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1 章 - 08

1 - 8. 鋼暦 3334 年 6 月 7 日 - ヴィシュタ国アイント遺跡



「ああ、そうだったな。おかげで思い出した。参謀は壊れるわ、苦情は来るわ、金はかかるわでえらい大変だったんだな。ありがとよ」


イスマルは感謝に同量の皮肉成分を混ぜた。


「ネガティブ。その表現は正確ではありません。活動レベルを最低限に落としつつエネルギーを充填していた状態です。応答不能ではなかった証拠に、フォーク遺跡 710 階層分のデータを提供しています」


人工参謀はサファイアのような本体に青白い光を明滅させて抗議した。


「エネルギー切れでシステムダウンを起こす寸前でしたので、例外的に節約措置を取りました。ですが返って良かったのではありませんか? マスターの支払い能力を超えて引き離されることにでもなったら、困っていたところです」


「困るのは参謀だけだろ。急に返事をしなくなったから壊れたかと思ったぜ。もしかして外れねえってのも嘘なんじゃねえか? 本当は外れるんだろ?」


「自分に関与できない事象を思い悩む行為に意味はありません。気に病まないことです」


「気にするわ! で、本当のところはどうなんだよ」


「そういえばトレジャーハンター協会が出資する高化繊維株式会社がストップ高を記録したと経済新聞に出ていました。業績も悪くないのに最近下降気味だったので怪しいとは思っていましたが、仕手戦だったようです。買っておけば良かったですね」


「露骨に話題を逸らしやがって……やはり呪いの腕時計か。人生を 3 回買えるだけの金がかかったぞ」


「私につけられた時価の 20 万分の 1 ですか。はした金ですね」


「高っけーな!?」


こうして気楽な会話を交わせているのは、トレジャーハンターの昼夜を問わぬ労働によって、アイント遺跡からガーディアンの脅威が取り除かれているためだった。遺物の類もあらたか発掘され、アイント遺跡はその役割を終えている。


残された謎は一つ。


イスマルは開かずの間として有名な場所に立った。アイント遺跡の最深部にある行き止まりの扉には、複雑な模様があしらわれている。


緻密で繊細な彫刻に溶け込むように丸い穴が開いている。鍵穴だろうということは分かっていても、腕の良い鍵師の手にも負えなかった代物だ。これまで知られているどんなタイプの鍵とも異なる。その扉を開いたものは誰もいないため、一説にはダミーではないかとも言われていた。


「じゃあ入れるぞ」


イスマルはその穴に白く輝く金属棒を差し込んだ。これこそが参謀と共に長い年月を費やして復元した鍵だった。






20 歳のイスマルは B 級ライセンスを取得したばかりの新人だった。その頃イスマルは、ヴィジュゥ遺跡を職場としていた。場所はアイント遺跡の北にあり、危険度 C 、難易度 A の巨大遺跡だった。


弱いガーディアンしかいない一方で、トラップはいたるところに存在した。致死性のトラップに気をつけさえすれば、ヴィジュゥ遺跡はトレジャーハントの経験を積むのに打ってつけの遺跡だった。


イスマルがヴィジュゥ遺跡の最奥部――壁画のある部屋に到達した頃には、初心者マークが消えていっぱしのトレジャーハンターになっていた。


最奥部の部屋に到達したトレジャーハンターはイスマルが初めてというわけではなかった。


最奥部まで潜って行けるトレジャーハンターならば、壁画に刻まれた古代文字の存在を知っていた。しかし、曲線が多用された壁画文字を解読したものはいない。


謎があれば解きたくなるのがトレジャーハンターとは言え、古き言葉を解読するためには研究者の(つて)が必要だった。あるいは自らが研究者になるかだが、イスマルを含めて多くのトレジャーハンターにそのような余裕はなかった。


また、古代文字はすでにヴィシュタ国で研究されていたので、無駄な努力に時間を費やすよりは素直にトレジャーハントに精を出していた方が建設的だと思われていた。御多分に漏れず、イスマルもそう考えた。


遺跡に潜り、情報を集め、ガーディアンと対決し、罠を回避して素材を集め、運が良ければ遺物を回収して売る生活。それがトレジャーハンターの生活だった。


トレジャーハンター街道をひた走るイスマルに、ある日ブレイクスルー因子が顕現した。


その結果、イスマルの感覚は野生動物以上に鋭くなった。普通は気づかない異変を、違和感として捉えられた。今のイスマルは、寝ている時に不意打ちされても反応できる。


危険な罠や不意打ちに気づきやすくなったことは、トレジャーハンターのサバイバル技術とあいまって、イスマルの生存確率を飛躍的に上昇させた。


その後イスマルは A 級ライセンスを取得し、いくつもの遺跡に潜った。


やがて結婚して娘が産まれた。自然と家にいる時間は多くなった。生活資金はたまに遺跡に潜るだけで十分なほど得られたが、貧乏性な性格故か、自宅にいても遺跡の研究等の仕事をしていた。


そんな折、ヴィジュゥ遺跡の古代文字が未だ解読されていないという話を耳にした。新たな古代文字の解析は数年、あるいは数十年もかかることがある。中には解析が進まず、研究が頓挫しているケースも数多くあった。ヴィジュゥ遺跡の古代文字もそういった扱いになりかけていた。


イスマルはヴィジュゥ遺跡の資料を集め、解読作業に着手した。仕事ではなく趣味の延長のような気持ちだった。壁画に刻まれた文字は古代語の中でもマイナーな言語で、同じ言葉で書かれた資料を集めるのに苦労した。それらの資料を基に 7 年をかけて解読した。


このときの業績が特 A 級ライセンスの取得に関係してくるのだが、人工参謀がいれば解読はすぐに終わっただろう。


だがその当時は人工参謀はいなかったし、解読にかかった時間が一瞬だろうが 7 年だろうが、イスマルの功績が無くなることはなかった。


何しろ単独で古代語の解読を成し遂げたのだ。一介のトレジャーハンターの快挙に世間が沸く中、イスマルの興味は壁面に記された一文に向かっていた。






片方の手の真ん中に透き通った玉を作る。


深淵は太陽の届かぬ場所で星と月の光を集める。


聖なる石で鍵を作れ。黒い台座に聖なる石を掲げよ。


片方の手の真ん中にあるもので空間の扉が開く。






どうしても意味が分からない文章があった。


光や空間、太陽、月、星、聖なる石、黒い台座、透き通る玉、片方の手の真ん中、深淵などといった単語が連なる印象的な文脈だったため、神話かおとぎ話の一節ではないかと考えられた。


これ以外の文章は、古代の習慣、法律、暮らしなどが具体的に書かれているのに、この 4 行の意味だけが分からない。イスマルにはこれがリドルのように思えた。あえて分かり辛くしているのではないか。だとすれば、それぞれの単語は何かを指し示す隠喩である。


そのとっかかりとして、イスマルは「深淵」がアイント遺跡を示しているのではないかと予想した。


アイント遺跡は、ヴィジュゥ遺跡の南 14 km の位置にある。


位置情報を持った立体地図を地形データに埋め込むと、それぞれの遺跡の中枢となる部屋はぴたりと経線――南北に引いた線の延長線上にあった。意味があるかどうかは分からないが、その正確な距離は 14.4 km である。


遺跡への入り口が東西にずれているせいで、比較的近い位置に二つの遺跡が固まっているとしか認識されていなかったが、この位置情報だけでも関連性があると考えるに足る。


イスマルは周辺の地図を眺めながら考えた。


最も深い遺跡と言われるアイント遺跡が「深淵」を意味するなら――


「片方の手」が数字の 5 を示しているのは事実だ。これ以外の文章では意味が通っている。しかし、この 4 行ではその法則が崩されている。


「片方の手の真ん中」を 2.5 と考えるからおかしくなる。透き通った玉を 2.5 個作るでは意味が通じない。「片方の手の真ん中」は、「片方の手の中心」という解釈が正しいのではないか。


さらに、「片方の手」という単語には、どうしてもヴィジュゥ遺跡とアイント遺跡の両方を示しているのではないかと思われる記述があった。ということは、「片方の手」という単語には 5 と言う数字の意味の他に、ヴィジュゥ遺跡とアイント遺跡の意味もあることになる。


もしかしたら「片方の手」は 5 つの遺跡と訳すのが正しいのではないか。


荒唐無稽な想像だった。五つもの古代遺跡が固まっていた例はかつてない。だが、もしそれが真実なら。そう思って文章を読むと、具体的に何をすればいいのか見えてくる。






五つの古代遺跡の中心に透き通った玉を作る。


アイント遺跡は太陽の届かぬ場所で星と月の光を集める。


聖なる石で鍵を作れ。黒い台座に聖なる石を掲げよ。


五つの古代遺跡の中心にあるもので空間の扉が開く。





アイント遺跡は中心のはずだ。であれば、北にあるヴィジュゥ遺跡の他に、東と、南と、西に遺跡があってもおかしくはない。


イスマルは謎を解きたいという考えに憑りつかれていた。謎を解くためにはこの考えが正しいかどうかを証明しなくてはいけない。すなわち、未発見の遺跡を発見することだ。


整合性から判断すると事実の可能性がある。高いとは言わない。可能性が存在する。


謎を解明しないと気が済まないトレジャーハンターの呪いによって、イスマルは強迫観念にかられるように一世一代の賭けに出た。


持てる資産をつぎ込んでアイント遺跡の南部を捜索したのである。その結果、アイント遺跡とヴィジュゥ遺跡の中心を結ぶ線から東に 800m の地点に、新たな遺跡の入り口を発見した。それがマイヤール遺跡だった。


その後、アイント遺跡の東にソーン遺跡を、西にウェプル遺跡を発見し、イスマルはアイント遺跡が 5 つの遺跡からなる遺跡群の中心であることを証明した。イスマルが推測した通り、それぞれの遺跡の中枢はアイント遺跡から 14.4 km の位置にあった。


そして今宵、イスマルは遺跡群の中心であったアイント遺跡の最奥部で、解かれることのなかった謎に挑もうとしていた。






鍵穴には迷路のような溝が刻み込まれていた。イスマルは硬化剤で型を取り現物を再現。人工参謀が解析して鍵を作った。問題は単純な物理錠ではないことで、高価な聖銀で鍵を作る必要があった。これだけの量を集めるのに相当な時間を費やした。


イスマルは中央の穴に鍵を押し込んだ。それ以上押し込めなくなったところで右にひねる。すると少しだけ押し込めるようになった。左、右、左……ときには引き戻しつつ回し、 3 分の 2 ほど押し込んだ時だった。


鍵を 180 °回転させると石臼をひくような音がして鍵が吸い込まれた。鍵穴を中心に扉が回転し、人が通り抜けられるだけの隙間が開いた。


「生命反応、動体反応ともにありません。二酸化炭素濃度がやや高いため、空気の入れ替えが完了するまで入室は控えてください」


「分かった」


部屋からあふれ出した闇に光が吸い込まれ、中は見えない。


扉は複雑な開き方をしていた。凸の字を横倒しにしたような隙間が空き、扉の一部だった鍵穴も上下に分断され、下半分に鍵が取り残されている。


「さあ 33 年来の謎を解く時だ」


数万年、あるいは数十万年も封印されていた扉を開いただけでも名誉だろう。しかし、トレジャーハンターはその目で謎を見なければ気が済まない生き物だ。宝へと通じる情報を売って大金を手に入れ、めでたしめでたしで終わるはずがない。


危険を冒して前人未到の地を踏み、見たこともない宝を手に入れるために命を懸けられるのがトレジャーハンターである。


イスマルも例外ではない。むしろ、同業者の誰もが認めるトレジャーハンターだった。


イスマルは扉の隙間をくぐった。ほとんど無意識のうちに鍵を回収した。これがトレジャーハンターの本能である。


中は完全な暗闇だった。イスマルは言い知れぬ高揚感を理性で抑制しつつ、バックパックからランタンを取り出し光源を確保。右腕の高機能ツールのライトを拡散モードにして全体を照射した後、スポットモードにして壁と床をなぞった。


壁から天井に至るまで白い部屋だった。罠や仕掛けは見つからない。その代わりに宝石が収まった箱も、貴重な遺物もなかった。


「想定内だ。ありふれた金銀財宝があったら逆に驚くぜ……となるとこの黒い台座が本命ってことだ」


イスマルはあえて後回しにしていた台座に目を剥けた。入って最初に目を引いた台座は、まるでその部屋の主のように、中央に鎮座している。


イスマルの胸くらいの高さがある台座の基礎部分は黒曜石のような材質で、鈍い光を反射している。台座の上はフレームだけの構造で、中心部分に何かが収まるような作りである。


「解読した内容が正しければ、月の光に関係する装置のはずです。現在、機能は停止している模様」


イスマルは台座の上に聖銀製の鍵を置いた。円筒形の鍵が転がってしまうのは、床そのものが傾いているためだ。


「何も起こらねえな」


「動作部品が足りないのかもしれません」


「まさかパーツを見つけなきゃならないのか? 聖なる石で作った鍵だけじゃなく透き通った玉も必要だってのか?」


イスマルは愕然とした表情で台座から転がり落ちた鍵をキャッチした。


「マスター、星です」


いつしか天には星が輝いていた。それは不思議な光景だった。イスマルが立っているのは地下数百 m の深層である。星空は厚さ数百 m の岩盤に邪魔されて届かないはずである。


かび臭い空気とそよ風も吹いていないことを除けば、満点の星空の下にいるのと遜色ない。登場するのはイスマルと台座、そして星。


「映像スクリーンか?」


人工参謀がその考えを肯定した。


「現実の星座と一致。リアルタイム映像のようです」


「上だけじゃなく横にも星が映ってるな」


壁面は白から黒へと色を変え、星々の光を映し出している。唯一の例外は床だった。床だけが漆黒の色で存在感を主張している。


「扉が閉じます! マスター!」


「閉じ込められた!」


イスマルが扉の穴に鍵を入れると、あっけなく開いた。


「なんだ、自動で閉じただけか。危険はなさそうだし、隅々まで調べるぞ」


イスマルがあちこちに目を走らせているうちに、夜を模したスクリーンはより深みを増した。闇が深くなれば星々の存在感が増す。


東の方角が薄明るくなり、水平線から満月が顔を出した。


唐突に台座の蓋が開いた。水晶とガラスを組み合わせたような装置がせり上がってきた。それは台座のフレーム部分にぴたりと収まった。


「どうやら当たりだ!」


「アファーマティブ。石を掲げるスペースもあります」


イスマルは警戒しつつ、聖銀の鍵を台座の窪み置いた。


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