華やぐ城の舞踏会
*
そんな風にして、王都の生活は過ぎていった。アルジェントの差別主義者は少なく、チカゲはその後も二、三人に出会ったぐらいで、適当に流し、特に気に留めなかった。故郷の方が酷かったからかもしれない。
リオンの方はというと、アケボノ村でやっていたように王都の見回りをしたり、セザールの剣の練習に付き合っていた。
特に後者の理由で城にいることが多く、チカゲにとってはそれが面白くなかった。
チカゲは城への出入りを許されてはいたが、顔見知りがほとんどいないせいか、警戒されることは多々あった。
「日頃の行いね」
などとすれ違ったカヌレに言われたこともあった。確かにそうかもしれないが、この国へ来たのは初めてなのだから、そんなことを言われる筋合いもない。
結局リオンに声をかける機会は少なかった。彼女は訓練場にいて、よくセザールの稽古に付き合っているらしかった。
そこには他の警備隊員もいて、自分が邪魔になるだけだとチカゲは分かっていたからだ。
それでも気になって、ある日足を運ぶと、リオンがぱっと顔を上げた。
「チカゲさん、どうしたの?」
「……訓練場がどのような場所か気になって、見に来たんです。お邪魔なら撤退しますよ」
「そんなことないよ、ちょうどいいや、刀使えるでしょ、そこの隊員達の相手してあげて。刀と剣って構造は違うけど、相手は選べないからさ。それに練習では木刀を使うんだよ」
何故自分が。
そう思いながらも言われたものはしょうがない。練習をしていた隊員達の前で、チカゲは静かに木刀を手にした。その佇まいはどこか美しい。
彼らがゾッとした目をしている。
「どうしたのですか? 練習にお付き合いしますよ」
チカゲが言えば、隊員の一人が木刀を手に切り掛かってきた。チカゲは適当にそれを捌いて、次に切り掛かってきた男の攻撃を防ぐと、弾き飛ばした。
尻餅をついた彼らは、やはりゾッとしたような目を向けるばかりだ。別に怪我をさせたわけでもない。なんなんだ。
「一人目のアナタ、狙う前から受け身を取ってどうするのですか? まるで殺してくださいと言わんばかりではないですか。二人目、攻撃のタイミングがわかりやす過ぎます。もう少し相手に読まれないようにしたらいかがですか? ああ嫌味ではないですよ」
彼らは絶句したまま座り込んでいるばかりだった。
様子を見ていたリオンが言った。
「チカゲさん隊長みたい。ううん、隊長よりも言い方キツいかも……。教えるのに向いてないね。あなたはもういいよ。図書館にでも行ってたら?」
「もういいよってなんですか!?」
チカゲは思わず声を荒げた。
「ワタシはわざわざここまでアナタに……」
「……?」
アナタに会いに来たのだと、そう言いたかったのだけれど、言葉は出てこなかった。
「失礼します」
チカゲは木刀を放って、訓練場を後にした。苛立ちがなぜか収まらず、仕方なく図書館に行った。
びっくりするほど大きな場所だった。しかもほぼ無人。
あまりの本の数に、いつのまにか夢中になって本棚を見ていた。
ふと窓際を見下ろすと、リオンがセザールに剣の持ち方を教えていた。
声までははっきり聞こえないが、剣と刀の持ち方の違いについて教えているようだ。
セザールの肩や腕に触るリオンを見てイライラした。至って真面目なその表情に余計苛立ちを覚えた。
無心を貫こうと本を漁った。そんな風にして時間は経っていった。
ある時のことだった。
チカゲの泊まっている宿にノックが響いた。
「どなたです?」
「わたしです!」
なんだかご機嫌なリオンの声だ。扉を開けたら笑顔のリオンがいた。
「なにをにやにやしてるんですか不気味ですね」
「ひどい言い方!」
リオンはぷんすか怒ってチカゲの手に何か渡した。かわいいな、と思ったけど口には出せなかった。
「これはなんです?」
「舞踏会の招待状です! 信頼できる人間を招待していいと陛下がくれたので、」
「人数合わせですか? それにしてもワタシを選ぶなんて……信頼などないでしょうに」
「うるさいな。来ないの? 美味しいものがいっぱい食べられるよ!」
「興味ありません」
「そこをなんとか」
「舞踏会なんて、着飾る場所でしょう? ワタシはそういう趣味はないんです」
「大丈夫、わたしもいつも通りだから!」
そんなんで大丈夫なのか、チカゲは思ったけれど、結局リオンの勢いに押し負けてしまった。
舞踏会は週末らしい。それにしても急だ。
言われた時間に城に行くと、城の前に馬車がたくさんとまっているのが見えた。着物をまとっている自分が場違いに思えた。既に帰りたい。
廊下でどうしたものかと考えていると、リオンがやってきた。いつもの格好だった。
「チカゲさん! 来てくれたんだね、嬉しいな!」
「うるさいですよアナタは。それで? 本当にこの格好で問題ないんですか?」
「陛下がそう仰ったもの。それにいつもこうなの。わたしも装束が動きやすいしね。でも久しぶりで不安だから……あなたが来てくれてよかった。本当はね、あの、えっと、一曲だけでいいから……」
リオンが言い終わらないうちに、広場から出てきたらしい女の子達がやってきた。ドレスを纏っている。彼女達は着物をまとったチカゲを見てがやがやと騒ぎ出した。
「あ、リオンさん――と、」
「わあ、誰この人?」
「リオンさんの知り合い? 東雲大陸の人?」
「すっごい美形!」
などと言ってチカゲの周りに集まり、応接間へ引っ張って行く。
「あのワタシ帰りたいんですが」
「大変だ……チカゲさんがモテてしまう……」
などとぶつぶつ言っていてリオンは取り合ってくれない。
いつのまにかチカゲは大きな広間へ連れて行かれ、女の子達に踊りの相手を申し込まれていた。
幸か不幸かチカゲはこの国のダンスなんて知らない。適当に全部断っていたものの、後から後から女の子達がやってくる。
ふと向こうを見ると、リオンが知らない女の子と踊っていた。リオンは満更でもなさそうな顔をしていた。
――――あの小娘……。
チカゲはイラついたが、リオンはにこにこと微笑みながら次々と女の子の相手をしていた。
時折切ない目でこちらを見るものの意図がわからない、うんざりだ。
チカゲはそっと場所を変えた。
そこへ声をかけてくるものがあった。
「チカゲだな? それ普段着なの? 映えるねえ」
近寄ってきたのは若い王アーノルドだった。
「ああどうも。ワタシは着飾るのは得意ではないので」
「ふうん、それが逆に目立ってるって気づかない? ――君さっきから女の子達に誘われて全部断ってたでしょ。誘われたなら受けてよね。全部俺のところに流れてくるんだから」
自慢しているわけでもなさそうだ。彼もうんざりした顔色だった。
「淑女達の今日の目的は君と俺――とリオンだな」
「ハァ」
「リオンああ見えてほら、あの服だと男の子に間違えられるでしょ? で、女の子と本人が説明してもモテるの。ほら君が捌かないから女性陣があの子の元に――」
「いやあなたも断っていたではありませんか」
「だって面倒なんだもん」
「一緒にしないでください、面倒なのはまあ――否定はしませんが、ワタシは踊れないんですよ? この国の文化なぞ知りませんから」
そこへカツリとヒールの音がした。
「では私が教えてあげましょうか」
声をかけてきたのは美しい魔女カヌレだ。チカゲは露骨に嫌な顔をした。振り返ればアーノルドはさっさと逃げている始末。
「教えるって、アナタが? 遠慮しておきます」
「あらつれないのね。ではせめてお酒の相手でもして頂戴な。もしかしてそれすらもできないかしら?」
なんとなく挑発されたのを悟り、チカゲは差し出されたワインを手にした。
広場から何やらいくつもの視線を感じた。
「見られてる気がするのですが」
「そうね、あなた目立つもの」
目立つのはそちらも同じではないか、と思いながらもチカゲはワインを飲んだ。魔女は笑っているばかりである。
「笑うくらいなら放っておいてくれれば、」
「駄目よ、あの子の面白い顔が見たいの、ほら」
ちらりと見れば、リオンが酷く――切なくも睨むような目をしていた。
思わずそちらへ行きたくなったけれど、カヌレは許してくれなかった。
「駄目よ、あの子今日の舞踏会を甘く見ていたようだもの、見せつけてやりましょう? ワインのつまみにサーモンはいかが?」
そんなこんなで話をしている折、ふと見ればリオンが次々と男性陣に踊りを申し込まれていた。彼女は女性とは踊るものの、男性と踊るのは得意ではないらしい。断るのに難儀しているところだった。
「あの子、男役ばっかりやっていたから女の子扱いされるのに慣れないのよ」
くすくすと笑う魔女が癪だ。
曲が終わるのを待ってチカゲはリオンに近づこうとしたが、別の青年が彼女に近づいた。国王アーノルドだ。
リオンは少し不安そうな顔をしていたが、アーノルドと話しているうちに明るい笑みを浮かべ、安心したように微笑んでいた。
なぜかイライラする。いや原因なんて分かっている。リオンは踊りを断っていたが、それでもアーノルドとしばらく楽しげに談笑していた。
しばらくして曲が終わると、リオンと言葉を交わしたアーノルドが、ふっと笑ってこちらへやってきた。なんだその食えない笑みは、そう思ったけれど、なぜか友好的に肩を叩かれた。
「そう恐ろしい目をするな、あの娘と俺が話すのがそんなに嫌か」
「まだワタシ何も言ってませんが」
「意地を張らない方がいい。それにしても、舞踏会だというのに、あの子は相変わらずだね。なんの話をしたと思う?」
「さあ」
「彼女ったら仕事の話をしたんだよ、最近の警備隊の鍛錬がどうとかね。彼女らしいよね、俺笑ってしまって。まあほどほどに励めよって言ったんだ」
チカゲは複雑な気持ちになった。喜ぶべきなのかよく分からない。
「とにかく他意はないんだ。君の心配する感情は抱いてないから心配して」
「……意味を測りかねます」
「とぼけるな、あの子をずっと目で追ってるだろ。さっき俺をあんなに睨んで」
チカゲはため息を吐いた。素直になんかなれやしなかった。
「――そういうことにしときますよ」
「なるほど? じゃあそういうことにしといてやるよ。でもまあ、放っとかない方がいいと思うよ。あの子はあの子で目立つんだ」
「ワタシの気持ちを勝手に決めつけて、アナタ失礼ではありませんか?」
「はは、俺にそんな口を利くとは、君こそ失礼な奴だ、気に入ったぞ。今宵は楽しめよ」
そんなことを言って国王は笑って去った。それを傍目にリオンを見る。彼の言った意味が分かった。
今まさにセザールが彼女に話しかけるところだった。薄い水色の衣装を着て。この国で例えるのなら王子様みたい、なのだろう。
慣れないことを言われているのか、セザールを前にリオンはへたくそに笑って、けれども頬を染めている。断ろうか悩む彼女の手を、セザールが取って、丁寧に踊りを申し込んでいた。やがて彼女は顔を上げて、やっぱり下手くそに笑った。
わたし踊れないから、なら僕がリードするよと、そんな会話が聞こえた。
ああ、誰にでもああして愛想を振り撒いて。こちらの気も知らないで。
軽やかなワルツと共にセザールとリオンは踊り出した。
綺麗だと、思った。別にセザールなぞどうでもいいけれど――でも二人は似合っているように見えて、胸がちくりと痛んだ。
やがて曲が終わると、どうにかチカゲは人混みを掻き分け、リオンに近づいた。
セザールに睨まれたが気にしなかった。懸命に声をかけた。
「り、リオンさん」
ぱあっと、少女の顔が明るくなり、けれども緊張したようにぎこちなくなった。
「ああ、ええと、その服踊りにくいよね? あの、えっと、わたしは――」
チカゲも緊張したけれど、どうにか口を開いた。
「見ているだけは嫌です。アナタ、剣舞はできますか?」
リオンはぱちりと瞬きした。
「できるけど――あなたは?」
チカゲが扇を手にすれば、リオンは明るく笑った。
「ここで舞でもするの?」
そう言って鞘から刀を引き抜いたものだから、周りがざわついた。おまけに演奏まで止まったけれど、リオンは気にしなかった。
「あなたがその気なら、一緒に舞おう? 誘ってくれたんでしょ?」
その悠々たる様に、皆が息を呑んだ。リオンは普段の気の強さが伺い知れる、けれども繊細な剣舞を舞った。その動きはまるで水流のよう。チカゲは思わず笑みをこぼした。こんな場違いな城の中で、けれども彼女は客を惹きつけている。ならば負けてはなるものかと、扇を広げた。昔ツクヨミ様のためにと練習した舞だ。くるりくるりと扇を動かし、艶かしい動きで舞ってみせる。それは炎のように閃いた。流れる水のような剣舞と、揺らめく炎のような扇の舞に、広間は静まり返り、人々は物珍しさと、その美しさに心惹かれ、じっと二人を見つめた。もはや二人の独壇場だった。
チカゲはなぜか楽しくて仕方なかった。戦っている時に、背中を預けている感覚に近い。けれどもこれはもっと平和で、もっと何か、意味のあるものだ。リオンと息がぴったり合わさったような気がした。二人なら、水の中も炎の中も歩いていけるような、そんな気がしたのだ。
やがて二人の舞が終わると、あたりはしばし静まり返り、それから大きな拍手が沸き起こった。
二人の舞をアーノルドが用意した余興と勘違いした者もいたが、皆口々に賛辞をこぼした。
そんな賑やかな広間の中、滴り落ちる玉のような汗をこぼすリオンを見ながら、チカゲはこぼした。
「……綺麗です」
ハッと彼女がこちらを見上げる。
「着飾ったどんな女よりも――今のアナタは綺麗だ」
ただの感慨だ。
喧騒の中、聞こえなければいいと思ったものの、ばっちり聞こえてしまったようだった。
「ほんと――ねえほんと!?」
明るく綻ぶ彼女の笑顔が眩しい。
「ああ……ええと、本当ですよ」
「今迷った!」
「うるさいですねアナタは」
いつのまにかまた広間には弦楽器の音が戻ってきていたが、チカゲとリオンは、二人別世界にいるようだった。
チカゲはとうとう根負けした。笑ってしまった。
「ええ……アナタとの舞は……楽しかったですよ」
リオンの瞳が輝いた。
そうこうしているうちに舞踏会はお開きになった。
宿に戻ってからもチカゲは、リオンと踊ったあの一体感や、綻ぶような笑顔を忘れられないでいた。




