第15話 それってフラグって言うんだよ
翌朝。僕はいつもの様に硬いベッドから体を起こす。今日はやけに身体が軽い。朝の支度をすると気は乗らないが家の扉を開けた。夜明け前の冷たい空気が僕を阻む。
「さっさと行って嫌なことは終わらせよう!」
自分に言い聞かせると家から飛び出した。指定された時間は夜明けだったが、遅れてアイツに色々と言われたく無かったので急いで街道まで移動した。
軽い!身体が軽い!いつもなら息が上がるがまだ余裕がある。森の中と同じとまではいかないが、誰も居ない町の中を走り抜けた。
「お?随分と早いな」
「こんな朝早くに呼び出すなんて、暇なんですね。それで・・・隣町まで運んで欲しい荷物って何です?」
「まぁ待て。そろそろ来るからよ」
「はぁ・・・」
男2人が沈黙した重い空気の中を待っていると、荷馬車がやって来た。その馬車が僕達の前で停まると、僕よりちょっと幼い子供が降りてきて、
「お、お待たせしました!」
「ああ全くだぜ!コイツが用心棒だ。2人でこの荷物を隣町まで運んでもらう。近頃、俺の荷物を狙う輩が居て困ってるんだ。そいつらから無事にこの荷物を届けるのが今回の仕事だ」
金貸しの言葉に馬車から降りてきた男の子は、
「ええ?!ただの荷物運びだって言ったじゃないか?ぼ、僕、そんな事聞いてない!」
「餓鬼がギャアギャアと、良いんだぜ?お前の借金が増えるだけだ。村で待つ家族がどうなっても知らねえけどな?ガハハハハ」
「くッ・・・」
「この子もお前から・・・」
「さあ、どうする?やるのか?やらないのか?」
「荷物を隣町まで運べば良いんだな?」
「ああ、簡単な仕事だろ?この地図にある屋敷に馬車を届けろ。中身は見るなよ?あとは屋敷の奴らが荷物を受け取ったら割符を貰ってこい。ギルドに渡せば依頼達成だ。期限は無いがなるべく早く頼むぜ」
「分かった。ほら、行こう」
「うん・・・」
男は馬車に大きな木箱を載せると帰って行った。僕と御者の子を乗せた馬車は、その場を離れる様にスピードを上げて街道を進んだ。
重い空気の中、御者の彼は黙ったまま馬を走らせている。
「・・・」
「・・・ねえ?自己紹介でもしようか?俺はクロウだ。君は?」
「・・・サジ」
「サジ君か。君もアイツに借金を?」
「・・・うん」
「そっか、俺もそうだ。両親と妹を助けるためにな」
「クロウも?僕は両親が事故で死んじゃって、なんとか荷物運びで食いつないでたんだけど、馬車が壊れちゃって・・・」
「じゃあ、生活の為に?」
「どうしようもなくてね・・・」
サジは震える手で手綱を握る。その手は小さいが傷だらけでボロボロだった。幼い彼は生きるために必死に働いているのだろう。他愛のない話をぽつりぽつりしている内に明るくなって来た空は、どんよりと分厚い雲に覆われている。
「雨でも降りそうだね。ちょっと後ろでローブ羽織ってこようかな」
「ん、足元気を付けて」
暫くして御者の席に戻ると、
「町まではどれくらい掛かりそう?」
「そうだな・・・この調子なら昼過ぎ位かな?何事も無ければね」
あ~そんなフラグを立てる言い方しちゃいけません!焦る僕の心とは裏腹に、その後も何事も無く馬車は走った。草原を駆け抜け、丘を登る。幸い雨はまだ大丈夫そうだ。
「もう半分ほどです。あの山の麓が目的地ですよ。この調子なら昼前には着くかも」
そんなサジの期待を裏切るかのように、僕は街道沿いの森から男たちが出て来るのを見つけてしまった。
「やっぱりそうなるよね・・・サジ君、お客さんが来たみたい」
「え?!」
「おい!そこの馬車止まれ!!」
男たちは弓を構えて大声で叫んできた。逃げ道を探すが、男たちに続く以外に道は無い。矢で射抜かれてはひとたまりも無いので、仕方なく僕たちは馬車を止めた。
「くくく、聞き訳が良いな。じゃあ、命が惜しけりゃ積み荷を渡してもらおうか?」
「そ、そんな?!急になんですか?!」
「ああ!?どうやら痛い目に合わないと分からない様だな?おい!」
「へへへ」
「ガキが、大人の言う事は大人しく聴くもんだぜ?」
周囲には5,6人居るだろうか。3人ほどが剣やナイフを構えながら近づいてくる。彼らの後ろでは弓を構えて狙いを定めている様。
「くそッ!クロウどうにかしてよ!このままじゃ・・・」
「無理だ、この人数じゃ俺にはどうしようも出来ない」
「そ、そんな?!」
「へ、腰抜けか?残念だったな坊主。こんな冒険者じゃなくてもっと強い奴が良かったな?ははは」
「ちくしょう・・・」
「・・・」
黙って抵抗しない僕を見下しながら、男たちは幌を空けて荷台に入り込む。だが、
「ん?おい!荷物は何処だ?」
「?へ?」
「町から木箱を運んで来たんだろうが?!どこにある?」
「木箱なんか知らない。俺たちはこれから隣町へ買い付けに来たんだ。何も乗ってない馬車でもおかしくないだろ?」
「???」
あ~サジ君、ちょっとあせあせするのを止めようか?静かに、静かに・・・
「ああ?!そんなはずねえ。今日が上納日だってのは確かなはずだ。あの町から来る馬車に積まれているに違いねえんだ!」
「なんの話か分かりませんが、この馬車では無いのでは?」
「くッ・・・こんな餓鬼共に任せる訳ねえか・・・もういい、いけ!」
「???」
「サジ!行こう」
「あ?う、うん・・・」
「チッ・・・次を待つぞ・・・」
去り際に男たちの愚痴が聞こえて来る。どうやり金貸しの荷物を狙ってたのは確かな様だ。僕たちはゆっくりと怪しまれない様にその場を離れた。
「ふ~、助かった・・・でも荷物が無いって、そんな事ある?あんな大きな木箱だよ?」
「そうだな・・・ちょっと見て来るよ」
僕は荷台に移動すると、腰に付けたマジックバックから収納した木箱をゆっくり戻した。こんな事も有ろうかと、ローブを羽織るついでに木箱を隠し持ったのだ。我ながらうまく行った。あとは、
「ん?木箱はあるぞ?あいつら目が悪いのか?馬鹿なのか?」
「ええ?!とんだマヌケじゃん・・・はあ、まあこれで仕事が失敗しないならもう何でも良いよ」
「ははは、そうだな。よし、サジ君、早く町まで移動しよう!」
「そうだね!」
サジは安心したのか、これまで硬かった口が嘘のようにべらべらと明るく話し始めた。こっちが元々の性格なのだろう。村の事や兄の話をしては、ハニカム笑顔が可愛く見える。
「そっか、クロウさんも大変だったんだね。妹さんの病気が早く良くなると良いですね」
「ああ、そう言えば、サジは金貸しにいくら借りたんだ?ちなみに俺はなんと合計で100万を超えているぜ!すごいだろ!」
「100万?!自信もって自慢するように言う金額じゃないよね?!なんでそんな大金になっちゃったのさ?!」
「だろ?俺も驚いてる。実は両親も妹と同じ病気でさ。治療やらなんやらで金が必要で、長年アイツから借り続けた結果だな」
「うげ・・・僕より酷い人が居た・・・僕は全部で5000くらいだよ。でもその話を聞くと今一体いくらになっているか・・・」
サジは借金の怖さを今になって実感した様だ。僕のようにはなって欲しくないが、5000ゴールド・・・荷運び程度でどうにかなる金額ではない・・・
「これまではどうやって生活していたの?」
「両親が居た頃は、村の近くの森で取れる薬草を育てて生活していたんだ。でも、あんまり使い道が無いって薬師に言われて、もっといい薬草を探している時に僕の両親は事故で無くなったんだ・・・」
「そうか、ごめんね、嫌な事を聞いちゃって」
「ううん。村では今も兄さんが薬草を育ててるんだ。まだ収穫量は凄く少ないけどね。そうだ、馬車の後ろに積んであるんだけど、少し持って行く?お茶にするとスッキリとするんだ。ハイこれ」
「ありがt・・・これって?君達が育てたの?」
「ああそうだよ」
僕の手には「魔草ダソナ」と思わしき植物があった。え?!ダソナだよな?さすがに番人は・・・あ、頭の中では見れるぞ・・・やぱり「ダソナ」だ!
「これ?!」
「あ、町が見えましたよ!」
そんな事を考えている内に、隣町まで来てしまった。町の近くでは人の往来も増え、活気がある。僕たちはゆっくりと馬車を勧め地図に記された場所を目指した。僕の住んでいる町よりも大きく、色々な商店やギルドなんかもある様だ。
「あれですかね?」
「うん、そうだと思うけど・・・」
「立派な屋敷ですね。本当にこんな所に?」
そう思いながら屋敷に近づく。周りをしっかりと鉄柵で囲われた明らかに貴族が住むような屋敷であった。門には兵士の姿もあり、
「おい!ここに何か用か?」
「え?あ、はい。荷物の運搬に来ました」
「ん?ああ、それならこのまま柵沿いに裏へ回れ」
「分かりました・・・」
サジは言われた通りに裏門へと馬車を進めた。静かに裏門が開くと兵士が中へと案内する。僕らは恐る恐る馬車を中に入れた。
「よし、このまま待て。おい!荷物を中へ運び込め。旦那様の部屋に運び込むんだ」
兵士は屋敷の者たちに指示を飛ばす。僕らは今か今かと終わるのを静かに待った。
「よし。待たせたな。これが割符だ。ご苦労だった」
「あ、はい」
僕らは何事も無く屋敷から出されると、
「はぁ~緊張した・・・あとは帰るだけか」
「そうだね。まあ、簡単な仕事だったかな?サジ、まだ時間があるし、ここで休憩してから帰らないか?」
「そうだね。お腹ペコペコだよ」
僕らは腹の虫が鳴く音にお互い笑い合うと、馬車を停めて食堂に入って行った。食事を取りながら、サジに、
「さっきの薬草の事だけど、僕に定期的に売ってくれないか?」
「え?あんなので良ければいくらでもあげるよ?」
「いや、1束2000ゴールドでどうだ?」
「2000ッ?!」
ジロ・・・馬鹿、煩いぞ
「ごめん・・・でも、2000ってあんな草にそんな価値があるの?」
「ああ、これからもっと価値が出るかもしれない。だから村に帰ったらお兄さんともっと量産出来るように頑張れないか?」
「そ、そんなに価値があるなら喜んでやるよ。どうせ売れなくて困ってたんだ。帰ったらすぐにでも持ってくる!」
「本当か?じゃあギルドに指名買取を出しておくから、ギルドへ納品してくれるか?」
「やった!ありがとうクロウさん!!・・・でもそんなお金あるの?100万も借金してるんでしょ?」
「ぐッ・・・いや、だから個人ではなくギルドを通した方がサジも安心だろ?」
「クロウさんを信じているから良いんだけどさ。僕はクロウさんの借金が心配なだけで・・・」
あははは、そりゃそうだ。借金額を考えればそんな金があるのか気になるだろうよ
「大丈夫。サジ達のお陰で、助かる人が増えるんだ。なんなら村の人とも協力して一杯この薬草を育てて欲しい」
「そうだね。まずは自分達で頑張ってみるけど。上手く行けば村も助かる。僕やってみるよ!」
「おう」
二人は食事を終えると、市場を回り、必要なものをある程度買い込んだ。
「よし。これでさっきの奴らがまだ居たとしても怪しまれないな!」
「まだ居るのかな?もしバレたら・・・」
「心配するな。もし何かあればすぐに荷台に隠れろ?俺が絶対に守ってやるからな!」
「う、うん。それフラグって言うんだよ。知ってた?」
「ぐふ・・・あ、ああ。そうだな」
自分からフラグを立ててしまうとは、僕の馬鹿・・・。朝の曇り空から一変して青空が広がる街道を進む。朝方、盗賊紛いの襲撃を受けた場所に近づくと、
「おい止まれ!」
「うげ・・・なんだよ、まだ居るじゃん・・・」
朝と同じ顔がそこにはあった。幸い2人しか姿が見えない。それでも僕らは大人しく言う通りにした。
「やっぱり朝の奴らだな?」
「さっきぶりです。狙った獲物は来ましたか?」
「な?!今日は運が悪かったみたいだ。折角大金が手に入る予定だったのによ」
「大金ですか?」
「ああ、何でもあくどい金貸しの野郎が金を運ぶって情報があったんだ。それを奪う手筈で待っていたが・・・とんだ偽情報を掴まされちまったぜ」
「そうでしたか、それは残念でしたね。じゃあ俺らはこれd・・・」
「おいおい、俺らの事を知ってタダで帰れると思ってるのか?」
「え?!そっちが勝手にべらべら喋ったんじゃないか!僕達は関係ないよ!?」
「ああ?!うるせえな。むしゃくしゃしてるし、手土産の一つや二つ無きゃやってられねえんだよ!ちょうどガキ2人に馬車と荷物。これだけで暫くは遊んで暮らせる金になりそうだしな」
「ひぃッ・・・」
あー、コイツ、僕らを人買いにでも売るつもりなのか。周囲には他に1,2人・・・何とかなるか?僕は小声で、
「・・・サジ、俺が合図したら馬車を走らせろ、そのまま振り返らず街道を突っ走れ・・・」
「・・・え。どういう事!?・・・」
「・・・返事はハイかウンだ・・・」
「それって・・・ウン・・・」
「何をこそこそと、さあ、大人しく降りてこい!」
男が遮っていた道を空け、僕の方へと近づいてくる。片手で剣を付きつけ、僕を引き摺り降ろそうと手を伸ばした。
「今だ!!!」
「くッ・・・!」
僕の合図と共にサジは手綱を強く引き、馬を走らせた。僕は男目掛け飛び出すと、懐のナイフを抜き、腹に深々と突き刺した。




