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追放令嬢の辺境スローライフ〜精霊に愛された手料理で大地を豊かにしたら、無愛想な次期辺境伯の胃袋を掴んで激しく溺愛中!〜  作者: 黒崎隼人


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エピローグ「湯気の向こうの笑顔」

 冬の冷たい空気が、窓ガラスを白く曇らせている。

 しかし、厨房の中はかまどの火と、いくつもの鍋から立ち上る湯気で、じわりと汗ばむほどに暖かかった。

 リリアーナが辺境伯家のアレクセイと結婚の誓いを交わしてから、すでに数年の歳月が流れていた。

 彼女は今や立派な辺境伯夫人として、領民たちから絶大な敬愛を集めている。

 しかし、彼女の生活の基盤は、あの日初めてこの屋敷に足を踏み入れた時から何も変わっていない。

 豪華なドレスを着飾ることもなく、装飾品で身を固めることもなく、彼女は毎日、使い慣れた深緑色のエプロンを身につけ、厨房の火の前に立ち続けている。

 それが、彼女が彼女らしくあれる最も大切な時間だったからだ。


「リリアーナ様、野菜の仕込みが終わりました」


 若いメイドが、水を張った木桶に綺麗に洗われた根菜を入れて持ってきた。


「ありがとう。次は、お肉の筋切りをお願いできるかしら」


 リリアーナが優しく微笑みかけると、メイドは嬉しそうに頷き、手早く次の作業に移る。

 かつては彼女一人で、周囲の冷たい視線に怯えながらこなしていた厨房の仕事。

 今では、多くの使用人たちが彼女を慕い、共に料理を作り上げる喜びを共有している。

 リリアーナはまな板の上に置かれた大きな肉の塊に包丁を入れ、手際よく切り分けていく。

 包丁の刃がまな板を叩く小気味よい音が、厨房の活気を象徴するように響き渡っていた。

 かまどの上の大鍋では、たっぷりの野菜と肉を煮込んだシチューが、コトコトと優しい音を立てている。

 木べらで底からかき混ぜると、とろみのあるスープが重い抵抗を返し、豊かな香りが蒸気と共に顔へと吹き付けてきた。

 寒さの厳しい辺境の冬を乗り切るための、栄養満点の料理。

 彼女の料理は、相変わらず食べた者の疲労を癒やし、魔力を回復させる不思議な力に満ちていた。

 ルークが鍋の上を飛び回り、仕上げのスパイスを振りかけるように光の粉を落としていく。

 光がスープに溶け込むと、さらに深みのある黄金色へと変化したように見えた。


「いい匂いだ」


 背後から、低く響く声が聞こえた。

 振り返ると、朝の鍛錬を終えたばかりのアレクセイが、扉の枠によりかかって立っていた。

 数年の歳月を経て、彼の顔つきは以前よりも精悍さを増しているが、その瞳の奥にある温かな光は全く変わっていない。

 むしろ、リリアーナに向ける視線は、年を追うごとに甘さと深みを増しているように感じられた。


「おはようございます、アレクセイ様。もうすぐ朝食の準備が整いますよ」


 リリアーナが木べらを置いて彼の方へ歩み寄ると、アレクセイは自然な動作で手を伸ばし、彼女の頬についた小麦粉の汚れを親指でそっと拭い取った。


「働きすぎではないか。たまには、休むことも覚えろ」


 彼の口調はぶっきらぼうだが、そこには深い心配と愛情が込められている。


「料理を作っている時が、私にとって一番の安らぎですから。それに……皆さんの笑顔を見るのが、好きなんです」


 リリアーナが彼の指に頬をすり寄せるようにして答えると、アレクセイは短く息を吐き、彼女を腕の中に引き寄せた。

 使用人たちが気を使って視線をそらす中、彼はリリアーナの亜麻色の髪にそっと唇を落とす。


「お前が幸せなら、それでいい。だが、俺との時間も作れ」


 耳元で囁かれた少しばかり子供じみた言葉に、リリアーナは胸の奥をくすぐられたように笑い声を上げた。




 食堂へ向かうと、すでにガウェインとエレナがテーブルに着き、温かいお茶を飲みながら談笑していた。


「おお、リリアーナ。今日もいい匂いがしているな」


 ガウェインが丸い目を細め、豪快に笑う。


「あなた、あまり食べ過ぎてはいけませんよ。最近、お腹周りが少し……」


 エレナがたしなめるように言うと、ガウェインは慌ててお腹を引っ込め、テーブルの下に隠した。

 そのやり取りを見て、リリアーナとアレクセイも思わず頬を緩める。

 使用人たちによって、湯気を立てるシチューと、焼き立てのパンが次々とテーブルに並べられていく。

 窓の外には、白い雪が静かに降り積もっている。

 かつての荒れ果てた死の土地は、今や豊かな土壌となり、厳しい冬の寒さの中にあっても、春に向けた強い生命力を土の下でじっと蓄えている。

 アレクセイがパンをちぎり、シチューに浸して口に運ぶ。

 彼の喉仏がゆっくりと動き、飲み込んだ後、深い安堵の息が漏れた。


「……美味い。世界で一番美味い」


 それは、彼が初めて彼女の料理を食べた日から、一日たりとも欠かさずに言い続けている言葉だった。

 その言葉を聞くたびに、リリアーナの心には新しい喜びが咲き誇る。

 王都の暗い冷たさの中で凍えていた少女は、この最果ての辺境の地で、真実の愛と、何よりも温かい家族を手に入れた。

 彼女の指先が作り出すものは、もはや、ただの料理ではない。

 人と人を繋ぎ、傷ついた心を癒やし、大地に命の光を灯す、ささやかで、しかし確かな奇跡なのだ。

 リリアーナは自分のスープをスプーンですくい、ゆっくりと口に含んだ。

 野菜の甘みと肉の旨味、そして温かい愛情が、身体の隅々にまで染み渡っていく。

 顔を上げると、アレクセイがこちらを見つめ、不器用だが心からの優しい笑みを浮かべていた。

 ガウェインの笑い声と、エレナの穏やかな声が交差する。

 ルークがシャンデリアの周りを嬉しそうに飛び回り、光の軌跡で部屋中を照らしている。

 立ち上る湯気の向こう側にある、愛する人たちの笑顔。

 それこそが、リリアーナにとっての永遠の宝物だった。

 彼女はこれ以上ないほどの幸福に満ちた心で、穏やかに微笑み返した。

 辺境のスローライフは、これからも温かな食卓と共に、永遠に続いていく。

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