ベンガル
維心は、ルキアンを連れてベンガル城へと義心と二人で赴いた。
いきなりの事で先触れもなかったので、イゴールが奥から出てくるのを待たねばならなかったが、筆頭軍神のアンドレイが義心に寄って来て、ルキアンを抱きかかえて言った。
「よう、よう無事に帰してくださったもの!もう、ダメだとあきらめておりましたものを。」
維心が、言った。
「治癒の者に見せるがよい。恐らく何もない。他は残念だったが、不干渉地域に参るということはそういう事だと肝に銘じさせるが良い。」
アンドレイは頷いて、側の軍神に頷き掛ける。
軍神達がルキアンを持ち上げると、イゴールが奥から飛んで出て来た。
「維心殿!」と、ルキアンを見た。「おお、無事か!」
維心は、頷いた。
「話さねばならぬ、イゴール。いろいろ面倒なことになっておった。これは、結局のところ利用されておったのだ。詳しく話す。」
イゴールは、頷いた。
「もちろんぞ。こちらへ。」と、踵を返した。「応接間へ参ろう。」
維心は頷き、義心を伴ってイゴールについて城の中へと歩いて行った。
応接間へ着くと、後から重臣の一人と、アンドレイが入って来て、イゴールの後ろに控える。
維心は、イゴールの正面の席に座り、後ろには義心が膝をついて控えた。
イゴールが、言った。
「重臣筆頭のゲラシムと、軍神筆頭のアンドレイぞ。これらもあれを案じておったゆえ、同席させてもらおうぞ。それで、ルキアンが戻ったということは、主らの妃も無事だの。利用とは、やはり仙術か。」
維心は、頷いた。
「その通りぞ。闇になろうとしておった、意思を持つ霧の側へ参ったゆえ、それの習性から憑くことになり、それらの記憶から知識を得てあのようなことになっておったようだ。それがあったので、膜が張られてルシウスにも見えずでおった。ルシウスは、逆に霧のないように見える場所を探って探し出し、今は闇となっていた、ルキアンに憑いていた命と話して解放させた。それは、殺そうとしておったのではないゆえ、狂うことなくあれは戻った。他の4人は…あの場所には霧も多いゆえな。それの犠牲となったようよ。」
イゴールは、眉を寄せた。
「…ならば、やはり闇の仕業。そもそもが、そんな存在を野放しにしておった闇に抗議する。まだ子供であったのに…ルキアンだけでも無事であったのは奇跡ぞ。」
維心は、言った。
「ならば、こちらも抗議する。」イゴールが眉を上げると、維心は続けた。「そもそもが、その昔からベンガルの術には悩まされておった。だが、主が品行方正に生きておるし、イリダル一人の事で良いかと見逃した。しかしそれからどうよ。アマゾネスの術とて、主の眷属が拐われ、その血筋の神によって放たれて我らは迷惑を被った。今回も、結局また不干渉地域などにフラフラと出て参って憑かれ、維月と志心の妃になる女の二人が拐われる事態にまで発展した。地にも闇にもその行方は知れず、しばらく月の眷属達はイライラしておった。碧黎など、こんなことになるのなら、やはりベンガルという種族は子を減らして参って滅ぼすべきかと言い出しておったほどぞ。我とて、イリダルの件の時に一族を根絶やしにしておいたら良かったのかと思うたほど。だが、それでは見逃した意味がないゆえ、とにかく解決に向けて励んでおったのだ。此度の術は、浄化の炎でもどうにもできなかった。闇本体が納得して解放してくれたゆえ、何とか助け出すことができたものの、そうでなければ維月がどうなったか分からぬのだぞ。全ては、主が己の眷属という面倒な能力を持つもの達に、しっかりとその意味を教えてフラフラ出て参るようなことがないように、見張っておらなんだことが問題なのだ!」
イゴールは、種族を根絶やしにと聞いて、顔色を変えた。
「そのような!我らは何も神世に仇成すようなことはしておらぬし、そもそもこちらも被害を受けておるだけであるのに!濡れ衣ぞ!」
維心は、言った。
「こちらとてこんなことは言いとうないわ。だが、現にベンガルという血があるからこそ、あんな術が生まれてこうなっておる。主らはあまりにもそれに対する認識が甘いのだぞ。闇とて、己の身を守ろうと術で隠れようとしておっただけ。たまたまそこに来たからこそ、知識を得ることになり、術を使った。だが、闇はルキアンを殺すつもりものっとるつもりもなく、こちらが話したら話を聞いてあっさり返した。元々借りておっただけだと言うておった。その闇は、話せば分かる闇であったゆえ、今はルシウスの元で教育を受けることになっておる。借りておるだけなのは、ルキアンが無事なことからも分かろうが。それなのに抗議すると申すなら、我だって抗議すると申すのだ。主の監督不行き届きだからぞ。うちの宮から、肝試しなどという愚かな行為で危険地帯に出て参る神など居らぬぞ。こちらはそんなことすら咎める神は居らぬのか。」
イゴールは、唇を噛み締めた。
そう言われてしまうと、その通りだったからだ。
ゲラシムもアンドレイも、不安そうにイゴールを見ている。
イゴールは、言った。
「…分かった。主が申すのは、確かにその通りぞ。我らの力は、利用されやすいのに。結界外の、今はましになったとはいえ霧の多い場所にフラフラ出て行く臣下を、留められなかったのは我の責。これよりは必ず、その危険性を周知させて利用されることがないように、監督しよう。さすれば、地は我らを滅ぼそうとは思わぬのだな?」
維心は、頷きもしなかったが、首を振りもしなかった。
「…分からぬ。碧黎がどう考えるのか、我にはの。我は、とりあえず様子を見て主がきっちり己の眷属を守れるのなら良いだろうと思う。だが、碧黎は我とは違うゆえ。徐々に子を減らしてと申しておったゆえ…滅ぶにしても、数百年単位で先の事であろうが。主の皇子の、イサヤの代にはかなり数が減ることになり、そこで初めて分かることになろうがの。」
「そんな…!」
ゲラシムが、思わず声を漏らす。
イゴールは、険しい顔で言った。
「我らのせいではないのに。ならば、その能力だけを取り上げることは?」
維心は、息をついた。
「血に刻まれておるそうで。碧黎はイリダルの件の時にやろうとしたが、殺すよりないのだとわかって保留にしておったらしい。その生まれのせいであるから、主らのせいではないのはわかっておる。だが、それで分からぬか。闇とて生まれたら闇であった。その性質に関係なく疎まれる。同じことなのだ。」
イゴールは、そういうことなのだ、とやっと分かった。
自分の性質如何に関わらず、他が悪だと決めたら悪。
闇とて、同じ心地なのだろう。
イゴールが黙り込むと、そこに声が割り込んだ。
《…我も様子を見ようと思う。》
え、と顔を上げるイゴールに、維心が言った。
「碧黎ぞ。」と、宙に話し掛けた。「ならば、数は減らさぬと?」
碧黎は、答えた。
《主が言うように、闇とて同じ。ベンガルが悪いのではないのはわかっておるが、その他大勢にとって脅威であるから消そうというのは乱暴な話であろう。騒動を起こした闇も、人や神を助ける命となるべく学ぶ機会を得た。ならば、ベンガルにも。もう二度と浅はかな行動はせず、その血に刻まれておる面倒な能力を守り切ると申すなら、考えよう。とはいえ、次はない。我にも見えぬ膜など、ハッキリ言って面倒この上ないからの。此度はあの闇の性質の良さに助けられた。そうでなければ維月も多香子もどうなっておったか分からぬし、そうなっておったら有無を言わさずベンガルには消滅の道を歩ませておっただろう。運が良かったの。この上は、しっかりと臣下達の意識を引き締めて、二度と同じ事がないようにするが良い。》
ゲラシムが、涙を浮かべて肩の力を抜く。
イゴールは、しっかりと頷いた。
「ならば、そのように。言われてみれば、確かに我らは己の能力を侮っておった。己が使わねば問題ないと思うて、特に対策も考えず、危険性など教えて来なかった。これよりは、徹底して教えて参ろう。一族の存亡がかかっておるからの。」
維心は、頷く。
「ならば、我らは見ておろうぞ。主らも、闇を忌み嫌うのではなくその性質を見て考えを改めるが良い。難しいだろうが…我も、努力しておる最中であるから。」
龍王ですら闇にはまだ抵抗があるのか。
イゴールは思いながら頷いて、その血に刻まれた面倒と、向き合って生きて行くことを心に誓ったのだった。




