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追放令嬢の辺境スローライフ〜精霊に愛された手料理で大地を豊かにしたら、無愛想な次期辺境伯の胃袋を掴んで激しく溺愛中!〜  作者: 黒崎隼人


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第11話「冷たい命令と家族の盾」

 張り詰めた空気の中、使者は忌々しそうに羊皮紙を強く握りしめた。

 紙がくしゃりと潰れる不快な音が、緊張に包まれた広場に響く。

 使者の背後に控える王都の騎士たちは、辺境伯親子の凄まじい威圧感に気押され、額に冷たい汗をにじませていた。

 彼らは華やかな式典用の鎧を身にまとっているが、死線に立ち続けてきたガウェインやアレクセイの放つ本物の殺気の前では、見掛け倒しも同然だった。


「辺境の蛮族どもめ。王都の現状を知らぬからそのような大口が叩けるのだ」


 使者は震える手綱を握り直し、声を荒げた。


「あの女が王都を去ってから、精霊が消え、大地は枯れ果てている。あの女は無意識のうちに精霊を操り、王都から加護を奪い取ったのだ。これは国家に対する反逆だ。殿下は温情で、あの女を王都へ戻し、再び祈りを捧げる役割を与えようとされているのだぞ」


 その言葉は、リリアーナにとって予想もしていない内容だった。

 自分が王都から加護を奪った。

 自分が精霊を操っている。

 そんなことは全く自覚がない。ただ毎日料理をし、ルークに話しかけていただけだ。

 しかし、使者の言葉の端々に滲む「道具として使い潰す」という冷酷な意図は、痛いほどに伝わってきた。

 エドワードは自分を愛しているから連れ戻すのではない。枯れた土地を元に戻すための、都合の良い生贄として欲しているだけなのだ。


「ふざけるな」


 アレクセイの声が、地を這うような低い唸りとなって響いた。

 彼は一歩、使者に向かって踏み出す。

 重いブーツの底が石畳を叩く音が、王都の騎士たちの肩をびくりと跳ねさせた。


「リリアーナは道具ではない。彼女がここにいるのは、彼女自身の意志であり、我々がそれを望んだからだ。王都が枯れたのは、お前たちが彼女の優しさに寄りかかり、それに報いようともしなかった報いだ」


 アレクセイの言葉は真っ直ぐで、一点の曇りもなかった。

 彼にとって、リリアーナの料理が魔法であろうがなかろうが関係ない。

 彼女が毎日かまどの前に立ち、自分たちのために冷たい指先を温めながら食事を作ってくれる。

 そのささやかな日常の積み重ねこそが、彼にとっての全てだった。


「ええ、その通りよ」


 建物の陰で震えていたリリアーナの肩が、温かい両手で包み込まれた。

 振り返ると、エレナが静かな怒りをたたえた瞳で使者たちを睨みつけていた。

 彼女はリリアーナを庇うように自分の背中側へと隠し、毅然とした態度で広場へと進み出る。


「この子は、私たちが愛情を込めて迎え入れた娘です。あなた方のように、都合の良い時だけ呼びつけ、不要になれば捨てるような真似は絶対に許しません」


 エレナの声は澄み渡り、凛とした強さを持っていた。

 リリアーナはエレナの背中にすがりつきながら、とめどなく溢れる涙を堪えきれなかった。

 血の繋がりもない自分を、彼らは命を懸けて守ろうとしてくれている。

 侯爵家で実の親から冷遇されていた彼女にとって、この辺境伯一家の存在は、胸が張り裂けそうになるほどの温かい光だった。


「愚かな……。辺境伯の地位など、王家の一存でいつでも吹き飛ばせるのだぞ。力ずくで連行しろ」


 使者が叫び、手を大きく振り下ろした。

 その合図とともに、王都の騎士たちが一斉に剣を抜き放ち、じりじりと距離を詰め始める。

 金属の刃が朝日を反射し、冷たい光の筋が広場に交錯した。

 アレクセイは無言のまま、背中に背負った巨大な剣の柄に手をかけた。

 金属が擦れる重厚な音とともに、分厚い刃が姿を現す。

 その剣身には無数の傷が刻まれており、どれほどの魔獣の血を吸ってきたのか想像もつかない凄みがあった。

 ガウェインも腰の長剣を抜き、重心を落とす。

 二人の周囲の空気が、熱を持ったように揺らぎ始めた。


「アレクセイ様、お父様……」


 リリアーナの口から、かすれた声が漏れる。

 自分がここにいる限り、彼らは王家と真っ向から戦うことになる。

 それは辺境伯領全体を巻き込む、取り返しのつかない悲劇の始まりを意味していた。

 自分が黙って王都へ帰れば、誰も傷つかずに済むのではないか。

 冷たい暗闇の底に戻ることになっても、この温かい家族の命と笑顔を守れるのなら、それでも構わないのではないか。

 過去のトラウマが彼女の足に重い鎖を巻きつけ、再び彼女を暗闇の底へ引きずり込もうとする。

 しかし、エレナの背中から伝わる確かな温もりと、前方に立つアレクセイの広くて頼もしい背中が、彼女の心を強く繋ぎ止めていた。


『いかないで』


 ルークが、悲しげな光を放ちながらリリアーナの頬にすり寄る。

 その温もりに触れた瞬間、リリアーナの胸の奥で、今まで感じたことのない小さな炎が灯った。

 ずっと虐げられ、うつむいて生きてきた。

 運命に流され、他人の命令に従うことしか知らなかった。

 しかし、今は違う。

 この辺境の地で、彼女は自分の手で料理を作り、土に触れ、命を育む喜びを知った。

 そして何より、自分を心から必要とし、愛してくれる人たちに出会ったのだ。

 彼らから与えられた温もりを、自分の弱さで手放してはならない。

 リリアーナはエレナの背中から顔を上げ、ぎゅっと握りしめていた両手に力を込めた。

 震える足を踏み出し、彼女は一歩、前に進み出ようとしていた。

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