捜索
イゴールは、アンドレイに連れ帰られた4人の臣下だった成れの果てを見た。
全員が干からびていて、とても若く成神前の神だったようには見えない。
アンドレイは、言った。
「…ディオン様が仰るには、地下30キロの深くに横たわっていたのだとか。そちらには霧が充満しており、本来闇に見えぬはずはないのにいきなり現れたかのように、気が付いたら転がっていたのだということです。運んで来た誰かというのも、なので、見ておらぬと。今、ルシウス様がそこへ降りられて調査されておるそうですが、何故ことようなことになったのか、分かっておらぬ状況です。」
まだ若い奴らだったのに。
イゴールは、顔を真っ赤にして言った。
「こんなもの!霧か闇に生気を吸い取られた様にしか見えぬではないか!それが分からぬなどとは…知っておって隠しておるのではないのか!」
確かに、そうとしか思えない。
皆が黙って項垂れる中、ゲラシムが言った。
「しかしながら王よ、そんな場所まで我らなら探しに降りるようなことはありませんでした。見つけられたのは闇であったから。もし、わざと殺したのなら、わざわざ知らせる必要などなかったのです。隠しておれば、行方不明だと我らも大事には思わなんだでしょう。これは恐らく…闇との共存に意義を唱える輩の仕業なのでは。」
イゴールは、ゲラシムを睨んだ。
「だとしてもそれなら何故にルシウスに見えなんだ!そこからおかしいのだ!我が眷属をこんな目に合わされて…黙っておられると思うか!」
まだ、一人見つかっていない。
それが、誰かの襲撃から逃れているのなら、それが真実を知っている可能性がある。
「…あと一人、ルキアンが残っておるはず。」アンドレイが言った。「着ている服から、他のもの達の身元は分かっておりまする。逃げておるのはルキアンだけ。ルキアンを、闇より先に見つけて話を聞くよりありませぬ。あちらに先に見付けられたら、同じことになるやも知れませぬから。仮に脅されておったとしても、王に記憶の玉を取って頂ければ真実が分かるはず。王、ルキアンの捜索をお命じください。」
イゴールは、怒りで息を荒くしていたが、なんとか落ち着いて、言った。
「…ならば、行け。ルキアンを、何としても闇より先に見つけ出すのだ!気の色を知っておる分、こちらの方が有利ぞ。我も我が血族の気は誰より分かる。探そうぞ!」
そう言って、イゴールは着替えのために奥へと踵を返した。
皆は頭を下げて、それを見送るしかなかったのだった。
ルシウスとデロイスは、かつて長年潜んだ場所へと降りて、気配を探った。
本来、特に降りて来なくても、霧さえあればある程度は見える場所だ。
二人はあれこれ気配を探って飛んだが、特に気になるようなものはなかった。
「…何も感じぬ。」ルシウスは、眉を寄せてイライラと言った。「何故に何も感じないのだ。神が死んでいた場所なのに、本来何か残留思念などあっても良いものなのに。」
デロイスは、答えた。
「もしかしたら別の場所で死んで、ここに運ばれただけやもしれぬ。それとももう、そんな思念も残せぬほどに消耗しておって、ここで事切れたのかどちらかぞ。どちらにしろ、我らには何も気取れておらなんだがの。」
ルシウスは、あちこちさらに探りながら、言った。
「問題なのはそこなのだ。意思のある霧を残しておらぬのが裏目に出た。意思のあるやつなら、己が見たことを我に知らせることができたのに。ここで起こったことを、ここの霧には過去に遡って我に知らせることができぬ…見ておるはずなのに。」
そう、霧は見ていた。
神がどうやってここで死ぬことになったのか。
だが、少しでも意思を持ったと気取ったら、ルシウスが全て消して来たのでそれを語ることもできないのだ。
デロイスは、ため息をついた。
「性質の悪い闇の発生を阻止するためには仕方のないことぞ。ここは何も見付からなかったと報告するよりないの。」
デロイスが、あきらめて踵を返そうとした時、ルシウスが暗闇に目を凝らした。
「…待て。」と、スッと浮いて脇へと向かった。「何かある。」
デロイスがそこへ急いで向かうと、ルシウスは何かを拾い上げて前に翳した。
それは、神の軍神が持つ剣だった。
「…剣。島の神ではなく大陸の北の神が使う物のようだの。」
デロイスが言うと、ルシウスは頷く。
「干からびた神達の腰には等しくこれがあった。ということは、これは残りの一人の物なのではないのか。」
言われてみたらそうだ。
「…気取れなかった。」デロイスは、顔をしかめた。「そこにあったなど。」
ルシウスは、頷いた。
「我も目視で見つけた。気配が気取れぬ。」と、まじまじとその剣を見つめた。「全く。持ち主の気を帯びておるのが普通ぞ。それすらないのはおかしくはないか。目で見ないと見付けられないような物、我はあまり知らぬ。」
デロイスは、頷いた。
「我らは気を探る癖があるものの。神もそうだろう。何か分かるやも知れぬ。持ち帰ろう。」
ルシウスは、頷いた。
「もうここには何もない。これを維月に見せてどういうことなのか調べさせよう。城へ帰る。」
デロイスは、頷いた。
「ならば、我もディオン領地の城へ戻るわ。何か分かったら知らせてくれ。」
ルシウスは頷いて、その剣を手に黒い霧の状態になり、その場から消えた。
デロイスも、同じように霧へと変化し、そのままその場を去ったのだった。
ニコールは、毎日を荷運びの仕事に費やす人だった。
この地域に生まれてこのかた、父親というものが居なかったニコールは、幼い頃から母親の手助けをして、毎日の糧を稼ぐことで毎日を過ごして生きていた。
成人した今となっては、一人で母親を養い、充分な報酬を得て暮らすことができていた。
母親曰く、昔はこの辺りも戦争で荒れ果て、父親も兵士として戦いに駆り出されて、そこで命を落としたらしい。
ニコールはその父親の顔も知らなかったので、そんな世の中に育たなくて良かったと心底ホッとしていた。
戦争で死ぬなど、真っ平だったのだ。
そんなニコールだったが、ある日の仕事帰りに、広い広野に一本通った舗装もされていない土の道路を町に向かって走っている時に、不思議な経験をしていた。
その日は特に荷が多く、あちこち回っているうちに暗くなっていて、広い広野は真っ暗で、さすがのニコールも心細い様子だった。
他の車もおらず、自分の車のヘッドライトが照らし出す道だけを凝視して走っていると、そんな広野の真ん中で、不意に車が何の前触れもなく、プスンと音を立てて止まった。
しばらく惰性で前に進んでから、車は全く音を立てなくなった。
「…マジか。勘弁してくれよ。」
ニコールは、先月の点検を忙しいからと怠った自分に内心舌打ちした。
古い車なのであり得るが、こんな場所で故障とは死活問題なのだ。
ここから町まで、まだ車で数時間あった。
…困ったな。
ニコールは、何度もエンジンをかけようとボタンを押した。
が、全く音がしなかった。
とにかく自分で直せないかと車を降り、手動でボンネットを開くと、棒でつっかえてから中を覗いた。
真っ暗なので、よく見えない。
月明かりも今日は闇夜なので、全くなかった。
車の中から何とか工具を引っ張り出して、中からペンライトを取り出して見たが、そのライトの電池はとうに切れていた。
「…クソ!」
ニコールは、思わず毒づいた。
誰にでもない、自分に腹が立つ。
朝になって明るくなるのを待つしかない。
そうすれば、通り掛かる同じようなトラックが、助けてくれるかもしれない。
何しろ、無線通信というものがなくなってこのかた、地上の通信は全て配線で繋がっていて、その接続スポットがないと連絡口手段がない。
最近まで戦争で荒れ果てていた、こんな広野にそれが伸びているはずはなく、とにかく待つより他、ニコールには手段がなかったのだ。
仕方なく道のど真ん中で止まった車の中に戻り、ニコールは寝ることにした。
その時、後ろから光が差した。
…え?車か?
それなら助けてもらえるかもしれない。
ニコールは、その光が近付いて来るのを待って、車の外へ飛び出して手を振った。




