第11話 お前に恨みは無い
件の下水道前に来ると、暗く小さな入口から汚水の匂いが立ち込めて来る。僕はリュックからブリオから購入したマスクを付ける。
「クロウ。こいつはガスマスクだ。毒や激臭から顔全体を守ってくれる。毒ガスなんかが多い火山や毒の沼地なんかで重宝される代物だ」
『すごいや、このマスクのお陰で臭いを全然感じない。これなら!』
リュックを背負い、新しいナイフを腰に付けると、いざ下水道の奥を目指し進みだした。その様子を少し離れた物陰から見ていた人物がいるがクロウは気が付かなかった。
「あの餓鬼の事だ、しっかり準備してから来ると踏んでいたが、大層な装備をして来たじゃねえか。まあ、簡単に討伐しちまっても面白くねえからな。俺様が直々にスパイスを追加してやったから、精々頑張ってな、がはははは」
薄暗い下水道をひたすら奥へと進む。いつもと同じ様に汚水が流れる水路はスライムが犇めき合っていた。暗がりのせいか、いつもより下水も暗く見える。
ん?スライムってこんな黒っぽかったっけ?
下水の影響なのだろうか、いつもは青に近い色合いをしていたが、今日に限って下水と同じ様に暗い色合いだ。
昨日は雨でも降ったのかな?
そんな事を考えながら歩き続けると、漸く下水処理場へと辿り着く。運が良いのか悪いのか、あの化け物ネズミはとはここまで遭遇しなかった。
『うげ、随分と水位が上がってるな』
奥は流れが悪いのか、徐々に水位が上がり、水路を越えて汚水が溢れている。よく見れば、
『塞がれてるのか?』
地上から流れ込む汚水が奥の処理場でスライム達に綺麗にされている。その水路が何かで塞がれ汚水の行く手を遮っていた。しかも、
『このドロドロとしのは何だろう・・・』
流れが悪いせいなのか、ドロっとした黒い液体が溜まっていた。このまま放置する訳にもいけないと、邪魔している物を撤去しようか考えていると、
入り口の方からやってくる影が・・・
ヂュウーーー!
『タイミング悪いなぁ〜』
悪態をつきながらもナイフを構えた。巨大なネズミは腹を空かせているのか、僕を見つけると飛び掛ってきた。
ガスマスクのお陰で安心して息が吸える。深く息をしてから力を込める。鋭い牙を剥き出しに噛みついてくるネズミを躱し、ナイフを突き立てる。
ズザッと皮膚に突き刺した瞬間、重い衝撃が腕に掛かり蹌踉めいた。足元が滑りやすく踏み込みが甘かった。それを見逃がす筈もなく、ネズミはナイフを握る僕目掛け再び突進してくる。
『グハッ・・・くっそっ!』
巨体を避けきれずに一撃を貰ってしまうが、こちらも何とか一太刀返した。ブリオが選んでくれたナイフだけあって切れ味は中々、硬い毛皮を簡単に引き裂いてくれた。
ヂヂュウ・・・
巨大ネズミは水路に入ると、その巨大を活かしスライムを押し出してくる。当然、外部からの衝撃に反撃する様に槍を突き出すスライムごと、自傷も構わず僕に突っ込んできたのだ。
『それはムリムリっ!』
津波のように折り重なり迫ってくるスライムの壁は黒くドロドロとした液体を纏い、普段よりも悍ましい。何とか分岐した通路に入りの込み直撃を避けるが押し迫る汚水を全身に浴びてしまった。
『ぎゃあ゛〜最悪だ・・・』
それに、この水は何だか、
『油?・・・』
ドロっとした黒い液体は油の様に思えた。匂いはガスマスクで分からないが、マスクを外してか確かめたくはない!
ドロドロヌメヌメした油の様な液体が纏わりつくが、そんな事を気にしている暇は無い。巨大ネズミはスライムごと奥へと突き進んでいる。今頃。スライムの反撃を受けて居るはず。
チャンスを逃がすまいと、水路に戻り後を追うと、スライムを踏み潰したネズミが居た。体には無数の傷があり、全身ドロドロであった。
いつもなら僕が逃げているが、今日は分が悪いと悟ったのか後退して逃げようとする巨体ネズミ。下水処理場の方へと走り出すが、その先は・・・。
『運が悪いな。今日はなんでか行き止まりなんだよ!』
キシャーーーッ!!
いつもの水路が封鎖され、残るのはネズミの巨大では通れない通路のみ。ジリジリと迫りくる僕を警戒して毛を逆立てて威嚇してくる。それに負けじと気合を入れると、一気に攻勢に出た。お前には恨みは無いが・・・
『うぉおおおーッ!』
いまだに逃げ口を探すネズミの隙を突き、ナイフを構えたまま奴目掛け突き進む。スライムの反撃で動き出しが遅かった事も奏して、ナイフを首元へと突き刺した。
ヂュウーッ!?
巨大ネズミもナイフを振りほどこうと巨体を揺り動かすが、それが仇となり、突き刺さったナイフで大きく傷を開きその場に伏せった。息絶えたネズミからナイフを抜くと、
『や、やったッ!?やっだぞ!』
ドロドロになりながらも達成感に浸る。最悪の環境であるが最高の気分だ。あとはコイツの討伐証明を、ネズミ系は確か尻尾だったはず。重たい死骸を動かし目的の尻尾を切り落とすと、リュックへと仕舞い込んだ。
『これで達成だな、ん?』
パチ パチ パチ・・・
手を叩くような乾いた音が下水道内に響いた。慌てて顔を上げると、
『よう兄ちゃん!まさか一人で本当にあの化け物を倒しちまうとはな、恐れ入ったぜ』
『あんたか???こんな所まで来るなんて、相当コイツが憎かったんだな?』
金貸しの男は僕と同じ様なガスマスクと黒いローブの様なもので全身防備している様だ。顔は見れないが僕を兄ちゃんなんて言うのはアイツだけだろう。
『あ〜、そうだな。俺を一晩中追いかけ回しやがって、でもまぁ、兄ちゃんみたいな餓鬼にヤラれちまったんだ。笑えるぜ、がははは』
『まさかそれを観る為にここに来たのか?最低だな・・・』
『あぁ?餓鬼が煩えんだよ。そのつもりだったんだがな・・・お前、逃げるなら早く逃げろよ?』
男はボォっと松明に火を付けると、そう言いながら僕に忠告してきた。
『死んだら借金が回収出来ねえからよ。精々死なねえように頑張れよ』
『は?』
男は出口に向かいながら松明を水路に投げ入れた。普通の汚水なら何の問題もない。しかし今は、
『俺がアイツを焼き殺すために、特別によく燃える油をたっぷりと用意してやったんだからよ!』
『!?!?!?』
ゴオッと燃え上がる火の道が奥へと、僕らの方に向けての迫りくる。不味い!そう思った瞬間、
ボーーーーンッと空気中の可燃ガスにも引火し油を燃料に、下水道内は炎で満たされた。熱を帯びた爆風が襲いかかり吹き飛ばされる。水路を堰き止めていた障害をもろとも吹き飛ばし、一気にスライムが蠢く処理場へと落とされた。
『ゴボゴボゴボ・・・ぷっはぁ、はぁ。マズイ、ここから逃げないと』
近くでは巨大なネズミに我先にと纏わりつくスライムの群れが見えた。死骸になってしまえば、あの巨体とてスライムに溶かされて一溜まりもないだろう。
はっ?!ぼんやりしてちゃ駄目だ。取り敢えず水から出ないと。
体に張り付くスライムを引き剥がしながら何とか護岸に辿り着く。幸いマスクと衣服のお陰で火傷も怪我も無い。流石はブリオの品物だ。帰ったらちゃんとお礼を言わないと。しかし、
『これをどうやったら帰れるのかな?』
下水処理場は縦長の穴で汚水を集めスライムに処理させている様だ。溢れた水が上の横穴から排水されるのか、見渡す限り壁である。
『あの上のにある横穴まで行くしかないか』
こんな穴があるから誰も怖がってこの依頼を引き受けなかったんだろうな。そもそも、こんな奥までやってくる事も無かっただろうな・・・
冒険者に危険は付き物だが、自ら危険を避ける事も出来るのが腕の立つ冒険者になれるんだろう。そんな事を考えながら、リュックを探る。今回の討伐の為に色々準備して来たが、
『これを使ってみるか』
クロウは丈夫なロープと糸玉を取り出した。シャナのアドバイスで、巨体を罠で縛り上げる方法を考えついたが、今回はこれを使ってこの壁を登るしか無い。
丈夫な蔦で出来たロープに、ハンディングスパイダーの巣に残っていた粘着性の糸を巻き付ける。先端に適当な木片を縛り、それをさらに糸でぐるぐる巻きにした。粘着性の強い糸だが、上手く引っかかるかどうか・・・
何度が投げつけると、漸く体重を掛けてもビクともしなくなった。これなら、
『グギギギ・・・うおおおおお・・・』
靴にも糸を巻き付けたので滑る心配は無いが、その分、引き剥がすのに苦労した。そんなこんなで何とか壁を登りきると、排水溝の横穴へと辿り着いた。狭く暗い通路の先に、微かに光が見える。
『このまま、進めば外に出られそうだ』
流石に疲労が溜まり体が重いが、壁を頼りに出口へと向かい歩き始めた。徐々に明るさが増し、日の元に出ると世界が白んで眩しかった。日は天辺を超え昼過ぎ頃だろう。町を流れる川へと這い出た僕は曲がった腰を伸ばした。
「うう~ん、空気が美味しい。あの野郎、いつか絶対ぶっ飛ばしてやるからな」
さてと、ギルドへと報告に行くかな。ぐへへ、あいつの所為で大変な目に合ったけど、これで指名依頼を達成したし報酬もゲットだぜ。クロウは水浴びをして綺麗な服へ着替えると、ギルドへと向かった。
「サニーさん、戻りました!」
「あら!クロウくん!無事で良かったわ。下水処理場で爆発があったって報告があったから心配していたのよ?何があったの?」
「いや~本当に大変でしたよ。実は下水道に巨大なネズミが生息していたんです。そいつを倒したのは良いですが・・・」
「はあ?!何ですって?あの男が原因で爆発が起きたのね。全く後先考えないんだから。今度ギルドから注意させて貰うわ」
相変わらず大きな声でそう抗議するなサニーさん。お願い、もう少し声を抑えt・・・あ、みんなそんな目でこっちを見ないで。僕はただの被害者ですよ。話題を変えないと、
「そ、それで!ネズミの討伐をして来たので、おっちゃんに渡せば良いですよね?」
「え?ええ、報酬に追加してもらうといいわ。そうね・・・ゴホン、指名依頼達成おめでとう。クロウくんの冒険者レベルをFからEに上げておくわ。これからも頑張ってね」
「やった!Fランク卒業だ。長かったなぁ」
しみじみとそう思う。これまでいくら頑張っても上がらなかったランクがやっと上がったのだ。
(本当はFランクなんて魔獣退治さえ出来ればすぐに卒業なんだけどね。クロウくん、なぜか討伐が全く出来なかったからな・・・)
「ランクが上がったからといって、無理はダメよ」
「はい。じゃあまたサニーさん」
僕はルンルンで買取所に行くと、おっちゃんに巨大ネズミの尻尾を引き渡した。
「おめえがこれを?・・・やっと倒した相手が随分と大物だったな」
「え?そっか、そうだね。初めて・・・だね。うん」
「なんだ?まあいい、ちょっと待っとけ」
慣れた様子で書類を書き留めるとおっちゃんは金貨袋を渡してくれた。カウンターに置かれたその中身はずっしりといつもよりも重く、
「お待たせ。指名報酬の1000ゴールド+200ゴールドだ。随分と稼いだな」
「おお~、ネズミは200ゴールドか、ありがとうおっちゃん」
「おうよ。まあ、おめえの頑張りだ。胸を張っていいんだぞ」
「うん」
おっちゃんと別れた僕は、その足でシズの待つ診療所へと向かった。今日は絶対にあいつに会いたくなかったので、周囲を警戒しつつ移動したが杞憂で済んだ。流石に僕が死んだと思っているかもしれない。でもそうすると、
「もし死んだと思われたら今度はシズが・・・。はあ、それは絶対に防がないと。シズ~?入るぞ?」
「どうぞ」
病室に着いた僕は、シズの笑顔を見て安心した。昨日と変わらないのが一番安心する。窓辺には日を浴びたシャルルに水を与えるシズが立っていた。
「お兄ちゃん!?お帰りなさい。今日は来れないって言ってたのに」
「おう、ただいま。変わり無さそうだな」
「うん。そうだ、聞いてよお兄ちゃん。今日ね近くの下水場で爆発があってね。町中のマンホールが吹き飛んだんだって。ドリー先生が大変だ~って忙しそうにしてたんだよ」
「へ、へえ~それは大変だったな。兄ちゃん町に居なかったから知らなかったよ、ははは・・・そうだ。もしここにいつもの、金貸しの人が来たらこれを渡せ。いいな?」
「金貸しってあの嫌な人?私あの人嫌い・・・」
「うん、兄ちゃんもだよ。だから、もし来ることがあったらこの金を渡すんだ。兄ちゃんからですってな。もし何か言って来たら」
「大丈夫。ドリー先生が居るし、ここのおばちゃん達みんな優しいから。分かった。お兄ちゃんからって言って渡しておくね」
「迷惑かける」
「そんな事無いよ。お兄ちゃんはいつも私の為に頑張ってくれてるんだもん。いつもありがとうお兄ちゃん」
「・・・おう」
ここは家より安全だけど、絶対じゃない。早く病気を治して、出来ればシズを連れて庭で安心して暮らしたい。あそこならどこよりも安心だろうしな。
「よし、じゃあまた来るよ」
妹に見送られ僕は自分達の家に戻った。随分遅くまで喋ってしまったが、シズが元気そうで良かった。それでも早く、一日でも早く・・・僕はベッドに横になるとそこで意識を失った。




