学び
それから、ルシウスからもルスランからも話を聞いた維月は、ルスランがとても学んでいるのを感じていた。
キリルも学びは進んでいるが、闇になるまでに持っていた知識の量が違うので、そもそもその初めが全く違う。
なので、キリルはまだ子供で半分遊びながら育っているようだったが、ルスランは僅かの間に成人したような見た目へと変化していたので、中身が急速に成長しているのが見て取れた。
維月は、言った。
「ルスランは誰にも教わらずにある程度の知識を頭に蓄えて成長していたから、心強いわね。このままの勢いで成長したら、デロイスぐらいには頼りになるのではない?」
ルシウスは、顔に感情が全く出ないのでどう思っているのかいまいちわからなかったが、答えた。
「生きた年数が違うゆえ、デロイスとは比較できぬと思うておるが、確かにこれは我らとは別の形で成長したので、我らが知らぬような神や人のことも知っておって役に立つとは思う。しかも、他の闇とはいまいち価値観が違った我も、ルスランとは価値観が似ておって意思の疎通が楽ぞ。デロイスですら、元は人であった過去があるゆえ、我には理解できぬ所があるが、こやつの事は分かりやすい。ゆえ、教えることも入って行きやすいようぞ。」
つまりは、気が合うということかしら。
維月は思ったが、良く分からないので言うのはやめにした。
ルスランが、言った。
「我は己の中の疑問に貪欲に答えを求めて生きていただけよ。しかも霧として漂いながらなので、己が行きたい方向へ行って学べるわけでもなかった。なので、側に人や神が来たら貪るようにその記憶を全て吸収して生きていた。選んでおる暇などなかった…とりあえず、知識が必要だったのだ。ゆえ、あれこれ頭にはあるのだが、それが役に立つのではと碧黎とかいう地が申す。」
維月は、え、と目を丸くした。
「お父様と話したの?」
ルシウスが、答えた。
「あの術のことから気になるようで。一度話し掛けて来たことがある。ルスランがどこまで知っているのかと、あれこれ聞いておった。我には聞くなと申すから、あまり詳しくは知らぬが。」
ルスランは、頷いた。
「何やら必要になるとかで。求められたら神に我の知識を提供せよとのことなので、我は求められるまでは何が必要なのかわからぬし、碧黎と何を話したのか口には出さぬがの。」
これからのことだと言っていた。
恐らく、碧黎には何か見えていることがあって、それに備えているのだろう。
…それが、どんな面倒なのか気に掛かる。
維月は思ったが、ルスランは口に出さないと言っているのだ。
十六夜も分かっているのだろうが、黙っているところを見ると同じ気持ちなのだろう。
維月は、今は気にしないことにして、そこからはキリルの話に耳を傾けたりと、表面上は穏やかに過ごしたのだった。
多香子は、会合に行った志心の代わりに、宮のあれこれを指示してホッと一息ついていた。
志心は、その実激しい神なのは臣下達への対応や、臣下達の反応で垣間見えるので分かっていたが、普段は穏やかで落ち着いた神だった。
嫁いでまだ、二月と少ししか経ってはいなかったが、共に庭を歩いたり、居間に上がって共に他愛もない話に花を咲かせたりと、思ってもいなかったほど、穏やかな毎日を過ごしている。
志心は見た目の若さに関わらず、とうに1000を超えた年であるので、とても博識で多香子は教えられることばかりだった。
話し相手になるからと言われて嫁いだが、なので志心は退屈していないだろうかと気になって、せめてもと宮の仕事を必死に覚えてこなす毎日だったが、些細なことでも褒めてくれるので、とてもやりがいを感じていた。
臣下も大変にできた妃であられると言って良くしてくれるので、多香子はとても居心地は良かった。
…それでも、回りが甘やかしてくれることに甘んじておってはならぬ。
多香子は、気を引き締めて生活していた。
維月にも会いに行きたかったが、まだ宮を空けることができるほど宮に慣れてはおらず、まだまだ訪ねるのは先になりそうだ。
志心は行くといえばあっさりと許してくれそうだが、臣下の心象を考えても今は我慢のしどころだと多香子は弁えていた。
…しかし、やはり気を張って生活しているせいか、ここのところ体調が優れぬな。
多香子は、スッキリしない頭を振った。
軍務で体には自信があった多香子だったが、慣れないことをこなす毎日に、やはり無理が掛かってしまっているのだろうと、その夜は早く休むことにして、自分の部屋の寝台へと入ったのだった。
次の日の朝、維心達上位の王達が集まって帰る前の茶を飲んでいると、夕凪が慌てたように入って来て、志心の側に膝をついた。
「何ぞ、どうした。帰る支度は整ったと先ほど聞いたがの。」
夕凪は、首を振った。
「いえ、違うのです。宮から急ぎ知らせが。多香子様が、お加減をお悪くなさっておるようで。朝寝台から起き上がられたのですが、侍女達に手伝わせてお着替えをなさっておる最中にお倒れになられたと。御本神は大丈夫だとすぐに起き上がられましたが、お顔の色は真っ青で。それでもお勤めに出て参られようとなさるので、臣下達が必死にお留めしておる状態らしゅうございます。」
志心は、腰を浮かせた。
「多香子が?」
炎嘉が、言った。
「ならば帰ってやるが良い。あやつは軍神であるから、恐らく限界まで務めにつこうとするはずぞ。もう二月以上、そろそろ疲れも出る頃よ。」
志心は、頷く。
「ならば我はこれで。あやつは弱音など吐かぬから、油断した。休むように我が申さねばあれはそんな状態でも仕えようとするのだ。連れて参ったら良かったわ。」
志心は、急いで夕凪と共に出て行く。
それを見送って、焔が言った。
「頑張り過ぎる妃というのも困りものだの。疲れたら疲れたと言うてさっさと奥に籠もるぐらいでないと、常気をつけておかねばならぬから気を遣ってしようがないわ。」
漸が言う。
「確かに軍務についておったら疲れたとか言うておられぬし、あやつが務めをおろそかにするところなど見たこともない。それにしても体力はあるはずなのに。倒れるなど、余程のことぞ。大丈夫かの。」
とはいえ、志心が妃を酷使するような王には見えない。
恐らくは、気疲れが今になって出たのだろう。
渡が、言った。
「気疲れだろうて。慣れぬこちらの宮の妃となったことで、気を張って励んでおるからであろう。まあ…うちの妃にもそれぐらいの気概が欲しいわ。」
炎嘉が、渡を見た。
「なんと申した?美穂か。あやつ、ようできた妃だと、思うておったが何かあるか。」
翠明が、途端に目を細めて顔をしかめた。
「…また何か言うておるか?あやつは、気が強いやつであるからの。悪い皇女ではないが、主に甘えがあるのかも知れぬ。」
維心が、そう言えば、と言った。
「確か、花見の時に口を聞かぬとか言うておったな。あれからどうなったのだ。」
渡は、ため息をついた。
「そのままぞ。我は落ち着いて過ごせるゆえ問題ないが、長く奥にも呼ばずにいたら、最近では気分が悪いとか言うて引き籠もっておってな。皇子の昊のヤツは、美穂がそんな様子なのであれほど手のつけられない様子だったにも関わらず、何かを気取ったのかおとなしく乳母の言うことを聞くようになった。我はなのでこのままでも良いが、そのうちに里へ帰るとか言い出しそうでな。面倒この上ない。」
維心は、深刻な顔をした。
「それは困ったものよ。花見の時に維月と他の妃が諭したのだと聞いておるのに。あれは何も分かっておらぬのだの。」
渡は、ため息をついた。
「やはり歳若い妃はならぬ。我とは中身が違う。我はとうに七百を超えておるのに、そうそうベタベタと共に居るのは面倒でしかないし。子育ては妃に丸投げで来たゆえ、あれを育てるつもりでとか我には重い。どうしたものかと、結局放って置いて今ぞ。志心のように、物を知った女を娶るのがやはり我には合っておったと思う。とはいえ、娶ったからには最後まで面倒を見るつもりではいるがの。」
やはり、上手くは行かないものなのか。
皆は、複雑な気持ちでそれを聞いていたのだった。




