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正月2

厨子の中身は、ビールと蕎麦の礼だった。

たんまりと簪やら頚連やら着物やらが所狭しと入っているのが、三つもあった。

恒にも手伝ってもらって細かく見て行くと、香壺も幾つか含まれていたし、文を収めるための文箱から、その紐、紙に至るまで、至れり尽くせりの様子だった。

これで、また文を書けと言う事だろうか。

維月は思いながらそれを見たが、要はこれで書いてこれで送れば良いのだから、蒼にも恒にも文箱を頂戴と言わなくても済むし、考えたら楽だ。

そこは、前向きに考えて良かったと思うことにした。

十六夜は、それを見て言った。

「へー、とにかく生活用品で思い付くものは全部入れたって感じだよなあ。臣下が何でも入れとけって次から次へと入れた感じじゃね?どうするよ。」

維月は、言った。

「生活用品だったら助かるじゃない。こっちからもタオルとかレースとか、ここでしか作ってないのをお返ししたらいいんじゃないかな。後はまた、着物を縫うわ。上手く縫えているって維心様が書いて来てくれていたし。やっぱり、月の気がする着物って貴重なんですって。私が縫うだけでいいんだったら頑張るわ。」

恒は、頷いた。

「じゃ、とりあえずタオルとレースは入れとくね。着物は、後で母さんが縫ってから入れるってことでいい?お返し、ちょっと遅れるけど。」

維月は、首を傾げた。

「まあ、ご挨拶にちょっと顔を出して、三日間いらっしゃるんだし間に合うわよ。お昼過ぎには帰って来て始めるわ。別に、私が居てもお話することも無いと思うしね。」

十六夜が、それには顔をしかめた。

「あー、多分無理じゃあねぇかなあ。一回顔出したらなかなか抜けられねぇぞ?そこはほら、後で着物を縫って渡すから、今はタオルを返すって持たせたらいいんじゃねぇか。」

維月は、驚いたように十六夜を見た。

「え、あなたそんなに長居するつもりなの?」

十六夜は、維月を睨んだ。

「あのな。お前だよお前!綾とか他の妃達も来てるんだぞ?簡単にハイさよならってわけには行かねぇっての!」

そうだった。

維月は、顔をしかめた。

確かに、友達が来ているのに部屋に引っ込んで縫物とかしていられないだろう。

維月は、ため息をついた。

「…分かった。じゃあ、とにかく行こう。もう、皆様お揃いなんでしょ?ご挨拶だけでもしないと。失礼になっちゃうわ。」

恒は、言った。

「まあ、気にしないと思うけどね。みんな非公式に来てるし、いつも飲んで遊んでるだけだからさ。」

維月は、恒の頭を撫でた。

「あなたは偉いわね。宮の重臣って大変でしょうに。蒼を助けてやってね。昔からしっかりしてたから、大丈夫だろうけど。」

恒は、フフフと笑った。

「もう、母さんは。オレはもうかなり年上なんだからね?いつまでも末っ子じゃないよー。」

そう言いながらも、嬉しそうだ。

蒼は癖で維月と呼ぶ事が多いが、恒は母さんと呼ぶ。

どうやら、今の維月は恒の昔の記憶を呼び起こす様子であるらしかった。

十六夜は、そんな様子をもう遠くなっていた記憶の中で懐かしく見て、そうして維月と二人で、手を繋いで並んで応接間へと向かったのだった。


応接間では、妃達は相変わらず几帳の中に集まって座っていて、座卓の上の茶などを飲み、王達は長い半円テーブルの所に並んで座って庭を眺めながら酒を飲みつつ、お節料理を食べていた。

目の前の畳には、楽器が多く並んでいる。

蒼は、言った。

「酒は足りてますか?ビールはまだまだありますよ。洋酒が良ければ、後ろの棚に並んでいる瓶から指定してくだされば侍女達が入れて参りますから。」

炎嘉が、答えた。

「充分ぞ。これだけあれば、帰るまでに全部飲めるか疑問よな。とはいえ、一当たり試してみたいよなあ。」

箔炎が、ビールジョッキを片手に言った。

「とりあえずビールが、ここでの基本だと蒼が教えてくれたゆえ良いが、その後が悩むよな。洋酒などあまり飲まぬしの。酒と言えば清酒ばかり。たまに麦やら芋やらの焼酎とかいうものも人が奉じて来るが、だいたい清酒であるしなあ。」

蒼は、苦笑した。

「神様に、清酒以外は失礼ではないかと思うのですよ。たまに、人でも遊び心のあるのが居て、そんなものも献じるのでしょうが。」

焔が言う。

「確かになあ。遊び心のある奴は好きだぞ。我が宮の社に来る奴の中にも、時々そんな洋酒を持って来る奴も居る。ブツブツ言うのを聞いておると、己が好きだから共に飲みたいと思ったとか言うておった。うちは山であるから、登って来て大概上で泊まるのよ。それらが楽しく酒盛りしている席に、我の席も設えて酒を置いてあってなあ。とはいえ、我はそんな席には行けぬから、臣下が行って飲んで来る。そんな時は王という地位が疎ましい。」

蒼は、フフと笑った。

焔なら、人に混じって飲むとか平気でしそうだからだ。

なのに、臣下に止められるのだろう。

そもそも、人には滅多にこちらの姿は見えないのだが。

そんな話をしながら居ると、侍従の声がした。

「十六夜様、維月様、お越しでございます。」

お、と炎嘉がジョッキを置いた。

「来たか。」

二人は、入って来た。

十六夜は全く構えていないが、維月はしっかり扇を上げてしずしずと入って来る。

蒼が、言った。

「十六夜、席はそこだよ。」と、維月を見た。「維月はあっちの几帳の中。」

維月は、そちらを見た。

中で、何人かの妃達がこちらを向いているのが、透けて見えた。

維月は、先に挨拶だと皆に頭を下げた。

「この度はご訪問、ありがとうございます。どうぞおくつろぎあそばして。」

十六夜が、言った。

「あー堅苦しいのはナシナシ!オレ、肩凝るんだよなーそういうの。」

維月が、扇の上から十六夜を目だけで睨んだ。

「十六夜。駄目よ、ご挨拶はしっかりしなきゃ。」

炎嘉が、言った。

「ああ、良い良い。維月、主もあちらへ入るのか。こちらで話せば良いのに。」

維月は、扇の下で苦笑した。

「まあ炎嘉様。光栄なことではありますが、久方ぶりに友とも語らいたいと思うておりますわ。」と、黙ってこちらを見ている、維心を見た。そして、頭を下げた。「維心様。大層なお品をありがとうございます。御礼にはまた、お着物をお仕立てしたいと思うておりますので、しばらくお待ちくださいませ。」

維心は、答えた。

「気に入ったのなら良かったことよ。」

いつもながら、あっさりしている。

だが、維月は維心があまり口には出さないが、よく気遣ってくれる神だと思っていた。

なので、顔を上げて微笑んだ。

「はい、維心様。」

維心は、その笑顔に驚いた顔をした。

…維月がこのように何の拘りもなく笑顔を向けて来るのは、何年ぶりだろうか。

なので、戸惑って会釈を返すのが精一杯だったが、維月は気にする様子もなく、他の王達に頭を下げてから、几帳の方へと向かって行った。

その後ろ姿を見送って、炎嘉が言った。

「…何やらいつの間にか仲良うなっておるようだの、維心。文ばかりなのに。」

維心は、真面目な顔で頷いた。

「別にの、大したことなど書いてはおらぬのだ。ただ、文が来た時にお互いやっておることを書いたりするぐらいで。」

十六夜が、声を落として言った。

「それはマジ。オレも後で見たけどほんとこいつら、やってること書いてるだけ。昨日は年越し準備してたからよーそれを見にあちこちしてたんだけど、蕎麦見てる時に維心から文が来たら蕎麦見てるって書いて龍の宮に送って、出汁取る鰹節削るの手伝ってる時には鰹節削ってるって書いて鰹節送って、蕎麦食べながらビール飲んでる時に来たらビール樽送って。忙しかった。ほんとそれだけ。」

志心は、顔をしかめた。

「何だそれは。ならば我も文を送れば良かったか。文など出したら構えるかと思うてな。」

炎嘉は、頷いた。

「その通りよ。我とて遠慮しておったのに。」

維心は、顔をしかめた。

「別に、我は会いに参る事もなかったし。ただ、礼の文に返事を書いたら返事が来たのでまた返事を書いておっただけよ。」

確かにそうなんだが。

そういわれても、二人は納得していないようだった。

確かに返事に返事でやり取りが長過ぎるのはそうなのだ。

焔が、言った。

「別に、我も箔炎も会いには来ておったが、邪な気持ちなどないしな。主らもそうなのではないのか?だいたい、維月の記憶がいつ戻るかも分からぬのに。維心もそう思うから、会いに来ておらなんだのだろう。あれが戻ったら、神など歯牙にも掛けぬだろうて。」

炎嘉も志心も、言われて黙る。

維心も、何も言わなかった。

箔炎が、言った。

「まあ、話して楽しいのは確かであるしの。良いではないか、今を楽しめば。維月も余程記憶がある時より楽そうであるわ。陰の月の責務も性質も、時に負担なのだろうなと我は思うた。別に、我も焔と同じで邪な気持ちなどない。今は椿が居るしな。椿が案じておるゆえ、我も様子を見に参っておっただけよ。さて」と、几帳の方を見た。「どこまで覚えておることかの。」

几帳の中では、妃達が集まって何やら話しているようだ。

十六夜は、どうなることかとそちらを気にしながらそこに座っていた。

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