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追放令嬢の辺境スローライフ〜精霊に愛された手料理で大地を豊かにしたら、無愛想な次期辺境伯の胃袋を掴んで激しく溺愛中!〜  作者: 黒崎隼人


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番外編「辺境の星空と不器用な花冠」

 初夏の陽光が、見渡す限りの緑の草原をきらきらと照らしている。

 風が吹き抜けるたび、丈の長い草が波のようにうねり、青々とした植物の匂いを運んできた。

 リリアーナは編み上げの籠を腕に提げ、草原の小道をゆっくりと歩いていた。

 足元には、白や黄色、淡い青紫色の小さな花々が無数に咲き乱れており、歩くたびに微かな花の香りがふわりと舞い上がる。

 彼女の後ろを、大きな籠を背負ったアレクセイが黙々とついてきていた。

 今日は領地の視察も鍛錬も休みの予定となり、エレナの勧めで二人きりのピクニックに出かけることになったのだ。


「アレクセイ様、荷物が重くありませんか? 私も少し持ちます」


 リリアーナが振り返って尋ねると、アレクセイは首を横に振った。


「これくらい、羽のように軽い。気にするな」


 その言葉通り、彼の足取りは岩山を登る時と同じように力強く、全く疲労を感じさせない。

 リリアーナは少しだけ肩をすくめ、再び前を向いて歩き出した。

 彼と正式に婚約を交わしてから数週間。

 屋敷の者たちの扱いはさらに優しくなり、領民たちからも未来の辺境伯夫人として温かく迎え入れられている。

 幸せすぎて、いつか夢から覚めてしまうのではないかと不安になることもあったが、振り返ればいつもアレクセイが確かな存在感でそこに立ってくれている。

 その事実が、彼女の心に何よりも強い安心感を与えていた。

 草原をしばらく進むと、なだらかな丘の上にぽつんと一本の大きな木が立っている場所に出た。

 枝葉を大きく広げたその木は、周囲に涼しげな木陰を作っている。


「ここで休もう」


 アレクセイが木陰に籠を下ろし、中から厚手の布を取り出して草の上に敷いた。

 リリアーナは自分の籠から、朝早く起きて用意した弁当を取り出す。

 今日の弁当は、柔らかな鶏肉を香草と共に焼き上げたものと、色鮮やかな野菜を細かく刻んで混ぜ込んだ丸いおにぎりだった。

 木漏れ日が布の上に落ち、光と影のまだら模様を描いている。

 二人は並んで座り、冷たい湧き水で喉を潤してから弁当を食べ始めた。

 アレクセイは相変わらず無言で食べるのが早いが、一口ごとにゆっくりと咀嚼し、味わいを確認するように目を細める。


「この鶏肉、香草の香りが肉の中まで染み込んでいる。美味い」


 低くつぶやく彼の言葉に、リリアーナの胸がじんわりと温かくなる。


「昨晩から、特製の液に漬け込んでおいたんです。お口に合ってよかった」


 微笑みながらおにぎりを口に運ぶ。

 野菜の甘みと塩気が絶妙に混ざり合い、新鮮な空気という最高の調味料が、さらに食事の味を引き立ててくれた。

 食事を終えた後、リリアーナは立ち上がり、木陰の周囲に咲いている花を摘み始めた。

 黄色い小さな花や、白い可憐な花。

 茎を指先でぷつりと折るたびに、青臭い植物の水分が微かに香る。

 ルークが花畑の中を飛び回り、リリアーナの顔を覗き込んでは光の粉を散らしていた。


「何を作っているんだ?」


 木に寄りかかって休んでいたアレクセイが、不思議そうに声をかけた。


「花冠です。昔、本で読んだことがあって。一度作ってみたかったんです」


 リリアーナは摘んだ花を膝の上に置き、茎を交差させながら器用に編み込んでいく。

 侯爵家にいた頃は、こんな風に花で遊ぶ時間など一切与えられなかった。

 土を触れば汚いと罵られ、花を摘めば仕事の邪魔だと叱責される日々。

 しかし今は、自分の好きなように時間を使うことができる。

 彼女の手の中で、色とりどりの花が少しずつ輪の形になっていくのを、アレクセイはただ静かに見つめていた。


「できた」


 リリアーナが小さな声を上げ、完成した花冠を高く持ち上げた。

 白い花をベースに、ところどころに黄色や青紫色の花がアクセントとして編み込まれている。


「とても綺麗だ」


 アレクセイの言葉に、リリアーナは少し照れくさそうに微笑み、その花冠をそっとアレクセイの頭に乗せた。

 彼の黒く無造作な髪の上に、可憐な花冠が乗っている図は、少しばかり滑稽で不釣り合いだった。

 リリアーナは思わず口元を両手で覆い、くすくすと笑い声を漏らした。


「……似合っていないのは、自分でもわかる」


 アレクセイが眉間にわずかにしわを寄せ、気まずそうに視線をそらす。


「ごめんなさい、アレクセイ様がとても可愛らしく見えてしまって」


 リリアーナは笑いを収めようと深く息を吐き出すが、彼の困ったような顔を見るたびに再び頬が緩んでしまう。

 アレクセイはため息をつき、頭から花冠を取り外した。

 そして、無骨な大きな手で、周囲の草むらからいくつかの花を無造作に摘み取り始めた。


「アレクセイ様?」


 リリアーナが首をかしげていると、彼は太い指先で不器用に花の茎を折り曲げ、編み込み始めた。

 剣の柄を握るための分厚い指には、細い花の茎はあまりにも小さく、扱いづらそうだった。

 何度も茎を折ってしまったり、形が崩れてしまったりしている。

 それでも彼は真剣な表情を崩さず、眉間に深いしわを刻みながら、ひたすらに手元を見つめ続けていた。

 リリアーナは彼の手伝いをしようと手を伸ばしかけたが、彼のあまりにも真剣な様子に、そのまま静かに見守ることにした。

 彼の額から、微かに汗がにじみ出ている。

 風が草原を吹き抜け、二人の間の静かな時間を優しく撫でていった。

 やがて、長い時間をかけて、ようやく不格好な花の輪が完成した。

 茎はあちこちからはみ出し、花の並びも不規則だが、彼が一生懸命に作ったことは十分に伝わってくる。

 アレクセイは無言のまま、その不格好な花冠を、リリアーナの亜麻色の髪の上にそっと乗せた。

 彼の指先が髪に触れる感触が、くすぐったくて温かい。


「……不器用で、すまない」


 アレクセイは目を伏せ、申し訳なさそうにつぶやいた。

 リリアーナは両手で頭の上の花冠にそっと触れた。

 茎の感触は少しごつごつしていたが、それが彼の懸命な努力の証のように思えて、たまらなく愛おしかった。


「いいえ。世界で一番、素敵な花冠です。ありがとうございます」


 リリアーナが心からの笑顔を向けると、アレクセイの硬かった表情が、春の雪解けのように柔らかく崩れた。

 彼は大きな手を伸ばし、リリアーナの頬をそっと撫でる。

 硬いタコのある指先が、彼女の肌の温もりを確かめるように優しくなぞった。

 二人の視線が絡み合い、言葉のない会話が交わされる。

 ルークが二人の周囲をぐるぐると回り、淡い光を放ちながら祝福の歌を歌うように揺れていた。

 木漏れ日の下、リリアーナは彼の手に自分の手を重ね、瞳を閉じた。

 辺境の穏やかな時間は、ただひたすらに優しく、二人の絆を深く結びつけていくのだった。

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