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追放令嬢の辺境スローライフ〜精霊に愛された手料理で大地を豊かにしたら、無愛想な次期辺境伯の胃袋を掴んで激しく溺愛中!〜  作者: 黒崎隼人


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第9話「王都の枯渇と忍び寄る影」

 王都の中心にそびえ立つ白亜の城は、かつての輝きを完全に失っていた。

 美しく手入れされていた王城の庭園は、今や見る影もない。

 色鮮やかに咲き誇っていた薔薇は黒く縮れて枯れ落ち、青々としていた芝生は灰色の土をむき出しにしている。

 噴水の水は濁り、空を飛ぶ鳥の姿すら見かけなくなって久しい。

 空気は澱み、息を吸い込むたびに肺の奥が重くなるような不快な圧迫感があった。

 王太子エドワードは、執務室の窓からその凄惨な光景を見下ろし、苛立ちに任せて窓枠を強く殴りつけた。

 鈍い痛みが拳に走るが、彼の胸の内で渦巻く焦燥感は少しも紛れない。


「なぜだ。なぜ、精霊たちが姿を消した」


 絞り出すような声が、人気のない執務室に虚しく響く。

 数ヶ月前、彼がリリアーナを追放し、異母妹のシルビアを聖女として迎え入れた直後から、王都の異変は始まった。

 最初はごくわずかな不作から始まり、次第に水源が枯れ、疫病が流行り出した。

 シルビアの祈りも、聖女としての儀式も、何一つ効果をもたらさなかった。

 それどころか、彼女が祈りを捧げるたびに、大地の枯渇はさらに進行していくようにさえ見えたのだ。

 真実を突きつけられたエドワードの心には、遅すぎる後悔と激しい怒りが渦巻いている。

 無能だと見下し、捨て去ったあの地味で無口な令嬢。

 彼女こそが、この国を豊かに保っていた真の聖女であり、精霊たちに愛された存在だったのだ。

 彼女がいなくなった途端、王都は見放されたように死に向かって突き進んでいる。


「殿下、辺境への使者の手配が整いました」


 背後で扉が開き、側近の騎士が恭しく頭を下げた。


「すぐに出発させろ。何を犠牲にしてでも、あの女を王都へ連れ戻すのだ」


 エドワードの目は血走り、声には異常な執着がこもっていた。

 もうシルビアの泣き顔など見たくもない。

 彼に必要なのは、国を救い、自分の正当性を証明するための道具であるリリアーナだけだった。

 手段を選ぶつもりはなかった。

 辺境伯などという野蛮な連中に、王族の命令が逆らえるはずもないと高を括っていた。




 同じ頃、辺境伯領の夜は穏やかな静寂に包まれていた。

 リリアーナは暖炉の火が消えかけた部屋で、ふかふかのベッドに身を横たえていた。

 窓の外からは、微かに風が木々を揺らす音が聞こえてきた。

 領地は豊かになり、家族の温もりに包まれた日々は、彼女からかつての怯えを確実に奪い去っていた。

 しかし、深く眠りに落ちた彼女の脳裏に、不意に冷たい記憶の破片がよみがえった。

 暗く冷たい侯爵家の屋敷。

 氷のように冷え切った父親の視線。

 そして、エドワードの冷酷な嘲笑と、シルビアの歪んだ笑顔。


『何もできない無能なお前は、必要ない』


 夢の中で響くその声は、鋭い刃となってリリアーナの心をえぐった。

 息が詰まり、首を絞められているような苦しさに襲われる。

 彼女は暗闇の中で必死にもがき、シーツを固く握りしめた。

 どれだけ逃げても、過去の呪縛が重い鎖となって足首に絡みついてくる。


「いや……こないで……」


 かすれた悲鳴とともに、リリアーナは跳ね起きるようにして目を覚ました。

 額には冷たい汗が浮かび、荒い呼吸が静かな部屋に響き渡る。

 真っ暗な部屋の中で、彼女は両膝を抱え込み、ガタガタと震えを止めることができなかった。

 ここは安全な辺境の屋敷だと頭では理解していても、心に刻み込まれた恐怖の記憶は簡単に消え去ってはくれない。

 ふわりと、枕元でルークが目を覚まし、心配そうに光を点滅させた。


『こわい?』


 ルークの温もりが頬に触れるが、震えは一向に収まらなかった。

 その時、部屋の扉が静かに開かれた。

 廊下のわずかな光を背にして立っていたのは、アレクセイだった。

 彼はリリアーナのただならぬ気配を察知し、急いで駆けつけてきたのだ。

 闇の中でも、彼の大きな影ははっきりと見えた。


「リリアーナ」


 アレクセイは足音を殺してベッドに近づき、震える彼女の隣に腰を下ろした。

 彼は何も聞かず、ただ大きな両腕でリリアーナの細い身体をそっと包み込んだ。

 彼の胸板からは、力強い鼓動と、日向のような温かな匂いが伝わってくる。

 硬く分厚い筋肉が、すべての外敵から彼女を守る強固な盾のように感じられた。


「大丈夫だ。お前を傷つけるものは、俺がすべて切り捨てる」


 耳元で囁かれた低く静かな声は、どんな魔法よりも確かな安心感を彼女に与えた。

 リリアーナは彼の胸に顔を埋め、幼い子供のように声を上げて泣いた。

 過去の恐怖も、心の奥底に沈殿していた悲しみも、彼の温もりの中で少しずつ溶けて消えていく。

 アレクセイは彼女の気が済むまで、不器用な手つきで背中を撫で続けた。

 王都からの黒い影がすぐそこまで迫っていることを、まだ二人は知らなかった。

 しかし、どんな脅威が訪れようとも、この温かな繋がりだけは決して壊されることはない。

 リリアーナは涙で濡れた顔を上げ、アレクセイの確かな存在をその身に刻み込んだ。

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