第3話 やります。金の為に
シズの無事が分かった翌日からは、僕のやることが大きく変わった。毎朝、早くギルドに顔を出すと、サニーさんから依頼を受ける。受ける仕事は採集やら運搬やら雑多なものが殆どだ。
「クロウくん、討伐は出来そう?」
「うッ・・・角ウサギ以外でお願いします」
「それなら大丈夫ね」
どうやらあの角ウサギ事件?以来、僕は角ウサギを倒せなくなった。でも、きっと角ウサギ以外なら何とかなると思う。我ながら甘いのは分かっているが・・・
「はいこれ」
「スライムの討伐ですか?」
「ええ、町の地下水路に下水のスライム処理施設があるんだけど、どうやら増えすぎたみたいでね。幾らか間引いて来て欲しいのよ」
「これなら大丈夫だと思います」
「魔石の欠片を持って来て。個数に応じて報酬が増えるから、頑張るのよ!」
フンス!と僕以上に気合が入るサニーさんに押され、僕は町の地下へと潜った。
「うへぇ・・・」
流石町の汚水が集まる下水。最悪だ。だれも遣りたがらないはずだよ・・・吐き気を催す匂いが充満し、着ている服に、体の外側から内側まで匂いが染み込みそうだ。
『は、早く仕事を終わらせよう』
鼻の穴を布で塞ぎ、さらに顔を布で覆う。それでも口から入る空気に嫌悪感を覚えるが、一刻も早く仕事を終わらせねば、
暫く下水道を進むと目的の処理場近くに来たのだろう。
ズズズズ・・・ズズズズ・・・
ズズズズ・・・ズズズズ・・・
水路を埋め尽くすスライムが犇めき合っていた。動きは遅くこちらに反応しているかも定かではないが、
『やってやんよ!』
クロウは古びたナイフを構え、一体に目掛け突き刺した。ズニュンとした感触で手ごたえがない。スライムも気にせず蠢くばかりだ。しかし、
ズニュンッ!
刺されたスライムが突然槍の様に触手を伸ばし、クロウに襲い掛かって来た。油断していたクロウであったが何とか反応し掠り傷で済んだ。
『痛ってーーーーッ!?』
ジュウジュウと傷口から焼き爛れる煙が上がる。色々と処理することが出来るスライムというだけあって、彼らの体液は強い腐食性がある様だ。サニーさんに貰った回復薬を少し掛けて応急処置をすると、
『ヤバい・・・全然倒せる気がしない・・・』
そんな弱気な事を考えてしまうが、角ウサギをヤルよりはマシと、再びナイフを構える。幸いに他のスライムは我関せずで、変わりない。タイマンで集中していれば何とかなるかもしれない。
ええ、そう思っていた時が僕にもありました。
ドドドドドド・・・・という音と共に、水流が強くなったと思ったら、目の前のスライムとは比較にならないほどデカいネズミの化け物が現れた。
ヂヂュウー!!!!!
『ヒエ――――ッ!?!?!?』
ネズミに押されて反応したスライムたちが、一斉に周囲に触手の槍を突き出すのであった。腐食液が飛び散った所為か、周囲に悪臭が強く立ち込める。
『ゴホッゴホッ・・・く、苦じい・・・』
クロウは一旦その場を離れる様に出口へと戻る。処理場付近では化け物ネズミとスライムが暴れているらしい。
『むり、あれは無理・・・』
暫くどうすることも出来ず事態が収拾するのを待ってみる。騒がしい音が聞こえなくなると、クロウは意を決して戻ってみる。
『ぐへ・・・』
悪臭は酷いが先ほどでは無い様だ。水路には化け物ネズミの姿もない。恐る恐る近づくが、先ほどまで溢れかえっていたスライムの姿もない。それによく見れば、
『魔石?!』
下水の中にキラキラとした粒が見える。汚れるのを我慢して拾い上げると、悪臭と共に小さな魔石の欠片がヘドロの中から現れた。
『これって・・・』
さらによく見れば、水路の至る所に魔石の欠片が散らばっていた。クロウは、つい大きな声を出し、
『よっしゃー・・・ゴボゴホッ?!?!』
勢いよく大量の悪臭を吸い込む咽た。
『うげぇ・・・』
焦るな、静かに、出来るだけ多く集めるんだ。そう、化け物ネズミが帰って来るかもしれない。気付かれない内に手早く魔石を集める。体中が汚水で汚れるのも気にせず。両手いっぱいの魔石を集め終えると、
『今日はこれくらいで勘弁してやろう』
特に何もしていないがクロウは良いころ合いだろうと下水道から退散した。その足でギルドに戻ろうとしたが、
ん?なんか皆、僕から避けてる?
時間は昼間、人で賑わう町中であるがなぜかクロウの周りは人が近寄らない。なぜだろう?まあ、歩きやすいし良いか♪
クロウは浮足立つ足取りでギルドに入ると一目散にサニーの所へ魔石を渡しに行く。
『ぐ、グロウぐん、おがえりばざい。ずごいろうのまぜぎね。こごじゃあ処理でびないがら、かいどり所にもっでいっでくれるがな』
「はい?買取所のほうにですね。分かりました」
クロウを何とか買取所に促したサニーは乾いた笑いを出すと
「たはははは・・・」バタン・・・
「ちょ、サニー?!誰か~!!」
「臭ええ!??お前、ちょっと来い!」
「うえ?うわあぁぁ!?!?!」
買取所に着くや否やおっちゃんに解体場に連れて行かれ、水風呂に投げ込まれた。どうやら下水の匂いが酷かったらしい。僕は全然気にならないけどなぁクンクン(←もはや鼻の機能にデバフが掛かっています)
おっちゃんに借りた作業着を着ると、
「スンスン・・・まあまあだな。ほら今回の買い取りだ随分と頑張ったじゃねえか」
「へへへ、ありがとう」
「こんな魔石の欠片随分と苦労しただろう。あのスライムを討伐するのは一苦労だしな」
「あははは・・・そうですね・・・」
下水にあんな化け物ネズミが居る事を知らないのだろうか。そうか、そもそもこれまで人気の無い仕事だ。これまでは適当にやって、適当に報告していたんだろう。誰もあの現状を知らない。
これは金を稼げる!!!
ずっしりと重い金貨袋を受け取り笑みが出た。その額75ゴールド。これまでで一番稼げたのだ。自然に顔がほころぶ。
「ほら、ぼさっとしてないでシズちゃんの見舞に行け。待ってるぞ」
「あ、そうだった。ありがとうおっちゃん」
「おう、気を付けてな」
今日は稼げてホクホクだ。この調子でもっともっと稼がないと。僕はドリー先生の診療所に来ると、
「シズ?・・・入ってもいいか?」
「うん」
病室のベットにはやはり色白で僕目線でも可愛らしい妹がちんまりと座っていた。先生のお陰で顔色は良さそうだ。
「お兄ちゃん。お帰り」
「ああ、ただいま。心配かけたな」
「ううん、それよりも何だか嬉しそうだね」
もちろん嬉しい。シズが元気で、ここに居てくれる。ただそれだけで僕は頑張れる。もう絶対にシズを放さないし、悲しい目に合わせたくない。
「へへッ、分かるか?今日は75ゴールドも稼げたんだぜ」
「75ゴールド?すごい大金だね。大変な仕事だったの?」
「う・・・うん、それはそれは大変だった」
詳細は言えない、しかし、頑張ったのは確かだ。この調子で下水道に潜ればかなり稼げるはずだ。
「お兄ちゃんは凄いね。私も元気になって早くお兄ちゃんと一緒に働きたいなぁ」
「ああ、そうだな」
シズの夢を叶える事が出来るのは一体いつだろう。借金返済が先か、シズの病気が完治させるのが先か、先生の言う通りなら・・・俯き黙り込むクロウに
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「いや、何でも無いよ。いつか一緒に色んな所を旅しような」
「うん!・・・ゴホッゴホッ!?」
「シズ?!」
「はぁ、はぁ。ごめん・・・大丈夫だよ。少し疲れちゃったみたい。ゴホッ」
「まだ本調子じゃ無いんだ。さあ、ゆっくり休め。兄ちゃん、また明日来るからな」
「うん、体に気を付けてね・・・」
「ああ」
幸せな時間は短い。たかが75ゴールド、僕には大金だがこんな端金で喜んで知るようじゃいつまでも金貸しからも病気からも逃げられないんだ。クロウは、ぐっと泣きたい気持ちを堪えると、
「先生、シズをお願いします」
「ああ、クロウも気を付けてな」
ドリー先生に挨拶すると、クロウは再びギルドへと戻って来た。まだ昼を回って少し、サニーさんに依頼が貰えるはずだ。僕は急いでギルド受付へとやって来たが、
「え?サニーさん居ないんですか?」
「そうなのよ、ちょっと体調を崩したみたいで、今日は早めにお休みになったの。あ、サニーから伝言よ。掲示板にある適当な依頼を受けてみて。だって。クロウ君、分かっていると思うけど無理はダメよ?」
僕は頷くと、お礼を言って掲示板を眺めた。そこには討伐やら採集やら多くの依頼が張り出されている。僕はそれらを吟味してみたが、
「うーん、なかなか良い依頼が無いな」
掲示板の前で悩んでいると、
「おい、そこの餓鬼、暇か?」
「え、ええ?」
僕に声を掛けてきたのは冒険者パーティらしかった。ちょっと金貸しの雰囲気に似ていて嫌な感じであったが、他のメンバーもおり、
「今な、ちょうどサポーターを探してるんだ」
「サポーター、ですか?」
「ああ、戦闘はしなくていい。荷物持ちと野営の準備とかをやってくれる人間だな」
「ああ、そうなんですね」
「金、必要なんだろ?昨日見たぜ。サニーの奴が随分ご立腹していたみたいだしな。お前が良ければ一緒に来てくれないか?」
この人達は昨日の事を知っているらしかった。確かに今の僕にはお金が必要だが、
「あまり遠くには行けないですよ、それに夜の仕事はサニーさんにダメだって」
「はぁ~、そんなんじゃいつまでも稼げねえぜ。それに夜の依頼は確かに一人じゃ無理だろうが、今回は俺のパーティと一緒だ。夜の仕事も良い経験になるはずだ」
確かに、見た目はいけ好かないが、この人の言う事も一理ある。
「じゃあちょっとサイラスさんに報告を・・・」
「ちッ・・・うじうじと、良いんだよ。そんなのは帰って来てから報告すればよ。100ゴールドだ。今回の報酬は活躍次第で追加で支払う。それに今回は近くの森の奥にちょっと用事があるだけだ。今から行って明日の早朝には帰って来れる。今即決しないなら他を当たるが、どうする?」
100ゴールド?!それに近くの森なら何度も行ったことがあるし、朝に帰って来れるなら大丈夫か・・・100ゴールド・・・シズ・・・
「やります!やらせてください!」
「お、そうかそうか。話の分かる奴は大好きだぜ。俺はサッド。狼の風のリーダーだ。こっちは剣士のセトに、魔法使いのマヤだ」
「よろしくな坊主」
「きゃはは、可愛いね。お姉さんが可愛がってあげようかしら、きゃはは」
「よ、宜しくお願いします」
3人はクロウを連れて受付に行くと追加メンバーとして登録した。先ほどとは別の受付嬢が対応するが、難なく許可されたようだ。
「よし、これで良いな。じゃあ早速行くぞ」
「ああ」
「うーん、めんどいけど、がんばっちゃうぞー」
「・・・」
クロウは複雑な気持ちのまま3人に促され森を目指した。
「あら?サニー戻って来たの?」
「ええ、ちょっと胸騒ぎがして・・・」
サニーは一旦家に帰ったものの、なぜか悪寒がしたためギルドへと戻って来たという。同僚は「休みなよ」と思いつつも彼女をフォローした。
「そう言えばクロウくんは戻って来たの?」
「ああ、彼?来たわよ。また依頼を受けに来たけど、伝言通りに掲示板の依頼を受けたかしら」
「ああ、彼なら狼の風のパーティと採集依頼に出掛けましたよ」
さきほどクロウを担当した受付嬢からそんな事を聞いたサニーは、
「何ですって?狼の風と、ちょっと待って彼らの目的って確か・・・」
「ああ、ウィッチヤードのまぼろし茸の採集依頼でしたよ」
「ウィッチヤードですって?なんでそんな依頼に彼の同伴を許可したのよ!?」
「ええ?不味かったですか?ただのサポーター登録でしたから、彼程度でも大丈夫ですよ」
「普通の経験のある冒険者であればね。でも、彼はまだ・・・」
「???」
サニーの胸騒ぎの原因はすぐに判明した。しかし、すでにクロウは彼らと一緒に森の奥、通称ウィッチヤードに向かってしまった。
クロウくんの馬鹿・・・あれ程言っておいたのに、はあ、今回は私が甘かったわね。帰ったらちょっときつく言ってあげないと・・・だから、無事に帰って来なさいよ・・・
彼が向かっているであろうウィッチヤードに目を向けながら、祈る事しか出来なかった。
~ウィッチヤード~
森の奥深く、人を寄せ付けない山の麓に広がる暗い森。裾野の森に比べると獰猛な動植物が多く生息する。そこには貴重な素材が豊富にある反面、それを目当てにやって来る人間を闇の底へと誘う危険な領域である。




