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王都へ向かう船


――いつか、わたしのことを好きにさせてみせる。わたしのことしか、考えられなくなればいい。


――ふざけてない。あいしてる、だいすき、分かんないの? こんなに好きなんだよチカゲさ――


「チカゲ」

「…………」

「おいチカゲ」

ぼうっとしていたチカゲは我に返った。週末、ダリウスに人工宝石を届けに来たところだった。今回は念入りに中身に気をつけた。

「また加工前のものでも混じってました?」

「いいや、問題ない、が……お前が問題あるように見えるから」

「…………」

「リオンが王都に行くらしいんだってね。聞いた?」

「はい」

知っている。それはもう切ない笑みを浮かべて、ある日リオンが告げたのだ。

アーノルド国王に呼ばれたから、警備隊の一人として王都に戻らねばならないのだと。目的は今までの賢者の石の件について、報告書のまとめや、直接見たこと聞いたことを伝えることだった。まあ彼女の仕事がこうなってしまったのはチカゲの責任でもあった。



「シフォンがね、どうしてもついてきたいって言って聞かないの」

困ったように彼女は笑った。

「シフォンは隊長と一緒にアケボノ村に残ってもらうことになってる。わたしが不在の間ね」

「ではアナタお一人で王都へ?」

「ああ、それがあの……セザールがついてくるとか言い出して……」

チカゲは眉を顰めた。

「彼ね、わたしが心配なんだって。ただ陛下に報告しに行くだけなんだけど。――あと前から警備隊に憧れてたみたいで、王都で訓練受けたいんだって」

それだけではないだろう。そしてそのことをリオンもわかっているらしく、神妙な――なんとも言えない面持ちをしていた。

「あの、えっと……チカゲさんは、ダリウスさんの手伝いがあるもんね?」

少女が何を言いたいのかはなんとなくわかった。分かったけれど、健気な彼女は続けて言うのだった。

「せめてあの――当日船に乗るので、見送りに来てくれませんか?」

「…………その船往復でいくらです?」

はっと少女の目が煌めいた。やめろ。まだ肝心なことは何も言ってない。

「ええと、これぐらい……」

少女の提示した金額は妥当なものだ。

「ワタシがついて行っても?」

今度こそきらきらと青い目が煌めく。だからその目はやめてほしい。どうにも居た堪れなくなるのだ。

「もち、もちろん! 来てくれるの!?」

「ええまあ。ダリウスさんは話せば分かってくれるでしょうし」

「嬉しいな! チカゲさんと船旅!」

いやセザールもいるんだろうとチカゲはつっこみたくなったけれど、彼女の眼中に例の青年はいないらしかった。


「そしたらわたし陛下に鳩飛ばしておきます。セザールのことも伝えてあるけど。あなたのことも伝えれば諸々手配してくれるはず。……でもあなた監視対象ではあったから……一応聞きますけど、ええと、その、ツクヨミ様の件は」

「……彼は故人です。蘇りません」

「じゃ、じゃあ賢者の石は」

「くどいですね。もう狙っていません」

リオンがあからさまにほっとした顔をする。

「なら陛下に報告すれば多少融通を利かせてくれるはずです。――良かった、どれくらいの滞在になるか分からなかったので、正直あなたと離れるのすごく寂しかったんです」

「そうですか」

頬がひくつきそうになるのを抑えながらチカゲは真顔で言った。

「それじゃ、三日後に出発なので、支度整えておいて下さいね!」

リオンは先ほどまでの切ない目が嘘のように、酷く嬉しそうに笑って言うのだった。


ダリウスに王都へ行くという話をすれば、彼は存外すぐに了承した。

「またお前らいなくなんのー? 話し相手いないと寂しくなるな」

商売の問題ではないのか、とチカゲは思った。彼の自分へ向ける友情はどうにも本物らしい。なんとなく分かっていたけれど、ありがたく思った。そして少しだけ――寂しさを覚えたことに驚いた。

「売上に――支障が出るのは申し訳ありません、ただワタシは」

「いーよいーよ、もともと俺が無理言ってお前を引き込んだんだから、支障もクソもないの。お土産は――そうだな、お前とリオンが無事に帰ってくること、それでいい。くれぐれも王都でバカな真似すんなよ。お前ちょっと前まで、リオンの監視対象だったんだからな」

少し仏頂面に見えるこの商人はやさしい男だ。

「あのねチカゲ、知っとるか分からんけど、王都には差別がある。こっちの大陸の人間に対してのね。昔より減ってるって聞くけど……ヘーキ?」

そう、王国には差別があるとは昔から聞いていた。特に王都周辺では。

「無論存じておりますよ」

チカゲは静かに目を細めた。

「アナタが思うほどワタシ、ヤワではありません」

「ならいいんだ」

切なく笑う彼に、チカゲは少しだけ表情を緩めた。

「ありがとうございます、気をつけます」

そう言って、チカゲは彼と別れた。


チカゲの荷物は少なかった。タソガレ村に墓参りに行った時もそうだ。リオンもあまり荷物はなかった。ただ報告書をきっちり風呂敷に包んでいた。


小さな港の近くで、シフォンの熱烈なお別れを受けたリオンは、彼女を抱きしめて慰めているようだった。ブレッドが呆れたような顔をして、仕事に励めよと言っているのも見た。


昼前、船は出発した。それなりに大きな船で、二十名程度が乗っているようだった。小さいけれど、丁寧に客室もある。


「チカゲさんみてみて、カモメがいるよ!」

甲板の上のリオンは黒髪をなびかせていた。そこには相変わらずチカゲのあげた紅の髪紐。チカゲはどこか眩しい光景に目を細めた。

「そりゃ海ですからね、鳥ぐらいいるでしょう」

「情緒ないなー」

言いながらリオンはカモメを見ていた。

「昔、初めて王都へ行った時はカモメは見なかった」

「……いなかったのですか?」

「違うよ、荷物に紛れ込んで行ったから。甲板に出られなかったの」

「…………王都に着く前に、過去に何があったのか、その、お聞きしても?」

「…………」

潮風が吹いていた。

「知ったら、わたしのこと嫌いになるよ」

リオンは切なく言ってから、からりと笑った。

「あ、別に好かれてる訳でもないんだった!」

少し痛々しく笑みを浮かべると、無理矢理明るく言って、甲板を降りてしまった。


王都へ行くには船で四日ほどかかる。


チカゲは考えあぐねていた。彼女の過去は断片的にしか知らない。

以前、夢の中で小さなリオンと出会ったことがあった。

あの夢はきっと過去の再現だった。王都と思われる場所の路地裏に、彼女はいた。濁り切った瞳でナイフを握った、薄汚れた少女。


あのふざけた魔女は嫌いだが、彼女がリオンを今の正しい姿に矯正したと言うのならば、憎むのもお門違い。まあ面白くはないが。その辺やら国王との関係やら知っておきたいが、踏み込むのも躊躇われた。リオンが自分に対してそうだったように。自分もまだ明かせていない過去なんて山ほどある。幼少期の無様な記憶も。捨て去った初恋のことも。もっともあれが恋だなんて言えるのかは分からないけれど。それと同じだ。


数日後の夜、なんとなく甲板に出ようとしたチカゲは、セザールとリオンが話しているのに気がついて、階段の途中で足を止めた。

セザールはここ数日、時折視界の端をうろついていた。主にリオンのそばを。目障りでしょうがなかったが、直接本人に言うほど狭量ではないつもりだったので、黙っていたまでだ。


「楽しみだなぁ、警備隊になるのは僕の夢だったんだ」

「セザール、警備隊はそれなりに厳しいよ。そんな簡単になれるものじゃない」

「分かってるよ、だから敢えて王都に行くんじゃないか。それに所属するならアーノルド陛下に直接謁見しないといけないし。――でも暇な時は君が稽古をつけてよね」

「まあ時間がある時はね」

「……僕は王都出身だから、子どもの頃警備隊の姿をよく見ていたんだ。憧れだったよ」

「そう。わたしは怖かったけどね」

「…………。あっちにはまだ差別が少し残ってるだろう。君は苦労したはずだ」

「同情は結構」

「同情じゃなくて……君は強いよ。強くて、立派な女性だ」

チカゲは出ていくか悩んだ。このまま客室に帰った方がいいかもしれない。

「でもね、君は時折傷ついた目をする。無理をしている時も。少しぐらい頼れる存在になりたいんだ」

「…………」

「君を守れるようになりたいんだよ、分からない?」

「それはどうもありがと。自分の身は自分で守れまーす」

「はぐらかさないで、君が好きなんだ」

チカゲは思わず視線を上げた。

セザールがリオンの両手を握っていた。瞬時に湧き上がる殺意に蓋をする。

「えーと、あのさ、ごめんね。何度も言ってるけどわたし好きな人がいるんだってば」

「チカゲさんだろ、彼君を傷つけてばかりじゃないか。なぜあの人なの? 僕は心から君を守りたいと思ってるのに」

「そんなこと言われても……好きなものは好きで」

「強くなったら――君を守れるようになったら――僕を好きになってくれる?」

ぐっと近づく彼にリオンが困惑した声を出した。

「違う、強いとかそういう問題じゃないの、わたしは――手を離してっ」


「こんな夜更けにお熱いですね」

冷め切った声でチカゲは割って入った。リオンがあからさまにほっとした顔をする。セザールは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「お邪魔でしたら撤退しますが」

行かないで、とリオンが目で言っている。助けを請うような目だった。セザールが珍しく舌打ちしてすれ違うようにして甲板を降りて行った。


はあ、とリオンがため息をついた。複雑そうな目をしていた。

「何か……誤解してる?」

「誤解とは? 我々は恋仲でもないでしょうに」

「……そ、そうだね。そうでした」

しゅん、と落ち込んだ後にリオンはそれでも健気に顔を上げた。

「あのね、助かったよ、ありがと」

「なんのことか分かりかねます」

「ほんとにぃ? 助けてくれたのかと思った。まあいいや」

リオンは切ない目で海を眺めていた。


「――王都に着く前に知っておきたいと、言ってたよね、わたしの昔の話」

ざざんと波が揺れる音が聞こえる。夜空には星が散りばめられていた。

「わたしの故郷が銀竜村って話はしたよね。そこがもうないことも」

「……ええ」

「銀竜村に入ってきた男達はたくさんいた。どこから来たのか分からなかったけれど、王都の鎧を着ていた。そいつらにみんな殺された。お父さんもお母さんも」

そう語るリオンの横顔は静かだが、瞳はどこか遠くを見ていた。

「わたしは瓦礫の下になったお母さんを――生きるために見捨てて逃げた。走って、走って、はしって……そ、それで」

「リオンさん、聞きたいとは言いましたが、無理をしなくとも」

「いいえ、聞いて。わたし、わたしは――はあっ、はーっ、王都の人間を全員殺すと決めたの」

振り返った少女の瞳はぎらぎらとした殺意に満ちていた。はっとしたチカゲの前で、彼女は告げる。

「ぜんいん、ぜんぶ、ころしてやるんだと、決めたの。それで船に潜り込んだ。荷物に隠れて。陸に着いた後、船から降りて、王都で身を潜めた。……間違えたんだと、おもう。――その頃はまだ差別がひどくて、生きるのに精一杯だった。王都の孤児達と友達になったけど、わたしのせいで迷惑をかけることもあって――だから結局、一人で行動した。それに、それに、わたしは、王都のおとなをぜんいんころすつもりだったから――本気だったんだよ」

青い目は底知れぬ色をしていた。復讐に染まったかつての自分のように。

「食べ物を恵んでくれた人も、後から何かを要求することを知った。だから誰も信用しないってきめた。本気で王都のにんげん、ぜんいんみなごろしにするつもりだった。でも――たかが子ども一人に何ができると思う?」

傀儡のようにかたりと首を傾げる少女に、一瞬ゾッとした。

「リオンさん、」

「……魔女に、拾われたの。王室付きの気まぐれな魔女だった。チョコレートをくれた。お菓子や食べ物をいっぱいくれた。――見返りも求めなかった」

彼女は目を閉じた。そうして――開いた時にはもう、いつもの瞳に戻っていた。

「カヌレさんは――わたしに言ったの。復讐は何も生まないと。命を粗末にするのはやめなさいと。私はあなたから何も奪いやしないわって」

「…………」

あのふざけた魔女にそんな一面があったとは知らなかった。チカゲは黙って聞いていた。今の少女は、もういつもと変わらぬ澄んだ瞳をしていたから。

「前代の王様に、カヌレさんが会わせてくれた。あの王様は――わたしに謝ってくれた。わたしの見た鎧はもう城では使われていないものだけど、国の誰かがやったのだろうと。謝罪するから、無茶な野望も復讐も捨てなさいって。命を粗末にしてくれるなと」

リオンは困ったように笑った。

「馬鹿だよね、わたし、王様に会いにいくふりして、ナイフで刺そうとしたの」

「っ……」

「勿論弾かれちゃった。普通なら処刑なんだけどね。ちょっと王様も、カヌレさんもやさしすぎたの。それで、それでやっと分かったの。間違ってたんだって。いっぱい泣いて――ごめんなさいって――言ったの。それからカヌレさんとお城に住むことになったの」

「随分と――過激な子どもだったのですね、アナタは」

「さあね、わたしを殺そうとしたチカゲさんといい勝負じゃない?」

そう言って笑う少女の目は翳りがなく、チカゲはそのことにひどくほっとした。

「それでは――現王に仕えているのは――」

「うん、前代の王様もいい人だったから、力になりたいと思うようになったの。こんなわたしを認めてくれるような人だったし。だから警備隊に入れるよう鍛錬した。――その王様は亡くなっちゃったけど――息子のアーノルド陛下もちょっと我は強いけどいい人だったの。お父上の血を継いだんだろうね。だから警備隊続けてる」

「そうですか。今ではあちら側の人間だと?」

「難しい言い方はしないで。アルジェント王国に仕えているけど――本当の故郷は東雲大陸だし――わたしはわたしの守りたいものを守るの。それだけ」

「随分と複雑な人生を送ってこられたのですね」

「さあ。あなたもそれなりでしょ」

リオンはいつしか穏やかな目をしていた。チカゲはほっとした。

彼女が空を見上げる。

「星が綺麗――それはどこにいても変わらないね」

「ええ」

「わたしはもう、間違えないようにしたいの。賢者の石を追うあなたは、あまりに――昔のわたしに似ていたから――心が、痛かったよ」

困ったように少女は微笑んだ。

「でももうきっと、心配しなくても大丈夫だよね?」

チカゲは目を細めた。自分も二度と間違えたくないと思った。



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