第6話 ラプラス、オヤスミ
にゃーお・・・
家の前で可愛らしく鳴く黒猫。魔女のラプラスはクロウの帰宅を待っていたようだ。
「やっと帰って来た・・・私を待たせるなんて命がいくつあっても足らないよ?」
「えぇ・・・君が診療所で気持ちよさそうに猫を満喫してたんじゃないか。見ない振りしたのに・・・」
「そりゃこんな可愛い姿をしているんだよ?人間が愛でるのを無下には出来ないじゃないか。さあさあ
そんな事はいいから、散らかってるけど中にどうぞ?」
「僕の家ですけどね・・・」
我が物顔で家の中に入る黒猫を追ってクロウも自分の家に入る。かすかにカビ臭い匂いが鼻をつくが当の昔に慣れた。
「じゃあ早速なんだけど、約束通り君には仕事を任せたいんだ」
「約束・・・そっか、僕は魂を売ったんだっけ・・・」
昨晩僕はセトさん達を助けるために、ラプラスに魂を捧げたんだった。お陰で無事に帰って来れたんだ。そのことを思い出し、胸の中が空っぽに感じてしまった。そもそも魂って取られても生きていけるんだ。なら、シズの為に頑張る事に変わりは無いのか・・・そう、思っていると。
「あぁ~そんな事言ったっけ。あれ、冗談だから気にしないで?」
「はえ?冗談?」
「うん、まあ君を試したって言うかな・・・君を見定めるためにね。そもそも悪魔じゃ無いんだから魂なんて貰っても持て余しちゃうよ。ふふふ」
何言ってんだこの猫?冗談?試練?僕のこの葛藤は何だったのさー!!
「それはさておき、本題なんだけどさ。君はこれから行く私の家に住んでもらうからね。荷物を纏めてくれるかな?」
「え?家ってあの森の奥だよね?妹の事も心配だし、ここを長く離れる訳には・・・」
「ええ?そんなぁ・・・まあ妹さんの病状じゃああの環境では生活出来ないか・・・」
「妹の病気が判るの?」
「もちろん分かるよ。なんたって私、魔女だからね。あの病気は魔素病の一種なんだ。体の中の魔素が溜まってしまって起きる奇病だね。普通は自然と体の外に排出される魔素が、徐々に体を蝕むんだ。最近多いって風の噂で聞くよ」
偶然にもシズの病気が判明した。病気の事を知っているなら、
「治す方法は?ねえ、知ってるなら教えてよ」
「あるよ。まあ、君に頼みたい仕事にも関係するんだけどね。よし、ここから君が離れたくないなら別の方法で・・・」
ラプラスはトコトコと家中を歩くと、一つの部屋の扉の前で止まった。
「ここなら方角も良いね。よいしょっと」
「ん?」
ラプラスは右前足をあげ、扉に肉球をピトッと押し当てた。「これでよし!」と、扉から手を離すと、可愛らしい肉球マークが付けられていた。
「準備出来たよ。さあ出発しよう!」
「出発?」
「ほらほら、時は金なりって言うでしょ、さあ立って立って」
猫に急かされ以前、病に臥せっていた両親が寝ていた寝室の扉を開ける。この部屋は苦しさを我慢して僕に笑顔を向けていた両親が最後まで居たんだ。あまり思い出したくないから僕は此処を物置にして極力使わない様にしていた。その重い木の戸を開けると、爽やかな森の匂いがしたんだ。
「え?森がある・・・」
「ふふふ、凄いでしょ?ようこそウィッチヤードへ。ここが私の家、ウィッチヤードの奥、魔女の庭だよ。さあ、着いて来おいで」
ラプラスを追い、新緑の匂い溢れる森を歩く。振り向くと古びた家があり、蔦の這う壁、僕の家と繋がる木戸がゆっくりと閉まった。見たことも無い草花が咲き誇り、日の光を受けて凛凛と輝くようだ。
「気に入った?私の自慢の庭だよ」
「凄く綺麗だね。ここが君の家なんだね」
「そう、君に頼みたい仕事は一杯あるんだけど、まずはこの森の掃除だね」
「この森の掃除?ここってウィッチヤードだよね?危険な森のはずじゃ・・・」
クロウは聞き及んだ知識から身の危険を感じた。
「そう、人間にはと~っても危険な森だよ。昨日は私が傍に居たから魔物にも会わなかったはずだけどね」
そうか、だから昨日は何事も無く森の奥までスイスイ進めたのか。じゃあ、そばにラプラスが居なかったら・・・
「君たちも今頃は森の肥料になっていたかもね」
僕の頭の中を見透かしたように黒猫はにゃーと鳴いた。
「それで、掃除って言うのは・・・?」
「もちろん、死んじゃった冒険者達の残骸処理だよ。他にも野営の残りとか、ほんと人間って森への感謝が足りないって言うか、綺麗に使って欲しいもんだよ」
プンスカ怒っているラプラスは、尻尾をビタンビタンしながらご機嫌斜めな様だ。
「クロウ君には大変かもしれないけど、頑張って少しずつごみを処理してほしいんだ」
「でも、僕もラプラスみたいに危なくは無いんでしょ?」
「ああ、いや、君を森の番人に登録してはいるけど、魔物にはそんなの関係ないから君を見つけたら当然襲い掛かって来る。上手く森の環境を利用して頑張ってね」
「うう、番人って、ウィッチヤードの森に対しての影響しかないのか・・・」
リスク高くないか?!下手したら僕だって死ぬじゃん?!?!
「まあ、君が拾ったごみは君の者だから好きに使って良いからね。必要ないならドンドン売って早めに借金を返済するといいよ」
「はっ!借金・・・そうだ、もうすぐ取り立ての日だった。それにサニーさんの約束も」
「サニー?ああ、ギルドの。借金の返済かな?君は随分と不自由なんだね。因みに、君、自分の借金があとどれくらいあるのか知っているのかい?」
え?たしかあの金貸しから何度も借りてしまったが確か、薬代や何やかんやで50000ゴールドほどだったはずだけど・・・
「分かって無いんだね・・・君、そんなんじゃ一生あいつの言いなりだよ?今度あいつにあったらちゃんと確認する事!いい?分かった!?」
「はい」
猫にお金の事で怒られるとは・・・でもラプラスの言う通りだ。僕がしっかりしないとシズの事も守れない。
「さあ、問題を一つずつ解決していこうか。君が一番気になっている妹さんの病気なんだけど、さっきも言ったように原因は魔素が溜まっちゃう所為なんだよ。だから、こんな魔素が豊かな場所に彼女を逃がす事は難しい。シズちゃんはあの町に居る方が長生き出来る」
「魔素が濃い・・・」
「そう。そもそも君は魔素を感じたことはあるかな?」
「何となくだけど、空気が変わる感じは分かるよ」
「うんうん。まあそれが普通かな。魔法使いなんかはその魔素の流れを魔力に変換して魔法を放つんだ。昨日、君が全身に感じた感覚だね」
ラプラスが僕の体を使役して魔法を使うのを全身で体験したが、あの全身を巡る感覚がそれなのか。
「じゃあ、シズも同じように」
「それは無理。クロウ君は偶然運よく私とリンクすることが出来ただけ。シズちゃんを試しに見てみたけど無理だったわ」
「そんな・・・」
「でも、解決策はあるのよ。それがこの森と関係しているの」
「それは?!」
「この森が正常に戻れば、噂のまぼろし茸も、もっと効果のある薬草も手に入るよ。まあ、いまでも多少効果のある薬草があるはずだから、少し持って行くと良いよ。それも君に仕事を任せる報酬の一つだね」
そう言うとラプラスは木の根元に生えたタンポポの様な野草を見つけると、
「これこれ、苦いから飲むのが大変かもしれないけど。多少は魔素の排泄を促してくれるはずだよ」
「じゃあ、これを飲んでいれば・・・」
「ただし、あくまでも一時的な効果しかないからね。過度な期待は禁物だよ」
「それでも・・・シズが少しでも楽になるんだったら」
僕はその草を摘み大切に仕舞った。
「まあ、今日はこれで終わりにしよう。明日から仕事を開始してもらうからそのつもりでね。さあ、早く帰ってサニーさんに会いに行こうか」
「え?ラプラスも一緒に来るの?」
「もちろん。ここに居ても暇だしさ。君の事も心配だしね」
尻尾を揺らして歩くラプラスを追い町へと戻る木戸を空けた。まだ昼前、昨日の疲れは残っているが、僕は急ぎ足でギルドへ戻るとサニーさんから今日も下水処理場のスライム退治の依頼を受けた。
僕の事が心配だと着いてきたはずのラプラスは、「え?下水?スライム・・・あ、ちょっとシズちゃんの事が心配だから私は診療所にいってくるね」と、足早に駆けて行った。
・・・そうだよね。匂うもんね・・・
ボロ服に着替えると、下水道に潜った。どうせ汚れて匂うのだから最低限肌を守れればいい。匂い対策も施し早速探すのは、
『今日はばげものねずびいるがな?』(訳:今日は化け物ネズミ居るかな)
以前蔓延るスライムを一網打尽にしたネズ公は・・・
ヂューウゥ!!!!
『・・・居だ!まだ奥にいる』
ラッキーな事に手前には今日も下水で増えたスライム達が犇めいていた。近くにあった石を拾い上げると、巨大なネズミに向けて勢いよく投げつけた。放った石がネズミに当たると、僕目掛けネズミの巨体が迫って来た。
たいさーんと、ばかりに全力疾走で狭い入り口の方へ逃げる。下水道の頑丈な壁に阻まれネズミは追って来れないんだ。僕はネズミが諦めるのを待つと、再び水路の奥へ戻った。そして、
『ぐべべ・・・大漁大漁・・・』
匂うのも気にせずドブを漁ると、スライムの魔石の欠片がわんさか取れる。クロウもニンマリ、化け物ネズミもニンマリ・・・
ヂューゥ!!!
『ギャーーーーッ!?!?!?』
あまりの豊作に、すぐ後ろまで巨大なネズミが近づいたことに気が付かなかった。鋭い牙や爪を何とか避けながら何とか逃げおおせると、
ヂューーー・・・
悔しそうにネズミは去って行った。
『だずがった~』
ずっしりと重い袋を持ち上げ、外の水道で体を洗う水を汲む。サニーさんにせめて体と魔石を洗ってからギルドに戻るようにきつく言われて居た。もしかして、前回の体調不良は僕の所為か?
「よし・・・急いで納品に行こう」
買取所のおっちゃんに臭い顔をされながらも、大量の魔石を買い取って貰う。
「おめえ、今日はかなりの魔石を持ってきたな。あの依頼は人気も無くてギルドも困っていたが、こんなに美味しい依頼だったのか?まあ、その調子で頑張りな」
「あははは・・・ありがと」
僕は笑ってごまかすと、報酬を受け取って家に帰った。このずっしりとした重み・・・頑張った甲斐があるよね。今回の金額は120ゴールド。前回よりも倍近く稼いでしまった。
「♪♪♪」
「おかえり。随分と機嫌が良いね。そんな君に報告があるんだけど、聞く?」
ラプラスは僕から逃げたあと、金貸しの姿を見つけたらしくその後を追っていったという。魔女である彼女だ、人間程度に恐れる事は無い様で、アジトへとなんなく潜入したという。
「そしたらね。あいつのアジトで君の借金の額をちょちょっと調べたのさ。そしたらなんと、ジャンジャカジャ~ン、その額100万ゴールド!おめでとう~、一生奴隷をしても返せる金額ではないね~」
「はえ?!?!ひゃ、100万?!そんな大金・・・なんで・・・」
「よく考えてみなよ。そもそも決まりなんてあって無いような契約だよ。君みたいな庶民から幾らでもふんだくって、飲んじゃ遊べの贅沢三昧する為に決まってるじゃん」
「そんな・・・」
「まあ、あまりに酷い奴だったからさ。ちょっとだけ懲らしめて来てあげたから、暫くは大丈夫じゃないかな?」
「???それは嬉しいけど、一体何をしたんだよ?」
「んふふふ・・・ひ・み・つ♪さあ、暫くは下水掃除はお休みして私の仕事を頑張って貰うからね」
悪い顔してるじゃん・・・何をしたのか気になるけど、あいつが困るなら何でも良いや。それじゃあ、僕は僕に出来る事をやるだけだ。まずは・・・
「ラプラス・・・おやすみ・・・・・・」
「にゃ?!」
クロウはそう言うなり倒れると様に眠りに落ちた。
すぅ・・・すぅ・・・
「まあそうだよね。昨日からほとんど寝ずに動きっぱなしだった見たいだしね。今はゆっくり休むと良い。これからまだまだ忙しくなるんだしね」
クロウを魔法でひょいっと浮かせると、硬いベッドに横たえる。ついでに自分も堅いベッドに丸まると、クロウの温もりを感じながらラプラスも大きな欠伸をするのであった。
一方その頃・・・
「ぐぅ・・・ここは一体どこだ?俺はアジトに居たはずだったが・・・」
金貸しの男が目を覚ますと、暗くシメジメとした場所だった。
「ぐ、ひでえ匂いだ・・・下水か?畜生が!!どういうこった?!?!」
ヂューウぅぅ
「な、なんだあのバカでかいネズミは・・・く、こっちに来やがった。ちぃ・・・
武器は?!何かねえのか?!?!」
こうして見知らぬ下水道のどこかに運び込まれてしまった彼は、化け物ネズミと対峙してしまった。彼は無事に帰って来れるのだろうか。まるで迷宮の様な暗い水路を当てもなく逃げるのであった。




