城下町の二人と一羽
*
リオンが出て行ってしまった。カラタチも。後を追おうとしたチカゲは帝に呼び止められてしまった。
「チカゲ、君とは前から話したいと思っていた、残ってくれ」
仕方なくチカゲは残った。居心地が悪い。
「単刀直入に言おう。カラタチが報告書を渡してきてね、リオンの想い人は知ってるかい?」
「ええ、まあ――はい」
「誰なのか言ってくれないと」
「わ、ワタシです」
「そのようだね」
にこにこ。やさしく帝は笑っているが目は笑っていない。
「それでね、うちの部下は――カラタチはまあ立ち回りがうまくて、肝心なところを濁す癖があるようで、君の本心が報告書には書かれていないんだよ。――君は僕の妹が好きなの?」
困った。違うと答えたとしよう。リオンを無理矢理城に残らせるかもしれない。
好きだと答えたとしよう。何をされるか分からない。まあ今代は残虐性はないと噂には聞いているから、殺されることはないだろう。だが面倒なことになるのは間違いなかった。
「ああ、なるほど」
何もかも見通した目で帝――トキワは告げた。
「沈黙は肯定なり。あの子が好きなんだね」
わずかにチカゲの頬がひくついた。
「い、いえ」
「ではこちらで縁談を組もう」
「駄目です!!」
「ほらね」
「…………」
チカゲは参ってしまった。相手はどうも賢い青年のようだった。今のだって誘導尋問のようなものだ。
「あのね、君を害するつもりはないよ。でもんー、報告書には色々後から調べたことが書いてあるんだ。カラタチはその辺はしっかりしてるから。君リオンを殺そうとしたことがあるね?」
「……」
「一回じゃない、数回あるそうだね?」
「…………」
「僕は自分で言うのもあれだけど、お人よしな方だ。でも殺そうとした相手に妹をくれてやるほど馬鹿じゃない」
チカゲは息を吐いた。もうかつての殺意なんて消えていた。今はただあの娘が愛しかった。正しい愛し方なんて知らないけれど。
ただ今は誠実に答えた方が良さそうだと判断した。
「仰る通り――かつてのワタシは賢者の石を追い求めていました。師匠を蘇らせるために。しかしリオンさんと幾度かその、対峙して、自分の道が誤っていると分かったのです」
「ふうん、もう危害を加えるつもりはないと」
「ええ、一切」
トキワはため息を吐いた。
「よりによってイカれた錬金術師に惚れるなんて」
「かつてのワタシはそうだったかもしれません。けれど今は、」
「御託はいいよ。君に妹はやらないから」
「……しかし、」
「当然だろう。まず身分の違いがある。それを抜きにしても、数々の事件を君は起こしてるし。相応しくない。それだけ!」
「待って下さい」
「嫌だね、妹に拒絶されて傷心なんだ、君の相手をする気はないよ。帰って」
取りつく島もなく、チカゲは追い出されてしまった。
やさしい帝だが、どうも頑固なところはリオンに似ているようだと思った。
帰りの廊下を歩いていると、しくしくと、どこからか泣き声が聞こえた。
近づけば、クロサギが閉じ込められた部屋からだった。
「あけてよお、あけてよぉ」
あらかじめここは妖を入れる場所と言い含められていたのかもしれない。泣きながら障子をガタガタさせる妖に、女中達はヒッと声を上げて去って行くだけだった。
チカゲは近づいた。開けてやろうとしたが、開かなかった。
「すみません……ワタシの力では開きそうにありません」
「……チカゲなの?」
クロサギが障子の向こうで言った。
「リオンの兄貴は、どうだった?」
「……やさしい人でしたよ」
「それじゃあなぜ、そんなに悲しそうなの?」
声だけで伝わるものなのだろうか。チカゲは考えたけれど目を伏せた。
「アナタには分かるまい」
「リオンはお姫様だから身分違いだって、そんな風に言われた?」
「――まあ似たようなことは言われましたね、あの子は思ったよりも――遠い存在のようです」
そう、リオンは姫だった。いつも笑っているあの愚かで健気な娘が、まるで今までと違う存在のように思えた。
チカゲは妖のいる障子に手を当てた。
「チカゲ、でも、リオンはただの女の子だよ」
チカゲは視線を上げた。
「雪の中で、リオンは俺を拾った。あんたを人質にしてやるぞって、俺言ったんだよ? でもリオンは俺を助けてくれた。抱きしめて温めてくれた」
チカゲは目を細めた。雪の降る日に、リオンがクロサギを抱いて帰ってきた日のことを思い出した。赤い傘に入れてやったことも。
「チカゲ、あんたもだよ。あんた口悪くて、俺の手当してる時ずーっと文句言っててさ。でもちゃんと治療してくれたじゃん。美味しいもの食わせてくれた。俺にとって、リオンとあんたは家族みたいなもん」
人でないものの言葉は、ただただ純粋だった。
「二人の何が違うの? 俺は妖だけど、あんたらは同じように扱ってくれる。二人はそもそも同じ人間でしょ?」
ハッとした。そうだ、リオンは姫であり、ただの女の子であった。泣き虫で馬鹿な、チカゲを愛した少女だった。
「チカゲ」
背後から名を呼ばれぎくりとした。気づけばカラタチが立っていた。気配を消すのがうまい男だ。
「まあこの妖が悪いモノでないことは分かりました。とりあえず出して差し上げますから――姫君にお伝えして頂けませんか? 帝との関係を考え直してほしいと。帝はああ見えて繊細な方でしてね――落ち込んでおられましたよ」
「念の為にお聞きしますが、ワタシは――彼女に近づいていいのですか」
「何を仰る。まあ私はそれなりに不本意ですが――誰かが守らねばならないでしょう。城に残って頂くのは難しそうですし。帝に会えばお考えが変わるかと思ったのですが――彼女、姫として扱われるのを拒むようですし。ともすれば私の立場からは何も言えません。そもそも彼女に近づくなと、帝に言われたのですか」
カラタチはつまらなそうに言った。つまりはそういうことだった。
*
リオンはチカゲと共に城を去り、しばらく城下町に滞在することにした。クロサギも一緒だ。
トキワがカラタチを通して、城に残るよう伝えてきたが、とてもじゃないけどそんな気分にはなれなかったのだ。
チカゲがしばらく難しい顔をしていたが、やがて一人合点したようにふっと笑った。
「何笑ってるの? 何か面白いことでもあった?」
「いえ別に。考えすぎだったなと、そう思っただけです」
そう告げるチカゲの表情はいつも通りだ。リオンはなぜだかほっとしてしまった。
城下町では様々な物が売っている。適当に夕食の材料になる物をチカゲと共に買い、宿を探した。
チカゲは頑なに同じ部屋になるのを嫌がったが、滞在は長引くと思われた。それに城下町で一人で宿を取るなんて寂しいことだ。
クロサギもいるし、今更間違いは起こらないだろうと、リオンは一つの部屋をとって、皆で寝ようと提案した。
「正気ですか!?」
チカゲは何か憤慨していた。
「クロサギ――と一緒なのはまだしも、アナタは」
「チカゲさんがそんなに嫌がるならクロサギと二人で泊まる。一人で別に部屋をとれば?」
「そういう問題じゃないんです!」
「考えすぎ。それともなんですか? 『そういう』心配してるんですか?」
チカゲが思い切りこちらを睨んだ。
「分かりましたどうぞお好きにしてください。どうなっても知りませんから」
そういうわけで、宿は決まってしまった。
城下町の治安の心配をしたリオンは、そこそこ良い宿をとったのだ。お陰で内装も過ごしやすそうなもので、三人で過ごすのに丁度いい広さだった。
「外に竹の塀がある! これなら泥棒も簡単に入って来られないでしょ」
「ワタシにはアナタの考えが分かりませんね、男二人と寝るなどと」
「わぁ不埒なこと考えてる」
「心配してやってるのにそのいい草」
クロサギが口を挟んだ。
「二人ともなんで喧嘩ばっかりするの」
「この人がいけないの!」
「いいえ彼女の問題です!」
クロサギは呆れたような困惑したような顔をした。
リオンは罰が悪くなって、書店で買ってきた本を読むことにした。
どうせそれなりの滞在になるのだ。買ったのは大好きな『イブキの冒険譚』だった。主人公の青年イブキが悪者と戦いながら冒険していく物語だ。
リオンの膝の間に、鳥の姿になったクロサギが座った。
「俺文字読めないの、音読して」
「これ途中からだけどいいの?」
「うん」
リオンは音読してやる。最初は部屋の隅で目を細めていたチカゲが、だんだんとイライラし始め、しまいには声を荒げた。
「やめてくれませんかね!」
「なんで? わたしの音読そんなに下手じゃないでしょ?」
「そこの鳥ですよ! なんで膝に乗せてるんですか!」
「ここ俺の特等席〜」
クロサギが言った次の瞬間にガタリとチカゲが立ち上がった。
「いい加減にしてください!」
クロサギがぴゃっと飛び上がった。
チカゲが本を取り上げる。あっとリオンは声を上げた。なんて大人げない人だ。
「返してよ! さっき買ったばかりなのに」
ふっとチカゲが鼻で笑った。高く持ち上げられてしまえばリオンがぴょんぴょん飛んでも届かない。
「卑怯者! クロサギ取り返して!」
クロサギがはばたいて本を取り返そうとする。チカゲは冷静だった。
「よしなさいクロサギ。本が痛みます。どうしてもアナタがリオンの膝に乗りたいと言うなら、ワタシが音読しますから」
「ど、どういう流れ?」
チカゲが座り、リオンを引っ張った。気づけばリオンはチカゲの膝の間にいた。
「え、え?」
赤くなるリオンをよそにチカゲが音読を始める。内容は頭に入って来ない。
クロサギはリオンの膝ではなく、今度はチカゲの頭に留まって本の挿絵を眺めている。
チカゲは頭上を睨んだようだったが、それ以上は何も言わず、朗々と本を読んだ。
リオンは固まってしまった。彼の膝の間に座ったのなんて初めてだ。ちょっと背中を預けてみたら、まるで抱きしめられるように、そっと本を持つ手が狭まった。
どきどきした。ああ、幸せだなぁ、なんて思った。
チカゲの心臓の音が聞こえる気がした。彼の低くも落ち着く声が響いてくる。
「……しあわせ」
ぽつりとこぼすと音読する声が止まった。
ぱたんと本が閉じられる。
「今日はここまでです」
チカゲが座ったまま言う。見上げたが、かちあった目線は逸らされた。彼はため息を吐いた。
「もしかして疲れてる?」
「ええと、ああ――誰かさんのおかげでね」
リオンはこんぺいとうを持っていたことを思い出し、振り返ったまま朗らかに告げた。
「お口開けて」
「……は?」
顔を覗き込めばチカゲが固まった。
「おくちあけて」
「な、なんの真似――」
たじろぐ彼の口にこんぺいとうを放り込んでやった。
「っ」
チカゲはわずかに目を見開いたものの、罰の悪そうな顔をした。
「どう? おいしいでしょ」
「あ、ええ――甘い、です」
そう言って目を伏せてしまう。
クロサギが降りてきてリオンの前で騒いだ。
「俺も俺もー!」
「はいどうぞ」
手のひらに載せれば、啄むようにしてそれを口に入れた。
「あまーい! これなんて言うの?」
「こんぺいとうだよ」
「こんぺーとー! こんぺーとー!」
クロサギは食べ終わると喜んだのか部屋をくるくる飛び回った。
チカゲが息を吐いた。
「こんなものいつの間に手に入れたんです」
「カガリさんがくれた」
「カガリ……誰でしたっけ」
「トキワ帝の部下です。赤い髪の人ですよ」
「そうですか。――そういえば、ああ思い出しました」
「カガリさんのこと?」
「いえ別件です。アナタに言伝を頼まれましてね。――トキワ帝との関係を見直してほしいと」
リオンはムッとした。
「カラタチさんに言われたの?」
「ええそうです、別にワタシはどうでもいいですが――」
と言いながらもチカゲは少し不安そうだった。さっきまで騒いでいたクロサギが梁の上に留まり、少し心配そうにこちらを見下ろしている。
「リオンさん、真面目な話です。姫になれば危険な場所に行くこともなくなるでしょう。衣食住にも困りません。城に留まる気は? あの帝は――おやさしい方でしたよ」
どこか悲しげに言うので、リオンは余計に腹が立った。
「チカゲさんはそれでいいの!」
「アナタの人生でしょう」
「わたしの人生にはあなたも入ってるんです!」
「は、はぁ?」
少し赤くなったチカゲに、リオンは少しだけ満足した。けれども心の中では葛藤していた。地位や財産などどうでもいい。だが兄に酷いことを言って出てきたのは事実で――どうにかして謝れないものかと思ったが、どうにも素直になれないのだった。
「……何を考えてらっしゃるので?」
「あ、兄上に――ひどいこと、言ったなと」
「まあ、そうですね……傷心のようでしたよ」
「仲直りしろと?」
「カラタチはそう言いました。別にアナタの自由ですが」
リオンはため息を吐いた。
「今まで兄弟がいたことないから……そういうの分からないの。第一まだ本当の家族と認めた訳じゃないし……」
「なるほど?」
チカゲがちょっと口の端を上げている。まるで面白いものを見るみたいに。
「何その顔! 馬鹿にしてます?」
「してません子どもっぽいなぁと思っただけです」
「馬鹿にしてるじゃん!」
リオンが騒いで、チカゲがにこにこ嗜める。折り合いがつかなくなったところでクロサギが降りてきた。
「二人とも喧嘩やめなよー」
「ハァ……そうですね、夕食にしましょうか」
チカゲはふとそう言って、夕食の準備に取り掛かった。リオンも下手な自覚はあるが、何もしないよりはと手伝った。チカゲの指示に従いながらできたのは、豆腐の味噌汁に、豚肉のしょうが焼き、ほうれん草の胡麻和えなんかだった。
「俺魚が良かったのにー」
クロサギが人間の姿になり、机についた。チカゲが目を細める。
「仕方ないでしょう、ここ内地では魚が高いんです。鶏肉でないだけ我慢しなさい」
「クロサギ、これ食べられる?」
「豚肉のこと? 食べられるよ!」
そこで皆で食卓を囲んだ。クロサギは結局おいしいおいしいと言いながら、平らげたのだった。リオンの作ったものは形がちょっと崩れていたけれど、味に問題はなかった。ほっとしながら口に運んだ。チカゲはまた何かを考え込んでいる様子だった。
問題だったのは風呂だった。リオンが先に入っているところに、クロサギが扉越しに声をかけてきたのだった。
「人間って風呂好きだよね? 俺いつも水浴びだからさ」
「確かにそうだね」
身体を洗いながらリオンは答える。
「お風呂は湖とは違って温かいんだよ」
「ふうん、どれくらいの温度なの?」
そう言ってクロサギが扉を開けたものだから、リオンは叫んだ。珍しく女の子らしい悲鳴が出てしまった。まあ全裸だったのだ。見られた。
チカゲがすぐさまとんできて、こちらを見ないようにクロサギの首根っこを掴んで行った。
「このクソ鳥が!!」
とかなんとか叫んでいるのが聞こえた。
風呂から出て着替えるとクロサギとチカゲが畳の上で言い合っていた。
「ちょっとぐらい問題ないだろ、見られて減るもんじゃないし。別に悪意はなかったんだよ」
「余計問題です! あの娘は女人だと以前言いましたよね!? その辺の常識どうなってるんですか!」
「普段男だと間違われるくらいだし、そこまで気にすること? 胸小さかったし――ヒェッ睨むなって!」
「どこまで見たんですか」
「やっぱなんにも見てない!!」
「このクソ鳥!!」
「あ、あの」
風呂上がりのリオンが声をかけると、チカゲが目を細めた。こちらをじっと見て、深くため息をついた。物言いたげだったが、文句は言わず、ただ尋ねてきた。
「見られたのですか」
「う、うん」
「だから言ったんです、この鳥と一緒に泊まるべきではないと。本来一人で泊まるべきだったんですよ!」
「あ、ええと、うん」
チカゲにも前に事故で見られてしまったことはある。水浴びしていた時だ。皆して胸が薄いだの小さいだのなんなんだ。失礼じゃないか。
何はともあれと、リオンは口を開いた。
「え、ええと――もうその話やめない? わたし恥ずかしいし……」
チカゲが口篭る。クロサギがしゅんとした。
「ごめんリオン。俺外で寝る。一緒にいると問題起こしちゃうし」
そう言って出て行こうとするものだから、リオンは慌てて止めた。
「ちょっと待って! そんなこと言ってな――大体チカゲさんと二人は無理!」
チカゲがこちらを睨んだ。
「どういう意味ですか?」
彼と二人きりで寝るなど無理だ。ずっと前にタソガレ村の宿で泊まったことはあれど、今はあの時と状況が違う。とにかく二人きりにしないでほしい。
「と、とにかく! クロサギも一緒! いいね?」
そう言って引き留める。クロサギがほっとしたような無垢な笑みを浮かべるものだから、リオンは罰が悪くなった。
チカゲとクロサギが風呂に入っている間――リオンは布団を三つ敷いておいた。
チカゲは嫌がっていたが、クロサギは水浴びしかしたことがなく、石鹸の使い方もわからないというので、仕方なく一緒に行ったのだった。
風呂場からはチカゲの怒る声と、クロサギの反抗する声が聞こえてくる。ばしゃばしゃと水音も聞こえた。
リオンはちょっと笑った。
風呂から出てきたチカゲは――どこか色っぽかった。普段白い肌が少し紅潮している。クロサギが一緒でよかったと、リオンは思う。
やがて三人で寝ることになった。
縁側からクロサギ、リオン、チカゲの三人で並んだ。
灯りを消して天井を見つめていると、クロサギが口を開いた。
「俺――聞いたことがあるよ。人間の家族は川の字になって寝るんだって」
そういえばそうだ。リオンは幼い頃、父と母と三人で寝たことがあった。まさしく川の字で。父はいなくなる日もあったが、必ず帰ってきた。もういない両親。兄であるトキワはきっと、そんな経験はなかったのだろう。
「ねえリオン、俺たち家族になれないかな? チカゲも一緒に」
チカゲが「は?」と声を上げる。
「俺家族が欲しい。ビワもシラサギも冷たいんだ。俺あんた達と家族になりたいよ」
リオンは少し考えて告げた。
「本物の家族にはなれないよ。でももう家族みたいなものだよ。――わたしはその、チカゲさんと……本当の家族になりたいけどね」
背後から返事は返ってこなかった。いつものことだとリオンはため息をつく。
クロサギが真剣な目をして告げた。
「あのさ……手を繋いで寝てもいい?」
「わたしと? ……いいよ」
クロサギがそっと手を繋いでくる。温もりを求める子どものようだった。リオンは微笑んだが、不意にどきりとした。反対側からチカゲがもう片方の手を握ってきたから。それはどこか置いてかれるのを恐れるような、執着にも似た握り方だった。
「大丈夫だよ」
クロサギのいる手前、誰に告げたかなんて言えないけれど、リオンはチカゲに聞こえるように言った。
「大丈夫」
そう告げて、やがてクロサギと共に眠りについた。しばらくその横顔をチカゲが眺めていることにはついぞ気がつかなかった。




