お花見と口づけ
そうして、花見の日は訪れた。
まずセザールが料理の担当をすることになった。リオンが手伝うと言うと、早朝にセザールの家に招かれることになった。何故かチカゲがついていくと言い出し、面白がったクロサギまで着いてくることになった。
セザールは自分の家の厨房でつまらなそうに言った。
「僕はリオンに料理を教えるつもりだったのに……」
「この娘とでは苦労するでしょう手伝います」
チカゲが真顔で言った。マフィンの件もあるし、とかなんとかぶつぶつ言っている。
「苦労するって何!」
「アナタは、あー料理が得意ではないでしょう」
「やる気はあるもん!」
「ええと、じゃあこれでもかき混ぜていてください」
卵の入ったボウルを渡された。セザールの家は王都の文化のものも混じっているから、さまざまな調理道具が置いてある。
リオンはとりあえずかき混ぜた。慣れない手つきで頑張った。
「こうですよ、もう少し手前です」
チカゲがリオンの手を持って素早くかき混ぜる。そのうまいこと。
「うまいねえチカゲさん」
笑いかければ困ったような顔をされる。彼はリオンの頭に手を伸ばし、ハッとしたように引っ込めた。
「今撫でてくれようとした?」
「してません」
そこへ他の下準備をしていたセザールがムッとしたように声をかけてくる。
「チカゲさん、遊んでないで手伝ってください」
「遊んでなどいませんが――まあいいでしょう」
セザールとチカゲは時々言い合いながらもてきぱきと作業を済ませている。弁当を作るらしい。
料理が得意ではないリオンと、一緒についてきたクロサギは、団子を作るのを任された。人間の姿のクロサギは、背中から翼を生やしばたつかせた。
「だーんーご! だーんーご!」
「クロサギ、厨房では静かに、あと羽しまって」
興奮すると羽が出てしまうらしいクロサギは、慌ててしまった。
リオンは生真面目に言う。
「セザールがメモを書いてくれたの。これに沿ってやろう? 生地を作るんだって」
「これなんて読むの?」
「片栗粉。これを入れて、それからお砂糖も先に入れるんだ、へえー」
リオンは一生懸命ボウルに入れていく。
「俺もやる!」
「クロサギ待っ」
どざざーと砂糖が入った。
くすくすとチカゲが笑う。
「今日は大人数ですし、まだ作ってもらいますから。それはアナタ達の分ですね」
何はともあれ、生地は出来上がった。綺麗にした手でそれを握ったりひっくり返したりしていく。クロサギが「俺もやりたーい」と言うので、きっちり手を洗わせて、やらせてみた。
そんな二人をチカゲが微笑ましく見守り、時々セザールに文句を言われている。
そうして団子は出来上がった。他の皆の分も、きちんと砂糖を調整した生地で作った。
色付けにはセザールがあらかじめ用意していたものを使った。よもぎや赤じそから取った汁だ。生地に塗り込めば色が変わる。クロサギは驚き、無邪気に喜んでいた。桃色や緑の団子ができていく。
やがてあずき、きなこ、三色団子、いそべ焼きなんかができた。
砂糖が入りすぎてしまったものは、分からなくならないように、醤油で焼き色をつけておいて、あとで海苔を巻いて食べることにした。
チカゲとセザールの方も八人分の弁当を作り上げたらしい。
クロサギは両手を粉だらけにして喜んでいた。
昼頃になり、川辺で皆が集まり、花見が始まった。クロサギが急いだものだから、咲き始めてようやく満開になったばかり、という風体だったが、桜は美しく辺りを彩っていた。
各々弁当を食べることになり、リオンはチカゲを誘った。
「一緒に食べませんか?」
「……構いませんが」
二人は草原の一端へ行き、弁当を広げた。
「チカゲさんは器用だね、セザールも。お弁当おいしい」
「――何か気に入った具はありますか?」
「うーんこの出汁巻き卵かな? 一緒にかき混ぜたし、チカゲさんが作っていたから!」
笑って言うと彼はちょっと固まって、それでも切なそうに笑った。
「そう、ですか」
びゅうと風が吹き、桜の花びらが舞い散った。
「綺麗だね」
リオンが笑うと、チカゲは複雑そうな顔をした。
「――どうかしたの?」
「桜には、苦い思い出があるので」
「そっか」
そういえば、そんな話を聞いたこともある気がする。詳しいことは教えてくれなかったけれど。どうしたものかと弁当を食べながらリオンは思う。
「それじゃ、いい思い出で上書きしようよ」
「できるものなら」
彼が少し小馬鹿にしたように笑うので、リオンは勇気を出して、ふざけた風を装って尋ねた。
「そろそろわたしに惚れたりしませんか?」
チカゲはなぜか泣きそうに笑った。笑ってリオンの頭を撫でるだけだった。
「アナタは本当に愚かですね」
訳が分からなかった。リオンはムッとして見上げる。
「またそうやって誤魔化す」
「誤魔化さねばならないこともあります」
チカゲは言った。
「でも今のアナタは、綺麗ですよ」
リオンはハッとしてチカゲを見た。過去にどんなに傷ついたのか知らない。何を考えているのか分からない。何故この人はこんなに泣きそうに笑うのだろう。
「ねえ……何か困ってるなら相談に乗るよ」
「自分の問題は自分で解決します」
「人に頼ることを覚えたら?」
ハッとしたようにチカゲがこちらを見た。
「助けが必要な時はいつでも言ってね。いつでも駆けつけるからね!」
リオンは笑うと、食べ終わった弁当を重ねた。
「お団子取りに行ってくるねー!」
そう言ってその場を離れた。
*
いつのまにか、チカゲの背後に誰かが立っていた。
「相も変わらず、健気でおやさしい方ですね」
こちらへ近寄ってくるカラタチを、チカゲは睨みつける。
「そう怖い顔をなさらず」
彼は背後からチカゲを抱きしめた。振り払ったところで意味はないことを、チカゲは悟っていた。
「戯れもほどほどにしてください」
「いいではありませんか。私はただ忠告しに来ただけですよ」
耳元でカラタチは笑った。
「姫君は必ず連れて帰ります。余計な手出しは無用です」
チカゲは思わず彼を引き剥がしたかと思うと、カラタチを突き放し、刀を抜いて突きつけた。
「ははははは!」
陰陽師が笑った。
「私に手出しをしてご覧なさい! 帝の怒りに触れますよ?」
チカゲは舌打ちをした。この男の方がどうも一枚上手だということには、とっくに気づいていた。
*
リオンは団子を取りに行っていた。皆が弁当を食べ終わったらしく、集まっていた。
団子は綺麗に皿の上に並べられている。王都生まれのシフォンが言う。
「食べたいけど、どれがおいしいのかわかんない!」
同じく王都生まれのセザールが、東雲の文化に馴染んでいたのもあって言った。
「これはあずき、食べやすいよ。きなこは初めてだと不思議な感じがするかもしれないけど、僕は好きだな。三色団子は見たままだ。いそべ焼きはしょっぱくて、それが癖になるんだ」
「じゃああたしこの綺麗なのにするー! ん、おいし!」
シフォンが言う。隊長も手に取った。
「俺はあずきとやらにする。……確かに食べやすいな」
セザールが微笑ましそうに見ながら言った。
「本当はみたらしも作りたかったんです。でもクロサギがいたので……危ないと思って」
「危ないってなんだよ」
「君手ぇ粉だらけにしてたでしょ! 君にみたらしを任せたら絶対にベタベタに……」
リオンは容易に想像できてしまった。両手をベタベタにしてなぜか喜んでいるクロサギを。
うん、セザールの考えは正解だ。
そんなセザールはきな粉を取った。そばにいたダリウスが皿を見る。
「なるほどこの焼けたのがしょっぱいのか。海苔はなくてもいいや。それじゃ俺はこれを」
「待って!!」
おそらく叫んだのは三人ぐらいいただろう。リオンも叫んだしセザールも叫んだ。クロサギも叫んだかもしれない。それはあの砂糖をどさっと入れてしまったものだった。
残念なことに間に合わずダリウスは口に入れた。
「うわなんだこれあっま!」
セザールが慌てて水を用意していた。
「それ俺のだったのにー!」
とクロサギは見当違いなことを言っている。
「ごめんなさいダリウスさん、それ砂糖の分量間違えたやつで、」
「甘すぎだろ!!」
ダリウスはごくごくと水を飲んでいる。
なんやかんや騒ぎはあったものの、リオンは三色団子を、そして自分の失敗作に海苔を巻いて持ち、チカゲのいる方へと向かった。
*
「チカゲさん……?」
戻るとチカゲが誰かといた。陰陽師のカラタチだ。カラタチはチカゲの顎を持ち上げて覗き込んでいた。まるで口づけでもしそうな雰囲気だった。チカゲの表情は見えない。
「な……にしてんの……」
リオンが呆然とこぼすと、カラタチはにっこりと笑って何事もなかったかのように振り返った。
「おやおや姫君、お団子ですか、花見ですものね」
「チカゲさんに何してんの離れてよ!」
チカゲは俯いたままだった。カラタチはぱっと離れる。
「どうぞご容赦を姫君。少しお話ししていただけですよ」
「ち、ちかげさんは渡しません! わたしのです!」
片手でチカゲの袖を掴んで思わず声を上げた。そしてハッとした。別にチカゲは誰のものでもない。まずいことを言ったかと思って見上げれば、チカゲは口元を抑えていた。ふと目が合ったけれど逸らされてしまった。
カラタチといえば虚を突かれた顔をしていたが、やがてにこりと笑って「私も団子を食べに行きましょうかね」などと言って去ってしまった。
なんなんだ一体。
「ねえ」
リオンは心配になってチカゲを見上げた。
「カラタチさんって男色って聞いたことがある……そ、そういう関係なの?」
「は!? 違いますよ!」
「でも今口づけしようと……」
「あの男が勝手にやったことです!!」
必死になって怒るチカゲは、いつもより早口だった。余計にリオンは焦った。
「やだよ」
思わず袖を掴む手に力がこもった。
「他の人とキスしないで……」
「……、そ、そもそもワタシはアナタのモノになった覚えはないです」
ああ、さっきの発言のことかと合点がいく。
「ごめんね。……つい、必死になったの」
「ならなくていいです」
「なるよ! ねえ初めてのキスってしたことあるの?」
「は、はあ?」
リオンは少しヤケクソ気味であった。それというのも何度も好きと言っているのにこの男が応えてくれないからであった。
「わたしチカゲさんとする時のために、王都でいう、その、ファーストキスは取っておいてるんだからね!」
「ば、馬鹿じゃないですか!?」
「本気で好きなんだもん、なんなら今からしようか!?」
近づけようとした口を手で抑えられた。彼はなぜかこっちを見ないようにしながら、懸命に言い募っていた。
「……ワタシは、何度も他人と寝たことがあります。でも口づけはありません。愛する者とするものだと、色恋も知らない師匠から教わり、頑なに信じていたためです」
「…………」
「でもとにかく、そうやってヤケクソでするものではありません。相手の合意が必要でしょう? そうではありませんか」
チカゲがそう言って手を離す。リオンは片手に団子の皿を持っていたが、構わず告げた。
「ではチカゲさんの合意があればいいってことですよね?」
「え」
「わたしはあなたが好きです。あなたが嫌でなければ、キスしませんか」
「は」
チカゲがみるみる赤くなる。照れてくれているのだと分かった。もしかしたら、と思い、空いた手でぎゅ、と彼の服を掴んだ。なるべく余裕そうに、どきどきする心臓を隠して、言った。
「きす、しませんか」
「っ……、……、ハァ……」
彼は片手で顔を覆った。深い深いため息をついた。
「団子を持ってきたんでしょう? ソレを下さい」
「え、ええ?」
「キスなぞしません!」
「しようよ!」
「調子に乗らないでくださいこの小娘が!」
二人は赤くなったままぎゃんぎゃんと喧嘩した。そしてチカゲは間違えてリオンの食べるはずだった失敗作を食べた。クロサギが砂糖を入れすぎた団子だ。
「あっっま! このクソガキ!」
「いや自分で間違えて食べたんでしょーが」
「ああもうサイアクです! 水も切らしてしまいましたし」
「いいよほら、飲みなよ」
水筒を渡してやった。よほど団子が口に合わなかったのか、チカゲはごくごくと水を飲むと、返してよこした。
「ふふ」
リオンは水筒をしまってから、ちょっと笑った。
「間接キスだ」
「ッ……、いい加減にして下さい!」
二人はまた喧嘩した。桜が笑うように風に揺れ、花びらが美しく散っていった。




