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あの宮の軍神

維心は、十六夜に話し掛けた。

「十六夜、見ておるか?志心のことぞ。どう思う?」

すると、十六夜が答えた。

《聞いてるよ。というか、別にどっちでも良いけどな。あいつらが決めることだし。志心だってここまで一人だったんだから、多香子なら落ち着いてて良いかもとか思うかな。炎嘉と違ってこれまで維月とアレとかないし、あいつは孤独なんだよ。》

維心は、顔をしかめた。

「まあ、確かに。我は別に良いが、しかし後のことなのだ。お互いに不幸にはなってもらいとうないだろう。多香子は宮で、どんな様子なのだ?落ち着きたいとか申しておるようだが、それは誠の心地なのか。」

十六夜は、答えた。

《さあなあ、オレは多香子じゃねぇし。だが、宮での務めはしっかり果たしてるし、毎日松と仲良くやってる。世話が出来ねぇとか言ってたが、よく松の世話はしてるよな。まあ、こっちへ来たら勝手が違うから松が世話してるけどよ。あの見た目だから、男は掃いて捨てるほど寄って来てるが、確かに全部撥ね付けてるのは見たな。軽い感じが嫌みたいだし、そう言われてみたら落ち着きたいのかも知れねぇ。》

ということは、やはり事実なのか。

維心は、考えながら言った。

「…志心は妃としてやって行けそうだと申しておるが、そこはどうよ?あまりにも粗野であったら困るだろう。軍神なのだから手練れだろうが、そんなことよりこちらはまず、王と同行しても恥にならぬか考えるしな。」

十六夜は、うーんと唸った。

《どうだろうなあ。さっきの宴の席では問題なかったぞ?まあ松が側に居るから教えてもらってもいただろうが、確かに上位の皇女でもおかしくないとは思う様子だった。何しろあいつ、めっちゃ琴とか琵琶とか堪能だし、焔に冗談で書かれた恋歌とかにも、あっさりいなすような歌で返してたしな。頭の回転が速いんだろう。渡も感心してたぞ。》

ということは、かなりの教育はつけられているのだ。

志心が言うように、そつなくやりそうだった。

「まあ…覚悟さえしてくれたら大丈夫かの。我とて案じるのだ、志心のことであるし。娶ったわ面倒だわとなると、また大騒ぎになろうが。今維月が風呂で同席して話そうとしておるが、そうなると維月の情報待ちかの。女同士なら、上手くやろう。松も居るし。」

十六夜は、あくびをした。

《あー風呂な。オレはあそこは見ないから、後は維月から聞いてくれや。オレは寝る。夜はルシウスが見てくれてるから、休みたいんだっての。》

楽できるなら楽したい性格は変わらぬな。

維心は、思いながら頷いた。

「分かった。ならば維月を待つわ。」

十六夜の気配は、その後すぐに寝ているようなものに変わった。

…維月に会いに来ただけなのに。

維心は、ため息をついて、一応義心にも話を聞いておこうと、義心をそこへ呼んだのだった。


多香子と松が露天風呂へとやって来ると、脱衣所には誰かの着物があった。

とはいえ、侍女はいないしそう高い身分の神ではなさそうだ。

松は、多香子に言った。

「こちらで着物を脱いで行くの。そちらの棚のタオルを持って。」

多香子は、簡単にスルリと着物をセミの殻のように脱ぐと、タオルを手にした。

「風呂に行くのにタオルとな?出てから使うのではないのか。」

そうか、あの宮では風呂で浴衣とか着ないから。

松は、苦笑した。

「別に、こちらでも身分がそうでもなかったら裸で良いのだけど、身分があると侍女達が控えておるし、浴衣を着て入らねばならないの。だから、せめてタオルで隠して行くのよ。月の宮は自由だから、そこまで厳しくないからこれで良いのだけどね。」

多香子は、顔をしかめた。

「また面倒な。風呂など一人で入れるわ。」と隠す様子もなくタオルを握りしめたまま歩き出した。「さっさと行くぞ。」

多香子は、ガラガラと引戸を開ける。

すると、大浴場の広い岩風呂の中に、誰かの頭が見えた。

「…お。誰か先客が。」

でしょうね。

松は、急いでタオルで前を隠しながら、多香子に並んだ。

「誰でも入れる所だから。さあ、先に体を洗いましょう。」

松は、多香子をせっついて岩風呂に背を向けて洗い場へと向かう。

そこでせっせと体を洗って、背後の誰かが湯気でよく見えない中でも気にしながら済ませると、多香子は先に立ち上がった。

「さあ、風呂ぞ。こんな開放的な風呂は初めてよ。」

そのまま、ズカズカと浴槽へと向かう。

松が急いで後を追うと、先に入っていた誰かが、振り返った。

「あら。」その声に、松は固まった。「松殿?多香子ではありませぬか。」

松は、仰天した。

「い、維月様?!」と、急いで多香子の前に出た。「我のことは松と。あの、申し訳ありませぬ、蒼様から誰でも入って良いと…。」

維月は、笑った。

「良いのよ、松。我も気軽に来たの。」

そういえば月の眷属は、皆そんな風だった。

松は、先に誰が入っているのか確かめるべきだった、と後悔した。

いくらなんでも今の自分の身分で、維月と風呂など敷居が高い。

だが、維月はお構い無しに言った。

「久しぶりに会えて嬉しいこと。多香子も、入って。お話しましょうよ。退屈にしておったの。」

龍王様は?

松は思ったが、仕方なく浴槽へと足を踏み入れる。

多香子は、こちらのことはわからないので、松に任せようと思っているのか、黙ってそれに従っていた。

とはいえ、維月は今は龍王妃を降りていて、そこまで敷居が高いわけではない。

何より、身分関係なく話してくれる、気軽な女神だという印象だ。

ここは、維月と話して志心のことに関しても、相談してみるのが得策かもしれない。

松は思い直して、維月に言った。

「維月様にはお元気そうで。陰の月のお仕事がお忙しいとお聞きしておりますのに。なので龍王様も、こちらにお通いになるしかないとか。」

維月は、苦笑した。

「まあ、そのような噂が?」と、少し体を湯から出して、湯の中の岩に腰かけた。「まあ、確かにその通りなのですわ。闇と共存が決まってから、王妃のお仕事がこなせないので、宮を辞しておりますから。王に於かれましては、わざわざに足をお運び戴いて申し訳なく思うております。」

多香子は、相変わらず黙っている。

松は、続けた。

「やはり。それでも維月様をと申される、龍王様のお心の誠を見るようですわ。世の王が皆、そのようなら心強いのですけれど…」と、多香子を見た。「あの、我と多香子は今宵、宴の席に同席させていただいて。焔様と我が王と、志心様と蒼様、それに渡様が居られました。」

維月は、松が自分に相談しようとしてくれている、とそれを聞いて内心ほっとした。

たいがい茹りそうな気持ちになりながらも、こうして湯の中で待っていたのは、ひとえにそれが聞きたかったからだ。

「あら。確かに本日は、皆様が来られて訓練場で蒼のお相手をしてくださっておるのは知っておりましたけれど、その後も楽しんでいらしたのですね。しかしながら松には、そういう場はもう慣れておるでしょう?」

松は、慎重に頷いた。

「はい。我は良いのですが、多香子が。こちらの宮での宴など、まして王とのご同席の席など、経験もございませぬ。なので、我が逐一教えて、何とかこなしましたの。」

多香子は、それを聞いて頷く。

維月は、言った。

「それはまた大変でしたわね。でも、蒼からも何も聞いておりませぬし、問題なかったのでしょう?」

それを聞いて、多香子と松は顔を見合わせる。

そして、松が言った。

「…それは、多香子は何でもできるので、そこは問題ありませぬ。が、その様を見て志心様が。あの、多香子がそろそろ落ち着きたいと申しておるのを聞いて、ならば我が娶るか、と、あっさりと申されて…それは、焔様でも冗談で恋歌をお書きになるほど多香子は美しいのですし、そのお気持ちは分かりますが、我も多香子も大変に困惑してしまいまして。」

維月は、わざと驚いた顔をした。

「まあ、あの志心様が?」と、真面目な顔をして、多香子を見た。「確かに多香子はこんなに美しいのですし、志心様もお気持ちも分からぬでもありませぬ。それに、志心様は他の王に比べて、安易にそんなことをお口になさらないかた。大変に弁えておられて、滅多なことは仰いませぬ。酒を飲んでおっても、強くていらっしゃるからおかしな行動はなさりませぬし。それは、誠に多香子を気に入られたから申されたのでは?」

多香子は眉を寄せたが、松は頷いた。

「やはり維月様もそのように思われますか?我もそのように。あの、確かにそうなのです。無理やりにという感じでもないし、酔っての事ではないと我も思いまする。もし、酔っておられて衝動的にというのなら、部屋へと忍んで来られてもおかしくはありませぬもの。でも、相変わらず強引な様ではありませぬで。これはもしやと思うておる次第なのでございます。」

維月は、頷いて多香子を見た。

「…あなたは、そのお話を聞いてどう思われますの?」

多香子は、じっと黙っていたのだがフッと諦めたようにため息をつくと、口を開いた。

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