第25話 『守護者』
ジャイアントトードを倒した僕は、そのまま魔女の庭で夜を過ごした。本来は北の方面に行っているはずだ。町に戻って誰かに見られでもしたら面倒だ。
「ラプラス、この森に常に魔物が現れるのは、やぱり封印されている悪魔が関係しているの?」
「今は、そうだね。もっともっと昔はこの大陸の至る所で魔物が現れたんだよ。今も魔素が溜まりやすい場所なんかで魔物が出るんだけど、ここみたいに魔物で溢れかえってる訳じゃ無いね」
「魔素が多い場所か・・・だから魔草ダソナもサジの村の近くで採れたのかな?」
「ああ、多分そうだね。でもここ以上に豊富な植生や魔物が居る場所はないはずだよ。ここは異常だからね」
悪魔の封印された森-ウィッチヤード-か。確かにこんな森が沢山あっても困っちゃうが、
「悪魔が封印されたのと、魔物の数が減ったのも関係してるんでしょ?まさか魔王だったなんて言わないよね?」
「魔王、ではないかな・・・。確かに彼はとても強くて気高い悪魔だったけどね。そんな彼を封印するために、この場所が選ばれたんだ。なにせここはこの大陸の魔素の源の一つだからね。その潤沢な魔素を利用して封印を施したから、外に流れ出る魔素が少なくなって、魔物が少なくなったと言われているよ。さあ、今日はここまで、早く寝て明日に備えなよ?」
と、話を終えようとするラプラスに、僕は慌てて、
「最後にもう一つだけ!なんで魔素病が広がってるんだろ?流れ出る魔素が減ったのさ。やっぱり封印が弱くなってるんじゃ―」
「そうかもしれない。絶対に完璧な物なんて無いんだ。現に魔素病は広がりつつあるし、これ以上被害を拡大させない為にもこの森を正常にする必要があるんだよ。分かったら早く寝なさい」
「うん、わかったよ。おやすみ」
まだ全てを理解する事は出来ないが、今はやるへぎ事をやり切ろう。暖かい布団に包まると僕はすぐに意識を手放した。
黒猫もそんな彼に寄り添うように、布団の上で丸くなると欠伸を一つして、そっと目を閉じた。
翌朝、ジャイアントトードと戦った場所へ戻ってくると、スキルを使いなるべく自然に荒地を修復した。
『造園』!
枯れ木は土に混ぜ返し、爆発で出来た大穴を埋める。多少デコボコとしているが、その内草木が生い茂るだろう。
僕は心許なくなった魔力を回復する為に、傍にあった木に寄りかかった。背中の一部を『同一化』するとゆっくりとだが魔力が回復してきた。
ラプラスに教わった魔力の回復方法は番人らしい方法だった。魔素を吸い上げ魔力へ変換している木々から魔力を提供してもらうのだ。
特に、このウィッチヤードの森の木は豊富な魔素を糧に自らを成長させているらしい。そんな森だからこそ、魔物がすぐに溢れ出るのだろう。
魔力を回復した僕は魔物討伐を再開した。森を回り様々な魔物を倒していく。木から木へ移動し、背後から一撃で仕留める事が出来るのだ。以前は苦戦したハンティングスパイダーも、頭上から脳天に一撃を入れてしまえば楽勝になった。
「ふー、今日はこれくらいにしておくか・・・ん?」
これで終わりにしようかと木に『同一化』した瞬間、『気配察知』に数匹の魔物が何かを追う様に移動しているのを感知した。
「冒険者かな?」
ちょっと気になった僕は近くまで移動して『見て』みた。2匹の蜘蛛の魔物が白いローブを頭から被った人物を追っていた。よく見れば、何かを抱えて逃げている。
小さい体で大事そうに抱えて走っていたが、木の根に引っかかり転倒してしまった。
「きゃあッ!」
あ、コケた・・・「きゃあ」?女の子か?助けないと!!
蜘蛛の魔物は今にも飛び掛かろうと構えていた。一匹の後ろ直ぐ様『渡る』と、木から飛び出し短剣を突き立てた。
残る一匹が危険を察知して、木の上へと姿を隠しした隙に、ローブの少女?に近寄ると「大丈夫?」かと声を掛ける。
急に現れた人物に警戒しているようだが、コクンっと頷き返してきたのを確認すると、
「動けそう?なら隠れてて!」
そう伝えると、頭上から襲い掛かってきた魔物へと短剣を構えた。
この蜘蛛の魔物はハンディングスパイダーよりも小柄だが、黒い体に青い目をしたアサルトスパイダーだと番人が教えてくれた。
前足が鎌のように鋭く、黒い体は無数のトゲで覆われかなり硬そうだ。
キシャーーーッ!!!
僕目掛け鎌を振り下ろすアサルトスパイダー。その攻撃を短剣で受けながら距離を取ると、
『造園』!
ガツンッ!
アサルトスパイダーの真下から岩槍を生やす。直撃したがやはり土魔法とは違って勢いが足らない様だ。ズズズズーっと迫り上がる岩槍は音を立ててぶつかるが、頑丈な甲殻に阻まれてしまった。
「うーん、やっぱり直接攻撃には向かないのか」
糸を吐きつけこちらを絡め取ろうとする。木を盾にしながら距離を詰めると『造園』で岩を突き出した。再びガツンと防がれてしまうがよろけた一瞬の隙を付いて、アサルトスパイダーの背後に『渡り』、魔力を纏わせた短剣を背部へ突き立てた。
キュウゥゥゥ・・・ズサ・・・
蜘蛛を倒すと、木の裏で怯えてコチラを見ている少女の顔を見た。
白いフードを取った顔は白く透き通った肌をした可愛らしい少女だった。吸い込まれそうな程、深い緑の瞳がコチラを見ていた。
「あの、た、助けて頂きありがとうございます・・・あの!もしかして、あ。もう、ちょっと大人しくしててよ」
後ろ手で大事そうに何かを隠しながらお礼を言う彼女はもじもじとした様子で落ち着きがない。小声で何やら話かていた。
「ん?取り敢えず無事で良かった。君、一人でこんな森に何しに来たの?どうみても冒険者には見えないんだけど?」
「それは、その・・・」
「んん?」
僕の質問に歯切れが悪い彼女は目を逸らしながらアワアワとしている。そんな慌てている彼女の背後から、
「あ~、もうじれったい。サフィ、俺が話す」
「え?!あ、ちょっと、勝手に出て来ちゃ・・・」
「おい。お前が今の番人だな?俺はジャックだ」
デデーンとサフィと呼ばれた少女の頭の上に現れたのは白いネズミだった。
「もージャック!急に頭の上に乗らないでよ!もし番人じゃなかったらどうするの?」
「ああん?大丈夫だよ。こいつから番人の匂いがプンプンするんだ。絶対こいつが番人だって」
そう言い合って上と下で喧嘩する2人を眺めつつ、なぜか番人の事を知っている少女と一匹を警戒した。このことはラプラスと庭の住人しか知らないはず・・・そんな状況に困惑していると、
「もう、番人さんが困ってるじゃない!あの、驚かせてごめんなさい。私はサフィ、この子はジャックです。こう見えてこの子は精霊なの」
「精霊?そのネズミが?」
「そうだぞ。だから番人のお前の事を知っているんだ。この頃、風がお前の事を噂していたからな。魔女の森に新しい番人が現れたってな」
うわぁ、風の噂ってあれか、僕が角ウサギを倒せなかったとか、情報漏洩されたやつ・・・精霊が関わってたのか
「俺たちはその噂を頼りにここまで来たんだ。そしたらアサルトスパイダーなんて厄介な魔物に目を付けられたって訳だ。サフィがドジったからな」
「それはジャックがチュウチュウ煩く鳴いた所為じゃない?!もう、人の所為にしないでよ」
キャアキャア、チュウチュウと騒がしい2人。まあ、悪い奴らじゃなさそうなので、
「そうだよ。僕が番人をやってるクロウだ」
「おお~!やっぱりだ。これで助かるぞ、サフィ!」
「う、うん!ようやく自由になれるね!」
ん?自由ってどういうことだ?
「待ってくれ、自由になれるってどういう事?」
「ああ、それはな―」
ジャックは赤い目を光らせると、黒い蔦を地面から生やし僕に向かって襲ってきた。ウネウネと蠢く黒い蔦は地を這い、空中を伸び僕に迫る。
「うおっ?!おい!いきなり何するんだ!?」
「悪いが大人しく捕まってくれると助かるんだけどな!そりゃ!!」
「うわッ?」
足を絡め取られ逃げられない。どう見ても植物の蔦のようだが、以前の様に『同一化』して逃げようとしてみたが、結果は×。これは『同一化』出来ないようだ。
僕は短剣を強化して足に纏わりつく触手を切り離した。ジュウジュウと黒い煙を上げ消えて行く蔦の様な触手。やはり植物では無かった。すぐに次の触手が襲い掛かって来るので、その場を離れようと逃げ続ける。
ジャックは逃げ道を塞ぐ様に四方八方から蔦を伸ばす。僕は上へ下へと逃げながら近くの木を目指す。あと少しで触手に絡め取られる寸前で木に触ると、『同一化』を発動して木に逃げ込んだ。
ふ〜一体何なんだよ。急に襲って来るんだもんな。取り敢えずここから離れよう・・・
そう思い、魔女の庭へと『渡り』を発動した。
・・・
・・・
・・・ん?『渡り』が出来ない?!
何度発動させても移動出来ない。しかも、
ドンドンドン!
同一化も解除出来ないで、木に閉じ込められていた。暗い木の中で、一体どれくらい時間が経つのかすらパニックで分からない。
おい!どうしたの、ここから出してよ!木に訴え掛けるが反応は無い。何も出来ず呆然としていると、突然体に痛みが走った。
ぐハッ!?
バキバキと全身が引き伸ばされていく様な痛みと、足元の方が軽くなる様な脱力感が冷静さを取り戻してくれた。
思い出した様に木の中から外を『見た』。目の前にはサフィとジャックが居り、この木に向かって何かをしていた。
地面から生えた黒い触手が木に纏わりつき地面から引き抜こうとしていると所だった。
ぐあああああぁああああ!?!?!?
魔素を吸い上げる為に張り巡らされた根が大地から引き剥がされる。その強烈な痛みを自分の様に感じながら必死に耐えた。
いつの間にか宙に持ち上げられた木から彼女達を見下ろす。可愛らしい顔で嬉しそうにコチラを見て頭の上のネズミと喜び合っている。
何を言っているんだ?『見て』いるが聞こえないのがもどかしい。せめて、声が聞こえれば、
僕が外から情報を何とか得ようと必死に『見て』いると、今度は急に暗くなった。何かが皮膚の上を這い、体に纏わりつく。外すらも見えず再び静けさが襲いかかってきた。
最後に見たサフィとジャックの顔を僕は絶対に忘れなかった。
「ソフィ、やったぜ!番人を捉えたぞ!」
「う、うん!これで良いんだよね?私達助かるんだよね?」
「ああ!コイツをすぐに持って本国に帰ろう」
番人であるクロウを閉じ込めた木を手に入れて、キャアキャア、チュウチュウと喜ぶ2人。そこに、透き通った声が響いた。
「やあ、随分と楽しそうな事をしてるじゃないか、ジャック」
「え?」
喜ぶ2人の前に黒猫が一匹、顔を洗いながら問いかけてきた。寛いでいる様で、その目は獲物を見据え、今にも爪で捕らえようと隙を見逃さない様に目を細めている。
「げぇッ?!ラプラス?!ヤバいぞサフィ、逃げる準備だ!」
「え?ラプラスって魔女の?本人が来ちゃったの?もーどうするのよ!」
「うるさいぞ!それもこれもサフィがノロマだからだろ?」
「はぁ〜っ?!自分だって番人を捕まえて小躍りしてたじゃない。人の所為にしないでよね?!」
そんな騒ぐ2人を尻目に、
「私の庭から大事な人が消えちゃったんだけど、何処に居るか知ってるかな?」
「うぐ・・・し、知らねえよ。なあサフィ?」
「うん、うん、全然。クロウの事なんて知らないよ?」
「おい、馬鹿?!」
「あッ・・・」
ラプラスの圧に動揺したサフィはつい口を滑らせてしまった。慌てて口を抑えるがその言葉はすでにラプラスにも届き、
「ふーん、ちなみにこの森で私の事は騙せないからね。ぜーんぶ知ってるんだからさ。さあ、その木を置いてさっさとセクレスに帰りなよ。今なら許してあげるから」
「な、何が許してあげる、だ!お前の所為で俺は・・・俺らにはこいつが必要なんだ!サフィ、やれ!」
「え?!う、うん!『ガーディアン』」
地面からニョキっと現れた木の騎士。見た目は木で出来ているが大きな剣と盾を構えて、即座にラプラスに斬りかかる。大剣が音を立てて空気を裂きながら振るわれるが、
バチッ!!!!っとラプラスが展開した防御に阻まれる。
「おお~、なかなかの攻撃だね。でも―」
「ふへ?あわわわわ!?!?!?きゃー!!!!」
ラプラスの放った炎弾が当たり、ゴウッ!!と一瞬で燃え上がり灰になる木の騎士。炎の弾が続けざまにサフィにも襲い掛かる。
傍に居たジャックが黒い触手を展開し何とか直撃を避けるが、爆発の衝撃だけでサフィは吹っ飛んだ。
「おいおい、ガチじゃねえか?!そんなにこいつが大切かよ!」
「もちろん!クロウ君はこの森にも、私にとっても大切な人だからね」
ジャックは不服そうな顔をすると、不敵に笑い、
「そうかよ。じゃあ折れちまったら大変だな!」
「な?!」
ドコンッっと触手で覆われた木で殴りつけて来る。流石に木に攻撃は出来ないラプラスは、防御もせず避けるに徹した。隙を見てジャックらに魔法を放とうとするが、
「くッ!」
「ははッ!来いよ!出来ねえだろ?」
木を盾にして防ごうとするので、ラプラスも躊躇ってしまった。その間に、
『ガードウォール』!
ズドン!っと木の壁が振り下ろされ、両者の間を遮断した。流石のラプラスも逃げられては不味いと、炎を放ち城壁の様な障害を破壊するが、壁を通り抜けた先に彼らの姿は無かった。
「相変わらず逃げ足だけと狡猾さだけは優秀なんだから・・・どれどれ・・・うわ、もうあんな遠くにいる。彼も良い『守護者』を見つけたみたいだな」
彼女の眼には黒い触手の波に乗り森を駆け抜ける木とジャック達の姿が映っていた。ラプラスも感心する程の逃げ足の速さでラプラスでも追いつくのは困難だ。それに『守護者』のサフィも居る。今の状態では、追いつけたとしても安全に奪い返せるか分からない。考えた末、
「クロウ君、絶対助けに行くからもう暫く頑張って・・・」
そう呟くと、その場を後にするのであった。
一体彼らの目的は?




