苛立っていると言うよりは、呆れた風に邪衆魔は言った。
「じゃあ何で、あなた達は関係の無い人達を巻き込むんだ!」
封神笛を握った両手にぎりりと力を入れ直す。
「質問を質問で返すとは……」
私の問いに邪衆魔が微かに顔を歪める。
……ひょっとして、笑っている?
「答えなさい!」
馬鹿にされた思いが、その言葉尻に表れるのを抑え切れ無かった。
それに対する答えは、封神笛から放たれた一撃に掻き消された。
「何!?」
邪衆魔が慌てて飛び退る。
条件反射の様に振り返ると、そこには赤の人が封神笛を構えて立っていた。
咄嗟に頭に浮かんだのは、彼がどうやってこの崖の上に登ったのだろうかと言う事だった。
「イエロー、無事!?」
桃色の人の問い掛けに我に返ると、赤の人の その背後では、他の三人が、邪衆魔の足元を狙って封神笛を振るっている。
青の人は封神笛を刀にしその切っ先を地面目掛けて振るい、同じく緑の人は薙刀にし、桃色の人は封神笛を鞭にして足首を狙って彼等が倒れる様に攻撃している。
戦っていると言うより、足止めしているみたいだった。
もう、彼等がどうやってここに来たのかは問わないでおこう。
「そこまでだ! ザンガー!!」
私がこの状況においてきぼりになっていると、赤の人が剣にした封神笛の刃先を邪衆魔に向けて叫んだ。
「へぇ。ザンガーって言うんだ」
思わず邪衆魔の顔をしげしげと見つつ呟く。
……って、何故邪衆魔の名前を知ってるんだ?
私は邪衆魔――ザンガー――と、赤の人の顔を交互に見ながら、後退った。
すると、こんな緊迫した状況だと言うのに、足元に転がる石に又しても足を取られ、今度こそバランスを崩した。
「おわっ!!」
確実に頭から崖の下へ真っ逆さまに落ちる――咄嗟に思ったのはこれだけ。
そうは思っても身体がついてはいかなかった。
が、私は崖下に真っ逆さまに落ちる事は無かった。そうなる直前、誰かに腕を掴まれた。
「え……?」
掴まれた腕の先を辿ると、そこには奇妙な表情顔をした意外な人物の顔があった。
ザンガーなる邪衆魔だった。
まるで自分の掴んでいる物が信じられない、とでも言いたげな顔だった。
「ふっ」
……今、笑った?
目が合うと、ザンガーは掴んだ腕を力任せに自分の後方へと投げ飛ばした。
「イエロー!!」
青の人が叫び、手にした封神笛を鞭にして彼に振るった。その身体に鞭がクリーンヒットする。
そしてザンガーは光に包まれて、異界へと消えた。




