1 章 - 06
1 - 6. 鋼暦 3314 年 3 月 7 日 - ヴァンガード国 - フォーク遺跡
地下 20 階層、中央付近の一室。ものの形すら覚束ない暗闇に、オフィスデスクやキャビネットの残骸が散乱していた。部屋には五体満足なものは一つとしてなく、錆に浸食されて足が折れたり、斜めに傾いたり、上下逆さまになったりしている。
今の技術を基準とすれば、 1 万年単位の歳月を経た物が、残骸になっても残っているだけで奇跡に等しい。ただのガラクタに見えるものでも、金塊並みの値段で売れる。
トレジャーハンターはこういった素材を売って収入を得ているわけだが、遺跡にとっては重要度が皆無なのであろう。このような部屋はガーディアンの警備から外れているので、休息するにはうってつけだった。
埃っぽい部屋の片隅で音が生じた。何かを探しているのか、床付近をがさごそとやっている。しばらくすると光が灯った。
光は闇に沈んでいたイスマルの姿を露にし、間延びした影を映し出した。オレンジ色の光は床から天井へと広がり、無機質な部屋を暖色に染め上げた。
「ふぃー。 4 日目ともなると腰にくるな」
「おはようございます、マスター。眠りが浅かったようですが、疲れは取れましたか?」
「おおよ、助かったぜ。寝ずの番がいるだけでずいぶん違うな。いつもはもっと眠りが浅いんだが、倍も休めた気がする。体調は万全だ。それにお前が遺跡の見取り図を持っているから、仕事はほとんど終わりだ」
「お役に立てたのでしたら幸いです」
「まさかこの遺跡が 710 階層もあるとは思わなかった。こりゃ危険度 S、難易度 S のすげえ遺跡になるな」
どの階層まで無事か分からないが、フォーク遺跡も資源回収のために公募されることになるだろう。ガーディアンさえ始末すれば、当分仕事には困らないと、イスマルはほくそ笑んだ。
「今日中に脱出するぞ!」
少しでも荷物を減らしたかったので、イスマルは水を消費していくことにした。着替えやタオルなど、最低限の生活品が入った袋から歯ブラシを取り出して歯を磨き、口の中をすすいだ水をダストバッグに吐き出した。
「すっきりした。これぞ贅沢ってもんだ」
「今の時代は深刻な水不足に悩まされているのですか? マスター」
「んなわけあるか」
イスマルはタブレットを呷り、たっぷりの水で空腹を誤魔化した。
「古代遺跡にゃ水なんてないからな。持って来た水を大事に使ってるんだ」
「ジェネレーターは持っていないのですか?」
「ジェネレーターって何だ?」
「水を生成する装置です」
「そんな便利な遺物があるのか!?」
「アファーマティブ。簡易的な小さなものから千人単位の住民を賄える大型のものまでさまざまです。大型なジェネレーターはこの施設程度では入りません。一般的にジェネレーターと言えば、携帯用の簡易的なものを指すことが多いようです。手のひらサイズのジェネレーターで 1 日 2 L 程度の水を生成できます。この施設にも保存されていたはずです」
「ずいぶん小さいな。どんな形だ?」
「製品によって違いはありますが、円筒形をしていることが多いようです」
「それがあれば水の心配は少なくなる。手に入れられるもんならそうしたいが、とりあえずは外に出て腹いっぱい食いたいぜ」
「食料が底を尽きたのですか?」
「持ってきてねえんだよ。俺たちはタブレットで済ませることが多いな。食った分、出したものの後始末が面倒だからな」
「空腹にはならないのですか?」
「心頭滅却すれば火もまた涼しだ」
「つまりやせ我慢ですか?」
「そうだよ! 腕時計と掛け合い漫才してる時間はない!」
「腕時計ではなく人工参謀です、マスター」
「じゃあ行くぞ! ナビしてくれ参謀さんよ」
「容易いことです。ナビゲーションなど目をつむっていてもできます」
「目なんてあるのか?」
「ただの比喩表現ですマスター。光学センサーと音響センサーで索敵をサポートしましょう」
「そりゃ助かる」
イスマルは排泄を済ませてダストバッグを密封袋に仕舞い込んだ。ついでに床のランタンを拾ってバックパックに放り込む。
出会い頭を警戒して、イスマルは徐々に扉を開いていく。
通路には非常灯が灯っている。薄暗くはあったが、満月の夜くらいの明るさがあり、夜目の利くイスマルには通路の端まで見通すことができた。
イスマルは歯医者で使うような小さな鏡を扉の隙間から出し、回転させながら左右の通路を確認した。
「ガーディアンはいないようだ」
イスマルは廊下に滑り出た。
往路とは異なるルートで地上を目指したが、ジェネレーターはなく、収穫できた遺物は人工参謀だけだった。重量的には余裕があるのに帰還しなければならないのはトレジャーハンターの心情としては複雑である。
だがイスマルの仕事は古代遺跡の格付け調査だ。しかも手におえない脅威が存在する以上、退却こそが正解だった。
何より、イスマルの胃は限界に達している。
「ロザッタのステーキが食べたいなんて贅沢は言わねえ。米と味噌汁が食べたい。タブレットはもう嫌だ」
「ロザッタとは何ですか?」
「飛ばない鳥グルディヌの一品種だよ。肉用に飼育された最上級のな」
「特徴からするとダチョウやエミューのような動物のようですね。ロザッタとグルディヌを辞書登録します」
基本的に古代語で会話するイスマルと人工参謀だったが、人工参謀が作られた時代からは 1 万年以上の歳月が流れていることもあり、通じない言い回しや固有名が出てくることがあった。その度に人工参謀は知識を更新して現代の言葉を習得していった。
人工参謀の知識で安全なルートが使えるようになったが油断はできなかった。
「進行方向、二つ先の右通路からガーディアンが来ます」
イスマルは近くの部屋に転がり込んだ。
息を殺して耳を澄ませていると、硬い床の上を移動する音が聞こえてくる。足音を殺していても、五感の優れたイスマルにはおおよその姿が推測できた。
硬質樹脂のような足。四足歩行。重量 120 kg 程度。その特徴に合うガーディアンがこの遺跡には 1 種類だけいる。猟犬型ガーディアンだ。
猟犬型ガーディアンは静かに獲物を求めてさまよう黒いドーベルマンだ。この遺跡では人型ガーディアンに次いで厄介な存在だ。
攻撃方法は本物と大差ないが、決定的に違うのはパワーだ。金属製の顎は、金属の棒でさえも噛み千切るトルクと硬度がある。人間の手足などはあっさり噛み千切る。硬い頭蓋であってもスイカのように削り取られる。そして、一度獲物に噛みついたら離さない。
猟犬型ガーディアンの危険度は A である。特 A 級ライセンスを持つイスマルであっても油断していい相手ではない。不意をつかれり群れで襲われた場合、非常に危険な敵となる。現に A 級ライセンスを含む選抜チームが群れに襲われ、数人が犠牲になっている。
幸いなことに、猟犬型ガーディアンはイスマルに気づかず通り過ぎて行った。
「どうやら行ったみたいだ。いいセンサー持ってるな」
「ありがとうございます。ですが本来の探知性能は発揮できていません。充填率が上がればアクティブセンサーが使えるようになるので、期待していてください」
「ほう」
人工参謀の本体は、半球状の、薄く扁平な宝石だった。それが幅広の金属ベルトにはめ込まれている。青く発光するサファイアのような結晶体はもとより、ベルト部分にもセンサーの類は見られない。それで周囲の状況を識別しているのがイスマルには不思議だった。
「音響センサーでは飛行タイプやアンブッシュガーディアンは発見しにくいので、過信は禁物です」
「分かった。待ち伏せには特に気をつけるとしよう」
イスマルは反射鏡の扱いを上達させた。
ガーディアンの散発的な遭遇をかいくぐり、イスマルは影のように進んだ。そしてついに地下 1 階層に到達した。
ここで地上が近いと気を緩めるトレジャーハンターは長生きできない。イスマルは常にも増して警戒しつつ、最適化されたトレジャーハンターの行動パターンに従って薄暗い通路を進んでいく。
ゴールは間近だった。
最後の通路を確認したイスマルは、反射鏡に映ったものを見て顔をしかめた。
「ジェノサイダーが待ち伏せしてやがった。ご丁寧なことにイヌまで……しかも 2 匹いるじゃねえか!」
「気づかれます、マスター」
「どうやら運を使い果たしたか?
――幸運は長く続かない。使い切った後に最悪が待っている」
「非科学的な言葉ですね」
「科学の及ばない領域だ。
――運は使うものに非ず。留めておくものか」
幸福量保存則は、考えなしの行動を戒めるトレジャーハンター界の格言ではあったが、しばしば不運を嘆く意味で使われる。
もちろん、イスマルは現実世界がそんな法則に支配されているなどと本気で信じているわけではなかった。だが、どうにもならない事象に見舞われたとき、無神論者が神に祈ったり毒づいたりするように、つい口にしてしまうのだ。
「運とは既に起こった事実に対する個人的感想でしかありません、マスター」
「迷信と分かっちゃいても、泣き言を言いたくなる時がある」
「確かに今の状況は良いとは言えません。マスター風に言うなら運が悪い」
「そりゃ皮肉か」
「ネガティブ。単なる比喩です。これからどのような方針で行動しますか?」
「さて、どうするかな……」
イスマルは考えを巡らせた。
気分は、危険な番犬の鼻先を抜き足差し足で通り抜け、家に侵入する泥棒だ。状況的にはその十倍も厳しい。常識的に判断すれば救援を待つしかない。
だが、この状況より悪いシチュエーションは過去に何度も経験してきた。それを乗り越えた経験が、イスマルの自信の源となっている。
幸運がなくなったのなら、運に頼らない作戦を立てればいい。イスマルは特 A 級のトレジャーハンターであり、それを実行するだけの実力があるはずだった。
「参謀、扉がロックされてるか分かるか?」
「ここからでは調べられませんが、強制終了させたシステムはまだ復旧していませんので、エマージェンシーコードは継続中です。また、システム仕様として、エマージェンシーコード中は出入り口にロックがかかりません。以上を踏まえ、地上への扉は高確率で解放されていると推測します」
「ならやりようはあるか。動きがあるまで待ってみよう」
イスマルは床に伏せ、これまでじっくり見る機会のなかった人型ガーディアンを観察した。表面をなぞるようにしてスリット、突起物、スイッチなどの弱点を探していく。だが、オーバーテクノロジーの塊であるガーディアンに、都合よい弱点などあるわけがなかった。
イスマルはがっかりしながら時を待った。
人型ガーディアンは悪趣味な彫像のように動かない。猟犬型ガーディアンはあちこち動き回るものの、人型ガーディアンを中心とした範囲内をうろついている。
イスマルの期待は叶いそうになかった。
「ちっ」
イスマルは口の中で舌打ちをした。ついていないときはとことんついていない。
ガーディアンの待ち受ける通路から離れ、イスマルと参謀は作戦を立てた。
「人型ガーディアンの情報はあるか?」
「アファーマティブ。
ロスタル・ヘヴィ・インダストリィ社製 FHT-02。通称アートレータ。重要施設内に配置されることが多いガーディアンです。人型ゆえに装備できる多彩なオプション。耐レーザーコーティングが施された装甲は、レーザー兵器、実体弾などに対して高い耐性を示します」
「S 級が所持するレーザーブラスターも効かないか。弱点は?」
「建設用資材で生き埋めにされてバッテリー切れになった例があります。崩落に巻き込むのは良い考えだと思います」
「通信が断たれたままじゃ難しい」
「それよりも気にかかることがあります」
「何だ?」
「この遺跡にいるガーディアンの動作モードのことです。
本来であれば警備モードになっているはずなのに、今まで遭遇したガーディアンはすべて殺傷モードで動作しています。
殺傷モードは、警告抜きで致命的な攻撃を許容する行動パターンです。当時でさえ隠しメニュー扱いの、紛争国や軍事施設でもない限り使われない動作モードです。行動に規制がかからないことからよほどのことがない限り使用されないはずなのですが。
ジェノサイダーは屋内あるいは近接戦闘に特化していますので、殺傷モードで行動されると手がつけられません。出口でマスターを待ち構えているのも、捕らえるのが目的ではなく、殺害しようとしています」
「これまで潜った遺跡では、大抵ガーディアンは警告なしで攻撃して来たが……」
「防衛に失敗すると警戒レベルが上がることがありますが、殺傷モードまでは上がりません。不可解です。当時の常識で考えれば、この状況はあり得ません。会社内を、しかも居住区もある施設を、殺傷モードで警備されても安心はできないでしょう」
「ふむ。気にはなるが推測に足るデータはない。今は置いとこう。それより作戦だ。
――そうだな、シンプルにデモリッシュツールを 3 個程使って陽動するか。時間差で爆発させてやつらを出口から遠ざける。タイミングを見計らって強行突破する。以上」
「単純ですが、効果は見込めるでしょう。ただしジェノサイダーが動かない場合、作戦は中止した方が良いです。殺傷モードのジェノサイダーに剣で挑むのは自殺行為です」
「自殺行為は言い過ぎだが、攻撃が通らないんじゃ確かにどうにもならんな。剣じゃ傷一つつけられなかったしどんな素材だ」
「エラーが発生。マスターと私との認識にずれがあります。人型ガーディアンと剣で立ち回ったように聞き取れました」
「その認識で合っている。お互い剣を合わせた……あ、奴は腕か。それに何度かやりあったぞ」
「まさか……どうして生きているのですか?」
「尻尾巻いて逃げたからに決まってるだろ」
「逃げられるような相手ではないのですが」
「と言われてもな。逃げられない相手なんてそうはいないぜ」
「失礼ながらマスターは人間ですか?」
「だからシッケイな遺物だな!」
「機械化されていないのは分かっています。ただ、デザインされた遺伝情報を持っているのではないかと推測しました」
「勝手に人を改造人間にするな。仮にもトレジャーハンターだぞ? ましてや特 A 級ライセンスを持つ奴がガーディアンに殺されるなんて恥さらしだ。俺たちに許されているのは、迷宮の外で往生することだけだ」
「そういう問題ではありません」
「そういう問題だ。俺たちが、迷宮で死んだトレジャーハンターへの追悼をどれほど恥に思っているか、分かっちゃいねえな。そういや、古代にはトレジャーハンターはいないんだったな」
「ネガティブ。私の時代にもトレジャーハンターはいました。本質的には山師とか墓泥棒の別名でしたが」
「墓泥棒だぁ!? ふざけんなこの腕時計め!
トレジャーハンターはブレイクスルー因子を持った人間でも 1 万人に 1 人がなれるかっていう名誉ある職業だ!
B 級ライセンスは上級国家試験より難しいんだぞ! 更新し続けることすら困難だってのに特 A 級ライセンスを取るまでどんだけ苦労したと思ってんだ!」
「ガーディアンに発見されました! 来ます!」
「ああん!?」
イスマルが通路から顔を出すと、 3 体のガーディアンが薄暗い通路を走っていた。
猟犬型ガーディアンは人型ガーディアンに先駆けて、長らく音信不通だった主人に出会えたかのように全力で走っていた。時速にして 60 km 以上は出しているだろう。
「げっ! 廊下は走るな!」
イスマルは自分のことは棚に上げて怒鳴り、次の瞬間、一目散に逃げ出した。
「ガガ……キィィン! キィィン! キィィン!」
人型ガーディアンは最初からアラームを鳴らした。
「これ以上呼ぶんじゃない!」
3 体のガーディアンを同時に相手にするのは、特 A 級ライセンスを持つトレジャーハンターにとっても致命的である。イスマルは当初の予定を陽動から撤退戦に切り替えた。
一つ目のデモリッシュツールを仕掛けた場所を通過すると、イスマルは反転して剣を構えた。体を落とし、左側に納刀した剣の柄に右手を添える。
威嚇と受け取ったか、猟犬型ガーディアンは小癪な獲物に跳びかかった。
その瞬間、人工参謀がデモリッシュツールを起爆した。
舞い上がる金属片が猟犬型ガーディアンの目をくらませた。
「打ち合わせ通りだ参謀」
鞘走る音が生じた次の瞬間、イスマルの剣は振り上げられていた。
現実味に乏しい姿勢の変化だった。フィルム映画のコマを切り取って貼り直したかのような不自然さで、剣を振り上げたという結果を見ていなければ、中間の動作が理解できない程の速さだ。
「解析」
人間とは比較にならない処理能力を持つ人工参謀が、リアルタイムで処理し切れなかった。何をしたのか理解したのは、猟犬型ガーディアンの首がずれ落ちたときだ。
力任せに剣を叩きつけたのではこれほど滑らかな切り口にならない。刃を滑らせながら斬ったのだ。それを刹那の時間で行える技量に、人工参謀は驚いた。
「明らかに人間に出せる速度ではありません」
「だからシッケイだと言ってるだろ!」
人工参謀の独白に突っ込んだイスマルが首なしガーディアンの身体を蹴飛ばすと、もう一体が巻き込まれた。
「ラッキー!!」
横転したバイクが急には止まれないように、運動エネルギーがついた猟犬型ガーディアンも急には止まれず、騒々しい音を立てて横を通り過ぎていった。
イスマルはカーリングのストーンよろしく滑って行く猟犬型ガーディアンを追いかけ、立ち上がろうともがく胴体に剣を突き立てた。
「残り 1 体!」
猟犬型ガーディアンは人型ガーディアンより柔らかい素材だったらしく、剣は胴体をあっさり貫通し、切っ先から半ばまでを硬い通路に埋めた。
「人型ガーディアンとの距離 8 m! 攻撃来ます!」
「げ、抜けねえ!」
イスマルは引きつった顔で振り向いた。




