表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/60

華やぐ城の舞踏会



そんな風にして、王都の生活は過ぎていった。アルジェントの差別主義者は少なく、チカゲはその後も二、三人に出会ったぐらいで、適当に流し、特に気に留めなかった。故郷の方が酷かったからかもしれない。


リオンの方はというと、アケボノ村でやっていたように王都の見回りをしたり、セザールの剣の練習に付き合っていた。

特に後者の理由で城にいることが多く、チカゲにとってはそれが面白くなかった。


チカゲは城への出入りを許されてはいたが、顔見知りがほとんどいないせいか、警戒されることは多々あった。

「日頃の行いね」

などとすれ違ったカヌレに言われたこともあった。確かにそうかもしれないが、この国へ来たのは初めてなのだから、そんなことを言われる筋合いもない。

結局リオンに声をかける機会は少なかった。彼女は訓練場にいて、よくセザールの稽古に付き合っているらしかった。

そこには他の警備隊員もいて、自分が邪魔になるだけだとチカゲは分かっていたからだ。

それでも気になって、ある日足を運ぶと、リオンがぱっと顔を上げた。


「チカゲさん、どうしたの?」

「……訓練場がどのような場所か気になって、見に来たんです。お邪魔なら撤退しますよ」

「そんなことないよ、ちょうどいいや、刀使えるでしょ、そこの隊員達の相手してあげて。刀と剣って構造は違うけど、相手は選べないからさ。それに練習では木刀を使うんだよ」


何故自分が。

そう思いながらも言われたものはしょうがない。練習をしていた隊員達の前で、チカゲは静かに木刀を手にした。その佇まいはどこか美しい。

彼らがゾッとした目をしている。

「どうしたのですか? 練習にお付き合いしますよ」

チカゲが言えば、隊員の一人が木刀を手に切り掛かってきた。チカゲは適当にそれを捌いて、次に切り掛かってきた男の攻撃を防ぐと、弾き飛ばした。

尻餅をついた彼らは、やはりゾッとしたような目を向けるばかりだ。別に怪我をさせたわけでもない。なんなんだ。

「一人目のアナタ、狙う前から受け身を取ってどうするのですか? まるで殺してくださいと言わんばかりではないですか。二人目、攻撃のタイミングがわかりやす過ぎます。もう少し相手に読まれないようにしたらいかがですか? ああ嫌味ではないですよ」

彼らは絶句したまま座り込んでいるばかりだった。

様子を見ていたリオンが言った。

「チカゲさん隊長みたい。ううん、隊長よりも言い方キツいかも……。教えるのに向いてないね。あなたはもういいよ。図書館にでも行ってたら?」

「もういいよってなんですか!?」

チカゲは思わず声を荒げた。

「ワタシはわざわざここまでアナタに……」

「……?」

アナタに会いに来たのだと、そう言いたかったのだけれど、言葉は出てこなかった。

「失礼します」

チカゲは木刀を放って、訓練場を後にした。苛立ちがなぜか収まらず、仕方なく図書館に行った。

びっくりするほど大きな場所だった。しかもほぼ無人。

あまりの本の数に、いつのまにか夢中になって本棚を見ていた。

ふと窓際を見下ろすと、リオンがセザールに剣の持ち方を教えていた。

声までははっきり聞こえないが、剣と刀の持ち方の違いについて教えているようだ。

セザールの肩や腕に触るリオンを見てイライラした。至って真面目なその表情に余計苛立ちを覚えた。

無心を貫こうと本を漁った。そんな風にして時間は経っていった。


ある時のことだった。


チカゲの泊まっている宿にノックが響いた。

「どなたです?」

「わたしです!」

なんだかご機嫌なリオンの声だ。扉を開けたら笑顔のリオンがいた。

「なにをにやにやしてるんですか不気味ですね」

「ひどい言い方!」

リオンはぷんすか怒ってチカゲの手に何か渡した。かわいいな、と思ったけど口には出せなかった。

「これはなんです?」

「舞踏会の招待状です! 信頼できる人間を招待していいと陛下がくれたので、」

「人数合わせですか? それにしてもワタシを選ぶなんて……信頼などないでしょうに」

「うるさいな。来ないの? 美味しいものがいっぱい食べられるよ!」

「興味ありません」

「そこをなんとか」

「舞踏会なんて、着飾る場所でしょう? ワタシはそういう趣味はないんです」

「大丈夫、わたしもいつも通りだから!」

そんなんで大丈夫なのか、チカゲは思ったけれど、結局リオンの勢いに押し負けてしまった。


舞踏会は週末らしい。それにしても急だ。

言われた時間に城に行くと、城の前に馬車がたくさんとまっているのが見えた。着物をまとっている自分が場違いに思えた。既に帰りたい。

廊下でどうしたものかと考えていると、リオンがやってきた。いつもの格好だった。

「チカゲさん! 来てくれたんだね、嬉しいな!」

「うるさいですよアナタは。それで? 本当にこの格好で問題ないんですか?」

「陛下がそう仰ったもの。それにいつもこうなの。わたしも装束が動きやすいしね。でも久しぶりで不安だから……あなたが来てくれてよかった。本当はね、あの、えっと、一曲だけでいいから……」

リオンが言い終わらないうちに、広場から出てきたらしい女の子達がやってきた。ドレスを纏っている。彼女達は着物をまとったチカゲを見てがやがやと騒ぎ出した。

「あ、リオンさん――と、」

「わあ、誰この人?」

「リオンさんの知り合い? 東雲大陸の人?」

「すっごい美形!」

などと言ってチカゲの周りに集まり、応接間へ引っ張って行く。

「あのワタシ帰りたいんですが」

「大変だ……チカゲさんがモテてしまう……」

などとぶつぶつ言っていてリオンは取り合ってくれない。

いつのまにかチカゲは大きな広間へ連れて行かれ、女の子達に踊りの相手を申し込まれていた。

幸か不幸かチカゲはこの国のダンスなんて知らない。適当に全部断っていたものの、後から後から女の子達がやってくる。

ふと向こうを見ると、リオンが知らない女の子と踊っていた。リオンは満更でもなさそうな顔をしていた。


――――あの小娘……。


チカゲはイラついたが、リオンはにこにこと微笑みながら次々と女の子の相手をしていた。

時折切ない目でこちらを見るものの意図がわからない、うんざりだ。

チカゲはそっと場所を変えた。

そこへ声をかけてくるものがあった。

「チカゲだな? それ普段着なの? 映えるねえ」

近寄ってきたのは若い王アーノルドだった。

「ああどうも。ワタシは着飾るのは得意ではないので」

「ふうん、それが逆に目立ってるって気づかない? ――君さっきから女の子達に誘われて全部断ってたでしょ。誘われたなら受けてよね。全部俺のところに流れてくるんだから」

自慢しているわけでもなさそうだ。彼もうんざりした顔色だった。

「淑女達の今日の目的は君と俺――とリオンだな」

「ハァ」

「リオンああ見えてほら、あの服だと男の子に間違えられるでしょ? で、女の子と本人が説明してもモテるの。ほら君が捌かないから女性陣があの子の元に――」

「いやあなたも断っていたではありませんか」

「だって面倒なんだもん」

「一緒にしないでください、面倒なのはまあ――否定はしませんが、ワタシは踊れないんですよ? この国の文化なぞ知りませんから」

そこへカツリとヒールの音がした。

「では私が教えてあげましょうか」

声をかけてきたのは美しい魔女カヌレだ。チカゲは露骨に嫌な顔をした。振り返ればアーノルドはさっさと逃げている始末。

「教えるって、アナタが? 遠慮しておきます」

「あらつれないのね。ではせめてお酒の相手でもして頂戴な。もしかしてそれすらもできないかしら?」

なんとなく挑発されたのを悟り、チカゲは差し出されたワインを手にした。

広場から何やらいくつもの視線を感じた。

「見られてる気がするのですが」

「そうね、あなた目立つもの」

目立つのはそちらも同じではないか、と思いながらもチカゲはワインを飲んだ。魔女は笑っているばかりである。

「笑うくらいなら放っておいてくれれば、」

「駄目よ、あの子の面白い顔が見たいの、ほら」

ちらりと見れば、リオンが酷く――切なくも睨むような目をしていた。

思わずそちらへ行きたくなったけれど、カヌレは許してくれなかった。

「駄目よ、あの子今日の舞踏会を甘く見ていたようだもの、見せつけてやりましょう? ワインのつまみにサーモンはいかが?」

そんなこんなで話をしている折、ふと見ればリオンが次々と男性陣に踊りを申し込まれていた。彼女は女性とは踊るものの、男性と踊るのは得意ではないらしい。断るのに難儀しているところだった。

「あの子、男役ばっかりやっていたから女の子扱いされるのに慣れないのよ」

くすくすと笑う魔女が癪だ。

曲が終わるのを待ってチカゲはリオンに近づこうとしたが、別の青年が彼女に近づいた。国王アーノルドだ。

リオンは少し不安そうな顔をしていたが、アーノルドと話しているうちに明るい笑みを浮かべ、安心したように微笑んでいた。

なぜかイライラする。いや原因なんて分かっている。リオンは踊りを断っていたが、それでもアーノルドとしばらく楽しげに談笑していた。


しばらくして曲が終わると、リオンと言葉を交わしたアーノルドが、ふっと笑ってこちらへやってきた。なんだその食えない笑みは、そう思ったけれど、なぜか友好的に肩を叩かれた。

「そう恐ろしい目をするな、あの娘と俺が話すのがそんなに嫌か」

「まだワタシ何も言ってませんが」

「意地を張らない方がいい。それにしても、舞踏会だというのに、あの子は相変わらずだね。なんの話をしたと思う?」

「さあ」

「彼女ったら仕事の話をしたんだよ、最近の警備隊の鍛錬がどうとかね。彼女らしいよね、俺笑ってしまって。まあほどほどに励めよって言ったんだ」

チカゲは複雑な気持ちになった。喜ぶべきなのかよく分からない。

「とにかく他意はないんだ。君の心配する感情は抱いてないから心配して」

「……意味を測りかねます」

「とぼけるな、あの子をずっと目で追ってるだろ。さっき俺をあんなに睨んで」

チカゲはため息を吐いた。素直になんかなれやしなかった。

「――そういうことにしときますよ」

「なるほど? じゃあそういうことにしといてやるよ。でもまあ、放っとかない方がいいと思うよ。あの子はあの子で目立つんだ」

「ワタシの気持ちを勝手に決めつけて、アナタ失礼ではありませんか?」

「はは、俺にそんな口を利くとは、君こそ失礼な奴だ、気に入ったぞ。今宵は楽しめよ」

そんなことを言って国王は笑って去った。それを傍目にリオンを見る。彼の言った意味が分かった。

今まさにセザールが彼女に話しかけるところだった。薄い水色の衣装を着て。この国で例えるのなら王子様みたい、なのだろう。

慣れないことを言われているのか、セザールを前にリオンはへたくそに笑って、けれども頬を染めている。断ろうか悩む彼女の手を、セザールが取って、丁寧に踊りを申し込んでいた。やがて彼女は顔を上げて、やっぱり下手くそに笑った。

わたし踊れないから、なら僕がリードするよと、そんな会話が聞こえた。


ああ、誰にでもああして愛想を振り撒いて。こちらの気も知らないで。

軽やかなワルツと共にセザールとリオンは踊り出した。

綺麗だと、思った。別にセザールなぞどうでもいいけれど――でも二人は似合っているように見えて、胸がちくりと痛んだ。

やがて曲が終わると、どうにかチカゲは人混みを掻き分け、リオンに近づいた。


セザールに睨まれたが気にしなかった。懸命に声をかけた。

「り、リオンさん」

ぱあっと、少女の顔が明るくなり、けれども緊張したようにぎこちなくなった。

「ああ、ええと、その服踊りにくいよね? あの、えっと、わたしは――」

チカゲも緊張したけれど、どうにか口を開いた。

「見ているだけは嫌です。アナタ、剣舞はできますか?」

リオンはぱちりと瞬きした。

「できるけど――あなたは?」

チカゲが扇を手にすれば、リオンは明るく笑った。

「ここで舞でもするの?」

そう言って鞘から刀を引き抜いたものだから、周りがざわついた。おまけに演奏まで止まったけれど、リオンは気にしなかった。

「あなたがその気なら、一緒に舞おう? 誘ってくれたんでしょ?」

その悠々たる様に、皆が息を呑んだ。リオンは普段の気の強さが伺い知れる、けれども繊細な剣舞を舞った。その動きはまるで水流のよう。チカゲは思わず笑みをこぼした。こんな場違いな城の中で、けれども彼女は客を惹きつけている。ならば負けてはなるものかと、扇を広げた。昔ツクヨミ様のためにと練習した舞だ。くるりくるりと扇を動かし、艶かしい動きで舞ってみせる。それは炎のように閃いた。流れる水のような剣舞と、揺らめく炎のような扇の舞に、広間は静まり返り、人々は物珍しさと、その美しさに心惹かれ、じっと二人を見つめた。もはや二人の独壇場だった。

チカゲはなぜか楽しくて仕方なかった。戦っている時に、背中を預けている感覚に近い。けれどもこれはもっと平和で、もっと何か、意味のあるものだ。リオンと息がぴったり合わさったような気がした。二人なら、水の中も炎の中も歩いていけるような、そんな気がしたのだ。



やがて二人の舞が終わると、あたりはしばし静まり返り、それから大きな拍手が沸き起こった。


二人の舞をアーノルドが用意した余興と勘違いした者もいたが、皆口々に賛辞をこぼした。

そんな賑やかな広間の中、滴り落ちる玉のような汗をこぼすリオンを見ながら、チカゲはこぼした。

「……綺麗です」

ハッと彼女がこちらを見上げる。

「着飾ったどんな女よりも――今のアナタは綺麗だ」

ただの感慨だ。

喧騒の中、聞こえなければいいと思ったものの、ばっちり聞こえてしまったようだった。

「ほんと――ねえほんと!?」

明るく綻ぶ彼女の笑顔が眩しい。

「ああ……ええと、本当ですよ」

「今迷った!」

「うるさいですねアナタは」

いつのまにかまた広間には弦楽器の音が戻ってきていたが、チカゲとリオンは、二人別世界にいるようだった。

チカゲはとうとう根負けした。笑ってしまった。

「ええ……アナタとの舞は……楽しかったですよ」

リオンの瞳が輝いた。


そうこうしているうちに舞踏会はお開きになった。

宿に戻ってからもチカゲは、リオンと踊ったあの一体感や、綻ぶような笑顔を忘れられないでいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ