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かぼちゃ祭りの夜


かぼちゃ祭りという文化がある。近年流行り出したものだ。アルジェント王国から伝わったものだという。それが東雲大陸の文化と交わり、奇妙な様相を呈していた。

神奈月の最後の日、村のあちこちにかぼちゃと提灯が飾られ、なんとも珍妙な雰囲気になっていた。一体何事だと毎年チカゲは思うのだった。

かぼちゃはこの周辺で取れるものではない。港が近い村だ、かぼちゃも王国からの商人が売ったのだろう。奇妙な顔まで彫られている。


かぼちゃ祭りは仮装をしてお菓子をもらうという行事らしい。

子供どころか大人にもはしゃいでいるものがいる。馬鹿馬鹿しいとチカゲは思いながら、村を眺めていた。


仮装をした子ども達が走っていくのを眺めていると、同じく関心がなさそうなカラタチと出会った。彼は言う。

「聞けばあっちの王国だと、あの世とこの世を曖昧にする日だというじゃありませんか。まるで百鬼夜行。何がしたいんだか」

「ええ、理解に苦しみます」

「私と酒でも飲みますか」

「…………」

この男は酒豪なのだ。ついて行くとそれなりに飲むことになるかもしれない。だが馬鹿みたいなかぼちゃ祭りを見ているのも忍びなくて、チカゲは彼の誘いに乗った。


「――それで賢者の石を諦めた訳ですか」

カラタチは酒を飲みながら告げた。

「結構なことです。ビワが何を考えているのか知りませんが――あなたがあちら側につかない限り、石が完成することはないでしょう」

チカゲは酒を飲みながら少しぼうっとそれを聞いていた。

「ワタシもまだ完全に心の整理が付いたわけではないのです。ただ――前よりは落ち着いていて」

「春でも来ましたか?」

「? 今は秋ですが」

「酒を飲むと頭回らなくなるんですかチカゲ。想い人でもできたのかと聞いてるんです」

「……からかってます?」

「半分は。でも半分は笑えないなーと」

「は、はい?」

「私はさる高貴な方に仕えていると言ったでしょう。相手がリオンさんなら――面倒なことになりますよ」

「意味が不明です。……ワタシは誰かなんて一言も」

「ここ数ヶ月の態度」

妖艶に微笑まれる。突然指摘されチカゲはぎくっとした。

「私は人間観察が得意な方でして。うまく隠してるつもりかもしれませんがあなたの態度、存外分かりやすいですよ。――時折あの少女を見かけると、目で追ってるでしょう」

「そ、そんなことは」

「私にしませんか?」

「は――はい?」

するりと肩に手を置かれて流石にぎょっとした。

「私男色でして。チカゲ、あなたには興味をそそられるんですよ。良ければ懇意に」

「な、なに馬鹿なことを」

「冗談ですよ!」

あはは、とカラタチは声を上げ、けらけらと笑った。

「ふざけないでください」

この酔っ払いが! チカゲは手を振り払い、何事も起きぬうちにとさっさとカラタチの家を出た。「つれないですねえ〜」と冗談なのかなんなのか分からない笑い声が聞こえる。

ああアケボノ村は基本的に平和なのに。どうして時々こう厄介事が起こるのか。


チカゲは少しイライラしながら歩いていた。酒も入っていたので頭もちょっとぼんやりしていた。辺りにはかぼちゃが飾ってあって馬鹿みたいな笑みを浮かべている。


「おばけだぞー」

三人の子ども達が走ってきてチカゲを取り囲んだ。

酔っ払っていたチカゲに、仮装した子ども達は手を差し伸べ、言うのだった。

「お菓子をくれないとイタズラしちゃうぞ」

鬱陶しい! と内心でチカゲは思った。

「お菓子なぞありません」

ええー、と子ども達は顔を見合わせた。

「お兄さんノリわるーい」

「悪くて結構」

「じゃあイタズラだ!」

面倒だ。非常に面倒だ。酔っ払っていたのもあってチカゲは刀を抜いた。別に殺そうというわけでもなかった。

「どうぞイタズラしたいならご自由に。いつでもかかってきてください」

子ども三人はざあーっと青ざめて「やっぱりいい!」とかなんとか言うと走って行ってしまった。


チカゲはため息を吐いて刀をしまう。

ああイラつく。見慣れない仮装をした者どもがあたりを跋扈している。

なんなんだ一体。

ふと歩いていると紫のマントに身を包んだリオンが通りかかった。まるで何かから身を隠そうとするような雰囲気だった。

「なんの仮装ですかそれは」

機嫌があまり良くないチカゲは言った。リオンは明らかに引き攣った笑みを浮かべていた。

「え、ええと、あー、ま、魔女、みたいな?」

「マント羽織っただけじゃないですか」

「チカゲさんこそ仮装しないんですか」

「する訳ないでしょう馬鹿馬鹿しい。子どもに菓子をねだられましたがね、うるさいので追い払いましたよ」

「うわ、大人げない」

言いながらもそのまま彼女は家の方角へ向かっていくのだった。


「リオーン? やーっと見つけた!」

その声に聞き覚えがあった。正真正銘の魔女、カヌレだった。だがいつも羽織っているマントがない。

「か、か、カヌレさん」

リオンが冷や汗をかいた。

「探したのよー? せっかくおめかしさせてあげたのに私のマント取って逃げちゃうんだもの」

「ふざけないでください元に戻して!」

なるほど、とチカゲは思った。マントの下に何か隠しているらしい。――正直気になる。

「見てこの男の目。見たいって顔してる」

「ち、チカゲさんはそんなんじゃないよね?」

「――アナタ何着てるんですか」

素直に尋ねればリオンが言葉に窮した。

魔女が目を輝かせる。

「気になる? 気になるわよね? 王都では普通の服なのよ? でもこの子ってば恥ずかしがっちゃって」

「ここじゃ普通じゃないからでしょ!」

「……まあこの男ならいいわ。見せてあげなさいよリオン」

「は、はあ? いやです」

余計気になる。そんなチカゲを見てカヌレは目を細めた。

「チカゲ、あなたは仮装しないの?」

「しませんよアホらしい」

「ノリが悪いわねえ、せっかくかぼちゃ祭りがこっちまで伝来したのに。なんか文化混ざっちゃってるけど。あなたも何か着なさいよ」

言うなり何か唱え始める。

「うわっ」

身体が光に包まれる。瞬時に着物が別の服へと変わった。おそらく王都の服だ。

「なんですかこのケッタイな格好は」

「王都には吸血鬼の伝承があるのよ。わあ黒マントぴったりねー」

「悪趣味です! 元に戻してください!」

チカゲは怒ったがカヌレはどこ拭く風だった。

「リオンー? 私のマント返してくれるー? そしたら大人しく撤退するわ」

「や、や、やだっ!」

「かわいー、でもそんなに握りしめられるとマントがシワになっちゃうわ」

チカゲは半目になった。リオンはまたよく分からないイタズラをされたのだろう。この気まぐれな魔女に。

「明日になれば魔法は解けて元のお洋服に戻るわ、安心して? ね、もう一度私に見せてちょうだい?」

リオンはちょっと泣きそうになっていたが、仕方なくマントを脱いだ。

それは王都でいう城仕えのメイドが着る服だった。品のあるクラシカルなものだ。

だがチカゲは見るのは初めてだった。


「こ、これでいいですか? マント返すから帰ってください!」

「つれない子。昔はあーんなにかわいかったのに」

ぎゅうっとカヌレがリオンに抱きついた。

「ひゃあ!?」

チカゲは呆然としていた。頭の処理が追いつかない。目の前の情報量が多すぎるせいだ。

たっぷり抱きしめてからカヌレは笑った。

「ああ満足した。おやすみわたしのかわいい子」

リオンのほっぺにちゅっとキスをして魔女は消えた。

後には真っ赤になったリオンと呆然としているチカゲだけが残された。

酒のせいもあるだろうが頭がぼんやりした。

かわいい、かわいい――あの魔女ばかり、ずるい。

「ち、チカゲさ……?」

「なんですかその格好は」

「な、なぜもなにも、カヌレさんが勝手に……ていうか、あなたそれ、に、似合ってるね……」

「ああ、このケッタイな格好ですか」

「うん」

「お互い気まぐれな魔女の被害者というわけですか」

「そ、そうだね」

どこかきらきらした目で彼女が見上げてくる。なんなんだ一体。

「……振り回されて疲れたでしょ。お茶でもいかがです? 家に上がって行きませんかチカゲさん」

「誘ってます?」

「えっ」

少女が真っ赤になった。まずい、目の毒だ。

「あ、そ、そういうつもりは……そうなの、かな?」

「やめてくださいアナタ本当に洒落にならないっ」

「ちょ、ちょっと目が怖……まあいいや、かぼちゃ祭りでお菓子食べて口の中甘いんですよ。一緒に休憩しません?」

チカゲに逆らう術はなかった。いつもと違う格好なのは慣れないが、リオンのメイド服とやらはフリルがついたシックなもので、非常にかわいらしかった。あの頬に魔女がキスをしたのだ。ムカつく。


家に入るとリオンがお茶を注いだ。

「はいどうぞ」

「ツクヨミ様の淹れる茶の方が美味しいですね」

「またそーいうこと言う」

別に皮肉というより冗談だ。冗談にできるようになっているのだと、チカゲは自ら少しだけ驚いて、黙って茶を飲んだ。

「そのうちワタシが淹れ方を教えて差し上げましょうか。師匠から直々に教わったものです」

「……それじゃあきっと、さぞ美味しいんだろうね」

嫌味もなくにっこり笑うリオンは――かわいい。ムカつく、なんでムカつくのかわからないけれど、こんな小娘に翻弄されているのかと思うとムカついた。

多分今着ている服のせいだ、そうに違いない。そうでも理由をつけないとやっていられない。

「王都では本当にその格好で城仕えするのですか?」

「そうだよ。わたしは最初メイドの真似してたんだけど、合わないから警備隊になったの。子どもだったから着たことはなかったけど。どうですか、似合います?」

「……似合う似合わない以前の問題です」

「えっと」

「他の人がどうか知りませんが人前でその姿を晒さないで頂きたい」

リオンはちょっと傷ついた顔をした。

「ちょっ……と、酷くない? そんなに似合わない? シフォンもセザールもかわいいって言ってくれたよ。自惚れてたかな……。あ、シフォンはね、猫になってた! セザールは騎士の仮装してたよ!」

他の奴の仮装なんてどうでもいい。セザールにも見せたのか。あの男はお前に惚れてるんだぞそれがどれだけ――、

「チカゲさん? あの、さっきから目が怖いです」

「……すみませんね目つきが悪くて」

「そ、そういうんじゃ……吸血鬼の格好してるから余計そう見えるだけかな?」

「よく分かりません。吸血鬼とはなんなんですか」

「若い乙女の喉に噛み付いて、生き血を啜るっていう、王都にある伝承で……その……」

「化け物だと」

気まずそうなリオンに、チカゲは目を細めた。確かに自分は化け物だ。皮肉なことにそう呼ばれて育った。あの魔女は軽い気持ちで魔法をかけたのかもしれないがいい迷惑だ。


「――リオンさん、お菓子は持っていますか?」

「は、はい?」

「お菓子がないとイタズラしていいんでしたよね?」

ぎくーっとリオンが固まった。

「あ、えっとみんなにあげたから……カヌレさん対策にもいっぱい持ってたのに……待って今探すから、残り物は……」

がさごそやっているリオンは青ざめている。

「なさそうですね」

チカゲはにやりと笑った。

リオンはムッとしてこちらを睨む。

「賢者の石の件はもう終わったはずでは?」

「ええそうですね」

ぐいとリオンを引き寄せた。ハッと目を見開く彼女。いい気味だ。さんざんこちらを振り回しやがって。


かぷりと首に噛み付いた。

「ひあっ!?」

ああ――そうだ、前にも一度こんなことがあったっけ。あれは――あれは怒りに任せたものだと思っていた。今ならわかる。独占欲だ。

どん、とリオンがこちらを押し除けた。真っ赤な彼女は憎らしいほど愛らしかった。

「はーっはーっ、な、なんなんですか、悪ふざけにもほどがありますっ」

「だって今日はイタズラしていい日なんでしょう? 吸血鬼って喉に噛み付くとかアナタが教えてくれたんじゃないですか。まあその服似合っていると思いますよ。照れてるんですか? かわいいですね」

「馬鹿にしてるんですか!」

少女はぐっとこちらを睨みつけた。

馬鹿にはしていない。ただちょっと素直な物言いができないだけで。かわいいとちゃんと伝えたはずなのにうまく伝わっていないらしい。


リオンが告げた。

「お菓子はお持ちですか」

チカゲの笑みは引き攣った。

「…………」

「『お菓子をくれないとイタズラしますよ』」

チカゲは笑みを崩し、後ずさった。反射的に刀を抜こうにも刀は魔法でなくなっていた。明日には戻るのだろうが、それにしてもサイアクである。

リオンがじりじり近寄ってくる。

「メイドのできることなんてたかが知れてます。例えば下剋上とかですよ、ご主人様」

どん、と壁に押しつけられる。頭が真っ白になった。

「あなたって本当に性格悪い。わたしの気持ち知ってていつも弄んで」

「待っ」

背丈には相応の差がある。十個ほども下の小娘だ。突き飛ばせばいいものを、なぜか体は固まってしまって動かない。

少女は背伸びをして、耳元でささやいた。

「いつか、わたしのことを好きにさせてみせる。わたしのことしか、考えられなくなればいい」

ぶわっと身体が熱くなる。

「ふざけっ」

「ふざけてない。あいしてる、だいすき、分かんないの? こんなに好きなんだよチカゲさ――」

今度はチカゲがリオンを突き飛ばす番だった。顔が熱い。訳もわからないくらい熱い。

何を今更。最近はお前のことしか考えてない。お前のせいでぜんぶぜんぶ――、

「っ」

ぴしゃんと扉を閉めて外に出た。そのまま逃げるようにして帰った。

布団に潜っても身体が熱くて辛かった。

「くそ、クソッ、クソガキ――ッ」

疲れて眠った次の日、服が元に戻っていることに気がついた。

ああ、あれは悪夢だと、チカゲは思うことにした。それにしてもやりきれなかった。あんな甘美な悪夢があってたまるか。



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