第5話 No〜〜〜
「あは♡合格♪」
ラプラスは幸喜の声をあげると、クロウの頭に飛び乗る。
「君の決意に敬意を払ってここに契約を成す。汝、我の力を継承しその身に宿せ。我が名はラプラス、ここにクロウをウィッチヤードの番人とす」
口上を高々と宣言すると、クロウの体がふわりと軽くなる。これまで感じた事のない力の奔流が体を巡る様子がわかる。
「それじゃあ、彼を助けに行こう!」
「え、でもどうやって?」
ふふん♪と鼻で笑うと、ラプラスはクロウに乗ったまま、
「今日は特別に君の体を借りちゃうね。君はその眼で見てるだけで良いよ」
「はえ?」
それー!と頭の上でラプラスが叫ぶ、僕の体はさらに軽くなり、地面から足がふわりと離れる。焦る僕を尻目に、自然と体が動く。
闇夜を切り裂く様に森の中をスイスイと進む僕の体。時折、火の手がそれを遮るが、いつの間にか現れた水の弾が周りの炎を消し去る。来た道を最短距離で戻ると、火の海に囲まれた高台に3人の姿が見えた。
「居た!あそこ!」
「良い目を持ってるね」
ラプラスの言う通り、闇夜なのに遠くからでも3人の姿が良く見える。セトは無事、サッドとマヤはぐったりして動かない。
「ラプラス!」
「大丈夫、すぐに着くよ」
彼女の言葉通り、火の手を追いやると、セトの元に辿り着けた。クロウの姿を見たセトは驚いていたが、
「何だか分からないが助かったぞクロウ」
「ええ、2人は?」
「ああ、多分大丈夫だ。本調子じゃなかったのか思いのほか簡単に制圧出来たからな。しかし、お前一体・・・」
「詳しい事は後で、それよりもここから逃げよう」
「ああ・・・」
セトさんを連れて何とか裾野付近まで戻って来る。それと同時に僕の体から力がすーっと抜け、酷い吐き気に苛まれた。頭がぐるぐると回り、気分が悪い。
「うげええ・・・」
「おい、水だ、飲めるか?」
「ごくごく・・・うう~」
「大丈夫か?」
「はい、さっきよりは」
「そうか、良かった・・・」
さっきまで頭に乗っていたラプラスは地面に降りると、毛繕いをし始めた。まるで一仕事終えたかのように優雅であった。
「クロウ。さっきのアレは?」
「いや、僕にも何だか分からないですが・・・」
「そんな事信じられんぞ・・・」
「そう言われましても」
僕も説明して欲しい!でもセトさんは引き下がる感じもしない。うーん一体どうしたら・・・僕がほとほと困っていると、
にゃ!
静かだったラプラスが可愛らしい肉球でセトのおでこをぺしっとした。
「グッ?!」
「ええ、セトさん?ラプラス?!」
「ええ?面倒臭いから黙らせたわよ。記憶を少し飛ばしたからあとは上手く話を合わせなさい」
「ちょっと、そんな急に・・・」
「ん、うーん・・・ここは?」
「あ、セトさん、気が付きましたか?」
「クロウ?!無事だったのか?他の2人は?」
「2人も無事なようです。覚えて無いんですか?僕が助けに戻ったら、セトさんが2人を抱えて戻る所でした。ここまで歩いてきたら突然倒れて・・・俺、心配で心配で・・・」
「おお、そうか、すまん。心配をかけたな・・・みんなが無事で良かった」
ああ~ごめん、ごめんなさいセトさん。僕は悪魔に魂を売ってしまいました・・・我ながら良い出来栄えです。
悲しそうな顔をしていたのだろうか、セトさんは僕の頭を大きな手でガシガシと撫でてくれた。
「そうだ、お前に良いものがあるぞ」
「ん?」
セトさんは懐から青白く光るキノコを取り出した。
「偶然、崖の隙間に生えていたんだ。俺には正確には分からないが、これはまぼろし茸かもしれん。これは今回の報酬だ」
「ええ?売れば3000ゴールドですよ。貰えませんよ」
「これは俺が採ったんだ。俺の報酬だ。今回の事でもう吹っ切れた。今回の依頼は失敗だ。俺はこの狼の風を抜様と思う。サッドやマヤには世話になったが今回ばかりは俺の堪忍袋が限界だ」
もし違うキノコだったらごめんな。こんなことを言ってお道化るセトさんだったが、何だかすがすがしい顔をしていた。
「ありがとうございます。大切にします」
「いや、妹さんに使うんだぞ!分かったな?!」
朝焼けが森を染め始めた頃、僕らはようやく町に辿り着いた。サッドとマヤは生きてはいるが起きる気配がない。うーん、どうしたものか・・・
「取り合えずギルドに報告に行こう。無事に帰って来た事を伝えないと」
「はい。分かりました」
ニャ―
え?ラプラス、なんだって?自分は妹の所に行ってるって?場所は・・・、あ、分かるんですね。はい、あとで僕も行きます・・・
黒猫はすたすたと町の喧騒の中に消えて行った。おい、そっちは診療所じゃない、市場だろ?絶対朝飯を貰いに行っただろ?
ラプラスはまあ放っておいて、僕はセトさんとギルド内に入った。受付には鬼の形相のサニーさんが居た・・・ひえぇぇ・・・
「どこに行っていたのかしらクロウくん?!?!?!あれだけ相談しろと言ったでしょうに!」
「あ、あ、あ・・・」
「サニーさん。申し訳ない。うちのリーダーが強引に引き連れて行ったんだ、止められなかった俺にも責任はある、この通りだ。申し訳なかった」
「あ、いえ、狼の風の良心と言われるセトさんに謝られちゃうと・・・はあ、良いですか、こういう事はもうダメですからね!」
「「はい・・・」」
僕とセトさんは何とか鬼の逆鱗から逃れることが出来た。くそ~ここはやっぱりサッドさんに責任を擦り付けて・・・
「しかし、サッドさんとマヤさんはどうしたんですか?まさか死んで・・・?!」
「いや、生きているらしいが、何をしても起きないんだ。俺もどうしたものかと」
「ドリー先生に見て貰いますか?」
何となく言った僕であったが、
「ああ、じゃあクロウくん。シズちゃんのお見舞いがてら3人を連れて行って下さい」
「あ、はい・・・」
そうだよね、それが一番早いもんね。クロウは諦めたようにドリー先生の診療所へと案内した。幸いドリー先生は快く診察してくれた。
「あ~、こいつは・・・この二人、ウィッチヤード近くの森で赤い実を食べていなかったか?」
「ん?赤い実・・・ああ、美味い美味いと食べていたな。それが原因なのか?」
「ああ、、やっぱりの。それは魔女の前菜と呼ばれる夢見の実じゃ。食べ過ぎると判断能力が著しく低下する。食べた副作用で数日昏睡する。夢の世界にトリップしちゃう危険な実じゃよ」
「そのまま寝てたら?」
「森の魔物のメインディッシュになっていただろうな」
「うげ・・・2人が自分本位で良かったね」
「ああ、最悪全員死んでいたかもな」
僕とセトさんは抱き合ってブルブル震えた、ウィッチヤード怖い・・・
「まあこいつらは儂が診てやろう。起きたらたっぷり治療費を貰っておくから、今度美味いもんでも食いに行こうか」
「えぇ・・・」
先生・・・良心的なお医者様じゃ・・・。僕は深くは追求せず曖昧に返事をしておいた。気分を切り替え、シズの面会に行こうとして、
「あ、そうだ。ドリー先生。実はまぼろし茸を手に入れました」
「なんと!あの売れば3000ゴールドは下らないというまぼろし茸か?」
うーん、信頼・・・信頼・・・
「は、はい。これです・・・」
恐る恐る茸をドリー先生に渡すと、
「あ~、残念じゃがこれはまぼろし茸では無いな。こやつはツキヨタケ。昨日の様な月の出ない夜にしか見つからない貴重なキノコじゃが、効果はまぼろし茸よりも劣っての・・・」
「ぐ・・・すまないクロウ。あんなに苦労したっていうのに」
「あははは、良いんですよ」
「何を言っておる!?まぼろし茸ほどでは無いが、体力を大きく回復することが出来る貴重なキノコじゃ。こいつを煎じたり、食べたり、おでこに張り付ければ効果を十分に得られるだろう」
え?おでこに?張る?
「シズちゃんに処方しておこう」
「・・・お願いします」
シズが心配なクロウは、しっかり処方される様子を最後まで見届けた。流石におでこに茸の薄切りを張り付けた妹の姿はなかなかにシュールだった。一生忘れられないだろう。
「シズ・・・具合はどうだ?」
「うん。今日はとっても体が軽いわ。さっきの茸のスープも美味しかった」
「そ、そっか。良かった」
「うんうん。良かった良かった・・・」
「お、お兄ちゃん。この泣いてる大きな人は?」
「おお、すまん。俺はセト。訳あってクロウ君とそのキノコを採って来たんだ。シズちゃんが元気になって良かった。本当に良かった」
「あ、ありがとうございます?」
「うんうん。よし。クロウ。俺は暫くこの町を拠点に再起を図る。何かあれば俺を頼れ、いいな」
「はい」
セトは感情豊かに診療所を後にした。これまで詰まって来た関が外れたダムの様に感情が溢れ出しているようだ。暫くはそっとしておこう。
「随分と賑やかじゃったの。そうじゃ、ギルドから連絡が来てな。一度帰って事じゃ」
「げぇ・・・い、嫌とは」
「嫌とは言えんじゃろうな、お前さんギルドにも借金しておるしの」
「NO~~~!!!」
僕は重い足取りで診療所を出た。そこで、ラプラスを見つけた。
ゴロゴロゴロ・・・
何してるの?近所のおばさん達に可愛がられ、へそ天で喉を鳴らして本物の猫の様な魔女を、僕は見ないふりをしてギルドへと急いだ。受付でサニーさんに呼び止められると、なぜかギルドマスターの執務室に通された。
「大変だったみたいだな」
「は、はい・・・」
「君はどうやら面倒ごとに巻き込まれてしまう様だね。それはまあ良いとして、君を呼んだのは他でもない。妹さんの病気に関してだが、ギルドでも情報を収集していてな。どうやら各地で徐々にではあるが拡大しているようだ」
「あの病気がですか?」
「ああ、君の知っている通り現在有効な治療方法はない。しかし、今回君が一緒に行った依頼にあったように、まぼろし茸が有効なのではないかという噂が広まっている。この貴重なキノコの価格は今や数倍で取引されているようだ」
数倍?3000ゴールドの価値があるキノコが?もし沢山採れれば借金返済も夢じゃない?!
「しかし、現物がないのでは検証のしようが無いのも事実。そこで我がギルドでは、魔女の庭ウィッチヤードへの探索任務を検討しているんだ。君にもぜひ参加して欲しい」
「僕なんかがですか?」
「ああ、仮にもウィッチヤードの奥まで行って帰って来る実力は今日証明された。君の妹さんの事もある。君には期待しているんだ」
「はい、ありがとうございます」
「と、言っても、まだまだ準備に時間が掛かる。君は無理せず実力を付けるようにな。あ~くれぐれもサニーを怒らせるような事態は避けてくれよ。このギルドの安寧が掛かっているからね」
サイラスは悪戯っぽく笑うので、僕は苦笑いで返すしのが精一杯だった。クロウは数日前に比べると、希望に溢れていた。借金は当分返せないと思っていたし、シズも失うかもしれない不安で一杯だったが、まぼろし茸が全て解決してくれるかもしれない。目の前の希望に縋り付こうと手を伸ばしている。あと少しで届く可能性が見えたのだ。
そんな浮足立つ彼の前に、聞き馴染みのある声が聞こえた。
「おう!お兄ちゃんじゃねえか。元気そうでなによりだ」
「あ、貴方ですか・・・取り立てはまだ先ですよね?」
金貸しがニタニタとした笑みを浮かべギルドの前に立っていた。
「ああ、今週はたっぷりボーナスも貰ったからな。お陰で酒も女にも困っちゃいねえよ。それよりもな良い話を小耳に挟んでよ」
「へえ・・・それは良かったですね。じゃあ、俺は急ぐん」
「まぼろし茸・・・かなり価値が高いそうじゃねえか。これがあればお前さんの借金もシズちゃんの病気も一気に解決するらしいな?」
僕を遮るように道を塞いだ金貸しの男は、サイラスさんの言っていた事と同じ話をし始めた。
「それに、近々調査もあるらしいな?」
「どうしてそれを?!」
「はっ!やっぱりそうか。おいそれはいつだ。なあ?」
やられた、こいつ僕にカマをかけたんだ・・・
「そ、そんなの知りませんよ。ギルドにでも聞けば良いじゃないですか?!」
「くくくくッ。時期は未定と。それが分かっただけでも今回は良しとするか。じゃあな、精々沢山稼いでくれよ」
金貸しの男が去るのを見送ると、僕は家に帰り着くのであった。
「遅かったね。お帰り、クロウ」
玄関前に黒猫が居た。怪しげに光る瞳が僕のすべてを見透かす様だった。




