第8話 ぐおぉぉぉ
ぐふ・・・
体が重い、いつの間にか寝ちゃったのか。かび臭い匂いに、硬いベッド。そっか、今日もラプラスが家まで運んでくれたのか。昨日の疲れだろうか、体が重くて苦しい。クロウはまだ寝た気な目を擦りながら体を起こそうとする。そこにもう一つの原因が寝ていた。
器用に腹の上で寝る黒猫ラプラスだ。丸いケツをこちらに向け箱座りして寝ているようだ。眠る彼女を起こすと朝の支度を始めた。
「くぁ〜、相変わらず寝起きが良いね?」
「誰かのおかげでね!」
「はて???そんな事よりも体の調子はどうかな?今日もしっかり働けそう?」
そう言えば昨日は命からがら帰って来てぶっ倒れたんだっけ・・・体を動かし調子を確認するが問題無さそうだ。番人の能力は森に行がないと分からないが、何となく大丈夫な気がする。
「うん、大丈夫そうかな」
「それは良かったよ。今日は昨日のことをしっかり反省してお仕事頑張ってね」
「うぅ。はい、気をつけます」
「宜しい。じゃあ今日はシズちゃんに会ってから仕事に行こうか?きっと心配していると思うけどな」
そうか、昨日は朝から森に行ったからシズの面会に行けてないや!
「ありがとう!すぐに準備する」
昨日、辛うじて持ち帰ってきたタンポポの様な薬草を手に取ると急いで診療所へと駆け込んだ。朝早くだというのにドリー先生は朝から道を掃除していた。
「おお、朝早くから元気じゃの。体調も良さそうで安心したわい。昨日は一度と顔を見せなかったから、何処かでくたばってるんじゃないかとシズちゃんと心配しておったんじゃ」
「あはははは・・・ついつい仕事に夢中になっちゃいまして、シズは元気ですか?」
「あまり変わらないぞ・・・ふーむ、仕事も程々にな」
変わらないか・・・でも悪くなってないならそれでいい!
「あ、ドリー先生、実は・・・」
「何?体の毒素を排出させる薬草か、儂は聞いたことが無かったが、お前さんこれを何処で知ったんじゃ?」
「え?あ、その・・・実は、昨日偶然山で出会った冒険者の方から譲って頂いて。妹の話をしたらこれが効くんじゃないかって」
大筋は嘘ではない・・・
「ほー、異国の薬草か?どれ試して見るか」
ドリー先生は薬草を手に取り、一本を丁寧に切り分けると、手を当てて観察し始めた。逸る気持ちを隠しながら、先生の判断を待っていると、
「なるほど、魔素を体外に排出させる作用、か。なるほど、シズちゃんの病は蓄積した魔素による臓器障害か・・・こりゃ誰にも分からん訳じゃ」
「え?!そんな事が分かるんですか?」
「あ、いやはや、儂はこう見えても元々は優秀な回復手での。若かりし頃はお前さんみたいに破天荒に冒険者をやっておったんじゃ。しかし・・・あれさえ無ければまだまだ活躍しておったじゃろうて」
「あれって?何かとんでもない事があったんですか?」
「・・・ああ、・・・」
暫く目を閉じ考え込むドリー先生を見て、きっと壮絶な過去があったのだろう・・・僕は先生に興味本位で質問した事を悔んだが、
「ぎっくり腰でのぅ、前線に立てなくなってなぁ」
僕の気持ちを今すぐに返して下さい!ぎっくり腰って治せないの?優秀なヒーラーでしょ?
「儂には致命傷じゃったわい。まあそんな儂は『鑑定』を使って患者を診ておるんじゃが、まさか魔素が溜まることで病になるとはな。この世界もまだまだ知らないことが多いもんじゃ」
「それでシズの病気の原因が分かったんですか?」
「あぁ、今しがたの!この薬草の『鑑定』結果が鍵だったようじゃ。未知の知識に触れる事で儂もまだまだ成長出来るようじゃ。よし、早速この薬草を煎じて飲ませてみるとしよう」
先生は心なしか若返った様にキビキビ動くと、タンポポに似た薬草『魔草ダソナ』から作り出した薬を早速『鑑定』してみせた。
「ふむ、効果は小か・・・まあ少しでも効くのであれば治療への第一歩じゃわい」
「じゃあ、今からシズに飲ませても?」
「ああ、大丈夫じゃろ。ほれ行くぞ!」
そう言って駆け出すドリー先生を追いかけて、シズの病室へと向かう。
「あれ?先生とお兄ちゃん?そんなに慌てて来るなんてどうかしたの?」
ベッドから体を起こしシズは驚いていたが、
「おはよう。昨日会いに来れなかったから走って来たんだぞ?」
「そうだ!もぅ昨日も来るって言ってたから待ってたのに・・・」
「ごめんごめん。お詫びにこうやって先生とな、お前の為に薬を持って来たんだ。飲んでくれるか?」
そういって差し出した薬をシズに渡すと、妹は、
「凄く苦そう。飲まなきゃダメ?」
「見た目は苦そうじゃがの。大丈夫、ぐぃっと飲むんじゃ」
「頑張れ!シズ」
「うぅ・・・ゴクゴク・・・ん、そこまでじゃないかも。それに何だかスッキリするような。不思議な感じ・・・」
「ほう・・・どれどれ」
先生の『鑑定』結果はいかに?!
「うむ!効果ありじゃ!凄いぞ。こりゃまぼろし茸よりも価値が出るかもしれんな」
「本当ですか?じゃあこれが一杯採れれば借金返済にも一歩近づくじゃないですか?!」
「よし!儂はこの薬草をギルドに報告してくる。シズちゃんは無理せず休むんじゃぞ?じゃあの」
先生はこれまた勢いよく走り出すとアッという間に居なくなった。
「先生すごく元気だね。このお薬がよく効いたから?」
「そうみたい。よし、じゃあ僕は仕事に行ってくる。明日は絶対面会に来るからな。しっかり休めよ?」
「はーい。あぁ早く私もお外に行きたい」
「・・・そうだな、兄ちゃん、頑張るよ」
「ん?何か言った?」
「いや。じゃ、またなシズ」
「うん、気を付けてね」
クロウがシズの病室から飛び出ていくのを見送ると。窓の外からニャ~ン、と黒猫がベッドへと飛び乗って来た。
「あれ、黒猫さん!今日も来てくれたの?」
ニャー、ゴロゴロと喉を鳴らし前足で器用にフミフミして来る。
「フフフ。今日はお兄ちゃんが嬉しそうだったんだよ。私の体調が良くなったからかな?」
ニャ~ぉ、肯定してくれるように頭を擦り付けながら鳴く猫の下顎を、コショコショと掻きながらシズは今日も1日を生きようと思うのであった。
ラブラスがシズに可愛がられている中、クロウは1人ウィッチヤードへと出かけた。今日も変わらず森は生気に溢れていた。
「まずは番人のチカラを確かめるか」
昨日は『同一化』と『渡り』で何とか帰ってこれた。地面に向かい穴が開く様に念じると、いとも簡単に地面が凹む。閉じろと思えば元通り。
「問題は何回連続で使えるかだな」
昨日はちゃんとラプラスの説明を聞いとくべきだった。好奇心と慢心が引き起こした結果があれだもんな・・・
クロウはそう反省しつつ、体を解す。次は持って帰れなかったゴミの回収から始めよう。蜘蛛の巣に行くか・・・未だ、鮮明に残る死の恐怖を思い出し足取りは重かったが、
「うひょ~ゴミだらけじゃん!この蜘蛛め、こんなにゴミを溜め込みやがって〜」
積り上がったガラクタや装備品、人間か動物か分からない骨の山を前に興奮が止まらない。周囲に気をつけながらウキウキで片付けを始めるのであった。
「ふぅ~、装備品やゴミは運び終えたし、骨も地中に埋めたからあとは・・・うわぁこの蜘蛛の亡骸も処理するのか」
残ったのは巨大な蜘蛛。長い足は僕の腕よりも太く。しっかりとした外殻に覆われている。頭は爆発に巻き込まれ潰れているのか見当たらないが、デカい体は残っていた。
「ぐおおおぉぉぉ…はぁ、重っ。ぐおおお…はぁ、これも運べるのかな?」
何とか木の近くまで押して運んだ亡骸を抱え込むと、木に手を当て『同一化』を発動した。そして、蜘蛛の亡骸も一緒に取り込んだ事を確認すると、魔女の庭へと移動した。
ズンッ!
「はあ、はあ、ゴミと違って魔物を運ぶのはめちゃくちゃ大変だぞ」
息を切らしながら運んできた亡骸を放り出す。無機物と違い、生きていた魔物を運ぶのは苦労した。チカラがごっそり減った気がする。
「あ〜、あの時もこんな感じだったかな」
「お帰り〜。それが昨日倒したハンディングスパイダーかな?随分と大物を仕留めたね」
「ハンディングスパイダーってコイツの事?どうりで追い込むのが上手かったのか。まんまと巣に誘導されたよ」
「ほほ〜、巣を見つけたなら糸も回収してきなよ?あれでいい繊維になるから。素材としてはかなり優秀だよ」
「取ってくる!!」
「現金だな〜」
ラプラスの話を聞いて、疲れも何のその、蜘蛛の巣へと舞い戻った僕は木々に巻きついた丈夫な白い糸を巻き取る。弾力のあるとても綺麗な糸で手触りが良い。それにボムツリーの爆発にも耐える耐熱性と防御力がある様だ。
「結構な量が採れたな。これがどれくらいの価値になるんだろう。おっちゃんの所に持って行ってみるか・・・」
糸を回収し庭に戻って来る。糸玉が数個程取れ、地面に転がっている。そろそろ溜まったゴミや装備品の処理を考えていると、
「え?町のギルドに売りに行くの?」
「うん。お金に変えないと借金返済は出来ないし。ここに置いておいても邪魔になるでしょ?好きにして良いって言ってたよね?」
「どうやって運ぶのさ?それにどうやって集めたか聞かれたら?どうやってこんな魔物を討伐したか聞かれて正直に話すの?」
クロウはラプラスに相談した所、そんな風に言われてしまった。
「誰も信じてくれないと思うよ?まあ、もし売りたいなら少量だね。物によっちゃ少量でも驚かれるだろうけどさ」
「じゃ、じゃあ取りえずゴミの方から処理するか。でもこんなごみの山売れるのか?」
そう思いながらもリュックに詰めるだけ詰め込んだゴミを背負い町に戻る。そしてギルドの買取所へとやって来た。
「おっちゃん、買い取りをお願いしたいんだけど?」
「お?なんだクロウじゃねえか。どこほっつき歩いていたんだ?今日ギルドはドリー先生の話題で盛り上がってるんだぜ?」
「あ~シズの病気に関する事です?」
「チッ、知ってやがったのか。折角驚かせてやろうと思ってたが、まあシズちゃんの事だもんな。ドリー先生がお前に伝えない訳ないか」
「はい。これでシズの病気が快方に向かえば良いんだけどね」
「そうだな。うん。よしッ、さあ仕事を使用じゃねえか。買取だろ?何を持って来たんだ?」
ちょっと嬉しそうなおっちゃんにウィッチヤードで拾い集めたゴミを見て貰った。
「お前、これをどこで?」
「え?ええっと、依頼で森に行ったときに少しでもお金になればと思って、森のちょっと奥に入ってみたんだ」
「つまり、ウィッチヤードの浅層に行ったのか?!無茶しやがって、あそこは一人じゃ危険だと言われていただろ?サニーが知ったらまた怒られるぞ?」
「そこは内緒でお願い。妹の為なんだ。こんな僕にはこんな事しか・・・」
ぴえん・・・うそじゃないよね・・・嘘じゃ
「おめえなぁ・・・魔物をみたら荷物なんて放ってすぐに逃げるんだ、分かったな!」
「うん」
たっく・・・と、悪態を吐きながらもおっちゃんんは黙々と見るからにゴミを鑑別してくれた。古い汚れた鎧、刃こぼれした剣やナイフ、凹んだ盾、あ・・・ハンティングスパイダーの糸も少し紛れてる・・・
「ん?こいつは・・・ハンティングスパイダーの糸か。こんなもん良く拾って来れたな。近くに本体が居なくて命拾いしたな。こいつは期待して良いぞ」
「そ、そうなんだ。気を付けるね。そのハンティングスパイダーってデカい蜘蛛?」
「ん?ああ、足は速ええ、一度見つけた獲物に執着して巣へと追い込むのヤバい魔物だな。こいつの糸で作成する衣服は軽くて良い防具になるんだ。まあ、これっぽっちの糸くずじゃ、装備を作るのは無理だがな」
「へえー、そうなんだ」
その後も僕にはゴミにしか見えないものを仕分けしていく。時折、ふーむ・・・とか、お?こいつは・・・とか何だか期待しちゃう声が聞こえて来る。暫くすると、
「おう、待たせたな。これが今回の買取金額だ。ほれ」
ズシッと重めの金貨袋を手渡された。お、重い!?この前の下水道掃除よりも重いんだけど?!
クロウは思いのほか大きな袋を落ちあげるとゴクリと喉を鳴らしたのであった。
「全部で482ゴールドだ。」
「482?!そ、そんなに?」
「ああ、ガラクタが殆どだったが、鍛冶屋に売れる物が多かったし、何よりハンティングスパイダーの糸はこれだけでも350ゴールドにはなったな。片手一杯程度でその値段だ。ウィッチヤードに入る冒険者はハンティングスパイダーの糸を目当てで潜る奴も居るくらいだからな」
「こんな量が350ゴールド・・・」
え?じゃあ糸玉が5,6個あるんだけど売ったら幾らに・・・?!
「まあ、お前じゃ無理だろうがな。じゃあ、気を付けて帰れよ?」
「う、うん。おっちゃんありがとう」
クロウはお礼を言うと急いで家に帰り、ラプラスの待つ庭へと帰って行ったのだった。




