共存
この地上にはいろいろな命が共存している。
人は、己らと動物、植物だけだと思っているかもしれないが、人が見えない場所で、神や闇、月の眷族と呼ばれる命も、共にこの地上を回して生きているのだ。
そんな者達が生きる中で生じる気の流れなどに影響されて、地上は如何様にも変わって行く。
それを、全ての命にとって問題ないようにと気の流れなどを調節するのが、人以外の命の責務だった。
しかし、それぞれの方法で、良いと思うようにしていたので、連携などは取れてはおらず、まして自分の責務だと思ってもいない命も居たので、調節するどころか乱す方向へと動かし、翻弄される力のない人を見て楽しむ輩も居た事もあった。
今は、そんな命は黄泉へと去り、強く正しい命達が、地上を綺麗にまとめて間違いがないようにとしっかり管理している。
準備ができた端から連携する範囲は増えて行き、遂に最近になって、絶対に共存できないと思っていた闇でさえ、地上を共に管理する役割を持つ事を知る事になり、地上は恐らく、本来これを創造した命が望んだ形に収まろうとしていた。
とはいえ、今はやっとその出来上がった形に慣れようとしているところで、それが本当に完成形なのか、まだ先があるのか、調整は必要なのか、そんな事までは分からない。
試行錯誤しなければならないのは、仕方がなかった。
今回の、ルスランの件でもそうだった。
維心が取り成したことで、イゴールも文句は言えなくなり、それどころか自分達も闇と同じように世の中から偏見を持たれるような存在なのだと認識し、少しは溜飲を下げたようだ。
ベンガルは、その結界から出ることができるのは、成人を過ぎて自分の力の危険性を認識できた神だけと定められ、イゴールはその内在する力を、徹底的に幼い頃から教え込む仕組みを構築して行こうとしているらしい。
とりあえずは、今回の事件は収まった形だったが、自分の知らないところでそんなことが行われていたのかと、炎嘉は面白くなさそうだった。
定例の会合が終わった龍の宮の宴の席で、炎嘉が言った。
「そんな面倒になっているのなら、我に申さぬか。」炎嘉は、酒を煽りながら言った。「維月と多香子が攫われたのだろう?新しい闇まで出て来て。ベンガルの力の面倒さは、我だって知っておる。力になれたかもしれないのに。」
志心が、言った。
「主は匂いなどからきしではないか。我でも追うのは難しかったのに、漸でなければ無理だった。そも、事を大きくするのは闇がやっと共存で落ち着こうとしておる時に、まずいと思うたからぞ。もう終わったのだから良いではないか。」
焔が、むっつりと言った。
「…別に、我らが蚊帳の外にされたからと拗ねておるのではないわ。水臭いと申しておるのよ。役に立たぬでも、少しは相談ぐらいしてくれてもと申すのだ。まあ、もう終わったことであるし。もう良いがの。」
全く気にしていない様子の、翠明が言った。
「そうそう、終わったことぞ。それより、多香子が志心殿の所へ渡ったと聞いておる。妃であるから式はないと聞いておるが、どうか?上手くやっておるのか。綾が気にしておってな。」
なんでも綾だな。
皆が思っていると、志心は答えた。
「ああ、あれは上手くやっておる。知っておったがかなりの努力家での。僅かな間に、閉じておった犬神の宮から来たとは思えぬ知識だと我が臣下達も感心しておった。うちの宮の動きも、維月が教えたとかでしっかりと頭に入っておって、次の会合の采配も、我が手を出さずでも良いような様で。長く居なかった妃が来たこともあって、臣下も楽になったとか、宮が華やかになったとか言うて歓迎しておるよ。あれを選んで良かったと思うておる。」
漸が、言った。
「いろいろ思う所もあるようで、あれは主の宮へと入る前日、己が産んだ二人の子達に挨拶をしておった。結界内のことなので、我には筒抜けだったのだがの、母として世話をしてやれなくてすまなんだと申しておったわ。あれは軍務ばかりで、全く子を省みない女であったからの。いろいろあって、それは間違いだったと思うたようぞ。二人も軍神であるので、最後に指南してやっておった。子の二人も、長い間持っていた母親へのわだかまりが、少しはマシになったようだった。女の軍神の、退役の時期の事も少し考えてやらねばならないかとそれを見て思うたもの。」
炎嘉が、言った。
「やはり、子育てと軍務の両立など無理であるな。軍神は命も懸かっておるし、時間通りに帰れるわけでもない。乳母を雇うにも報酬を出さねばならぬし、それが長時間になれば量が多くなって何のために仕えておるのか分からぬような状況になろう。我らも、妃と乳母がほとんど担ってくれるからこそこうして政務に勤しんでいられるが、それがなければ皇子を連れて会合に出て来ねばならぬところぞ。それぞれがそれぞれの役目を持っておるのだと思うと、女の軍神が縁遠くなるのも分かる気がする。」
焔が、頷く。
「まあ、我とて妃に丸投げで己が何もしておらぬから、皆に咎められた過去があるがの。」
箔炎が、顔をしかめる。
「主は何もしなさ過ぎたのだ。やらせるのは良いが、少しは己も担った上で、相手を労うようにせよということぞ。何事も、当然の事など無いのだからの。」
そう、当然なことなどない。
維心は、それを黙って聞きながら思っていた。
自分は、維月が傍に居るのが当然と傲慢な態度になってしまっていた。
今は、自然傍に居る時が有難い時であり、貴重な時間なのだと思えるようになった。
だからこそ、お互いにお互いを大切にしようと思えるのだ。
そう思って大広間の大きな窓から空を見上げると、月が空に浮かんでいた。
…維月は、今頃北か。
維心は、そう思って月を眺めていた。
その頃、維月はサイラスの領地の、ルシウスの城に居た。
そこで、十六夜と共にキリルとルスランを訪ねていたのだ。
到着した時、ルスランは微妙な顔をしたが、キリルは大喜びでこちらへ飛んで来て、十六夜と維月に抱き着いた。
「十六夜!母上!来てくださったんですね!」
維月は、キリルの頭を撫でてフフと笑った。
「キリルったら、あなたは十六夜も好きなのね?」
キリルは、十六夜に抱き着いたまま、頷く。
「はい!だって十六夜、良い匂いがする。」
十六夜は、キリルをよっこいしょと抱き上げると、言った。
「なんだお前もかよ。前に下へ降りた時、人にも言われた。オレって匂うかあ?」
キリルは、ブンブンと首を振った。
「匂うんじゃなくて、良い匂いなんだよ!母上にも似てる。ねえ十六夜、聞いてもいい?」
維月には敬語なのに、十六夜にはため口だ。
恐らく、維月の記憶を少しもらっているので、そのせいでこうなっていると思われた。
十六夜は、頷いた。
「いいぞ。なんだ?」
キリルは、じっと愛らしい瞳で十六夜を見つめて、言った。
「十六夜が来たら、霧がすごく急いでどこかへ行ったの。ここにはいつもたくさん霧があるのに。どうして?」
十六夜は、答えた。
「それはな、オレが陽の月だからだ。オレってさ、実は霧とか闇を浄化するために居る命で、お前らにとっては天敵なんでぇ。」と、じっと複雑そうな顔でこちらを見ている、ルシウスとルスランを見た。「ほら、お前の父親もルスランも、オレとは距離取ってるだろうが。消されやしねぇかって警戒してるってことだ。」
キリルは、え、とルシウスを見た。
「父上、十六夜はそんなことしません。母上が十六夜はとっても優しい命だし、誰が裏切っても十六夜だけは裏切らないって。」
そう維月の記憶が言ってるんだな。
十六夜は、思って聞いていた。
ルシウスは、息をついて手を差し出した。
「分かっておるわ。こちらへ参れ。」
キリルは、素直に十六夜の腕から、ルシウスの腕に移った。ルシウスは続けた。
「これは命に刻まれた記憶で、我らは長く陽の月を恐れて隠れておったからの。一朝一夕ではこのわだかまりは消えぬのだ。主は生まれた最初から維月の記憶をもらっておるから、十六夜に対して信頼があってそうなっておる。本来、闇はルスランのように陽の月の事はとても警戒するものなのだぞ。まあ、今の陽の月は問題ないと我も思うが。」
維月は、苦笑した。
「維心様が上手く収めてくださったので、神世のほとんどが知らないまま何とか落ち着いたので、二人の顔を見に参ったのよ。話がしたくて。」
ルシウスは、頷いた。
「よう参ったの、維月よ。参れ、居間へ参ろう。」
そうして、ルシウス、キリル、ルスラン、十六夜、維月は、闇の城の王の居間へと向かったのだった。




