正月
結局、大晦日も維月は一日中戻って来る文に、一日中掛かりきりだった。
とはいえ、ゆっくり返すので、ゆっくり戻って来るし、昨日ほど頻繁ではない。
そんなわけで、維月はもう、自分が今何をしているのか書いて送る事にしていた。
大鍋で蕎麦を湯がいているのを見ていた時は、蕎麦を見ていると言って生の蕎麦を送り、出汁作りに鰹節を削っている時には、鰹節を送った。
そうしたら、あちらでも維心は、臣下に命じて年越し蕎麦を作らせている、と文を寄越していた。
材料をいちいち維月が送るので、あちらはそれを使ってせっせと維心に命じられるまま、年越し蕎麦作りに勤しんでいたらしい。
最終、十六夜とお蕎麦を食べながらビールを飲んでいる時には、ビールの樽を送った。
そうしたら、維心も上位の臣下達を集めて、それを供したと返事をくれた。
鵬などはとても喜んで、はしゃいで良い年越しだと維心は書いていた。
それを最後に、また明日、と維心が締めてくれたので、維月はやっと、自分のやっていることの報告から解放されたが、維心から反応が返って来るのが嬉しくて、案外に楽しかったと思っていた。
維心は、対面していると緊張するし、あちらも黙っているので話し掛けづらい雰囲気だが、こうして文になると、案外にいろいろ書いて来てくれるのだと、維月はなんだか維心が近くなったような気がしていた。
次の日の朝は早いので、その日は維月も、十六夜と共に早めに褥に入って、次の日の朝になった。
早く寝たのに、結局日が昇って来るまで寝ていた維月だったが、十六夜の声で起こされた。
「維月。おい、起きろ。何のために早く寝たんだよ。着替えにゃならねぇっての。もう王達が到着し始めてるんだぞ。蒼は迎えに出てる。」
維月は、それを聞いてハッと目を開いた。
そして、ガバッと起き上がると、外を見た。
確かに、だいぶ明るくなっている。
維月は、十六夜を見た。
「どうして夜明けに起こしてくれなかったのよ!大変、あなたの着付けもあるのに!」
十六夜は、むっつりと言った。
「なんでオレが起こさなかったと思うんだよ。起こしたっての。お前、何を言っても起きねぇから。」
ぐっすり寝てしまった。
維月は、ため息をついた。
「…ごめん。私、寝たら起きないもんね。」と、十六夜に軽く口づけた。「じゃああなたから着付けましょう。私が着付けちゃったら、動けなくなるし。」
十六夜は、仕方なく頷いた。
「あれなあ、重いから気が進まねぇなあ。」
維月は、もう!と言った。
「駄目よ!皆様は公式ではないから、訪問着で来てくださるようにって言ったって蒼は言ってたけど、十六夜がいつも着てるのって部屋着じゃないの!どうしても、私が縫ったやつ着てもらうからね!」
十六夜は、仕方なく棒立ちになった。
「分かってるよ。早いとこやってくれ。」
維月は頷いて、急いで十六夜を着付けに掛かったのだった。
そんなこんなで大騒ぎの維月達だったが、蒼は到着口で皆を出迎えていた。
次から次へと輿が降りて来て、そこから王が降りて来る。
焔が真っ先に降りて来て、その後に漸、そして渡、駿、高彰と来て、翠明と綾、公明と桜、樹伊と楢、塔矢と恵麻、仁弥と明日香とどんどんと揃って来た。
箔炎と椿が来て、志心も降りて来たところで、志心は歩いて行く塔矢と仁弥の後ろ姿を遠く見て、言った。
「…あれらも到着しておったか。」
蒼は、頷いた。
「もう、ほとんど応接間へとご案内しましたよ。まだ来ていらっしゃらないのは、炎嘉様と維心様ですね。」
すると、志心は頷いた。
「ああ、ならばもう揃うわ。上で遠く維心と炎嘉の輿の列が見えたからの。」と、上を見た。「ああ、そら降りて参ったわ。」
見ると、維心の龍の列がどんどんと降りて来るのが見えた。
公式に来るのではないので、そこまで列は長くはないが、また持って来ている荷物の数がやたらと多い。
維心一人にそんなに荷物は要らないはずなので、だとしたらあれは、滞在の礼の品だと思われた。
「…めっちゃあるんだけど。」
蒼が思わずつぶやくと、志心も顔をしかめた。
「確かになあ。なんだって我らと差をつけるのよ。あんなに持って参って。」
維心の輿が降りて、維心が降り立って来たがまだ後ろからどんどん輿が降りて行く。
炎嘉が、待っていられないので脇のレーンへと降りて、向こうからやって来た。
「こら維心!主な、多い!なんだってこんなに持って参った。」
維心は、答えた。
「…昨日、維月が蕎麦やら出汁の材料やら、最後にはビールの樽まで送ってくれての。臣下がそれにどうあっても礼をと申して、多く準備したのよ。なので、全部持って来たらこうなっただけ。」
炎嘉が、怪訝な顔をした。
「なんだって?蕎麦?ビール?なぜにそうなった。」
維心は、頷いた。
「蒼が、香の材料を譲って欲しいと言うて来たから、我の奥にある梅を譲ったのだ。そうしたら、維月がこの着物と香を礼にと送ってくれてな。それに返事をしたら、そのまま文をやり取りすることになってしもうて。昨日、蕎麦を茹でたりビールを飲んだりと報告しておったのだが、その文と共に品も送ってくれたのだ。ビールは樽だったし、我一人では無理であるから、臣下に振る舞ったら鵬が大層喜んでの。朝から礼の品をと大騒ぎぞ。」
そんな事があったのか。
皆が驚いていると、蒼が言った。
「確かに、晦日からずっとやり取りしていらっしゃいましたよね。だったらあれは、維月にですか?」
維心は、やっと最後の輿が降りて来たのを見て、頷いた。
「後ろから三つは維月に。前の四つは主ぞ、蒼。世話になるの。」
蒼は、そうだ挨拶だと頭を下げた。
「はい。今年もよろしくお願い致します。」
炎嘉が、言った。
「堅苦しいのは良い。さあ、参ろう。あの居間だの?我らもビールが飲みたい。」
蒼は、微笑んだ。
「はい。揃えてありますよ。今年は多く洋酒も手に入れてありますから期待してください。十六夜も来るって言ってたんで、維月も来るんじゃないですか。でも、オレが出て来る時にまだ十六夜が維月が起きねぇって困ってから、ちょっと遅れるかもですけどね。」
維月はやはり、記憶を失くしておっても日が高くなるまで寝ておるのだな。
炎嘉と志心、維心がそう思いながら蒼の後について歩き出すと、到着口はやっと静かになって、維心が持って来た厨子だけが、運ばれて行ったのだった。
十六夜の着付けを終えた維月が、侍女達に手伝われてやっとの事で準備を整えると、そこへ恒が駆け込んで来た。
「母さん!大変!」
え、と維月が振り返る。
「なに?何かあった?」
維月が言うと、恒は頷いた。
「維心様が、母さんにってめっちゃ大きな厨子三つ分持って来たんだ!だからここに運び込むけどいい?」
駄目だと言えるだろうか。
十六夜が、答えた。
「良いぞ。維心が維月にって言ってるのに、他にどこへ持って行くんだよ。ってことは、みんな着いたのか?」
恒は、頷く。
「うん。着いたんだけど、まず厨子の中身を確認してから行かなきゃいけないだろ?だって、お礼言わなきゃならないし。」
維月は、恒にうんうんと頷いた。
「そうよね、その通りよ。良い子ね、恒。助かるわ。とにかく、ここへ。もう遅れてるから、今更よ。確認してから行くわ。」
十六夜は、側のソファで伸びをして、欠伸をしながら言った。
「そうそう。オレんちで何をしようと別にいいじゃねぇか。あいつらが勝手に来てるんだしよー。酒でも飲んで待ってるさ。」
恒が廊下の方へと頷き掛けると、わらわらと軍神達が厨子を抱えて入って来て、本当に大きな厨子を置いて行く。
維月は、そんな十六夜を軽く睨んだ。
「十六夜。駄目だってば、蒼があれだけ頑張ってるのよ?私達が足を引っ張ってどうするのよ?王の方々には、失礼がないようにしないと!」と、運び込まれた厨子を見た。「さあ!中身を確認して、またお返しを何にするか考えないと!」
そうして、蓋を開いて中身を確認し始める。
十六夜は、ため息をついてそれに付き合ったのだった。




