1 章 - 09
1 - 9. 鋼暦 3334 年 6 月 7 日 - アイント遺跡最深部
光線状に降り注いだ月の光が台座を照らし、ガラスの管を通じて水晶に集結している。
幻想的な光景だった。
透明度の高い水晶球の中に、月の光が結晶化したような核があった。それは存在感が希薄で、水晶の中にホログラフのように浮かび上がっている。
「水晶の中に何かある」
「アストラル・プレインからエネルギーの流出を確認! 信じられません、プラーナが半物質化したものです!」
珍しく人工参謀が興奮していた。3314 年から 20 年を共にしたイスマルをして人工参謀が狂喜している場面は初めて目にする。
掴みどころがなくまるで幻影のような結晶は、月の光を浴びることで存在感を増していくようだ。
「とてつもないエネルギーが生成されています! 大量のプラーナで部屋が埋め尽くされました! 余波でエネルギー充填率が 100 % になりました! マスター、これは 100 年に 1 度のチャンスです! マスターへの干渉許可をください!」
「何言ってんだ?」
「マスターの身体に干渉してブレイクスルー因子を誘発させます!」
「馬鹿言うな! 祝福はとっくの昔にもらってるんだよ! 奇跡は 2 回も 3 回も起きねえ!」
イスマルは怒鳴った。
「大声を出さなくても聞こえます。自然に起こる確率が極端に低いだけで、ブレイクスルー因子の重複発現は理論的に可能です。マスター、私を信じてください」
イスマルは少し悩むそぶりを見せたが、付き合いの長い人工参謀を信じた。
「……分かった。やれ!」
「充填エネルギーをフルに使ってブレイクスルー因子を誘発させます……成功しました」
イスマルの頭から四肢にかけて黄金のパルスが走った。
「おおおお!? この感覚! マジか!」
「さらにエネルギー充填中…… 100 % になりました。素晴らしい、ジャックポット!」
「だから分かるように――」
「この部屋に極大のプラーナが生成され続けています。有り余るエネルギーを有効活用してマスターへの干渉を続けます」
「おい、ちょっと待――」
「2 回目……成功。
3 回目……成功。
4 回目……成功」
「ぐおおおおお!?」
イスマルは滝のごとく降りかかった変化に翻弄された。
脳のシナプスがでたらめな速度で形成されていく。
また、神経線維がより速く電気刺激を伝えるよう作り変えられていく。
運動神経末端と筋肉細胞を接続するシナプス間隙では、強く電流が流れた場合に神経伝達物質を解さず直接筋肉細胞に活動電位を発生させることができるようになった。このことにより、反射的な反応は時に、昆虫の速さすらも凌ぐようになった。世界チャンピオンのボクサーのジャブですら、止まって見える。
「これまでの遺物とは桁が違います! 私が作られた文明のさらに未来の技術です!」
「こいつは……厳しぃ……」
かつてブレイクスルー因子が発現したときはこうではなかった。濁流のごとき変化にイスマルは必死に耐えた。
人工参謀のカウントが 100 を超えた辺りから、体力を吸い取られるような感じがした。
「待て……」
「ATP を消費して細胞が作りかえられているので力が抜けているだけです。バイタルチェックは行っていますのでご安心を」
「安心できるか……クソッ……」
部屋の中は黄金の光で満ち溢れていた。
イスマルの脳では、増大したシナプス同士が接合して新たな回路を形成。過剰な光の中でも見られるよう紫外線寄りの波長に適応した。さらに視覚を補うように聴覚・嗅覚が上昇。触覚も鋭敏化し、状況を把握せんと空気の揺らぎを感じ取る。
また、体中の細胞が活性化していた。老いて劣化した部品がフルオーダーオーダーメイドの新品に換えられていくようだ。
「254 回目……成功。月が真上に来ました。プラーナの生成量はなおも増大中。エネルギー計測不能! 時空異常を検知! しまっ、これは転移!?」
光が爆発した。それは音と衝撃を伴わない光の洪水だった。視覚情報がすべて白に塗りつぶされる直前、イスマルはとっさに右手で水晶を、左手で鍵を掴み取った。
その後生じた浮遊感。
「申し訳ありません、マスター」
「謝ると不安になるから止めろ!」
イスマルの言葉は光の洪水に飲み込まれた。




