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1 章 - 07

1 - 7. 鋼暦 3314 年 3 月 6 日 - ヴァンガード国 - フォーク遺跡



競技用トラックの 100 m を 3.4 秒で駆け抜ける人型ガーディアンも、摩擦係数の少ない通路では半分の速さを出すのが精一杯だった。だが、時速 50 km も出せば普通の人間は逃がさない。


そう、相手が普通の人間であれば。


かつてアートレータと呼ばれたイノガロイドの不幸は、相手がゴキブリ以上にしぶとい生物だったことだ。


トレジャーハンターはたいていしぶとい人間だが、その中でもブレイクスルー因子を発現したトレジャーハンターは別格であり、人型ガーディアンが有する人間のデータと彼らの能力にはかなりのずれがあった。


その認識のずれが、イスマルと戦う時に致命的な隙となっていた。






この時代の人間はブレイクスルー因子を持っている。


一握りの人間は生涯に一度、ブレイクスルーと呼ばれる変化が発生することがある。この変化は、一生のうちに起こりうる進化とも、神の祝福とも言われていた。


ブレイクスルーは唐突に訪れる。ガーディアンの攻撃がまさに振り下ろされる瞬間に。専門職でもなければできない苛烈な運動の果てに。かと思えば日常の中で玄関を出て何気なく振り返って家を見上げた瞬間に。


イスマルは遺跡の通路を歩いている時に起きた。


最大限に注意を払っていたにもかかわらず見逃した罠からレーザーが吐き出される瞬間、イスマルには何かが光ったように感じられた。後から思えばレーザー射出光にイスマルの持ったライトが反射した光だったのだろう。


イスマルの意識は身体を離れて頭上から自分を見下ろしていた。レーザー射出口の中にある装置がイスマルの顔に照準を合わせ、今まさにレーザーを照射しようとした瞬間。


音すらさせずに抜き放った剣がレーザー射出光に刺さっていた。小さな爆発音の後、我に返ったイスマルからどっと汗が噴き出した。


噴き出した汗が頬のラインに沿って顎に伝わり、球となって落下した。球状の汗は空気抵抗によってふよふよと形を変えながら地面に接触し、王冠のように飛び散った。






ブレイクスルーを発症した人間は神経伝達が強化される。感覚が強化され、反射速度が向上する。そして脳に 2 度目の成長期が訪れ、シナプスの形成が盛んになる。これは数年間続く。この脳の成長が緩慢になるまでの猶予期間中に鍛えた能力は人間離れしたものになる。


体を鍛えれば、筋肉繊維はしなやかなワイヤーのように強靭になり、通常の人間には出せない絶大なパワーが得られるだろう。


反射神経を鍛えれば、あらゆる出来事にも瞬時に判断して対応できるようになるだろう。


計算能力を鍛えれば、計算機に入力間違いを起こしそうな桁数の乗算ですら、暗算でできるようになるだろう。


芸術分野ですら例外ではない。中にはそれらを飛び越えて超常的な力を得たという噂もある。


何が原因でブレイクスルーが起きるのかははっきりしないが、比較的強い精神を持った人間が発症しやすいようだ。


身体的データだけを比較すれば、ブレイクスルーを発症した人間とそうでない人間の間には、個体差では済まない程の能力差が発生している。それこそ亜種だったと言われても納得するほどに。


だが、祝福はきっかけに過ぎない。せっかく祝福を受けた人間も、能力を磨かなければ普通の人間と大差ない。才能は磨いてこそ(たま)となる。磨かなければくすんだ石ころのままだ。


イスマルはかつてブレイクスルーを発症した。そしてトレジャーハンターとしてのたゆまぬ研鑽が、イスマルの身体能力に磨きをかけた。その結果、イスマルの運動能力は人間離れしたものになった。






イスマルは剣を捨てて後方に跳んだ。ただのワンアクションで人型ガーディアンと同じ速度域に到達する。


「後ろ確認頼む!」


イスマルとジェノサイダーは縦に並んで走った。一方はイスマルを追いかけて前に、一方はジェノサイダーを見たまま背後へ。


その速度は同等で、イスマルが振り返ったりすればたちまち追いつかれてしまうだろう。


「進行方向クリア。通路の突き当りまで残り 34 m、 2.4 秒後に到達」


振り返る余裕のないイスマルに人工参謀が状況を伝えた。


「距離をカウントダウンしろ!」


「アファーマティブ。残り 28 m」


バック走するイスマルに人型ガーディアンがじりじり迫った。


「残り 18 m」


相対的にゆっくりと近づく人型ガーディアンは、抱擁でもするかのように両手を広げた。


「残り 10 m。 9、 8、 7、 6 m」


手を伸ばしたら触れられそうな距離で、イスマルが独特のステップを踏んだ。舞い落ちる木の葉に見られる不規則な動き。


人型ガーディアンの前からイスマルの姿が掻き消えた。人型ガーディアンの手が空中を掴んで壁に激突。いや、激突と見えた直前に壁を殴ってイスマルの方向に跳ね返った。


壁の破片がすさまじい勢いで飛散した。小さな破片でも目に当たればただでは済まない。


イスマルは鋭い動きで破片をかわした。


鋭いということは動きが直線的になり予測しやすいということでもある。


人型ガーディアンは身体に当たる破片を無視して攻撃した。


「マスター!」


破片を避けた未来位置に対して突き出される手刀を、イスマルは急ブレーキで回避した。無理な負担を受けた足腰に負担がかかる。イスマルは肉体の悲鳴を無視し、追尾してくる腕を手の甲で強引に弾いた。


「ぐっ!」


イスマルは痛みに顔をしかめつつ身を伏せた。その動きはやはり水中に落ちるコインのように不規則だ。


イスマルはほとんど四足に近い態勢まで伏せ、ガーディアンの背後に回り込もうとして失敗した。


人型ガーディアンの足がイスマルの顔の横に踏み下ろされた。


「うはっ!」


イスマルは両手を床に着いた反動で体を起こし、人型ガーディアンから距離を取った。


空振った足が床に打ち込まれて放射状の罅を入れた。


「頭は無事か!?」


「アファーマティブ」


「こいつ強くなってやがる!」


「ガヒュー!」


人型ガーディアンは得意気に反応した。


イスマルがブレイクスルーを発症した人外なら、人型ガーディアンは古代文明の英知の結晶だった。


人型ガーディアンはイスマルの動きを学習し始めていた。想定外のスピードにも対応できるよう、定期的に全方向スキャンを行っている。例え見失うようなことがあったとしても、直ぐに発見できる。


人型ガーディアンが距離を詰めた。頭上から手刀を振り下ろす。スピードは速いがフェイントもない単純な攻撃だった。


イスマルは半歩横にずれることで避けた。


だが、その動作は人型ガーディアンに読まれていた。


人型ガーディアンは外見こそ人型ではあったが、関節部分の可動範囲が大きい。それは人間には不可能な動きをすることもできるということだ。その動きは時に、イスマルの予測を超える。


攻撃途中で人型ガーディアンの肘が折りたたまれた。カマキリが獲物を捕らえるかのように、速度を上乗せされた腕は必殺の一撃となってイスマルの背に迫った。


「背後から来ます!」


「ぐお!」


イスマルは床に転がって人型ガーディアンの間合いから離れた。人工参謀の警告がなければ金属製の手が背に突き刺さり、この巨大な遺跡がイスマルの墓標となっていたところだ。


「今ので運を借金しちまった!」


イスマルは毒づいた。


「キィィン! キィィン! キィィン!」


「あーうるせえな!」


人型ガーディアンの警報を聞いた別のガーディアンがいずれ集まってくる。イスマルも人工参謀も、この状況が長く続かないのは理解していた。僥倖が何度も起こらないことも。


人型ガーディアンが攻撃し、イスマルが避ける攻防が続く。


「ガガッ……」


「獲物がないのがツライ!」


「マスター! 背後から浮遊型ガーディアンが来ます!」


「帰ってもらえ!」


現れたのはハチ型ガーディアンだった。 40 cm 程の金属製の蜂。騒々しい羽音を聞いただけで正体が分かる。


隠密行動には向かないので、威嚇を目的としたガーディアンだとイスマルは勝手に思っている。


イスマルは 2 体のガーディアンに挟まれた。


イスマルの目論見通りの場所で。 2 個目のデモリッシュツールを仕掛けた場所だった。


「今だ!!」


イスマルの合図で人工参謀がデモリッシュツールを起爆した。


ハチ型ガーディアンが爆発に巻き込まれた。


イスマルはセンサーを汚染されてよろよろと墜落するハチ型ガーディアン鷲掴みにして、人型ガーディアンに投げつけた。


ハチ型ガーディアンは人型ガーディアンの頭に当たって小さく爆発した。


人型ガーディアンは仲間が破壊されたことなど意に介さずイスマルを攻撃した。


「シッ!」


イスマルは上段から降ってくる手を壁の方向にずらした。


ブレード状の手が壁にめり込むのを横目に、ウェストポーチから取り出したデモリッシュツールを宙に放って廊下にダイブした。イスマルが床に伏せた直後、人型ガーディアンの顔に張り付いたデモリッシュツールが爆発した。


雪のように金属片が舞い落ちる。人型ガーディアンはイスマルを見失った。センサー類が回復した頃には、イスマルの姿は遠ざかっていた。






イスマルは床に刺さった剣を蹴飛ばした。さらに全体重をかけて剣を抉って隙間を作り、背筋力を使って引っこ抜いた。


「抜けた!」


人型ガーディアンが迫っていた。


「剣さえあればこっちのもんだ! よくもなぶってくれたなあ!」


イスマルは恨み骨髄で人型ガーディアンの頭に剣を叩きつけた。 2 度、 3 度と面白いように当たる。


「キィィン! ガガッ……キィィン! ガガッ……」


イスマルの剣速は速すぎた。しかも微妙に曲線運動を伴っていて、人型ガーディアンはまともに打ち合うことさえできなかった。素手と剣でリーチが異なるのも災いしていた。


だが、人型ガーディアンのボディもイスマルの剣では傷つかない。お互い手詰まりの状況ではあった。にもかかわらず、イスマルは馬鹿の一つ覚えのように頭部を狙い続けた。


「ガガッ……ガッ……」


鬱憤晴らしにしか見えなかったが、しばらくやっているとアラームが止んだ。


「お!? 効いたか?」


「衝撃が通っています。信じられませんが、長い年月で内部の回路が劣化して、衝撃に弱くなっているのかもしれません」


人型ガーディアンはたまらずイスマルを払い退けた。それは油断と言っていいほど無防備な動作だった。


イスマルは剣を手放しその腕を取った。攻撃が当たらないように身をひねり、同時に腕を引き込んでベクトルの向きを地面に向ける。変形の一本背負いだ。


人型ガーディアンは前のめりに宙に浮いた。


「ヒュッ!」


イスマルは左手で人型ガーディアンの手首を握り、右腕を肘の上に置いて前に押し込んだ。釣竿で遠投するときの投げ方に似ていた。ただでさえ人間離れした力がテコの原理で増幅された。


人型ガーディアンの関節部分は人間に比べて自由度が高い。しかし常に 360 °の可動範囲で動いているわけではない。力を伝えるためにマイナス方向の可動はロックされており、意図的にそれを外して逆方向に関節を可動させることができた。


この時にロックを外していれば、イスマルの投げは思いもよらない結果を招いたかもしれない。だが人型ガーディアンは現状を正しく認識できていなかった。自分が空中に浮いていることも、まして関節を決められているなど理解の外だった。


人型ガーディアンの肘がみしりと音を立てた。硬い節が重なり合った関節は許容値を超え、曲がってはいけない方向に折れ曲がった。


その後人型ガーディアンは床に叩きつけられ、耳をつんざくような音を立てて廊下を滑って行った。


「ギッ、ギギ……」


人型ガーディアンは肩と股間の関節を逆転させた。それはつまり体の前後を入れ替えたということであり、仰向けから腹這いになったということだ。


人型ガーディアンは両手足を広げ床や壁に引っ掻けようとした。だが、そのうちの 1 本が半ばから折れて青白い火花を散らしているために上手く止まれない。手足が 3 本ではバランスが悪いらしく、床に倒れ込み、壁にぶつかりながら廊下の端まで滑って行った。


「ガハハッ! ざまみろ!」


「マスター、撤退のチャンスです!」


「分かってら!」


イスマルは人間離れしたスピードで出口を通過し、文字通り地上に飛び出した。






封鎖中の遺跡の入り口から発射されたものに驚いたのは、待機していた調査隊だ。


「ぎゃあああ!」「何だ!?」「出たあ!?」


「帰ったぞ!」


イスマルは軽い空中遊泳の後、地上に降り立った。


「イスマル!」


「すぐに入り口を閉鎖しろプルートゥ!」


「ジェノサイダーはどうした!?」


「そいつが来るんだ!」


「もう手遅れですマスター! 来ました!」


人型ガーディアンが遺跡の入り口から姿を現した。調査員を殺害したジェノサイダーを目撃した人間は腰を抜かしたり、思い思いの方向に逃げた。


人型ガーディアンはそういった人間にはわき目も振らず、イスマルだけを狙って一直線に突っ込んで来た。


「しつけーんだよ! 出来損ないの土偶野郎が!」


明るいところで見る人型ガーディアンは、どことなくユーモラスな顔だった。稀に出土される遮光器土偶のデザインを受け継いでいるようにも見える。


イスマルは真横から来る攻撃を鋼銀の剣で迎え撃った。


硬い地面だと人型ガーディアンは踏ん張りが利くのか、遺跡よりもスピードが上がっていた。


イスマルは剣の軌道を三次元的に予測し、未来位置を示す光るラインの終端に剣を叩きつけた。


「ヌハッ!」


質量差でイスマルが打ち負けた。人型ガーディアンの手刀はイスマルの剣を弾き、袈裟切りの直後に下段を左から右に薙ぎ払う。


イスマルには剣を合わせる余裕はないが、独特のステップを踏んで攻撃をかわす。人型ガーディアンの攻撃はイスマルの脚をすり抜けたように見えた。


「速くて重いが、それだけだ」


イスマルは改めて剣を構えた。


人型ガーディアンは片腕が使えない。スピードこそ速くなっているが、攻撃回数そのものは減っていた。


イスマルは当初余裕をもって攻撃を捌いていた。


しかし何合か打ち合っていると、人型ガーディアンの攻撃パターンに変化が生じた。イスマルの動きを真似ているのか、攻撃の軌道を細かく変えて来るようになった。


イスマルはあわよくばと無事な腕を折ろうとしていたが、危なくてとてもではないが掴みに行くことはできなかった。となるとイスマルの攻撃は効かないために打つ手はない。


「くっ、この野郎! 無駄に賢い! お前ら見てないで助けろ!!」


イスマルはボケッと観戦している所長に助けを求めた。


「お、おお、そうか! メノスの北にある広場に向かえ! 重機を用意する!」


切っ先で人型ガーディアンの足を払いながらイスマルは怒鳴った。


「何 km あると思ってんだ馬鹿野郎!」


「無い袖は振れん。気合で何とかしろ!」


「くそったれ!!」


戦闘で研究者を頼りにする方が間違いなのだが、このままではジリ貧である。言う通りにするしかなかった。イスマルが走り出そうとしたとき、所長が声をかけた。


「用意に時間がかかる! 最低でも 30 分は持たせろよ!」


「無茶言うな! 死んだら毎晩枕元に立つからな!」


「健闘を祈る!」


「祈るな!」


「死んだら香典くらいは包んでやる」


「お前が死んだら祝辞を出してやるからな!」


「いつまでも馬鹿言ってないでさっさと行け!!」


イスマルはやけくそ気味に攻撃を叩きつけてから反転して走り出した。






申し訳程度に雪の積もるメノスの街を迂回しようとしたイスマルは、ジェノサイダーに追い込まれて衆人環視の中で撤退戦を繰り広げることになった。


幸いなことにメノスでの人的被害は皆無であり、人型ガーディアンは待ち合わせ場所で無事に押し潰された。正確に言えば、瓦礫と重機の下敷きになったままエネルギー切れを待たれているところである。エネルギーが切れた後は研究所送りとなり、素材を剥ぎ取られた後にチップの一片に至るまで研究対象になる運命だった。


フォーク遺跡の格付け調査を無事に完了したイスマルは、その報酬として逆に金を払って人工参謀を買い取る羽目になった。何しろ外れないのだからそうする以外になかった。


危険度 S のガーディアンを結果的に倒したイスマルは、その後いくつかの資格試験を経て、世界で 11 人目の S 級ライセンスを取得するに至った。


と言っても S 級はほとんど名誉職扱いのライセンスであり、特 A 級ライセンス所持者に比べて何かが優れているというわけではない。ただし、彼らが扱う武器はほぼ例外なく強力な遺物であり、危険度 S 級のガーディアンを倒せるだけの武力を持っている。


そのような遺物を使わずに S 級ガーディアンと渡り合い、他者の力を借りたとは言え無害化までしたのは、世界広しといえどイスマルや極々一部の特 A 級トレジャーハンターしかいない。むしろそういう状況に追い込まれでもしなければ、あえて危険を冒さないのがトレジャーハンターだ。腕の良いトレジャーハンターほど、大きな危険は避けて通る。


イスマルの撤退戦を目撃したメノスの住人たちは、その時の光景がよほど衝撃的だったらしく、一時期トレジャーハンターブームが巻き起こった。


子供たちの「どうすればトレジャーハンターになれますか」といった微笑ましい質問から、「あれは誰だったのだ?」「あの騒動は不手際ではなかったのか?」「あのガーディアンは何級だったのか」という常識的な問い合わせに加え、「ランク別トレジャーハンターの平均年収は?」「協会職員の平均年収も知りたい」といった嫌らしい質問が次々とトレジャーハンター協会に殺到して業務がパンクしたらしい。


後日、イスマルに脳筋博士という呼び名が付けられることになったのは、連日残業続きになったトレジャーハンター協会職員の八つ当たりという噂である。


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