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美女と野獣の最後の恋  作者: 猫塚ルイ


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第7話

叔父様たちの卑劣な叫び声が、霧の立ち込める森の奥へと遠ざかっていった。


館を揺らしていた暴力的な響きが止み、再び元の静寂が戻る。


しばらくして玄関の重い扉が開き、戻ってきたルークさんの姿があった。


彼の灰色の毛皮には、返り血一つついてはいなかった。


圧倒的な力の差を見せつけ、指一本触れさせずに追い払ったのだろう。


けれど、その琥珀色の瞳には、勝利の昂揚感など微塵もなかった。


そこにあるのは、どこか割り切れないような、深い憂いの色が沈んだ沈黙だった。


「……追い払った。二度と、この不浄な足でこの森に踏み入れる勇気はあるまい」


「ありがとうございます、ルークさん。……その、お怪我はありませんか? 無理をさせたんじゃ……」


私が心配で駆け寄ると、彼はふいと、照れ隠しのように顔を背けた。


「……フン、俺を誰だと思っている。あんな、欲に目が眩んだ軟弱な人間どもに、この俺が後れを取るはずがなかろう」


ぶっきらぼうな物言いは一週間前と変わらない。


けれど、広大なホールを横切って自室へと向かう彼の背中が


なぜかいつもより小さく見えたのは、私の気のせいだろうか。




その日の夜


窓の外には、冴えざえとした月が昇っていた。


薬の完成まで、残すところあと一日。


私たちは、この館で過ごす最後の夕食を囲んでいた。


スープを啜るスプーンの音だけが響く静かな食卓。


私は、明日にはこの場所を去らなければならないという現実を前に


どうしても胸の奥に仕舞い込んでいた問いを口にせずにはいられなかった。


「ルークさん。どうして……あんなに博識で、立派な図書室まで持っているあなたが、こんな森の奥で、たった一人で暮らしているんですか?」


私の問いに、ルークさんの手が止まった。


彼はゆっくりとスプーンを置くと、視線を窓の外、銀色の月光に照らされた森へと投げ出した。


「……知ってどうする。お前は明日、薬を携えてここを出ていく身だ。…余計な情けは、互いのためにならんだろ」


「な、情けなんかじゃありませんよ!私は……ただ、あなたのことをもっと知りたいんです。この一週間、私を助けてくれたあなたのことを……」


私の真っ直ぐな、射抜くような視線に耐えかねたのか、ルークさんは絞り出すように重い口を開いた。


「……かつて、この館には絶えず笑い声が満ちていた。…だが、俺はある一族の呪いによって、この醜い獣の姿に変えられた」


「え…っ」


「人間とは、残酷なものだ。姿が変われば、昨日まで友と呼んでいた者たちですら、手の平を返して去っていく。……忌み嫌い、恐れ、最後には石を投げる」


彼の言葉の一つひとつには、長い年月をかけて積もった絶望と、凍てつくような孤独が滲んでいた。


「……だから、俺は誓った。二度と人間など信じないと。誰にも、この心の内に触れさせはしないと」

ルークさんの大きな、鋭い爪を持つ手が、テーブルの上で微かに震えていた。

「……だが、お前は、この化け物の足に触れ、あろうことか俺のために涙を流した。……恐怖で体を引き攣らせていたくせに、俺のことを知りたがる。物好きな女だ」


「ルークさん……」


「…ベル。お前がここにいれば、俺はまた……とうの昔に捨てたはずの、馬鹿げた夢を見てしまいそうになる」


「……一週間が終われば、お前は去る。それでいいんだ。それが、正しい」


「でっでも!それじゃ────」


「…お前は人間としての幸せを掴め。……俺は、ここでまた、本を捲るだけの日々に戻る」


彼はそれ以上語ることを拒むように立ち上がると、足早に


まだ少しだけ引きずる足を隠すようにして、自室の闇へと消えていった。


一人残された広い食堂。


冷めかけたスープを前に、私は胸を掻きむしられるような痛みを感じていた。


彼が抱えているのは、罠による足の傷よりも


ずっと深くて、ずっと癒えない「心の傷」なのだ。


それを知りながら去らねばならないことが、こんなにも苦しいなんて。


◆◇◆◇


翌朝


約束の七日目、運命の朝が来た。


図書室の窓から差し込む朝日は、昨日よりも少しだけ冷たく感じられた。


ルークさんは、小さな硝子瓶に入った、透き通った琥珀色の液体を私に手渡した。


「……完成だ。これをお前の父親に飲ませれば、三日で病の根源は消え、快方に向かうだろう。…一滴も零さぬようにな」


「……ありがとうございます、ルークさん。……本当に、一週間…短い期間でしたが、ありがとうございました」


震える手で薬を受け取ると、それは小瓶とは思えないほどずっしりとした重みを感じさせた。


それはお父様の命の重さそのものであり、ルークさんがこの一週間


不眠不休で薬草を吟味し、私を守りながら尽くしてくれた、彼の誠実さの証だった。


「…さあ、行け。日が完全に昇りきる前に森を出ろ。叔父の残党が近くに潜んでいるかもしれんからな、玄関までは送ってやる」


館の玄関先。


かつて私が恐怖に震えながら見上げた、あの重厚な扉の前に立つ。


ルークさんは、そこから一歩も外に出ようとはしなかった。


「…ここからは一人で行け。……俺が境界を越えれば、不必要な騒ぎを呼び、お前の村にまで迷惑がかかる」


私は薬をカバンに大切にしまい、意を決して彼の方を振り返った。


別れの言葉を口にしようとするけれど


胸がいっぱいで、喉が焼けるように熱くて、まともな声が出てこない。


「……ルークさん、私…もっとあなたと…っ」


「…早く、行けと言っている。……二度と、振り返るな」


彼の突き放すような言葉。


けれど、その瞳はひどく寂しげに揺れていた。


私は、もう我慢できなかった。


カバンを握りしめたまま、彼の大きな、毛皮に包まれた温かい胸へと飛び込んだ。


「っ、……ベル!?」


驚きで固まるルークさんの大きな体。


けれど、一瞬の躊躇の後、彼の大きな手が、壊れ物を扱うような慎重さで


私の背中をそっと包み込んでくれた。


「…馬鹿かお前は……あんなに恐ろしい思いをして、ようやく解放されるというのに、なぜ泣く」


彼の声は、これまでに聞いたことがないほど掠れ、優しく震えていた。


「……私、…必ず、またここに来ます。お父様が元気になったら、今度はお礼を言いに、……ううん、お礼だけじゃなくて、あなたに会いに、絶対に、絶対に戻ってきますから……!」


「…待ってなどいない。……俺は、一人が好きなんだ」


彼はそう嘯きながらも、私の肩を掴み真っ直ぐに琥珀色の瞳で見つめてきた。


「…だが、もし……どうしてもと言うのなら、気が向いたときで構わん」


ルークさんは、ほんの少しだけ、本当に微かに、照れ臭そうに口角を上げた。


「……その時は、またお前の作ったあのスープを、振る舞ってくれ」


「!…は、はい……! とびきり美味しいやつを、山ほど作ります!だから、待っていてくださいね!」


私は涙を袖で力いっぱい拭い、満面の笑顔を作って彼に背を向けた。


一歩、また一歩と森の出口へ向かって歩き出す。


背中に感じる彼の静かな視線が


まるで見えない外套のように、私を温かく守ってくれているのが分かった。


お父様、待っていて。


そして、ルークさん。


私たちの物語は、ここで終わりなんかじゃないから。

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