第23話 もう帰っちゃうの?
僕は一晩寝ると、朝早くからウィッチヤードへと赴いた。今日はシズの引っ越しが有り、昼頃には町に帰らないといけないからだ。それに、
「死ねぇーーーッ!」
ギャー!シャー!と断末魔をあげ絶命する魔物をせっせと回収する。魔物には悪いがストレスを発散したくてしょうがなかったからだ。それもこれもあの金貸しの男の所為だ。いや、まだまだ何も出来ない自分が嫌なだけかもしれない。
目につく魔物を倒しまくり、満杯になったマジックバックを庭に持ち帰ると、ラプラスが待っていた。
「少しは落ち着いた?言っておくけど、八つ当たりは何の解決にもならないからね?」
「うっ・・・そうかも知れないけどさ、お金も稼げるんだから一石二鳥だよ」
「そんなにアイツが嫌いなら、いっその事、始末しちゃえば?手伝おうか?」
悪魔の囁きが僕に突き刺さる。そもそもあの金貸しが居なくなれば多くの人が幸せになるのは間違いない。でも、
「そうかも知れないけどさ。それじゃあアイツに負けた気がするんだ。だから、借金を全部返済してアイツの鼻を明かしたら・・・」
「明かしたら?」
「さあ、どうしてやろうかな?」
「はぁ、クロウ君ってさ、格好つかないよね」
そうですけど、いちいち言わなくても良いじゃんか。僕だって殺したいくらい憎いのは確かだ。まぁその時に考えればいいさ。
「そう言えばセタヌはまだ籠もってるの?」
「うーん?彼ならソロソロ出てくると思うよ。もうあれから1日は経つだろうし、お!噂をすれば」
鍛冶場の扉が開くと、黒い躯体が現れた。やり遂げた清々しい姿のセタヌが見えた。
「おお!クロウ!丁度良かった。出来上がったぞ。さあ見てくれ」
「うん!」
ナイフにしては大きく短剣の様だ。柄には黒猫をあしらった装飾が施されている。持ち手を握り鞘から抜くと、黒い刀身が見えた。
「おお〜!カッコいい!!それにそんなに重くないね」
「フフン、だろ?頑丈さと軽さを両立させるのが大変だったが上出来だ。最初はナイフと思ったんだが、黒鉄が短剣にしろと煩くてな」
「鉄が?」
「ああ、だがクロウにピッタリの出来だ。じゃんじゃん魔物を狩ってこい」
「ありがとう。大切にするよ!」
新しい剣を試そうかとも思ったが、既に日が高く昇っていた。遅刻してシズに怒られてしまわないよう、僕は急いで町に帰った。診療所のシズの部屋を訪れると、
「シズ!遅くなった、待ったか?」
「も〜!もっと早く来て欲しかったな。待ちくたびれたよ」
「ごめんごめん。ちょっと仕事が忙しくてさ。さあ引っ越しを始めよう」
「お、やっと来たのか?まったく仕事にかまけてばかりいないで、少しは休むんじゃぞ?」
「ははは、気を付けるよ」
「ドリー先生。お世話になりました」
「うむ、往診にはちゃんと行くからの。体調が悪くなったら早く申し出るんじゃぞ?」
「はーい。じゃあね先生」
「気を付けての~」
支度を終えていたシズは首を長くして待っていたようだ。僕たちはドリー先生に挨拶をすると、一先ず自宅に戻った。最低限必要なものは施設に持ち込んで、足りないものは新しく買い足す事にした。
「これで全部か。じゃあ、ギルドに行こう」
「う、うん。お父さん、お母さん。また帰って来るからね。行ってきます」
シズは静かにそう言って家の扉を閉めた。こんな家だけど、シズにとっては大切な両親との思い出が詰まっているのだ。シズの肩をそっと抱きかかえると、ゆっくりと家を後にした。
昼過ぎのギルドは冒険者も少なく閑散としていた。いつも忙しいサニーさんも丁度空いており、
「こんにちわクロウくん、シズちゃん。待ってたわよ」
「こんにちわ。今日からお世話になります」
「何か困った事があったらすぐに相談してね。どこかのお兄さんみたく一人で考え込んだり、突っ込んでいっちゃダメよ」
「???分かりました」
うッ、ジト目でそんなに見つめないで下さい。分かってますから分かってますよ・・・そんなサニーさんの視線から逃げる様に、
「さ、さあシズ。仕事の邪魔になるから新しい部屋に行ってみようか!」
「うん。じゃあ、またねサニーさん」
「はーい」
挨拶を済ませるとギルド脇に建てられた居住区へとやって来た。ギルドの職員が多く住んでいるらしく、自室の他、共有のスペースなどもあるそうだ。白い建物の一室へ着くと鍵を開けて中へ入る。
「ここだな」
「うわぁ~、綺麗なお部屋だね。日当たりも良いよ。良かったねシャルル!」
そう言うと、シズは早速窓辺にシャルルを置き、部屋を探索し始めた。柔らかいベットに、明るく澄んだ空気が心地よい。自分の部屋に比べるとやはりこっちの方が体には良さそうだ。
「お兄ちゃん、お風呂もあるし、台所も広いよ!」
「そうだな。ここなら安心だな。よし、荷物を片付けようか」
「うん」
部屋の片づけを済ませて、ちょっと遅い昼ご飯を食べていると、コンコンコンと扉が叩かれた。あの金貸しの様な乱暴さとは比較にならないほど、優しい音だ。
「はーい。どちら様です?」
「あ、こんにちわ」
外に立っていたのは眼鏡を掛けた女性だった。
「あの、私、隣に住んでいる者で、職員のカレラと言います。サニーさんにシズちゃんの事を任されました」
「カレラさん?」
「はい。シズちゃん。何かあればいつでも言って下さいね」
「よろしくお願いします」
シズは立ち話をしたカレラさんは、小さく手を振ると帰って行った。サニーさんよりも若い職員なのだろう。シズにとってはお姉さんが出来た様で、
「カレラさん、綺麗だったね。私もあんな風に大きくなれるかな?」
「そうだね。だけど、今はしっかり体を休めて病気を治そうな」
「うん・・・」
シズには夢を持ってほしい。いくら現実が残酷であっても生きる希望は失って欲しくない。シャナやラプラスのお陰で、シズの体調はなんとか細い綱を渡っているような状態だ。なるべく早く、少しでも元気な内にまぼろし茸を手に入れなくちゃ!
「シズ。兄ちゃんはこれで帰るから、あんまり無理するなよ?」
「もう帰っちゃうの?」
「ああ、ごめんな。また明日来るからさ」
「・・・うん」
ベッドに横になり丸くなる妹を見届けると、部屋を出て鍵を閉めた。シズは鍵が閉まる音を聞くと、窓辺のシャルル越しに青い空を眺めた。白い雲が行く当てもなく、ただただ流れている。これから暑くなりそうな大きな入道雲だった。
ギルドを訪ねた僕は、指名依頼を確認しに来た。あの男の事だ、また碌でも無い事に巻き込まれるんだろうが、指名依頼を熟せばギルドの評価もあがるし、報酬も悪くない。まあ、森の方が稼げるがそれはそれだ。地道にやっていこう。そんな事を考えながら受付のサニーさんのカウンターへ顔を出す。
「サニーさん。ギルドの部屋、シズも気に入ったみたいです。それと、お隣のカレラさんの事も有難うございます」
「うふふ、良かったわ。カレラちゃんにはしっかりお願いしてあるから安心してね。それはそうと、クロウくん宛の指名依頼が来てたわよ?」
「内容を教えてもらっても?」
「ええ、それが・・・」
サニーさんから聞かされた内容はウィッチヤードの森の魔物退治だった。ただの魔物退治なら普通なのだが、
「問題は森の西側から北側・・・セクレスと北の町ホルムス側って事ですよね?」
「ええ、実はこの指名依頼。クロウくんだけじゃなくて、色んな冒険者に出てるみたい。普通の依頼枠でも出ているわ。どうやら根こそぎ魔物を退治して欲しいみたいね」
「根こそぎですか?」
「ええ、魔物の種類、数に限りなく討伐した分だけ報酬に上乗せするって。どれだけ羽振りが良い依頼か分かるかしら?」
「しかも、ギルドはそれを買い取る訳ですもんね?冒険者には有難いですが・・・」
「もちろんよ。魔物の素材は利用価値が高いのよ。でもこの依頼主はギルドが買い取った素材の一部をさらに買い取る契約までしているわ。どこから資金が来ているのか、嫌でも分かるけど・・・」
「セクレス絡みって事ですか?」
「そうね。ギルマスもそう考えているみたい。ただ、確証は無いわ。王宮からは逆にセクレスから搾れるだけ搾り取れってお達しが来てるそうよ」
もし、両国の間にあるウィッチヤードの魔物が居なくなれば、セクレスはアラドを攻めて来るかもしれない。あちらは魔物の素材を利用して、片やこちらは金で。どっちにしても、
「戦争が起きるかもしれないって事ですかね」
「そうはなって欲しくは無いけれどね。で、この依頼受けるの?」
僕に拒否権はない。ある程度実績をあげないとあいつが何をしてくるか分からないもんな。
「はい、適当にやります」
「そうね。無理せずにね。出来ればパーティでの参加を勧めたいけど」
「大丈夫です。森の浅い所で出来る事をやりますから」
「そう、それが良いかもね」
「明日からさっそく魔物討伐に行ってくるので、暫くシズの事お願いします」
「分かったわ。ギルドで絶対に守るから安心しなさい」
サニーさんにお礼を言うと、僕はシズの所へとトンボ返りした。仕事が入り暫く来れない事を説明すると、枕を投げられたが何とか説得した。その条件が、
「なあ、狭いんだが?」
「うふふ、いいの。ふかふかのベッドだもん。それに初めての部屋で心細かったし。今日だけは傍で寝てよ」
「分かったよ。でも明日からはサニーさんやカレラさんの言う事をちゃんと聞いて過ごすんだぞ?」
「はーい」
そういって僕の隣ですやすやと眠り始めた妹を、遅くまで見守るのであった。いつの間にか僕も寝てしまったようで、翌朝。
「う~、体が痛い」
「おはようクロウ君。昨日はしっかり休めなかったの?」
「おはようラプラス。いや、狭いベッドで寝た所為かな。シズに泣きつかれちゃってさ。今日からギルドの依頼で暫く会えないんだ」
「そんな忙しい依頼なの?」
「ああ、なんでもウィッチヤードの森の西から北側へ抜けるエリアを、魔物を一掃して欲しいんだって。キナ臭いよね」
「あ~セクレス方面か。確かに。それに北側ってこの前シズちゃんを攫った貴族が住んでたホルムスの町が近くだもんね。クロウ君、引き受けたの?」
「うん。引き受けたよ。やらないけどね」
「ん?どういう事?」
「そのまんまだよ。他の冒険者にも依頼を出してるし、遠くて大変だろ?それにわざわざ向こうの思惑に従う事も無いかなって思ってさ」
「うん。それはそうだけど、じゃあなんで依頼を引き受けたのさ?」
「今回も依頼内容がちょっと特殊でさ。別にどんな魔物を何体討伐してもその分報酬が増えるんだって。ってことはさ、どこのエリアで魔物を狩っても同じって事でしょ?」
「あ~、それもそうか。別に誰かが見張っている訳でも無いし、どこの魔物か何て分からないもんね。出て来る魔物は大きく変わりないし、穴のある依頼なんだ」
「そういう事。だから、僕はいつも通り掃除をしながら魔物を討伐して、討伐の証だけ集めておけば良いって事だよ」
そもそもこの森の魔物を一掃なんか出来やしない。倒しても倒してもどこからともなく現れる。一体どこにそんな魔素があるのやら。実際、他の冒険者も僕と同じように考えているのかも。それを見越して王宮もこんな無茶な依頼を利用しているのかもな。
「じゃあ、今日はさっそくこの新しい短剣を試してくるよ」
「気を付けてね~」
ラプラスに見送られると、僕は南側へとやって来た。この前、丸裸で置いてきたセクレスの信徒達は無事に帰ったらしく、その姿は無かった。そのまま、南から西に掛けての広い範囲を移動しながらゴミ集めと討伐を行っていると、
「ん?ジャイアントボア?」
『気配察知』に見慣れない名前があった。反応のあった傍まで『渡り』、木の中から『見て』みると。長く太い図体のデカいヘビが居た。獲物を大きな口で丸飲みにしようと奮闘中のようだ。
あれは・・・あ、この前のセクレスの人だ。流石に丸腰でこの森を抜ける事は出来なかった様で、5,6人が無残な姿で倒れている。1,2人は逃げたのかな?まあ、生きていようがいまいが関係ないか。
僕は食事中のヘビの背後に移動すると、木から飛び出し首元を狙って斬りつけた。ナイフの時には出来なかったが、刃渡りが伸びた事もあり、太い首をスパッと切り裂いた。
ゴトンッ!と重い音を立てて落ちた顔と長い体を回収する。ヘビ系の魔物は牙が討伐証明だから、そこだけあとでブリオから回収しよう。残りの死体は『造園』で穴を開けて埋めてあげた。緑の信徒よろしく木々の糧に成れて本望だろう。
「さて、次は―うげッ?!」
僕が次の獲物を探そうと『気配察知』を使用すると、急に恐怖や嫌悪感が僕の体に流れ込んで来た。当然、木々の感覚は遮断していたはずだが、これは・・・
はあ、はあ、気分が悪い。体の中を虫が這いずり回っている様な気持ち悪さが全身を襲ってくる。
ここからそう遠くない所に「何か」が居る!!
『気配察知』を遮断し気持ちを切り替えると、気配の合った方へと移動した。そこは山から南西へと進んだ場所だった。
「ここは、嫌な雰囲気だな。枯れ木が多い」
緑豊かなウィッチヤードの森にあって荒涼とした広場に出た。周囲の木々は枯れたものが多く、健康な緑の森を蝕んでいる様だ。
「一体何が―、ん?」
土がもごもごと蠢き、大地が揺れる。ゴゴゴゴッと土砂を巻き上げ体を現したのは、巨大な足を持つカエルであった。
ゲコオォォォーッ!!!




