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1話目 目覚めし者は……

 深い晦冥(かいめい)の中を漂う。


 揺蕩(たゆた)う僕。揺蕩(たゆた)う俺。揺蕩(たゆた)う私。


 深淵の黒闇(こくあん)に呑まれる。


 (かす)かな希望、(ほの)かな光が呼び戻す。


 誰? 呼ぶのは誰?


 螺旋(らせん)の中で揺れ漂う。


 僕は誰? 俺は誰? 私は誰?


 永遠に続く闇の底………………強烈な白光が全てを(おお)い埋め尽くす。


 僕は、俺は、私は…………(われ)は。


 (われ)は……我は天才パラケメストである。




 凄まじい衝撃が全身を貫き、バチンと力強くスイッチを押すかの如く唐突に意識が覚醒した。

 まるで全身を殴られ引き裂かれるような痛みが……いや痛みはないな。

 妙な感覚。五感の全てが鈍いというか、感覚そのものがない。

 周囲に目を向けようとしても……何も見えぬ。そもそもが(まぶた)の感覚すらなく目を開けることすらできぬのだ。


 (あわ)てるな、(あせ)るな、我は天才。熟慮すれば全ては解決できるはず……まぁ、唐突な覚醒に意識がついていかぬだけであろう。


 記憶がまだ混濁(こんだく)しておるな。

 我は何を……確か魔導実験を……おぉ、そうだ、最後は不老不死へ至るための魔導実験を行っておったはず。

 そうそう、そうじゃ、成功する確率も低く命を落とす事も覚悟した実験……だが、生きて、生きておるぞ!

 これは失敗ではなく、半ば成功したようなもの。といっても、不老不死からはまだまだ遠い初期の実験ではあったがな。しかし、真なる不老不死……世界からの病の根絶、老いの心配もない平和な楽園世界への第一歩であるのは間違いない。

 やはり(われ)は天才である。


 だが、今の状況は……目も見えず、音も聞こえず、指先すら動かすこともできぬのは、少々……いや、大いに問題であるが、これは何が起きておるのか。

 体に損傷……いや、魔導実験の影響が……ふむ、もしやすると魔力かも知れぬ。

 (われ)の肉体はもちろん魔力回路をも変異させ、ある意味では魔法の深淵を覗き込むような行為。又は世界の神秘を()き明かす神にも逆らうような魔導実験でもあったのだ。体や魔力が変異によって影響される事は十分にあり得る事象でもある。

 そう結論付けて、我は魔力を全身に巡らしてみる事にする。


 これは……流しても流しても限界が見えぬ。


 実験後の今の体に、急な魔力補充で無理な負荷(ふか)を与えるのも禁物。ゆっくりと頭頂部から足の先まで、全身に魔力を行き渡らせる。が、幾らでも魔力を流せる事に驚く。そして……。

 

 見えるには見えるが……。


 予測通り徐々に五感も戻ってきたが、やはりまだ全ての感覚は鈍い。

 指先を少し動かそうとしても鈍く重い。まるで深海の底にでもいるような。といっても我は深海の底など行ったこともない。あくまでも想像の範疇(はんちゅう)であるがな。

 他の感覚、聴覚や嗅覚も鈍く、視力に至っては、ぼんやりとした突然の回復。(まぶた)を開けた覚えもないのに、ぼやけて見えるのだ。

 感覚以外にも、魔力も相当に増えているようにも感じられた。

 全身に(みなぎ)るような魔力。

 (われ)は魔術士。魔法関連の知識には自信もあり魔力操作に関しては得意であったが、こと魔法力においてはそれほどではなかった。


 天は二物を与えず、であるな。


 天才錬金術師にして魔法工学の第一人者。であるが、保持魔力も(とぼ)しく、戦闘に特化した魔法士の魔法力には敵わない。

 

 まぁ、そのお陰で(われ)は、その差を少しでも埋めようと学業に専念し、魔法工学の第一人者まで登り詰めれたからの。今となっては乏しい保持魔力も、(われ)の力となったのであるから反対に良かったのかも知れぬな。

 それなのにである。まるで魔法士が肉体強化でもしたかのように、全身に魔法力が溢れているのだ。特に、胸の中心の奥あたりに()めども尽きぬような量の魔力も感じる。

 

 これも実験の影響……英雄(かいぶつ)級とまではいかぬが、上級魔法士並みにはありそうではあるな。

 

 横たわっていた生体ポッドの損壊も激しく、ポッドの上部、宙に浮いて輝いていたはずの迷宮核(ダンジョンコア)も消失していた。


 ふむ、もしやすると胸中に生じる魔力源は……。


 我の行っていた魔導実験は、迷宮核(ダンジョンコア)の魔法回路を我の魔力回路へ上書きし融合させる少々乱暴な実験であった。


 融合によって(われ)の中に新たな核が生まれたのであろうか? 

 ふむ、元の迷宮核と同じというわけにはいかぬが、新しい何かが我の中で形成されたのは確かであるな。

 検証すべき事が多くあるのは研究者としてはある意味で喜ばしい事でもあるが、とにかく今は状況確認が先であろう。

 そこまで考えた時に、ふと気付く。

 この場所にいっさいの明かりがない事に。であるのに(われ)には見えている事にである。

 暗闇の中でも見えるという事は、魔眼も得ているのかも知れぬな。

 俗に、魔術士の識眼、魔法士の魔眼とも言われておるが、また検証すべき喜ばしい案件がひとつ増えたわい。

 

 先程から視覚に感じて異常、(まぶた)を含めた違和感も魔眼が原因であろう。とそんなことを考えつつ、顔や瞼を触ろうと右の手のひらをゆっくりと……。


 ………………骨?

 いやいやあり得ぬであろう。


 見間違いのはずであると、一度視線を逸らし、もう一度確かめる。


 我の右手が骨に……なぜ?


 何かの間違いと、何度見ても骨である。しかも骨なのは右手だけでなく、体をどうにか起こして確かめると、全身が骨に変わっていたのだ。

 

 なんじゃこれは、スケルトン?

 我の天才的頭脳はどこにいった?


 もはや不老不死実験の検証どころの話でない。迷宮核を取り込んだせいなのか、我自身が魔物と化しているのだから。

 (あわ)てるな、(あせ)るな、我は天才。熟慮すれば全ては解決……できるかぁ、無理に決まっておろう!

 しばし呆然となり現実逃避しそうになるが、更なる問題が我に降りかかる。


 目前の壁の方からドンドンとかなり騒々しい音が聞こえるのだ。

 そこで思い出す。

 この研究所が、帝国反乱軍によって攻撃されていた事を。

 

 遂にここまで来たのか? 


 壁が白く輝きひびが入っていく。


 あれは我が施していた『反転防御結界・改』。時間の余裕もなく、大急ぎで張った簡易版であったからそれほど持つとも思えぬ。

 相手は最新式の武装で固めた歴戦の魔法士。こちらは戦闘から縁遠い魔法工学の研究者の魔術士。最初から勝負にもならぬ。

 もう少し検証する時間が有れば一矢を報いることもできたかも知れぬが……。

 

 それに何よりも耐えがたいのは、実験の失敗の果てに魔物化したところを討ち取られ笑い者にされる事。


 天才パラケメストの名が地に堕ち後世に残される事などあってはならぬ!


 と叫んだつもりであったが、骨と化した口では言葉にもならず「カタカタ」と音を鳴らすだけの情けない状態である。


 そして、どうしたものかと迷ってる間に、壁がガラガラと音を鳴らして崩れていくのだった。

 

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