第10話 指名依頼だ
座る僕の足の上に丸まって休みながら、僕に撫でろとゴロついてくるラプラスは、器用に喉をゴロつかせながら、
「あちゃ~、シャナに目を付けられっちゃったのか。まあ、悪い子じゃないからさ。気が向いたらお話してあげてよ。ドライアドはその特性からあの場所から離れられないから寂しがり屋が多いんだよね」
「特性?」
「ドライアドは共存する木から離れられない。気と共に生き、木と共に死ぬ。彼女らの運命だね。あの子は一番長くこのウィッチヤードの森に居るはずだよ。あ、お婆ちゃんだなんて決してレディーの前で言っちゃダメだからね」
「うぐ・・・気を付けるよ。そんな昔から一人なの?」
「そうだね。いつの間にがあの木に憑いて居たね。あれで植物のスペシャリストだから仲良くしておくと良い事があると思うよ」
ええっと・・・ラプラスはその昔から住んでるシャナよりもさらに昔からこの森で生きていらっしゃる?つまり大おb・・・痛い痛い、爪、爪が刺さってますよ?!?!?
「あ、ごめんごめん、何か今クロウ君が凄い事考えてた感じがしちゃってさ。嫌だな~年かな?」
「そ、そんな事無いんじゃないかな。ほら、こんな艶々な毛並み、なかなか見ないよ?」
「うふふ、そう?まあなんだね。君にはこの森を綺麗にすることと並行して、この森をもっともっと豊かにしてほしんだ。これから色んな依頼が増えるだろうけど頑張ってね番人さん」
「うん、頑張るよ」
それって番人の仕事なのって思うけど。この森が豊かになるともしかしたらもっと良い素材が採れるのかな?『拡張』もまだまだ色んな出来る見たいだし、取り合えず頑張ろう。
という事で、
「おーいシャナ~?」
「あら~クロウ様?!シャナに会いに来てくださったのですか?シャナ感激です~」
「うん、仕事も一段落したからね」
おいおいと泣くシャナにちょっと引きつつも、
「そう言えば調子はどう?」
「はい!お陰様で憑代の木はなんとか大丈夫です。ですが、曲がったまま幹が繋がってしまった所為で腰が痛いと嘆いています」
「ん?腰?あの木が?」
「はい。もうお爺ちゃんなのですが、曲がった事で気分はすっかり年寄りになってしまったようで・・・クロウ様、もし何か対策があればお願いしたいのですが・・・」
「ん、うん・・・ちょっと考えてみるよ」
木の腰って・・・この曲がった所だよな。まあ確かに腰が曲がったお年寄りに見えなくも無いが、でもどうしたら良いかな?一回切り倒して付け治す?いや、魔力が心もとないし、前回みたいにしっかり回復するとは限らないよね。
「うーん、辛そうだね」
病気に臥せっていた父や母もずーっと寝ていると体が痛いと呟いていたんだっけ。僕に出来るのは体を擦ってあげる事くらいだったな。それだけでも二人は嬉しそうだった。そんな事を思い出しながら、両親にしていたように優しく曲がった幹を擦っていると『造園』が発動した。
前回幹を繋ぎ治した時に比べれば消費した魔力は少ないが、生き物である木を癒す事は結構な魔力を消費する様だ。そのまま、幹を擦っていると、ズズズズっと巨大な幹が徐々に真っすぐに立ってくる。そして、
「ど、どうだ?」
「凄いです。なんとまあですわ!元のように真っすぐになりましたわ。さすがクロウ様ですわ」
「ははは、お役に立てて良かったよ」
「・・・ふふふ、彼もお礼を言っていますわ」
「彼ってこの?」
顔を上げ古木を見上げると、晴れているはずの空から一滴の水が頭に垂れ落ちて来た。僕はその瞬間、優しく頭を撫でられたような温かい気持ちが溢れ出て、頬を伝って自然と地面を濡らすのであった。
「落ち着きましたか?」
「・・・うん。ごめんね、みっともない姿を見せちゃって・・・」
「そんな事ありませんわ。まだ幼いクロウ様が、感情豊かでわたくし達は安心しました。どうかいつまでも温かい心を持って強くなってくださいまし。わたくしも彼も貴方を応援していますわ」
透き通った声と葉の擦れる音が何とも心地が良かった。僕は回復した体で立ち上がると二人に別れを告げて帰ろうとした。
「あ!クロウ様、これはわたくしからの今回のお礼ですわ。是非妹さんに渡して下さい。病を治す事は出来ませんが、少しでも力になってくれるでしょう」
そう言ってシャナは小さな鉢植えを手渡して来た。そこには小さな木がこじんまりと植わっていた。丸い葉っぱが何とも可愛らしい。
「この子に毎日水をあげて下さい。水をあげる事を通して体から魔素を出す訓練になるはず。この子は彼女の魔素を吸って大きくなっていくでしょう」
「本当?!ありがとうシャナ!!すぐに持って行かないと。じゃあまたね!」
クロウはシャナ達にお礼を言うと一目散に庭へと帰って行った。そんなクロウをシャナと古木は寄り添いながら憂うのであった。
庭に戻って来たクロウは、装備を外し荷物を置くと、
「ラプラス、今日はもう帰るよ。また明日来る」
「お疲れ様~。さっそく良い事があったみたいだね」
「うん!じゃ、急ぐから。またね」
僕はすぐにシズの待つ町へと帰ってきた。気分は最高だ。番人のチカラも徐々に使いこなし、ウィッチヤードの森を自由に動き回っている。そのお陰でシャナからこんな良いものを貰ったんだ。
逸る気持ちで町を駆け抜け病院へと来ると、シズの待つ病室とへ着いた。コンコンコン、
「は~い、どうぞ」
いつもと変わらないか細い可愛らし声が返事をする。
「お邪魔するよ。これ、お土産」
「うわあ~、可愛い植木鉢にちっちゃな木だね。どうしたのコレ?」
「うん。お仕事で頑張ったから貰ったんだ。兄ちゃん忙しくて面倒見れないからシズにお願いしようと思ってさ。毎日水をあげてくれるかな?大きくなあれ、大きくなあれってちゃんと心を込めてな?」
「何それ?うん、分かった。私に任せて。えへへ、貴方の名前は何にしようか?」
「へ?名前つけるのか?木に?」
「うん。その方がもっともっと可愛いでしょ?」
そんなもんかな?まあ、それでシズがお世話しやすいなら良いか・・・
「よし!じゃあ名前はエリザベスとか?」
「却下します。何その名前?茸にもそんな大層な名前付けないでしょ?」
「うぐ・・・じゃあ何かいい名前をどうぞ・・・」
「うーんそうだな・・・シャルルなんてどうかな?」
「お、おう・・・良いんじゃないか。シャルルね」
なんでシャナに似た名前になるんだ?シャナから貰った所為か?
「でしょ?シャルル~、今日からよろしくね」
そう言ってシズはシャルルを窓辺の明るい場所に置くと、コップで水を与えた。シャルルの丸い葉っぱを水が優しく伝わり、嬉しそうに揺れ動いていた。
「調子はどうだ?」
「うん、あのお薬を飲んでから、少し良いみたい。この調子で早く元気になっちゃおうかな~って思ってた」
「そっか。早く元気になるといいな」
「今日はね、ギルドから帰って来たドリー先生が凄く興奮しててね・・・」
「うん・・・うん・・・」
他愛も無い会話を暫くして僕は家に帰った。僕には幸せな時間を堪能する時間すら惜しい。そして、そんな短い幸せもすぐに悪夢で塗りつぶされた。
「お?兄ちゃん、会いたかったぜ。金だ。集金に来てやったぞ?」
金貸しの男が家の前に座っていた。薄汚れた服に異臭がこびり付いている。全身から匂い立つ香りは下水のような吐き気を催す程だった。
「ご苦労様です。今週は幾らですか?」
「お?話が早えじゃねえか。今週は色々嫌なことがあってな。そうだな500ゴールドでいいぜ?」
「500?!この前、全部で1100ゴールドも持っていて、500?」
「ああ、500だ。嫌とは言わない方が身のためだ。俺は今、虫の居所が悪いんだ。なんで下水道の奥深くであんな化け物から逃げなきゃならなかったんだ。あ~あ、むしゃくしゃする!!思い出しいただけでも腹が立ってきた・・・おい、一発殴らせろ?」
「な?!何でですか?俺には関係なっ・・・ぐへぇ」
金貸しは抗議する僕なんかを無視するように、握りこぶしで僕の腹を殴りつけて来た。とっさの事で反応も出来ずもろに一撃を貰ってしまい嗚咽を垂れ流した。
「へへへ、あ~最高だぜ。やっぱり俺様はこうでなくっちゃな。あの糞ネズミめ、ギルドに依頼でも出して討伐させるか・・・いや、俺が直接・・・ああ、そうだ。おい餓鬼、お前にいい仕事を教えてやるよ。成功したらそうだな、1000ゴールド位は借金を減らしてやっても良いぞ?なあどうする?」
「あが・・・」
倒れた僕を踏みつけながら金貸しはそんな事を要求して来た。これはいいえとは言えない。言わさないコイツの常套手段だ。
「・・・や・・・ます」
「ア?聞こえねえな?」
「やらせていただきます!」
「ああ、そうか、そうか助かる~。じゃあギルドに指名依頼出してやるから精々死なない様に頑張るんだぞ?がははは・・・」
清々したのだろう。倒れ込む僕をそのままに金貸しの男は500ゴールド以上入った金貨袋を勝手に持って行った。くそ・・・くそ・・・糞!!
痛む体を起こすと、僕は一人家の中に入り、硬いベッドで休むのであった。
次の日、痛めた腹を抑えながらベッドからから起き上がると、不思議と痛みが消えていた。以前は暫く痛みが続いたものだが・・・ふと暖かみを感じてベッドを確かめると、そこには黒く丸っこい毛玉がスヤスヤと寝ていた。
「ラプラス・・・君か・・・」
まだ寝ている黒猫を起こさないように注意しながら支度を済ませると、庭には行かずにギルドに向かっていった。そう、あの金貸しが依頼した指名依頼が本当か確認しに来たのだ。
「おはようございますサニーさん」
「あらクロウくん。朝早くから偉いわね・・・もしかして、指名依頼の件を聞いたのかしら?」
「やっぱりあの男が依頼したんですか?」
「ええ、昨日の夕方珍しい人物がギルドに来たと思ったら、わざわざクロウくん宛の指名依頼を掛けてきたのよ。依頼内容は下水場のゴミ掃除ってあるけど。依頼金額が1000ゴールドよ。絶対何かあるに決まってるわ。こんな依頼受けなくても良いのよ?」
うげ・・・やっぱりあいつが呟いていたから嫌な予感がしたんだ。ゴミ=あいつの言っていた化け物ネズミだろうな・・・なになに、期限は2日後?!あの野郎、またこんな無茶な期日で。
「サニーさん、俺やります。下水場を綺麗にしてあいつの鼻を明かしてやります!」
「ええ?それはありがたいけど・・・何があるか分からないわよ。十分気を付けてね。指名依頼を成功させればギルドでの貢献度も上がるから頑張りなさい!」
「はい。行ってきます」
サニーさんの言う通り何があるか分からないんだ。しっかりと準備してから行こう。なんたってウィッチヤードの外じゃ番人のチカラは何の役にも立たないんだ。生身であの巨大なネズミを倒すには、
「まずは森で一仕事してくるか」
クロウは庭に移動すると、いつも通りウィッチヤードのゴミ掃除を行うのであった。その合間にブリオに装備やアイテムの相談をして、ドライアドのシャナにアドバイスを貰い使えそうな素材をテキパキと集めるのであった。
ある程度ゴミ拾いや森の整備を終えて帰って来ると、黒猫ラプラスは顔を洗って待っていた。
「朝から頑張っていたみたいだね。体は平気?昨日は随分痛そうに呻いてたよ?」
「うん。もう平気だよ。ラプラスのお陰だよ。ありがとう」
「ふ、ふーん、あんまり煩いと眠れないなぁっと思っただけだから」
「そう言う事にしておくよ。じゃあ、今日はこれで帰るよ。明日は一日来れないと思うから、また今度ね」
「ネズミ退治に行くのかな?あんな奴の依頼まで受けるなんて、クロウ君はお人好しだよね」
「まあ、折角の指名依頼だしね。そてに報酬も高額だったからさ」
「クロウ君らしいよ。気を付けてね。シズちゃんによろしく~」
「うん。またね」
シズの病室に寄って彼女の体調やシャルルの様子を話すと、
「シズ、明日は仕事が忙しくて来れないかもしれないんだ。だけどすぐに帰って来るからな。ちゃんと待っててくれよ」
「そうなんだ・・・うん。待ってる。気を付けてねお兄ちゃん」
そういって出ていく兄の背をシズはいつまでも見つめるのであった。シズはいつも不安であった。早くに両親を亡くした事もあり、クロウより幼い彼女は心が不安定になりやすいのだ。
「シャルル・・・お兄ちゃんは居なくならないよね・・・」
抱き寄せた植木鉢に冷たい雨がポタポタと滴り落ちるのであった。




