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膜

維月は、ルキアンに言った。

「ちょっと待って、いろいろ聞きたいことが今の話で出て来たけれど、つまりは膜に穴が開くというの?」

ルキアンは、頷く。

「はい。定期的に…気が少なくなったなと思ったら、膜に穴が開いて外から気が流れ込んで参ります。同時に霧も入り込んで来ることがあって、それは外へ押し出して事なきを得ております。」

維月は、頷いた。

「ならば、外と通じておるのは確かね。でも、まずあなたの王の名誉のために申すけど、あなたはとても皆に案じられて探されておるわよ。それこそ、闇や月まで総出で探しておるけど、見付からなかったの。でも、あなたの他の4人は…見付かったけど。」

え、とルキアンは顔を上げた。

「あれらは助かりましたか。良かった、ならば、あれらがこの事態を知らせてくれて。」

維月は、困ったように顔をしかめた。

「…いいえ。あの子達は、みんな死んで見付かったの。ここのような、地下深くの洞窟の中で。」

ルキアンは、ショックを受けた顔をした。

「そんな…全員?!」

維月は、神妙な顔で頷く。

「ええ。生気を吸い取られたような様子で死んでいたから、闇の仕業ではないかと皆に思われていたわ。でも、闇達は何も気取れていなかった。それも、恐らくこの膜の中で行われたことだから、見えていなかったということなのね。」

ルキアンは、目に見えて消沈してしまい、膜の中で崩折れて項垂れた。

多香子が、言った。

「…とにかく、我らも同じ運命になるかどうかは相手の出方次第ぞ。殺すならさっさと殺しただろうが、こうして生かされて隠されているということは、何かに利用しようとしておると考える方が良かろう。ルキアンよ、主はこの相手の姿を見たか。我らは、こちらへ連れて来られる間、全く相手が気取れなんだのだ。膜の中であるしな。」

ルキアンは、項垂れたまま首を振った。

「我も見ておりませぬ。時々に何かが側に居るように思う時がありますが、そんな時は相手も膜に入っているのか他の術なのか、光を大きくして辺りを見回すものの全く見えぬのです。霧が深いせいかも知れませぬ。本当に何も…何も見えぬで。」

多香子は、ため息をついた。

「…ならばお手上げか。戦う相手が誰なのかも分からぬとはの。」

維月は、膜を見上げた。

「…とにかく、穴が開くというのなら、その時に霧が外から流れ込んで来るのでしょう。私がそれらに命じて外の様子を調べさせるわ。そうしたらルシウスにも気取れるだろうし…」と、言ってから、ハッとした。「…でも、だったらルシウスがルキアンを気取れなかったのはなぜ?霧が流れ込んだら、ルシウスには見えたはず。まして、それを押し出したなら、何かが霧に触れるのだから気取り易いはずなのよ。」

多香子は、ため息をついた。

「分からぬ。主らのことは我にも深くは知らされておらぬし。そんなに細かいところまで見えるものなのか?」

維月は、頷く。

「見えるわ。今は探しておるのだから神経を尖らせておるし、余計にね。おかしなこと…とはいえ、霧さえ私に気付いたら、霧の流れでルシウス必ず私に気付くはずよ。穴が開くのを待つしかないわ。本当に、開くならね。」

ルキアンは、顔を上げた。

「我を疑っておるのですか?」

維月は、首を振った。

「違うの、あなたの方は開くのだろうけど、私達の方はどうなのか分からぬということよ。私達を密かに殺すつもりなら…このまま、気が尽きたら終わりということに。」

ルキアンは、膜に手をついてこちらへ近寄った。

「そんな!我の方の気をそちらに送ることはできぬのでしょうか。外の音など全く聴こえぬのに、膜の中同士ならこうして話せているのです。何か繋がりがあるのでは。」

維月は、苦笑した。

「まだ、どうなるのか分かっておらぬのだから。落ち着いて、ルキアン。」と、多香子を見た。「多香子はどう思う?」

多香子は、答えた。

「さあな。今も申したように、殺す気ならばとっくに殺しておるだろう。それをせずにここまで連れて来たということは、何かに利用しようとしておるのだと考える。しかし、いったい何に?我などただの軍神であるし、王や血族に迷惑の掛かることにはならぬよう、まさかの時には自ら命を絶つ。己の身を己で守れなんだのは我の責。志心様にはまだ嫁いでおらず、あの宮への影響はない。だが、主は?月であり龍王の妃ぞ。何かの利用価値を、相手は見出だしておるのでは。」

月の利用価値など、山ほどある。

まして、自分は龍王の妃で、維心なら維月のためにどんなに無理をするかと考えると、恐ろしいことこの上なかった。

「…私かも。」維月は、言った。「私の利用価値は、とても大きいでしょうね。だからこそ、私は強い守りの中にあったし、それを捕らえた時のメリットはとても大きいわ。でも…だからこそ、私はこうなったからには自分の手で事態を打開しなきゃならない。月と分断されておるから…十六夜と繋がっていないのが、これ程不安なんて。」

本体と繋がっていたら、十六夜はそこに居る。

どこに居ても維月を認識し、必ず見ていて助けてくれるのだ。

それが、今はない。

きっと、必死に探してくれているのだろう。

…きっと、十六夜の浄化の光があったなら、ここから出ることができるだろうに。

維月は、また大きなため息をついたのだった。


その頃、志心は維月と多香子の匂いを追って、庭の奥へと到達していた。

多香子は、律儀に志心が贈った自分の合わせた香を着物に焚き染めていたらしく、それと混じって多香子特有の甘い匂いもあり、追いやすい。

維月の方は、維心と同じ香の上、陰の月特有の艶のある香りでまた特徴があって、追いやすかった。

だが、それが庭の奥、二人が消えたと言われる川の近くで極端に消え、そして辺りには、そこから続く香りが全く気取れなかった。

膜に入ったことで、膜に阻まれて地との間に距離ができ、触れていないからだと思われた。

だとすると、義心が感じたのは空気に流れる僅かな香りのような気がする。

志心は、顔をしかめた。

となると、義心が感じたらしい場所の方角、北を目指して匂いを探すしかないのか。

志心がそこに立って考え込んでいると、そこへ維心と漸が飛んで来た。

空は白み始めていて、志心は二人を見上げて到着を待った。

維心が、息を切らせて漸を引っ張り、降りて来た。

「志心!何か分かったか。」

志心は、首を振った。

「何も。ここに確かに居ったのは分かるが、膜に入ってからの香りはかなり薄いのか全く分からぬのだ。義心は誠にそれを気取ったのか。」

本神も、気のせいかもと言っていた。

漸が、降りて来ながら犬の姿へと変化して、地上へと降り立った。

《地上に立っておったら感じるものも感じぬぞ?志心。》

志心は、驚いた。

犬とは言ってもやはり王、かなりの大きさの銀色の犬の姿で、目は金色に光っていた。

「…確かに。」と、志心は白い巨大な白虎の姿になった。《…お。》

維心が、そんな二人に急かすように言った。

「なんぞ?!何か分かるか。」

志心は、頷いた。

《微かに…本当に微かに匂いが残っておる。》

漸は、あちこち嗅ぎながら言った。

《かなり薄いぞ。誠にこれを龍が気取ったのか?だとしたら龍にしておくのはもったいないの。》と、飛び上がった。《こちらぞ!》

漸は、宙を走って行く。

維心と志心は、それを追って匡儀の結界を抜けて出た。


外へ出てから、漸はあちこちキョロキョロとした。

そして、ウーッと唸った。

《…風に流されておるな。》と、あちこち嗅ぎ回る。《そこに居ったら空気に流されて来て分かるが、本当に僅かな匂いなのだ。とりあえず、残っておるところだけでも見つけて追って参るしかない。多香子もだが、維月の匂いには特徴があって、珍しいゆえ探しやすい。とにかく片っ端から探して追って行こう。広いゆえ面倒ではあるがな。志心はそっちを頼めるか。我はこちらを。》

志心は、頷く。

《任せておくが良い。》

そうして、二人は左右に散った。

維心は、ただ待つしかできない自分を不甲斐なく思って、宙で歯ぎしりしながらそれを見守ったのだった。

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